第3話:森の調律師
夢を見た…。
湖のほとりで私と同い年くらいの女の子が、大きな亀と何かを話している。
声は聞こえないが、女の子は何か必死に亀に訴え掛けているようだった。
そしてしばらくしない内に突然黒い渦が空に浮かびあがり、私の視界はノイズのようなものが走りだす。
ノイズはだんだんひどく、大きくなり、私の視界がノイズで埋め尽くされたとき、夢から目が覚めた。
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「見習いだってぇのに初日から呑気に昼寝かいっ!」
スミカとは別の甲高い声が聞こえた。
「ん…?」
寝ぼけ眼な私は仰向けの状態から首をゆっくり振りあたりを見回すが、誰もいない…。
「ここや!ここや!」
と再び甲高い声と共に今度は自分の胸元にトントンとノックされたような気がした。
仰向けの状態から顔だけ胸元に向けると小さな生き物と目があった。
「あ…。 ネズミ。」
目があってからしばしの間のあとにその生き物の名を呼んだ形になったが、最後まで言い切らないうちに胸元の小さな生き物がつっこんできた。
「誰がネズミじゃい! お前さんはリスも見たことないんかい!あんな薄汚いやつと一緒にされるなんざ真っ平ごめんじゃい! ああん?お前さんにとってはリスとネズミはいっしょかい! ああ?」
物凄い形相で捲し立ててくるが、ここまで感情的にこられると、逆にこちらが冷静になってしまう。
それ以前に胸元でチョンチョンと二足で跳び跳ねるもんだからちっとも怖くない。
「ご、ごめん…実際に見たのは初めてだったから…」
「かっー!お前さん、こんな美しい毛並みでプリチィな種族を目にしたことがねえとは、損してるぜぇ…!」
喋るリス…以外にも驚くことは、いろいろあって身振り手振りがいちいちオーバーでまるで市場の商人やテレビショッピングのベテラン販売員を目にしているようだった。
もっとしっくりくるのを思い出した。
ハリウッド映画なんかでもの凄くテンションの高い黒人男性のそれだ。
こういったキャラは大抵損な役回りでかっこよく死ぬか、最後まで生き残るおいしいキャラクターだ。
今この間もこのハイテンションリスは私の頬に向かって自慢のしっぽをペチペチ叩きつけてきて、いかに良い毛並みで立派なしっぽであることを『引き金が戻らなくなった機関銃』のごとく説教している。
(あー。こんなキャラいたなあ…名前なんていったかな…。)
「ボビー、新人いじめはそのへんにしてやっておくれ」
スミカがカウンターの方から諭すようにやってきた。
「ボビー…。」
ふと呟くと、またもやボビーと呼ばれるリスは怒りだす
「ボビー『さん』だ!『ボビーさん!』まったく最近のガキは礼儀がなってねぇ!ほれ言ってみろ。」
「ボビー…さん」
「そうだ!この森でボビーといえば泣く子も黙る、自然の調律師さまだってのは常識だぜ?」
「ちょうりつし…?」
「かあーっ!スミカ姉さん!こんな常識知らず雇っちまって本当に大丈夫ですかい?」
相変わらず身振り手振りが激しい…「かあーっ!」と言う度に手を額にあて空を仰いでから地に下ろし首を横に振る。イチイチそれをやるのだからすごく疲れそうだ。
「昨日来たばかりなんだ、あんたのことはおろか、カシオペイアのこともまだまだこれからだよ」
スミカはボビーに説明するのが少しめんどくさそうに答える。
「かあーっ! いけね。顎が外れそうになっちまった、あいててて、あいててて。」
見慣れてきたリアクションを流しながら、ふとスミカの言葉にひっかかった。
「昨日…?」
首を窓側に傾けてみると外は日差しが弱いまだ午前中といったところだ。
確か私がここを訪れたのはひんやりとした空気から早朝のように思えた。
そんな丸一日眠っていた感覚もないし、長く眠ってしまったとしてもせいぜい3・4時間がいいところだろう。
「スミカ、私、丸一日…そんなに寝てた?」
ゆっくりと状態を起こし、スミカに尋ねる。
私が状態を起こしたものだから、私の胸元で自分の顎を押さえていたボビーは大勢を崩して私の膝まで転がっていった。
「あー。そうか…。」
スミカは少し頭を掻きながら、私に説明をしてくれた。
「ここの世界は他の世界と比べると一日の早さが速いみたいなんだ。」
「え、でも。私、さっき食べたレモンケーキでまだお腹いっぱいだし。そんなに時間が経ったなんて…」
スミカが指をならすとホワホワと優しい光がスミカの手のひらをゆっくり回りだした。
「この光が日の光だとすると、朝、日の光がでて、その後沈む。これが1日。他の世界だと『共通の時間』というリズムで1日の長さを計っているようだけど、私たちの世界には時を計るものはないんだよ。」
私は少しポカーンとしながらその話を聞いていた。
「いや、なんだったかなー、こないだガゼフが私たちの世界の時を計る日時計っていうやつの話をしてくれたような…もしかしたらあるかもしれないけど、うちにはない!」
私が昼寝をしていた時間が3・4時間だとしたらその日時計はいったいどんなスピードで回るのだろうか…。
「じゃあ私、丸1日何も食べなくても平気な体になっちゃったのかな…?」
「いや、そーいうわけでもないんだけど…うーんなんて説明したらいいかなー」
スミカはなんだかとても困り顔だ。
この世界の時間の流れ方とここで生活する人達はきっと何か複雑な事情があるのかもしれない。なんとなくだけどそう感じた。
「今はわからないかもしれないけど、起きていると1日が長く感じる、眠っていると1日があっという間に過ぎる。これだけわかってればいいと思うよ。」
苦しそうに説明するスミカの話をきいては、当たり前のことを説明されているような感覚だけが残った。
と、さっきまで頻りにヤイヤイ怒鳴っていたボビーは、目を瞑って少し複雑そうな顔をしていた。
「どうしたの…?」と聞いてみる。
「いや、なんちゅーか。見知らぬ土地で弟子入り修行ってのも気の毒やなーってな。」
もしかしたら意外と優しいのかもしれない。
「よっしゃ、このボビーさんがいろいろと教えてやるさかい、安心しぃ!」
励まされてる…?
