Revolving lantern
思い出すのは、楽しかったあの頃――――。
「行ってきまーす!」
「リアラ、くれぐれも捕まらないようにね!」
「お母さん、大丈夫だよ!あの人は違うもん。本当に、優しい人なんだから!それに、遠くから眺めてるだけだし……。とにかく、行ってくるね!!」
「はいはい。行ってらっしゃい。」
お母さんのお見送りを受けて、私はいつもの場所へ向かう。
季節は冬。気を付けながら歩かないと、すぐに転んでしまいそうだ。
そしてここは、敗戦し、植民地となった国。
今も国中には敵国の兵士たちが巡回し、見つかればすぐに捕まってしまう。
私とお母さんは、戦争時に住んでいた家に作った地下室に隠れ住んでいる。
外に食料を集めに行くのは私の役目。
お母さんよりも私の方が逃げ足が速いから、必然的にそうなった。今も、そのために外出している。
でも、不謹慎かもしれないけど、私はこの生活に満足している。
私も恋する乙女なんだよ。恋する乙女は、どんな逆境にも負けないのだ!
というわけで、私は今日も、あの方がいる、広間に向かっていた。
今日も木の陰からあの方を眺める。
はわぁ~。今日も勇ましいお姿を見られて良かった。
ムキムキ過ぎず、美しく鍛えられた筋肉を見せるのはもったいない、と言わんばかりに着こまれた軍服。サラサラの美しい黒髪。軽々と抱えられた、大型の銃。そして、なんと言っても、仲間思いの優しさと、職務はばっちりこなす厳しさのバランスが絶妙で、ドキドキが止まらないの!!
……少し、興奮しすぎたかな。えへへっ。
さぁ、満足したから、食材探しに行こっ。
この恋は叶うわけないしね。
だって、見た目からも分かるように、敵国の兵士に恋してしまっているんだもの。禁断の恋が叶うなんてのは、本当に夢物語。
明日も生きられるかわからない今の生活で、そんな非現実的なことが起こるなんて、あり得ないよ。
そう、考えを巡らせながら、歩いている時――――ツルッ――――ドテッ――――
「ヤバいっ――――っつ!?」
「何者だ!?」
ドタドタドタドタッ……
しくじった!見つかった!!ヤバイヤバいやばい!!!殺されるっ――――!!!!
あっという間に兵士に囲まれる。
私は転んだ拍子に足を怪我して、立てなかった。
お母さん、ごめん。食材だけでも届けたいのに――。
「おいっ!大丈夫か!!」
え……?こ、この声って……。
「これはいい。こいつ、足を怪我しているから、簡単に連れていけるぜ。」
別の声がまくしたてるように言う。顔を上げると、金髪でくせっ毛のある男性が、私に手を伸ばしてきていた――――いやっ!!私は怖くなって顔を伏せる。その時――――
「ぐはっ!?」
黒髪の男性に殴られ、金髪の男性がよろめいた。
「おい、いくら陛下の命令があろうとも、ここの地域に関しては、俺が主導権を握っている。勝手な行動は慎め。……怖い思いをさせてすまなかった。お嬢さん、立てそうか?」
「え、は、、はいっ!!」
「元気そうで何よりだ。さて、その足の手当てをしたいから、お嬢さんは嫌かもしれないが、一緒にこちらへ来てくれるか。なぁに、怪我人を捕まえるなんて卑怯なこと、俺は嫌いだから、安心してくれ。」
これは、夢だろうか……。
あの方が目の前にいて、私の足の治療をしてくれて……。
「……先ほどは、ありがとうございました。あの、どうして敵国民の私を助けてくださったんですか……?」
「あぁ、実を言うとね、俺は差別が嫌いなんだ。生きていくためにこの仕事をしなきゃならないけれど、本当は、君たちとも仲良く暮らしたいんだよ。だって、おかしいだろ?土地の取り合いのために国同士の戦争に巻き込まれて、何の罪もない人たちが捕まって、殺される……。俺は、所属国の違いだけで扱いも違うのは嫌なんだ。」
やっぱり、この人は優しい人だ。
もし、私たちが戦争のない国に生まれ、出会っていたら、もっと楽しい人生を歩めたのかな。
来世はそんな人生だといいな。
「はい、終わり。今回は俺が見つけたからよかったけど、くれぐれも、ほかの兵には見つからないようにな。とりあえず、さっきの俺の仲間には口止めしたけど、念のため気を付けておくように。理不尽な殺され方をしたくないならな。」
「はい!あの、よろしければお名前をお伺いしても……?」
「俺はセシル。運が良ければ、また、な。」
「はいっ!ありがとうございました!!」
私は満面の笑みでお礼を述べた後、その場を走り去った。
「セシルさんかぁ。今度、何か差し入れでも持って行こうかな。あっ、でも、普段食べるものは私と違うだろうから、お口に合いそうなもの、考えよう。」
こうして、私はセシルさんに毎日のように会いに行った。
セシルさんは懲りずに会いに来る私に少し呆れつつも、ほかの兵士から私を庇ってくれたり、わずかながらの差し入れを嬉しそうに食べてくれたりした。
セシルさんの無邪気な笑顔は、私に生きる希望を与えてくれた。
季節は春に近づき、外も少し、暖かくなってきた。
「行ってきまーす。」
私はいつものように、周囲に警戒しながら、家を出た――――はずだった。
「!?」
急に口に布が押し当てられたと思ったら、いつの間にか、意識を失った。
ついにお迎えが来たんだと、私は悟った――――。
あぁ、私は夢でも見ているのだろうか。
私の意識が薄れる直前、涙をこらえた必死の形相で、私を捕まえた兵士に殴りかかろうとするセシルさんの姿が見えた――。あのイケメンボイスも聞こえる。
「おいっ!その子を離せっ!!止めろ…………。リアラぁ――――」
――――あれから、どのくらい経っただろうか。
私は薄暗い牢屋に入れられていた。ふと、牢屋番が独り言のように、顔は向けずに話しかけてきた。
「お嬢ちゃんも災難だったな。まさか、あのセシルが裏切るとはな。今頃、セシルの野郎も、軍を追い出されている頃だろうな。まぁ、あの兵が王様に告げ口しなければ、お嬢ちゃんもここに来ることはなかっただろうな。恨むなら、理不尽な世の中に恨んでくれよな。」
この牢屋番のおじさんは、良い人なのか、意地悪な人なのか……。
もう、どーでもいーや。
牢屋の檻を眺めながら思い出すのは、楽しかったあの頃――――。
これが、走馬灯というものだろうか。
「もし神様がいるのなら、私たちの敵になるのかな。二人一緒に居られたらいいのに、神様はとっても意地悪なんだね。」
そう言って、涙がこぼれないように目をつむると、セシルさんの無邪気な笑顔が見えた。
その笑顔を思い出していると、これから訪れるであろう死に対して、不思議と怖くはなかった。
……最期に直接、伝えたかったな。
「楽しい思い出をありがとう――――。」
それから一夜明け、私の命はあっけなく散り、星となった――――。
この国で一番輝く星を眺めて、私を思い出してくれるといいな――――。
――俺は今夜も、力強い光を放つあの星を眺め、呟く。
「リアラ、愛していたよ。来世で必ず会おうな。」
そして、ゆっくりと引き金を引いた。
――――――パァン――――――
二人の出会ったあの広間に、乾いた銃声の音が切なく響いていた――――。