安藤くんとロイドちゃんの勘違い
教室を出た私は同級生に任されたプリントを職員室へ運ぶべく、廊下をスタスタ歩く。
まったくもって不愉快だ。たかだか人間風情が完璧なアンドロイド様に指図するなんて。
人間というのは傲慢だ。強欲の化身だ。
私の足が廊下を叩く度にカツコツ音が鳴る。廊下も大分汚い。はやくお掃除アンドロイドでも雇えばいいのに。
人間はケチだ。ケチで無能。
まっ。人間には見えないゴミやハウスダストしか飛んでないが。私はアンドロイドだから気になるのだ。
今じゃ世の中、男女平等は当たり前で、アンドロイドと人間も平等になりつつある。
私はそんな事望んじゃいないが、アンドロイドは人間と学校生活を共にする。
欠伸が出るほどつまらない授業しかない高校2年生。
授業の進行速度は人間に合わせているからアンドロイドは予習がてら教科書のタブレット全てを読み込んで入学すぐに卒業までの問題を網羅している。
言っている意味がわかるか? 人間は物覚えが悪くて非効率的なんだ。実に滑稽である。
「今日の数学、マジ意味わからないんですけどぉ」
「マジそれ」
道行く人間の無駄話を聞きながら私は心の中で嘲り笑う。
「なあ、今日カラオケ行こうぜ」
「んー、今日バイトだから俺パス」
勉強しろよ。
私は込み上げるその言葉をグッと抑え込む。アンドロイドは人間より優れているのだから一々、相手にしないのだ。
「ほら行けよっ」
「ちょ、ちょっつ! やめろって!」
声を無駄に潜めた角待ち男子生徒共。私には丸聞こえで、これから1人の生徒が突き飛ばされて私の前に出てくるのもお見通しだ。
「ほらっ!」
「うわっ!」
あのまま歩いてれば完全にぶつかっていたが、ぶつかると分かっていて止まらないほど私は馬鹿じゃない。
男子生徒が押されて私の目の前に倒れた。
「マジかよ!」
角から聞こえる笑い声は次第に遠のいていく。
人間というのは薄情なのだ。こんな派手に転んだ友達を見捨てるとは。
まあ、斯く言う私も手を差し伸べはしない。プリントで両手塞がってるし。人間の手なんて汚いから触りたくない。
それに勝手に転んだやつに手を差し伸ばす趣味は私にない。
私は一言言葉をかけることもなく横切ろうとする。
「あっ! ちょっ、ちょっとまって!」
鼻血垂れ流しで男子生徒は私の前に立ちはだかる。
ああ。知ってる奴だ。転んでたから気付かなかったが同じクラスの安藤? だったか納豆だったか。
誤解しないで欲しいのだが、彼を知っている理由は人間の女子生徒から見たらカッコイイだろうなって顔をしているからだ。
……いやほんと。私の好みとかじゃない。第一、私は人間を好きにはならない。
柔らかい目に惹き込まれるような赤い瞳。校則を重視した黒のショートヘア。歯並びも良いし優しさが溢れ出たような表情で笑う。
……きっと人間の女子生徒が見たらそう思うだろう。
「なんですか?」
私は不機嫌に聞こえる声を出す。彼はその途端にあわあわしだして言葉を探すみたいに辺りに視線を泳がせる。はよ言えや。
心拍数が上がっているようだ。熱はなさそうだが汗が滲み出ている。
分かった。これはきっとアレだな……
そう。アンドロイド狩りだ。
近年、アンドロイドとの平等を毛嫌う愚かな人間が雑用アンドロイドとかを破壊して廻る事件が多発中なのだ。
きっと感化された人間が増えて捜査を攪乱しているのだ。
横断歩道。皆で渡れば恐くない。ってやつだろう。本当に考えが阿呆だ。烏合の衆め。
だが、残念。私はこう見えてVR格ゲーを制覇したアンドロイド! もうそんじょそこらの人間には負けんのだよ。
アレだろ? どうせコイツも「校舎裏来いや」的な感じで連れ込んで私を破棄しようって魂胆だろ?
