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三匹のクモの子

作者: 黒瀬 新吉

3匹のクモの子が旅立つには、それぞれに理由があった。旅の途中の冒険を終え、クモの子たちは母グモの元へやがて戻った。

 三匹のクモの子が旅に出ました。旅に出るのにはそれぞれちゃんとした理由がありました。一番小さなクモの子は百までは数えてやめてしまった、たくさんの兄弟の一番末っ子でした。つまりいつもおなかをすかせていたのです。ちょうど中ごろに産まれたクモの子はおぼえたてのあみをかけたいばっかりでした。というのは早起きするのが苦手だったので住んでいる林にはとっくに兄弟たちのあみがあちこちにかけてあったからです。ちょっと早起きすればよかっただけなのですがね。そして一番体の大きいクモの子はもっともらしい理由がありました。『立派なクモになり家族を作る』つまりお嫁さんを捜しに旅に出たのです。

 さて三匹は林を抜けると、古い家を見つけました。少し開いた窓から真っ先にするうりと家に入ったのは、わたしが勝手に名付けましたが、大きなクモの子『太郎』です。壁の穴から入ったのは中くらいの『次郎』。入り口のすぐ横の壁にのぼり始めたのは『おうちゃく』もので体の小さな『三郎』です。とりあえず手頃な場所に着くとせっせと糸を尻から吐き出し、まだ小さいけれどもあんがい立派なアミをかけました。

 アミが揺れれば獲物がかかった証拠です、それまではただ寝ていればいいのでしたがクモの子たちは初めての旅です、皆寝れません。三郎は寝るどころではなかったのです。うとうとすればアミがゆさゆさ揺れるのでした。でもそのほとんどは枯れ葉や木の枝だったのです。外はひゅうひゅうと風が吹いていましたから仕方がありません。そんな訳でその日はハエ一匹とることもできなかったのです。次郎は羽の少し破れた茶色のガを一匹、一番の大物をとったのは太郎でした、太郎は大きな『スズメガ』をとりました。そして次郎に少し分けてやりました。夜はみんな一緒に眠りました。太郎は不思議に思いました。その家には人気(ひとけ)がないのです。でもほこりだらけの空き家ではありません。クモの子が言うのもおかしいのですが気味が悪いほどでした。そこは村の神社にある『お堂』だったのです。

 「獲物も少ない、ここを出て行こう」

そう言ったのは一番上の『太郎』でした。明日は出て行こうと決めた日のことです。お堂に人間が現れました、それも男と女の二人です。女は後ろ手にされ着物の上から縄をかけられていました。男は長い刀をもっています。

「どうするつもり、こんなところにあの方を呼び出して」

女は誰かを呼び出すためにここへ連れてこられたのです。

「なあに、腕の立つ侍を殺して俺の名を上げるためにすこし手伝ってもらおうとな」

そう言うと男はお堂の真ん中に『さるぐつわ』をした女を転がしました。

「そろそろ顔色を変えて奴が来る頃だ」

男はそう言うと入り口近くの物陰に隠れ息を殺しました。女を助けようとあわてて入って来た男を背中からばっさり斬ろうというのでしょう。何ともひきょうな奴だと次郎は天井からその男を見下ろして思いました。三郎は旅支度もそっちのけでどきどきしながら天井を伝って来て次郎のアミに止まりました。

「おいあまり揺らすなよ、今日は俺のアミをつくろっていないからな」

次郎はそう言って笑いました。まあ、クモの糸はああ見えて丈夫なのだけれど、普段ものぐさな三郎を脅かしてやろうと思ったのでしょう。

 さて、間もなく立派な侍がお堂に息を切らせて入って来ました。

「おりょう、無事か!」

どうやらそう言う名の娘のようでした。引き戸を開けたとき風がぴゅうと吹き込みました。「あっ」

アミから足を滑らせた三郎が、侍の後ろから近づく男の首に落っこちました。

「ぎゃあ」

どうやら男は、(たいていの人間はそうですが)クモは嫌いな様で、大声を上げてしまい気付いた侍に袈裟懸けで斬られました。


「もう少し居たかったな」

二人に気を利かせて立ち去ったクモの子たちは、今度は裏の林に向いました。


裏の林


林にはえものがいっぱい居そうでした。黄色や水色のチョウチョウ、それに濃い緑色のバッタが何匹もクモの子に見えたのでした。


「うん、ここなら三郎の網でも獲物がかかるかも知れないな」

ちょっと馬鹿にして次郎が言いました。でも無理もないかもしれません、結局三郎は十日くらいハエ一匹も捕まえる事ができなかったからです。

「おっ、かかった、かかった」

それは夢にまで見た水色のシジミチョウでした。三郎は兄さんの真似をして、網の真ん中まで行くと網をゆっさ、ゆっさと揺らします。獲物があみにちゃんとくっついているかを確かめるのです。あとはスルスルと近づいてお尻から糸を出して、後ろの足で器用に広げて上からかけるのです。うまくできたら今度は、足でくるくると獲物の方を回すのです。もちろん糸は出しっ放しです。ぐるぐる巻きにしたら出来上がりです。

