ある少年の復讐を遂げるまで
あるチンピラのほうと併せて読むと正直すっきりしない終わり方だと評価になると思います。
「絶対ぶち殺してやる!」
「おーおー良い面構えをしてるじゃないか。やってみろ」
「大外れ様……こいつはここで殺しておいたほうが」
「黙ってろ。このままここから放り出せ。気を利かせたつもりで殺しやがったらどうなるか、分かっているな」
「は、はい」
姉を、母を、父を理不尽に殺された挙句に生かして放り出された。
俺に降りかかった最悪の出来事をを短く説明するとこうなる。
姉と母は凌辱の限りを尽くされていた。その挙句に母と姉を捜索していた俺はその男の手下に連れ去られ、目隠しを取られて目に映ったのは凌辱され切った母と姉の姿だった。
隣で同じように誘拐されてきたのか自分と同じように縛られていた父が叫び声をあげた。
母と姉はその声にこちらに視線を向けそして泣き叫んだ。
見ないで、という言葉に従うことは衝撃でまともな状態になかった俺には出来なかった。
にやにやと笑う男達とそして明らかに場違いな空気を放つ――
「すげえな、幹部の大半をお前とその仲間が殺したのか。俺の覚えているくらい短い期間でここまでやらかしたのはお前が初めてだ。誇っていいぜ。お前は悪くない」
「殺してやる! 今ここでお前を絶対殺してやる!」
「それなりに痛めつけてまだ動くか……悪くないな。殺すか。やってみろ。幹部殺しなんてやらかすなんてお前はまあ今回はよくやったよ」
「ただ、次もこの程度だったら生かしはしないがな」
自分の手下が殺されたというのに何が楽しいのか男は笑っていた。魔王大外れと呼ばれるそれは容易出来うる限りの殺傷手段をもって攻撃を仕掛けたというのにまともに攻撃が効いた様子は無かった。仲間の何人かは死んだ。俺と同じように生きている奴もいる。生きているだけの奴もいる。あいつはそれに何をするわけでもなく踵を返してその場を去っていった。
絶対に殺してやる。今ここで俺達を生かしたことを絶対に後悔させてやる。必ず殺してやるという意思だけをもって俺は顔だけを去っていったあいつのほうに向けていた。
後方で待機していた仲間が部屋に突入して駆け寄って来る音を聞きながら俺の意識は途切れた。
そもそも魔王大外れは倒せるのか。
そんな疑問を残して何人かの仲間は去っていった。
銃器も魔術も効かなかった。
奥の手である人から外れた怪物である理外者である空村曜が持つ原子まで分解するという特異能力すら効かないというのは想定外だ。
生き残った後曜は自分ではあれを倒せる可能性は低い、と言っていた。
あれは理外者の中でも最上位に近い。正真正銘の化け物だ、とも。第八災厄なんて呼ばれるだけはある。
ただ
「第七災厄か第二災厄あたりが生きていたらたぶん倒せただろう。第一災厄なら確実だろうがあれはそもそも理外者に害をなす気は無いし、動けばそれだけでとんでもない数の被害が出るだろう。まあだからあれを生み出したという第七災厄が倒すのが妥当だろうな、と言いたいんだがあれもうこの世にいないんだよね。いや、大体の災厄はやることやったらこの世から消えるんだけど……だから第七災厄が何とかするのは無理だ。つまりは他の誰かが何とかするしかない」
その他の誰か、は俺達だろ、というと困ったようにあいつは笑っていた。
「第五災厄の僕はこうして君たちに味方しているけど、あれだね。一番弱い災厄が味方してるだけ、ということを覚えておいたほうがいいよ。だから倒す手段は君達が手に入れるしかない」
偽名に日本語を使っているだけのどこの国の人間かは分からない何百万人も殺したという銀髪の第五災厄はそんなことを言っていた。
「まさか俺に治らない傷をつける奴が出てくるんなんて思ってなかったぞ!」
「く、そ……」
「原子にまで分解されても、再生不可特性がついたとかいう得物だろうと再生したのに傷をつけたのか! はははははは!」
「なに、がおかしい」
大幅に縮小したらしく前回より極端に減っていた手下も皆殺しにし、死にそうになりながらも分け入った異界の奥深くに安置されていた古の大怪物も斬ったという曰くつきの剣を持って臨んだ二度目の戦いも勝利することはできずに俺達は無様に這い蹲っていた。一撃入れただけで剣が砕け散ったのだ。
