第2話:魔術師見習い
『誰だ…?』
一瞬、頭の中が真っ白ではなく真っ黒になった。
真っ黒な自分が暗闇のなかで一人ポツンと立っていて、その後ろで大きな黒い自分が自分に問いただすような驚きと恐怖が入り混じった感情を抱いた。
無自覚に私が発したその声を聞いてか、
スミカは混乱する私の両手を握り、先ほど口にしたハーブティが入ったカップを再び握らせるような形で手を誘導した。
そうしてスミカは口を開いた。
「ここは自分を整理する場所でもあるんだ。余計なことは一度忘れ、少しずつ必要な時に思い出す。そんな場所なんだよ。」
「自分を整理…?」
「そう、たぶん何か目的があってここに辿り着いたんだろうけど、身一つで来たんだ。何か特別な訳があったに違いないと私は思う。」
(身一つ、そうだ私なんで制服なんだろう)
「私、この服…」
「このへんじゃ見ない服装だね。」
「これは私たちのなかでは当たり前の服装で…でももう着なくても良かったような…」
「何か着なくちゃいけないような決まりがあったりするのかい?」
「そう、いつもは勉強道具が入ったカバンを持っているはずなんですが、どこかに忘れてきてしまったような気がして…」
「なんだ、あんたそれじゃあ何か修行中の身だったりするのかい、魔術は何か使えるかい?」
「魔術…。」
「これのことだよ。」
スミカは人差し指でくるくるっと円を描くと、ホワホワと優しい光が私の周りを回ってみせた。
「キレイ…。これが魔術…」
不思議と初めて見る魔術には心が揺れた。
驚きや憧れ、そういった類のものが私の心を揺れ動かしたのだ。
「魔術は初めてか…。私は大した魔術は使えないけど、何か修行中の身なら思い出すまでの間、ここで私から魔術を学んでみるかい?」
「え…!えっと、私お金とか…何か返せるもの何も持ってなくて」
「いいよ。その代わり私の手伝いをしてもらえれば、人手が増えれば私も助かるし、なんだったらここに住み込みでもいい」
なんだろう、見知らぬ土地なのに心配事がどんどん取り払われていく、
まるで魔法みたいに。その魔法…魔術が学べるなら、忘れてしまったこと、この土地でゆっくりと思い出していけたらいいかと思えた。
「じゃあ…スミカさん、私が大事なこと思い出すまで、ここに…」
喜び交じりの逸る気持ちを落ち着けるため、私は一息ついて口を開く。
「ここに、私をおいてくれますか…?」
「スミカ。呼び捨てでいいよ。私から提案したんだ。今日から弟子としてみっちり働いてもらうよ」
存在を認めてもらえた気がした。
私のことがわからない私を認めてもらえたような気がした。
それに魔術が教わりたかった。
このくすぐったい気持ちだけが、今の私が自信をもって持てる私だった。
私はおもわず笑顔がこぼれるような形で返事をした
「はい…!スミカ。」
「そうと決まれば、見習い魔術師にはこれを与えよう。」
スミカはそういうと机の上に飾られていた花のオブジェを手にとり、私の頭上に浮かべた。
「これは…?」
「こいつは6つの花弁をもつ花、六花という。まだ無色透明だけれど魔力が備わると花弁が色づいていく。わかりやすいだろう?」
「六花…」
「そういえば、名前は…?」
「……、ごめんなさい」
やはり思い出せない、私は首を振るしかできなかった。
「んー。名前が無いといろいろ不便だろうからね。」
スミカはそういうと何か閃いたように言葉を続けた
「今日からこの六花はあんたと一心同体、故に今日からリッカと名乗ると良い」
「リッカ…」
不思議と違和感は感じなかった。
むしろ懐かしい感じさえした。
「今日からあんたは見習い魔術師、リッカだよ!」
「…はい!」
その後、スミカからこのドーム、カシオペイアの案内を簡単に受けた。
スミカも今の私にあれこれ教えても混乱するだろうからと、広く浅くといった感じだった。
いくつか感じた雰囲気と違ったことがあり、
カシオペイアは、骨董品屋なんかではなく薬屋に近い店とのことだった。
この世界とは別の世界からお客さんがきて、情報を交換したり、魔術に必要な薬草なんかを売り買いしているらしい。
そういえば、ここにきて最初に口にしたものはハーブティーだった。
毎日薬草しか食べられなかったどうしよう…。
そう考えてしまうのも無理もなかった。
商売の品物を見せられる度に木のみや草だったり、不思議な形をした枝だったり
何一つ、食べられそうなものがなかったからだ。
それになぜか今の私のお腹はペコペコだった。
――ぐぅ~。
私の口から空腹を訴える前にお腹がサインをあげた。
スミカは少し笑いながら箱から片手に収まるくらいの丸くて茶色い玉を取り出した。
それを私に手渡すと、スミカは手を口に運ぶジェスチャーをしだした。
私は、半信半疑ながらそれを食べてみることにした。
「甘い…!」
なんだろう、この甘くて少し酸味のかかったものは。口触りはふわふわしていている。
「レモンケーキというらしい。こないだここに来たお客からもらったもんだよ。」
スミカも説明しながら同じものを自分の口に運び始めた。
「レモンケーキ…。私の世界にもあったとおもうけど、こんな形じゃなかった…と思う。」
(私の世界…?)
自分で口にしながら一瞬違和感を感じたけれど、すぐにどうでもよくなった。
考えないようにしたのか、考えられないようになったのか、よくわからなかった。
変な言い方にはなるけれど、わからないことをわからないようにした。
というのが一番しっくりくる。
「そりゃ、私も知っていたものが他の世界じゃまったく別の使われ方をしてたりするもんだから。まったく世界は広いねえ。」
そう言いながらスミカは人差し指でちょいちょいと合図すると、ティーポットとカップがやってきて、ハーブティーがカップにそそがれる。
さっきとは少しちがう味のようだけど色が同じハーブティをいただく。
今口に運んでいるレモンケーキととても合う味がした。
先ほどまで空腹だった腹も満たされ、眠気がやってきた。
素直にスミカに打ち明けるとドーム中心にあたる広間で昼寝を勧められたので
少し横になってみる。
仰向けに寝転がると天井はやっぱり高く
思わず天窓に手を伸ばしていた。
「吸い込まれそう…。」
そんな感想を最後に私は眠りにおちた。