 でもそうはうまく行きませんでした。シジジミチョウは三郎がネバネバの糸にするところをついなまけて普通の糸にしていたり『だま』になったりしていた網から難なく逃げてしまいました。

「アッハッハ、ちゃんとアミを張らないからそうなるのさ」

次郎が笑いました。

「あんな小物じゃ腹の足しにならないから逃がしてやったんだい」

負け惜しみを言って三郎はまた太郎に獲物を分けてもらいました。その夜は丁寧にアミをつくろい、葉っぱの裏の三郎は一人で眠りました。


 「そろそろ台風の季節になったんだ」

土手の草が背丈を伸ばすのを止め、気の早い秋の虫の鳴き声が草むらから聞こえてくる様になりました。ある日、クモの子たちはここを離れる事にしました。なんとか三郎も自分で獲物を捕らえられる様になり、窮屈になった皮も上手に脱いで一回り大きくなりました。黄色と黒と白のすじがはいった、美しいクモに三郎は成長しました。クモの兄弟はコガネグモだったのです。

「早く母さんみたいに大きくなりたいな」

「ばか、クモはな、男は女より小さいもんだ。

女は何百と卵を産むんだからな」

太郎がそう教えました。次郎は網をかけるのがとてもうまくなり、三郎も立派に大きくなりました。あとは太郎がお嫁さんを見つけるだけです。実はこれまでも太郎のお嫁さん候補は何人かありました。

 最初の候補は緑色のカマキリでした。母グモより大きなおなかで、たくさん卵を産めそうでした。太郎は早速結婚を申し込みました。

「あら、いいけど私が卵を産む前にあんたを食べちゃうわよ、たっぷり栄養とらないとたくさん卵が産めないからねぇ…」

「とんでもない女だ」

もちろん太郎は断りました。次に結婚を申し込んだのは、自分によく似た色のオニヤンマです。

「あら、いいけど私は水の中に卵を産みっぱなしよ。それにしょっちゅう飛び回っているからあなたのお世話はできないわよ」

「子供たちと離れて暮らしても何とも思わないのか、薄情な女だ」

他は?残念ですが、太郎に食べられたら嫌なので、きれいなアゲハや黄金虫たちは近づいてもくれません。


やせっぽちのクモ


 「またあいつだ」

太郎はそのクモを葉の上から見ていました。もう何日もこの下を通っては食べ物や水を運んでいるやせたクモの娘です。

「おおい、お前。なんでアミを張らないんだ?」

太郎はするするとお尻から糸をのばして降りて来て言いました。

「父さんが怪我をして私が面倒を見ないとだめだから、アミをかけてそのまま待ってるなんてできないの。だからこうして食べ物と水を探しているのよ」

「お前、親孝行だな」

「小さい時から二人きりで洞窟で暮らしているから当たり前でしょ。ああ父さんが呼んでる、ごめんなさい、もう行かなきゃ」

太郎は娘の背負ったかごの中をそっとのぞいてみました。蝉の抜け殻や死んだバッタの足とか、腹の足しになりそうなものはなにひとつ入っていませんでした。

「これも持っていってやれば父さんも喜ぶだろう」

太郎はそう言って、小さなガをそのかごに入れてやったのです。

「ありがとう、あっまた呼んでるから、さようなら」

痩せっぽちのクモは洞窟へ帰って行きました。

「感心な娘だ…」

「本当にお前たちは世間知らずだねぇ」

振り返ると、オオカマキリが笑っていました。

「あの子はあの洞窟の大グモにさらわれて来た娘に違いないよ、丈夫な糸があの娘の腹に縛られていたろう」

「そう言えば…じゃあ怪我しているって言うのは…」

「嘘だろうよ、あの娘が働けなくなったら食われるに決まってる…」

「なんとか助けてやれないかな」

「無理だね、大グモの大きい事っていったら、お前の三倍じゃ足らないよ、それにあの丈夫な糸で縛られているからね、逃げ出したらすぐ解るよ」

次の日もその娘は長い糸を引きずりながら太郎の下を通りました。助ける方法がないので余計な事は言わず、太郎はまた食べ物を少し娘のかごに入れたのでした。

 「おやおや、やっと花嫁が見つかったみたいだね」

いつかのオニヤンマが、空から降りて来て太郎を冷やかしました。太郎は事情を話しました。それを聞き終わると、しばらくしてオニヤンマは言いました。

「大グモはこんなところに隠れていたのか。あいつは、おもしろがってシオカラトンボや腹の足しにもならないイトトンボまで片っ端から網にかけては、ただ殺していた。わたしたちヤンマの総攻撃で大けがをしてとっくにこの辺りから出て行ったと思ったら、まだそんな事をしているのだねぇ。よし、手伝ってやるよ」