曜は死んだ。結局本当の名前を知ることはなく、同じように調べても名前もわからない魔王大外れと戦闘を繰り広げた結果死んだ。
あいつの特異能力で分解されるたびに再生す大外れ。その速度はだんだんと上がっていき最後には殆ど間をおかずに復活していた。
俺に一撃を入れさせるためだけにあいつはそこまでしたのだ。
どうしてそこまでしてくれるのか分からなかったまま、あいつは大外れの呪いで命を落とした。攻撃するたびに降りかかるという呪い。俺だけがかからない呪い。
俺だけが呪いを気にせず攻撃を仕掛けられるというのに無様に倒れ転がっている。
「前みたいに取り巻き殺すだけで終わったら殺していたところだった。まあこうやって俺の頬に傷をつけただけで及第点ってところだな。次にこの程度で終わったら生かして返すことはないぜ」
「つまり次が最後だと思え。まあここまでこれただけお前はよくやったよ。本当にな」
あいつは笑いながらそう言って去っていた。
刺激を求めるためだけにわざわざ相手を生かす。
気まぐれに生かされるだけの俺達。
「絶対に殺してやる」
生かしたことを後悔させてやる。
遊びで生かしたこと、死ぬときになって悔いろ。
さんざん好き放題してきた俺もようやく終わりを迎えることができたようだ。
「ははは、まさか俺が本当に死ぬことになるなんてな」
以前なら何かを言い返してきただろう見慣れたガキは今までとは打って変わって無表情で口数少なく、ただこちらを黙ってみているだけだった。
前回俺に傷をつけただけで壊れたぼろい剣じゃない。傷が無数に入っておそらくこの戦いが終わればほぼ確実に使えなくなるだろうが俺を殺すという役割はきちんと果たしたその剣を油断なく構えているその姿に3年前はただのそのへんの学生だったといって信じる奴は少ないだろう。
あいつはやってくれたのだ。
ただ俺を殺すという殺意だけに身をゆだね、そして俺の存在ごと消滅させうる神クラスの剣を持って俺をこうやって死へ、いや消滅へと追いやったのだ。
ああ、こいつの家族を殺した甲斐があった。おかげで俺はやっと死ぬことができる。
「死ぬとは思っていなかったんだがな」
「そうやって自分は何があっても死なないって俺らを侮って何回も生かした。お前は俺らを侮りすぎたんだよ。ざまあみろ」
違う。生かしたのは侮ったからじゃない。逆で見込みがあったからだ。
死のうと思っても死ねなかった俺を殺すかもしれない可能性。それを感じたから生かした。やってくるごとに俺の命へと近づいていた。だから生かした。
そしてそれは間違っていなかった。
期待通り俺の命を奪ったのだ。
感謝している。死に損なって生きる気力もないのにこうやって生きるしかなかった俺をこうやってきちんと殺してくれて感謝している。
不幸をまき散らした甲斐はあった。
こいつという俺を終わらせる大外れをきちんと引けた。
感謝はしている。
だが、俺がこいつに何かしてやれることはないだろう。
いや、こうして死にかけている今でも出来ることはあるのか。
「はっ。満足か。俺を殺せて満足か」
「お前の存在が完全に消えたら満足さ。もうそれだけで俺は後はどうだっていい」
ははっ。言うな。
「はっ。そうか。こんな無駄口叩けちゃいるがもう俺も長くはない。だから」
俺は残るすべての力を持って立ち上がった。
「俺を殺したお前だけは一緒に連れていくぜ」
周りを一瞬だけ確認して俺は目の前のガキに向かって駆け出した。
遅い。今までと比べて涙が出るくらい遅い。
昔を思い出した。
まだ化け物になる前のただのの人間だったころの――
「恭介は殺させない」
赤髪の同い年くらいの女のガキに俺は深々と心臓を貫かれていた。って言ってももうとっくに心臓も壊れているんだが。
意識が薄れる。
やっとこれで俺は死ねるんだ。
最後まであいつにとっての憎たらしいだけの屑で終われただろうか。それだけが気がかりだ。
俺が死ぬために行動していたなんてあいつが知る必要はない。
俺は好き放題やって慢心していたただの化け物で終わっていい。
