第8話:私の六花(魔法)
目が覚めると見慣れた木製の天井が広がっていた。
どうやらカシオペイアの広間で眠っていたようだ。
不思議なことにあれだけ痛みを抱えていた腹部はなんともなく、体のあちこちが嘘のようにヌルヌル動いた。
自分の体なのにヌルヌル動くという表現も妙だが、記憶の限りでは自分の体ではなかった期間を確かに覚えている。
それから私はスミカにめちゃくちゃに叱られた。
言いつけを守らず必要以上に遠出したこと。
薬草を持ち帰る課題を結果的に放棄したこと。
そしてスミカに心配をかけたこと。
ただ、最後だけは、叱られたとは少し違っていた。
スミカの頬と私の頬が髪を堺に触れ合い、
自分の音ではない胸の鼓動を私の胸で感じていた。
そのことだけが今も胸につっかえている。
回復したはずの体の…胸の一番奥をもやもやと
毒ガスでも吸い込んだかのように苦しかった。
極めつけが師匠だ。
やいやいギャンギャン。もう大変だった。
石のように固まっていた師匠も魔女が去ってから動けるようになったらしく
私をカシオペイアに運ぶために森の動物たちに協力を仰ぎ、やっとの思いで運び帰ったらしい。
獰猛なジャイアントベアーだの、ずる賢いラビットタートルだの、いろんな生き物の名前を出しながら語る武勇伝をお説教混じりに聞かされ、最終的に私は何の動物に運ばれて帰ったのかわからなかった。
ただ次からは何か不思議なことに巻き込まれても、
無事に帰ることを最優先にしようと決めた。
そして2度と身近な人に心配をかけまいと、ましては危険な目にあわさまいと胸に誓った。
「聞いてんのか?リッカ! さてはお前、師匠のありがた~い助言をスルーしてやがったのかカーッ!いい度胸してるぜ!んならもう一度最初っからだ!」
私はさすがに勘弁と師匠を拾い上げ、自分の首後ろのフードの中に放りこんだ。
「ぬあっ!!てめっ!なあにしやがんだあああ」
もしゃもしゃとフードのなかでもがく師匠。
「おりゃおりゃ~反省して弱ってるところをいじめるからだぞ~!」
ときどき後頭部でフードを叩くようにすると
師匠がオモチャのような悲鳴をあげるもんだから、
精神攻撃のお返しと言わんばかりに、しっかり揺れが伝わるよう体を揺らしていた。
そんなやりとりをしていると、突然フードの悲鳴がピタッと止まった。
ほんの少しの間の後、師匠が口を開く
「リッカ、おまえ…色ついてるぞ。」
私は一瞬師匠のジョークで『色気づいている』みたいなことを言われたのかと思ったが、
やけに真面目なトーンで喋るので一応確認をする。
「え?」
「いやだから、お前の頭の…なんだ…カーッ!めんどくせぇ。洗面所でもいってみてこい!」
そう促されるがままに私は立ち上がり、
ちょっと立ち眩みでヨタヨタしながらも洗面所に向かう。
道中揺れたせいか、師匠は途中でフード穴からゴロンゴロンと床に転げ落ちた。
この時に罵声が飛び交ったことは言うまでもないだろう。
洗面台の前に設置された鏡を見ると確かに
普段見る様子と違う姿が写っていた。
私の頭上を浮遊する六花の花弁のうち、1枚が薄い紫色に色づいていたのだ。
このことを報告しなくちゃと私はあわててスミカのもとへ向かう。
「スミカ、スミカ―――!」
思わぬ出来事に子供が初めて抜けた歯を母に知らせるかのように
私はスミカの名前を呼びながらドタドタと走っていた。
そしてスミカに花弁に色がついていることを報告すると
スミカの反応は思ったより冷めていた。
「ああ、さっきあんたを叱ってた時からそうなってたよ。」
なんということだ。私の知らないところで変化は起きていたのだった。
「な、なんで!知ってたんならさっき教えてくれたら良かったのに~」
私は少しガッカリしたようにスミカに絡んだ。
ガッカリ…というのも私は何をスミカに期待していたのだろう。
「うーん。うーん。いつだろう…」
そう私が唸っているとスミカは私が気を失っている時に誰かが私を訪ねてきたことを話してくれた。
おそらくその頃に色づいたのだろうという話くらいで
詳しいやりとりやその人が眠っている私に何をしたのかはわからず仕舞いだった。
「ねえ、スミカ、その人となにか話さなかったの?」
スミカはカウンターで薬草をあぶり、煙の匂いを嗅ぐと
一呼吸してから答えた。
「『かすかに娘の匂いがした』と言ってたかな。私には何のことかさっぱりさね」
「なっ!?それってものすごく危ない男の人なんじゃ…わ、私、な、ななにされちゃったのののかな…?まさかっ…●▲■×いやいや、落ち着け私…!」