「あらあら、安請け合いして大丈夫かい?満足に地面を歩けもしないくせにね」

それでもその娘の事を気にしていたのか、話にオオカマキリが加わりました。

「ちょうどいい、手伝ってくれないかぇ」


 翌日、また娘は洞窟を出て来ました。次郎も三郎もわざわざ見に来ています。太郎が葉からするすると地面に降りて、娘と並んで歩き始めました。

「いいか、止まるなよ。普段通り歩いてえさを探すふりをするんだ。いつものえさ場はどこにあるんだ?」

「この先のくぼ地。何をするつもり?」

「お前を助け出すのさ」

並んで歩きながら、太郎は娘に大グモの話をしました。水を汲みしばらくするといつもの様に今度は糸が少しずつ、たぐり寄せられていきました。

(もしこのまま逃げ出したらすぐ大グモは気付き洞窟から飛び出してくるだろう)

太郎はそう思ったのです。二匹のクモは同じ道を並んで帰って行きました。たださっきと違うのは糸の先にはいつのまにか大きな輪が作られていてそれを握っているのが太郎だったのです。

オニヤンマが途中の道で待っていました。

「よし、オニヤンマさん頼むよ」

太郎がオニヤンマに糸を渡しました。オニヤンマは輪の部分を『たすきがけ』にして地面から少し飛び上がりました

「任しときな、トンボたちの仇だ。オオカマキリ、あとは頼むよ、しっかりおやりよ。」

そう言うと洞窟とは反対方向へ思いっきり飛び出しました。糸が『ぴぃん』と張りました。

 「どうなっているんだ、あいつがさらわれて行く。おのれっ、その娘はわしのものだぞ連れて行かせるものか!」

大グモは足を踏ん張りました。しかしオニヤンマの羽の力には叶いません、少しずつ引きずられていきます。それでも丈夫な糸は切れる事はありません、大グモは大けがをしていたはずの足まで拡げて踏ん張りましたがとうとう洞窟から引き出されてしまいました。日の光で目がくらみ、ひるんだ時に一気に引っ張り出されてしまい、そのまま引きずられていったのです。

 地面の石や枝に、あちこち痛めつけられながら、オニヤンマに引きずられていくのはもうとっくに気を失ってしまった、とても大きな『オニグモ』でした。

「娘さん、よおくご覧。あんたたちとは大きさも形も色だって違う、とんだ偽物の父さんだろ。さてと、それじゃあ仕上げだねぇ」

そう言うとオオカマキリはその糸を狙って大きな鎌を振り下ろしました。

「プッツーン」

糸が切れたのを確認するとオニヤンマは『たすき』を外して真上に飛び上がりました。

「幸せに暮らすんだよ、なるべくトンボを捕るのは控えてねぇ、ハハハハッ」

オオカマキリは目の前に転がって来た上等の肉団子に鎌を『ぶすり』と刺すと、うれしそうにこう言いました

「大きな肉団子だ、これならわたしもたくさん卵が産めるってもんだよ。さあ、とっとと娘さんを連れてこの林を出て行きな。こいつで足りなけりゃあ、次はあんたたちの番だよ。わたしの気が変わらないうちにねぇ、ハハハハッ」

でも太郎はそれが嘘だと思いました。今日まで父親だと思っていたオニグモが食われるところを娘に見せる事はない、とオオカマキリは思ったのでしょう。それを聞くと太郎は大げさに震えながら、娘に言いました。

「おお、怖い、怖い。そうだな、とっとと行くぞ、次郎、三郎それから…」

「…きい、そう言います…」

「そうか、きい、来るか?おれたちと」

「はい…」

コガネグモたちは一緒に歩き始めました。


我が家


 四人の旅は秋風の吹き始めた頃やっと終わりました。住み慣れた懐かしい林が見えて来ました。

「こんな狭い林では兄弟たちはもう既に死んでしまったのかもしれない」

太郎は寂しげに言いました。

「母さん一人残して、大丈夫だったのだろうか?」

次郎が心配そうにそう言いました。それまで大きな穴の開いたままの網が揺れているのをぼんやり見ながら進んでいた三郎が急に言いました。

「前から誰か来る、おっかさんだ!」

懐かしい母グモの姿が見えたのです。

「おお、夢ではないかい。お前たちよく戻って来てくれたねえ…」

大きな長い腕が三人を包み込みました。三郎はこらえきれずに涙を流していました。


「お前たちが出て行って、この林に急に悪い病気が流行ってね、毎日のように兄弟たちは減っていった。随分長い間私一人でいたんだよ。お前たちがきっと戻って来ると信じていながらね…」


「ところで、その娘は太郎の嫁かい?」

じろりと上から下までクモの娘を見て母グモはくすりと笑いました

「おやおや、太郎にしちゃ上出来だ。お前にはもったいない嫁じゃあないか、さあ入ってもらおう。何もないが今夜はお祝いだね」

照れながら旅を終えた兄弟たちは林の奥に向かいました。先を行く母グモはすっかり安心し、ほっと胸を撫でおろしました。

「ああ、これでなんとか冬を越せるよ…」


笑いをこらえた母グモのおなかには、その娘とは違う『赤い模様』がくっきりとありました。


    三匹のクモの子 了 2018.Feb.1

この作品はオリジナル書き下ろし童話です。

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