名前を呼んで
パスタが美味しいと話題のお店へ周助くんと入って、注文を済ませた。
「今日、歓迎会でビックリしたよー。大貴、陸上部の部長になってたんだねー」
料理が運ばれてくるまでの間、私は午前中に行われてた歓迎会を思い出して、会話をはじめた。
「ん?言ってなかった?てか、大貴に聞いてなかったんだ。」
周助くんは、さも意外という表情で告げる。
「うん。大貴とはそんな話さないし。」
「へー。お隣さんなのに?」
これまた意外。と、言いたげな目であった。
「まぁね。たまーに、ベランダで話すんだけど、あんまり会話続かなくて。」
ふーん。周助くんは、お水を1口飲みながら相槌を打つ。
「ベランダで話すって、自然と?それとも、連絡取り合って?」
「私ね。最近、星見るのが好きで。」
ベランダに出て空見てると、大貴がベランダに出てくることがあるの。
「へぇー」
周助くんの表情は何となく浮かない。
「あ!星見てるのはね。確かに桜木先輩から天文学の話聞いたからなんだけど。単純にね!私が星見るのハマっちゃっただけなの!今は、先輩は関係なくて、私の趣味!」
勢いよく告げると、周助くんは笑った。
「ふふ。気にしてないから。そんな一生懸命言われると、逆に意識しちゃうだろ」
「あ、ごめっ」
「うん」
周助くんと付き合うようになって、周助くんには桜木先輩のことを色々話した。
抱きしめられてる所を見られていたから、何も言わない訳にはいかなくて。
出会いや相談に乗ってもらってたこと。
それから、先輩は頭を撫でるのが癖で。抱きしめたりとかのボディタッチも多めの人だってこと話した。
先輩は、私のことそういう風に見てるんじゃないと思う。
そう話すと、周助くんは分かったって言って。私をたくさん抱きしめて、頭を撫でた。
分かってても、嫉妬しちゃうから俺がこれからいっぱいする!って言った。
私は、恥ずかしくて、顔が赤くなって。
周助くんは少し満足気だった。
周助くんは、私と先輩が仲良くしている話を聞くのが面白くないみたい。
だけど、進路のことや星のこと。
先輩の話題は避けては通れなくて。
今みたいに慌てる私を、周助くんは優しく笑って許してくれている。
パスタが運ばれてきて、会話は一旦中断。
私たちは、美味しいパスタに舌づつみを打った。
「奈美。1口いる?」
「あ、食べたい!」
「ん。」
周助くんは、器用にフォークでパスタを巻くと、私にあーんをする。
その自然な所作と柔らかい周助くんの表情に、私は頬がほんのり赤くなるのを感じながら、ぱくっとパスタを口へ入れた。
「こっちも美味しい!」
「それは、良かった。」
ふんわり。笑った周助くんの顔にドキリと、心臓が跳ねた。
最近、周助くんを好きだと自覚してから。彼女になってから。
周助くんの何気ない表情1つに。今まで普通に過ごしてきたことにドキドキすることが多くなった。
それは、周助くんが出している雰囲気が格段に甘いものになったからだということもあるのだろうけれど。
私は、上手く周助くんが見れなくて、困ってばかりだ。
周助くんは、照れている私を見ては、嬉しそうに笑っているから、気まずくなったりはしていないのだけど。
「奈美?俺も、奈美のも食べたい。」
こ、これは。あーんの催促!!
心の中で何度か深呼吸して、なんとかパスタを巻き付ける。
「はい。」
おずおずとフォークを差し出すと、周助くんの顔が少し近付いて、フォークからパスタが消える。
こ、恋人通しってなんでこんな甘い雰囲気なの!
恥ずかしくて、困るーーー
「あはは」
可笑しそうに笑いながら周助くんは私を見た。
「こういう雰囲気嫌?」
「あ、ちがっ。嫌とかじゃないんだけど?」
「慣れない?」
優しい表情で私を見つめる。
「うん。」
「それなら、慣れるぐらい沢山こういうことしないとね?」
優しい表情のまま、そう言った。
「ゆ、ゆっくり!お願いします。」
ガバっと頭をさげると、冗談だよって笑う周助くんの声が聞こえてきて、私は安堵の息を吐いた。
食事が終わってお店を出ると、自然と繋がれた手。
こうして歩くのも、余計に緊張が高まる。
2人でゆったりとウィンドウショッピングをしながら過ごした。
楽しいし、落ち着く。
会話も尽きない。
なのに、心がずっとソワソワしてて。
周助くんのことを好きだって訴えかけてくる。
一休みしようと入ったコーヒーショップ。
コーヒーを飲みながら、何気ない会話をしていると、周助くんが「あ、そうだ。」と呟いた。
「奈美。俺のこと、いつまで君付け?」
「え?」
「俺、さ。周助って呼んで欲しい」
「だめ?」
真剣な目に囚われると、逆らえなくなる。
「周助………」
ぽつりと名を呼ぶと、ぱっと笑顔になる。
「ありがとう!」
予想してた何倍も嬉しいかも!
「もう1回!」
「え?」
戸惑う私にずいっと詰め寄って、周助くん……周助は駄々っ子のようにおねだりする。
「周助」
もう一度そう口にすると、また笑顔になる。
結局、そんなやり取りを後5回程度繰り返すこととなる。
帰りは、私の最寄り駅まで送ってくれた。
周助はそこから3駅ほど引き返さなくてはいけないから、送ってくれなくても大丈夫だと、何度か告げたが「俺がそうしたい」と言って聞かなかったため、送って貰った。
本当は、家まで送りたいけど。
周助は、そう零していたけれど。
丁重にお断りした。
駅から自宅まで徒歩10分。
そこまで遠いわけではないし。
周助に往復させるのは忍びない。
ホームに降りる。
改札を出てしまうとお金がかかるので、ホームでバイバイだ。
周助はまだ部活があるから、学校の帰りにこうして帰れるようになるのは、もうしばらく後。
少し名残惜しいな。
そう思いながら、「またね」と手を振って歩きだそうとしたら、腕を掴まれた。
「少しだけ。」
そう言って、グイッと腕を引かれて私の体は、周助に包まれた。
一気に顔に熱が集まる。
トクントクン
周助の鼓動も少し早くなっていて。
その音に耳を傾けて。
ドキドキしておかしくなりそうなのに、安心する。
私は無意識に、周助の背中に腕を回して、自分からギュッと力を込めた。
「周助」
名前を呼んで顔を見ようと、周助の胸から顔を上げた。
目が合うと、周助は私の頭を胸へ押し戻した。
「無理。そんな可愛い顔してこんな可愛いことされると、暴走しそう。」
ちょっと顔上げないで。
耳朶をくすぐる甘い声にドクンと、鼓動が跳ねた。
「周助……」
堪らなくなって、もう少しだけ回した腕に力を込めて周助の胸へすり寄った。
「ああ、もう。」
周助は、そう言いながら私の髪を優しく撫でていく。
ギュッ
最後に、周助が強く私を抱き締めると、私の体を離す。
もう、おしまいか……
残念に思いながら、周助の顔を見ると、溜息。
「奈美、あんまそういう物欲しそうな顔しないで。」
ほんと、暴走する。
「え?」
自分がどんな顔してるか分からなくて、思わず顔に手を当てると、周助はふっと笑った。
「気を付けて帰ってね」
最後に頭を撫でて貰って、今度こそほんとにバイバイをして、私は家へ帰った。