「――さん。そろそろ転生の時が近づいてきましたが、何か言い残しておきたいことなんかありますか? 一応記録に残しておきますが。無作為に転生という原則は基本破ることはできないので記憶を持ったまま転生、あるいは強大な力を付与されて転生といった類も受け付けません。言い残しておくこと、何かありませんか?」
「いや、前も聞いたと思うんだが地獄とかは?」
「ありません。人を大量に殺してもそれは人にとって害悪だから悪と判断されるだけで別に罰とか与えるものでもありませんし原則生前の行為でよほど世界自体に損害を与えない限りは何らかの制限を転生時に課すことはありません。そもそも人間以外の種からはよく人をたくさん殺してくれたと称賛されているといったじゃないですか?」
「まあそうなんだけどな」
あの世では本当に事務的な扱いを受けた。あれだけ大虐殺をしても人の倫理なんてくそくらえと言わんばかりに何の罰もなかった。地獄なんてない。代わりに天国もない。ただ無機質に淡々と転生の手続きをするだけでしかも生前の行いで優遇不遇もない。
まあ動物からしてみれば人間の数が減るのはよくやったっていう意見が大半なのは分からなくもないんだがそれでいいのか。
俺は正直自分が地獄に落ちるのは間違いないと思っていた。そして別にそれに抗う気もなかった。だというのに結果がこれで正直気分は微妙としか言いようがなかった。
「復讐の代行もそれ以外も我々は人間その他関わらず一切を基本受け付けません。融通が利かないという意見もありますが特定の種族だけ優遇すると他の種族から苦情が殺到しますし。全ての要望を聞かずにただ無作為に転生させるのが我々の仕事です」
とんだお役所仕事だ。俺が殺した奴が俺を殺してくれと嘆願した時も同じ答えを返したんだろうな、と想像がつく。
人基準での善人に何の得もない。
まさにやったもの勝ち。正直者が馬鹿を見る、じゃないか。
きっとだがそれは正しい。
世界は人だけの倫理で回るべきじゃないからだ。人の判断基準だけで世界を回せばきっと人にとっては都合のいい世界だがそれ以外の生物にとってはろくな世界じゃないだろう。人やその他の要望なんて聞かず世界を維持するためだけの行動をするのがきっと正しい。
だが、善人が報われないのは人にとって正しくない。
善人であることが何の意味もないなんてことになったら人間みんな倫理なんて考えずに好き勝手にやるのがいいってことになってしまうじゃねえか。
悪は潰され、善は生きる。
そうじゃないと意味がない。
世界がどうとか知ったこっちゃない。
世界の管理者が人間の善悪を考慮しないっていうなら
人間が善悪に対して賞罰を与えればいい。
「まあ叶える気は無いってのは分かってるんだが。一応一つある」
「何でしょう?」
「次に生まれ変わったときはあれだな。善人の生活を守る奴になりたいな」
「人の価値観での善人ですか?」
「ああ。そうだ」
叶うとは思わない。俺は何人も殺してきたし闇に堕としてきた。言う資格はないと誰もが言うだろう。だが悪の極みだった俺だからこそ思う。いや、そっちは関係ないな。あいつという大外れを引いて破滅した俺だから言うのだ。
殺すならまだしも苦しめ抜いて地獄を見せるような奴が現世で何のお咎めもなしなのは良い訳がない、と。冥府であるここはもう諦めた。ここはそう言う賞も罰とかそういうのは叶わないただの転生を行うだけの機構だ。罰とか言って苦しめようとしても作業の邪魔と他の種族から苦情が殺到するか人が死ぬのを喜ぶ敵対種族の邪魔が入るだけだろう。
だが現世はそれじゃ駄目だ。
悪徳なんて世界や他の種族が許しても人が許さない。人の社会はそうあるべきだ、と。
だからこそ俺じゃなくてもいい。悪にとっての大外れが人の社会に存在していてくれれば良いとそれだけを俺は願う。
まあ人間以外に生まれ変わる可能性もありそうだが、その時はそのときか。
「言葉は記録しました。ではそろそろ転生の作業に入りますね」
「ああ」
俺は導かれるまま光の渦へと歩みを進めていった。
チンピラがまるで改心したように見えますが価値観が変わっただけで屑は屑です。最後のだって単に俺も地獄を見たんだから他の悪も痛い目見ろよ、という気持ちが大部分を占めています。ある意味信仰に近い状態にまでなっていますが。