水原夕美01
叫び声、泣き声。あるいは、呼び声。
「え?」
遠くで聞こえていたのが、朝のチャイムだと気付くのにしばらくかかった。
おーん、こーん、きーんこーん……。
体を捩ると、目の前の暗がりで何かがバラバラと倒れた。しばらく眺めていて、それがデッキブラシだという事に気付いた。
四方が、壁。狭い、とても狭い部屋。湿っぽい臭いと、鼻をつく芳香。
上履きのかかとがタイルと擦れて、キュッという音をたてる。チャイムの余韻のなか、耳をすますと水の音。
「トイレ?」
しかも、掃除用具入れだ。握り締めていたのは、トイレ用洗剤で。何か、お尻が冷たいなと思っていたら、あたしが座り込んでいたのは、バケツとそれに掛けられていた雑巾の上で。いや、座り込んでいるというか、ハマっているというか。
うおー、面白い。
これが他人事なら、指差しての大爆笑で、カメラフォルダの一角に、動画と共に高画質の写真が連綿と……。いや、すまんかった。誰だか知らんが、あたしの脳内の美少女。金輪際、そういう事は致しません。憐憫の涙を一粒流し、あぁ、おいたわしや、おかわいそうに。でも、お気になさる事なんてないんですわよ、と言って差し上げて仕り候う」
がちゃり。
「うわ、キモ」
「え?」
いつの間にか、目の前の戸が開いていた。ひょっとしたら、今、開いたのかも知れない。
そこに居たのはショートカットの女の子で、よく知っているクラスメイトで、小学校からの同級生であった。
名前を、緒川茜という。
「戻って来ないから、心配して来てみたら、何かブツブツ言ってるし」
「やあ、茜ちゃん」
「やあ、夕美ちゃん。ところで、ツカマツリソウロウって、スペイン語?」
あたしは、茜の言っている事を無視しようとしたが、彼女がケータイを取り出してそのちっちゃいレンズをこちらに向けたので、感極まった。いや、感極まったじゃねぇよ。
「ま、待った。茜ちゃん、あ、あんた、人の失態を指差して笑うような子だっけ!?」
「あ、ごめん」
茜ちゃんは、そう言って、あたしにそのきれいな指先をぴっと向けた後、軽く咳払いし、けらけらと笑った。
そういう事言ってんじゃねぇよ。
「ねえ、自分の身に置き換えて考えてみなよ。もし、茜ちゃんのお尻がトイレの掃除用具入れのバケツに……」
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ。
ホント。マジ、こいつ嫌い。