私はものすごいことを一瞬想像してしまったが、とても説明するには恥ずかしいので狼人間が両手をあげて「がおーっ!」と吠えている絵に脳内ですり替えた。
「女だったよ」
「ふーふーふー」
目を閉じて深呼吸して乱れた心を落ち着けようとしている間に私はスミカから大事な言葉を聞き逃したような気がした。
「へ?」
「お・ん・な! まったく思春期ってやつかね~。私が女の子1人眠っているところに男を通すほどバカじゃないよ!」
「!?」
その言葉を聞くや否、私は首もとから顔に向かって水が急沸騰するかのような熱さを感じた。
私はとんでもなく恥ずかしい思いをしたわけだが、後から思えば、スミカからは師匠が男性扱いされていなくて少し面白かった。
「ふ~。」
スミカが薬草の煙を吸って息混じりの声をあげたのを機に私は冷静さを取り戻したのでスミカに質問した。
「スミカ、その女の人、どんな人だった?」
もしかしてという考えが頭を過った。
私がスミカ以外の女性で知り合った人は赤の魔女クレナと、さっき出会ったばかりの死の魔女。
スミカの口振りからして後者の可能性が高い。
もちろんまったく新しい人物の可能性も考えられたが、死の魔女が私に言った
「面白い時間の流れだ」という言葉が頭の中で蘇った。
スミカがまた一呼吸すると
「無口で黒と紫の長い髪が特徴的な女だったよ。私の見る限り、人ではないね。」
(あの人だ…!)
そう思うのと同時に自分の体から熱がスーッと奪われる感覚を覚えた。
それは、早朝の冷たい空気を思いっきり鼻から吸った時のように細い血管がいっきに収縮して痛みにも似た何かを全身で感じているようだった。
「スミカは…何かされなかった…?」
「な~んにも。」
「…本当に?」
「あんたみたいに私に何か変わった様子があるかい?」
「ない…けど」
「けど?」
「いや…何もないならいいんっだ!」
私はなんとかこの身に感じている冷たさと重たい空気をリセットしたく
言葉の最後に軽くジャンプしてカウンターの席に腰かけた。
「ねぇスミカ。この花の色ってどんどんこの色が広がっていくの?」
「いいや。人によるね。今あんたの六花は何かしらの力を宿したところだ。」
「どうや…」
「どうやって力を使うか?」
「う、うん。」
「宿した力にもよるだろうが、共通して言えることは、『願うこと』だね」
「願うこと…?流れ星に願い事するみたいに?」
「そんな風習があるのかい。まあそうだねー。感覚としちゃ近い」
「近い?」
「イメージの話にはなるが、一瞬の輝きに強く願いを込めるというよりは、
強い願いを一瞬の間に爆発させることだ。」
「一瞬の間に爆発…」
「例えばこの紙袋」
スミカはそういうとカウンターの引き出しから、商品の持ち帰り用の紙袋を取り出し説明を続けた。
「この紙袋が六花だとする。これを広げて、空気をいれて閉じ込める。
この空気の入った袋が何かしら力を宿した状態とすると…」
『パン!!』
大きな音とともにスミカは空気の入った袋を手で叩き潰したのだった。
「うわっ!」
私は少し驚きながらも爆発の意味を感じ取った。
「まあこの音の大きさが願いの大きさ、強さってこと。」
「!」
私は雷にうたれたかのような閃きを感じ取り、スミカから紙袋を1枚もらうと
記憶を頼りに袋を折り始める。
「たぶんこれで合ってるはず…」
「これは?」
スミカが不思議そうに尋ねると私は自信満々に答えて見せた。
「まあ見てて!」
私は三角の形に折った紙袋を思いっきりスミカに向かって振りかざしてみせた。
『バンッ!!!』
紙からはさっきスミカが膨らませて叩き潰した音よりも
大きな音がカシオペイアを響かせた。
「紙鉄砲!これなら紙袋に穴を空けること無く、大きな音が出せるよ!」
間違いなくドヤ顔をしていた私にスミカは少しキョトンとしていた。
「ほ、ほう。こんな方法があったなんてね。私ももっと早く知りたかったね。」
「でしょ~!」
「でも、あくまでもイメージだ。実践でこれが使えるとは限らないよ。」
「わかってるって!」
そんなやりとりをしながらも日は暮れていった。
私がスミカに知恵で勝利した時のことは別の意味で忘れられない日となった。
私の見る限りスミカは魔術師が使うとされる触媒を使っていない。
このときに私は…もっと早くに気がつくべきだったんだ。
魔法を使うときに必要となるであろう、
願いを膨らませるための袋といえるもの。
私にはあって、スミカにはないもの。
スミカの頭上に六花が無いことに。