断崖
「誰か…助けて…」
高くそそり立つ崖の中腹、僅か1メートルほどの足場に男がいる。
三日前、男は一人で登山に来ていた。崖沿いの道を歩いていると、景色がよく見える場所にさしかかり、風景を写真に収めようと身を乗り出した瞬間、崖から足を踏み外し、この足場に滑落したのだ。
幸い怪我はなかったが、見上げても登れそうにはない断崖、見下ろせば足がすくむ絶壁。どう考えても自力で助かるには難しそうだった。
「おーい、助けてくれー!! 誰かー!!」
男は声を張り上げ助けを呼ぶが、どこからも返事はない。
「誰かー!! 助けてくださーい!!」
男の助けを求める声は辺りに虚しく響き渡り、それに応える者はいなかった。
だが、男は力の限り叫び続けた。
「助けてー!! 誰かー!!」 「助けてくださーい!!」
三日が経ち、相変わらず男の声に気づく者は現れない。男の声もかすれ、喉は痛み、体力も限界に近づいていた。
しかし、男が助かる為に唯一残された道は、誰かが気づくまで叫び続ける事なのだ。
「誰か…助けて…」
神の使いが山の神に尋ねた。
「神様、彼を助けなくていいのですか?」
その問いに、山の神は当然のように言った。
「奴はこの山に高速道路を通す計画の責任者だ。放っておけばよい」