返り討ちにしてやんよ。
「あの……俺と付き合ってください!」
ああ。地獄の底まで付き合ってやんよ。
私はただ、淑やかに首を縦に振った。ここで本性を見せるほど馬鹿じゃない。油断したところを捩じ伏せる!
「や……やた……」
おうおう。偉く嬉しそうじゃねぇか。そんなにアンドロイド壊したかったのか。このクズめ。
まあ、私を選んでしまったこと後悔するがいい。
私はアンドロイド程優れたモノはないと確信している。
小鳥とか見かけると『ちっさ。しょっぼ』って笑う。
何が面白いかも分からないことで笑う人間には『さすが無能な猿達だな』って密かに笑う。
教室の隅に追いやられた鉢植えの花には『水責めじゃ!おらあ!』って植木鉢並々まで水入れる。しかも一日に2、3回。
そうやってアンドロイドと比較しては、勝ち目しかないこの圧倒的な性能差に勝ち誇っている。我らに隙はない。
「じ、じゃあ……放課後、一緒に帰ろっか」
お前は土に還るけどな。
私は心の笑い声を堪えて淡々と相手の話に合わせて、そのまま別れた。
さあ、腕が鳴る。放課後が楽しみだ──
◇
マジビビった! いや今もかなりビビってる。
まさかあのクールビューティと名高いアンドロイドのロイドちゃんと付き合えるなんて!
男子生徒の罰ゲーム最高! 負けてよかったわぁ。
宝石と見間違える赤いショートボブに棘を感じる鋭い目の奥で輝く黒い瞳。凛とした美人さんだ。
俺、身長が180っていう平均よりちょい上なんだけど、ロイドちゃんも175っていう女性平均と同じくらいで、身長差占いとかいうのもドンピシャ!
ヤバっ。運命じゃね? あんまそんなの信じないけど、都合がいいから信じたい。
もう授業始まってんのにここからじゃ少ししか見えない斜め前のロイドちゃんの事しか考えらんねぇ。
すげぇ人間には笑顔見せなくて冷たい感じだけど同じアンドロイドには優しいし、小鳥眺めながら微笑んでたり、クラスの盛り上がりを陰ながら楽しんでたり、あ、そだ。花にも水をあげてた。
俺らには確かに辛辣だけど、ちゃんと優しい子なんだ。そういうとこめっちゃ好き!
帰り誘ったけど上手く喋れっかなぁ。
ああヤベぇ。今から緊張してきたんですけど……
今は平等を毛嫌う人間がアンドロイドを襲ってたりするらしいから、その点でも俺が守んなきゃなって、なんか思えてくる。
俺は地味で勉強得意でもないし運動万能じゃねぇし。でもそんな俺を選んでくれたからこそ守んなきゃなっ!
授業はよ終われっ! 放課後カモン!
◇
そして放課後──
茜色に染まる街を2人の学生が下校していた。
必死で会話を弾ませようと頑張る少年の言葉を少女は無難な返事で終わらせる。
夕陽は噛み合わない2人に呆れたみたいに沈みゆく。世界が暗闇に包まれた頃に少女の家に辿り着いた少年は「また明日」と手を振って帰って行った。
「マジ無理……俺ぇ。もうちょい頑張れよ」
今日の反省を呟く少年の顔は未だに熱を帯び、この暗がりでも赤く見えるようだった。
そして一方の少女は「腰抜けかよ」と舌打ちをして少年の後ろ姿を眺めていた。
月が2つ。星は幾万もの輝きをその身に宿して2人の行く末を見守っていた。
2人が互いに理解し合える日は……もしかしたらそう遠くない未来にあるのかもしれない。
ありがとうございました。
つまらない物語で申し訳ねぇ! 唐突に書きたくなって本能のままに書いたら出来上がった作品なもんで(言い訳)
でもこの子らには幸せになってもらいてぇべよ(変に訛る)