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春、きらり  作者: 如月 蝶妃
第1章 はじめまして
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唐突な「はじめまして」

奈美はいつも通り予鈴10分前に自席へたどり着いた。

奈美の後ろの席には級友の大倉佳代が座っている。

クラスに5人しか女子がいないことを担任の澤谷先生が考慮して、席を近くしてくれたのだ。


「佳代、おはよ~」

「おはよ。奈美、今日放課後映画見に行くの忘れてないよね?ちゃんと生徒手帳持ってきた?」

生徒手帳がなければ学割が受けられない。学生の必需品だ。

もちろん、ほらここに。と、胸ポケットへ手を入れ違和感に気が付いた。



「うっそ!!落としたみたい・・・」

「え~~!何やってんの奈美。」


「斎藤さ~~ん!」

佳代に憐れみの視線を向けられ、うつむいていると、教室の入り口から私を呼ぶクラスメートの声。




顔をあげると、入り口にたたずむ人の姿が私の目をくぎ付けにした。



そこに立っていた人物はなんと、あの金曜日の先輩であった。


理解ができず、呆けている私に先輩は柔和な笑みを浮かべ、手に何かを掲げひらひらと振っている。




それは、生徒手帳であった。




「あ、あれは。」

一瞬でいろいろと理解して、私は慌てて先輩のもとへ駆け寄った。



「あはは。斎藤奈美ちゃんで間違いないね?」

先輩は爽やかな整った面立ちからは想像できない人懐っこい笑みを浮かべて、私の生徒手帳を開いて何やら私と見比べている。


「はい。斎藤奈美です。」

そう返事をして先輩の行動が理解できず首を傾げた。


「うんうん。やっぱ実物のが可愛いね。」

ふむふむと納得したように頷く先輩の様子を見て、ようやく理解した。

生徒手帳に貼られた証明写真と私を見比べていることに。


証明写真といえばどうしてああも写りが悪いのか頭を悩ませるほど、仏頂面をした私が移っている。それを先輩に見られた。

これは乙女の大惨事!


私は自分の顔に血が集まって赤くなっていくのを感じた。

「だめです!その写真は見ちゃだめです!」

奪い返そうと手を伸ばすと、先輩はひょいと生徒手帳を頭上に掲げた。

高身長の先輩の頭上に掲げられてしまっては、手が届かない。


「あはは。怒らなくたっていいじゃん。こうして届けてあげたんだから。それに、実物の奈美ちゃんがちゃんと可愛いって確認できたんだから。」

もう落としちゃだめだよ。そう言って優しく私の手のひらに乗せてくれた。


「あ、ありがとうございます。助かりました。」

慌てて頭をさげると、ふわっとあたたかいモノに頭が包まれる。

先輩の手が頭に乗っている。


再びカッと顔が熱くなる。


くしゃっと私の頭をかき混ぜて先輩の手が離れていく。




「素直でよろしい。それじゃ」

顔をあげて目があった先輩の表情はとてもやさしくて。


あぁ、やっぱりかっこいい。




「奈美。いつまでそうしてるの」

呆けていると、佳代があきれながら声をかけてくれる。

予鈴、もうすぐ鳴るよ。佳代に促され自席について、生徒手帳を握りしめる。

まるで夢のなかにいるようなふわふわとした気持ちの中、さきほどの出来事を思い返していると、ある重大な事実を思い出した。


「名前、聞き忘れた!!」

私の独り言に「ばか」と短く佳代からの叱責が返事をした。



せっかくのチャンスだったのに。

また、会えたのに。名前を呼んでくれたのに。

どうして、名前を聞くことすら出来なかったのか。




うなだれている間に予鈴が鳴り、担任の澤谷先生が教壇に立っていた。


「今日が進路希望の提出期限だ。まだ、出していない奴はこの後、俺のところへ持ってくるように。来週から個人面談が始まるからそのつもりでな。」


先生のその言葉にはっとする。

やばっ。色々悩んでいるうちにすっかり記憶から消えていて、進路希望まだ書けていなかった。


一応、ここは進学校。3年生のクラス編成は各々の進路希望によって決まる。

国公立を目指すクラス、私立大を目指すクラス。理系は2クラスしかないので、国公立を目指す人と私立大を目指す人が同じクラスになることもあるが。

2年生のうちにある程度の志望校を決める必要があり、2年生の2学期は進路希望を確定する重要な時期であった。2年生の3学期に入るといよいよ受験モードに切り替わっていくらしい。


私は、物理が好きで理系クラスに来た。

将来、何になりたいのか。正直そこまで考えられていなかった。

1年生の時の担任にお前なら文転もできるだろうと言われ、もっと物理を勉強したいと思って理系クラスを選択した。

1年生の時は最高順位学年5位。悪い時で7位ほどであった。


2年生からは、定期試験の順位は理系文系で別れて発表される。

2年生になってからは、ずっと学年3位をキープしていた。



成績は良いほうであるが、大学の選択をどうするべきであるか悩んでいた。

ざっくりと建築を学びたい気持ちがあった。しかし、プログラミングにも興味があった。


希望する大学は?

今の自分の偏差値で目指せる一番上を目指すのが正しい選択なのか。

自分の勉強したい分野を考えて、大学を選ぶべきではないのか?


思考はぐるぐる回るばかりであった。





朝のホームルームが終わり、澤谷先生に声をかける。

「進路希望放課後まで待ってもらえますか?」

「斎藤。進路に悩んでいるのか?

2学期中に最終決定できれば良い。

今回の調査では、お前の進みたい道をざっくりで構わないから決めてくれればいい。

資料室に大学の資料も置いてある。

昼休みにでも見に行って、現時点で気になる大学名を書いておいてくれ。」


澤谷先生は、親身に生徒の話を聞いてくれる生徒思いの教師で生徒からの信頼も厚い。素直に先生の言葉に頷いて自席へ戻った。




佳代と目が合う。

「奈美ってば、成績いいもんね。進路選び放題で羨ましい~」

そういう佳代は2年生になった時から、建築に進むと決めていて、将来は建築士の資格を取って家を建てたいとはっきり言っていた。

やりたいことがはっきりしている佳代のほうが何十倍も羨ましい。



進路とは悩ましい問題だ。





昼放課。

早々とお弁当を食べ終えて、資料室の扉を開けた。


「失礼します」

ガラガラと引き戸を開けて、そこにいた人物に目を丸くする。





「あれ?奈美ちゃんじゃん。」




そこにいたのは、今朝ぶりの先輩であった。





「あっ、名前。覚えてくれてたんですね。」


「ん?まあ、今朝ぶりだしね。」

あはは、とにこやかに笑う先輩。



「あ、あの。先輩。私、2年H組の斎藤奈美です。えっと、はじめまして」

こんなチャンスは二度とこないと意を決して頭を下げると、不思議顔の先輩が私を見ていた。

しばしの沈黙の後、突然先輩がにぱっと笑った。


「あぁ、そうだよね、ごめん。俺、3年A組の桜木拓磨。はじめまして奈美ちゃん」

私の意図をくみ取って自己紹介をしてくれた桜木先輩。

まぶしいほどの爽やかスマイルで手を差し出している。




私はその手をぎゅっと握り返した。








桜木拓磨先輩。心の中で何度も繰り返す。




はじめまして、先輩。



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