「あ、ありがとう。」
「ん!そうと決まれば、今日からわいのことは師匠って呼ぶんやで!」
「…?私の師匠はスミカだよ?」
「かあーっ!わかってないのー!魔術の師匠はスミカ姉さんかもしれんけど、この森、この大自然の師匠はわい!ボビー師匠やろう!」
「そういうことか。」
「そやそや、んならちょっと呼んでみ?」
「ボビー師匠」
なんだか乗せられているような気がしたので少し棒読みで呼んでみる。
「くはぁー!ええなあ!弟子がいるっちゅうんわ!」
そのボビー師匠とやらは、急にふにゃふにゃに体を揺らしながら自分のしっぽを抱き悶えている。
「ボビーししょー」
「あはぁん!もっと呼んでええんやで!」
「ボビーししょー、しっしょー。ボビー失笑ー」
適当にそれっぽく呼ぶだけでいろんなポーズで悶えるのだから少し面白かった。
一応スミカにボビーを師匠と呼ぶことについて確認をとると
師匠なんて大層な呼び名は自分には合わないからということだったので、
今日からこの陽気なリスを『師匠』と呼ぶことになった。
「そうだ、リッカ。あんたが寝ている間にここでの制服?ってやつを用意したよ。ちょっと取ってくるから待ってな。」
スミカはそういうとカウンターの奥の部屋へ歩いて行った。
「お前さん、リッカっていうんか。まあまあええ名前やな!」
「スミカからもらった名前だけどね」
「かあーっ!やっぱ姉さんええセンスしてるわあー!」
まあまあとか言ったくせに調子いいリスだ…。
そんな短いやりとりの間にスミカが白と黒の布のようなものを持って戻ってきた。
「これこれ、ほら着てみな」
そう言われながらスミカから白と黒の布を受け取り、布を広げてみると
それは今着ている学生服のデザインを取り入れたローブだった。
「わぁ…!」
「こらあ、類を見ないええデザインやんけ!」
師匠もお世辞なんかではなく素で褒めている。
「着るものそれ1着ってわけにもいかないだろうからね。それに身一つできたあんたにとってはその制服ってのはやっぱ大事だろうからね。細かい部分はよくわかんないから私なりにアレンジさせてもらったよ。」
「ありがとう!スミカ!早速着替えてくる!あ、師匠覗かないでよね!」
「なっ!誰が他種族の裸なんぞに欲情するか!」
キャラ的に師匠はスケベなのかと思ったが、確かに言われてみればそうかと私はあっさり納得していた。
仮に自分が雄の動物を目の前にしたらどうかと考えれば、異性が着替えを覗くというのは人間の勝手なイメージでしかなかったのだ。
私はそそくさとソファーのある小部屋で着替えを始めると一つ疑問に思った。
ローブなんて初めて着るものだから、この衣は服の上から被るものなのか、それともムームーとかのように下着の上からすっぽり着るのか…。
スミカがこのローブをデザインしてくれた口調からすればおそらく後者だろう。
コートのように前開きになっているわけでもないので、露出の面は特に気にならなかった。
「なんか服着ずにコートを羽織っているみたいな感覚…」
たぶん肌ざわりがそんな感じだったんだろう。
とりあえずスミカにちゃんと着こなせているか見てもらうことにしよう。
「スミカ!どうかな?」
そういってスミカの前でひらりとお姫様のように舞ってすそを両手で少し持ち上げて片膝を曲げるメイドのようなポーズをとってみた。
なんでそんなポーズをとってみせたかというと、
私には魔法使いのポーズというものが杖やステッキを掲げたり、振り回す以外に思い浮かばカなかったからだ。
スミカはそんな私の様子を微笑みながら二回うなづくと「よく似合っているよ」と言ってくれた。
そんな素直な感想に思わず私も笑顔がこぼれてしまう。
「ありがとう!スミカ。あ、そうだ…。ちょっと気になったんだけどこのフード、穴が空いているんだけど…。」
私はたぷんと布があまったっているフード部分を指してスミカに尋ねると
スミカは自分の頭上をツンツンと指さした。
スミカの頭上には特に何も変化はない…。
つられて自分も頭上を指さすと、こつんと何かにぶつかった感触が指に伝わった。
「あ、そっか。」
私はフードの穴の箇所から頭上の六花を通すような形で被ってみせた。
「よかった。ぴったりで。」
私も笑顔でスミカの笑顔にこたえてみせた。
「そういえば師匠は…?」
気が付けば、さっきまで賑やかだった広間は静けさを取り戻しており
どこにも見当たらなかった。
この時、師匠をうっかり踏んづけていないか足元を確認したことは、本人の前で絶対に言わないでおこうと、スミカがうっすら笑うのを見て心の中で決めた。
いくらなんでも馬鹿にしすぎかと自分でも思ってしまったからだ。
「ボビーなら用事を思い出したっていって森に帰ってったよ。」
そうスミカから聞かされると、内心ちょっと感想が聞けなかったのは残念に思った。
「そっか…。ちょっと残念だったなー。」
「なあに、またふらっと現れるさね。」
そうスミカが答えると、入口の扉が鐘の音とともに開いた。
『――カランカラン』
「邪魔するよ。」
私はその声の主を見て言葉を失った。