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勇者の活躍(?)の裏側で生活してます・後日譚  作者: ぞみんご
第一章 このノートは問題あり!?
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#005 勇気はあるか、希望はあるか


「ひいいいいぃぃぃぃーーーー!! 後生です! お願いだから、お願いですから、それ以上は言わないでくださぁぁーーーーいぃぃーーーーッ!!」


「うっ、うぅ……?」


 その絶叫にぼんやりと意識が覚醒を始めた。


「ここは……?」


 リオの視界には見慣れぬ風景が広がっていた。


 いくつかの明かりが消えている為か、室内の全体が薄暗い。


 次に頭の直ぐ上にある樹皮製の天井と、手足どころか、身体全体を縄でぐるぐる巻きにされたラウラの姿が目に入ってくる。


 自分の手足も動かない上に、足元の感覚がない。どうやら彼女と同様に手足を縛られ、宙に浮かんでいる状態のようだ。


「ラウラちゃん、ラウラちゃん」


 呼びかけてみるが、ラウラは無反応。


 しかし、胸の上下動や、鼻の穴が大きくなっているところを見ると、眠っているだけで死んではいないようだ。


 その事にホッと胸を撫で下ろしながら、改めて周囲を窺う。


 屋敷や倉庫ではなく、侍従隊の備品である天幕。


 天幕は必要時以外は倉庫にしまっているはずなので、何らかの理由で設置されたのであろう。自分たちは天井の柱に引っ掛けて吊るされているようだ。


 リオはそう判断しながら、現在、自分たちがおかれている状況を必死で掴もうとしていた。気絶したのは自分の不注意からだが、吊るされている理由が分からない。


「そ、それだけは勘弁してください! なんでも、他なら何でもしますから……ッ!」


『駄目』


「そ、そこをなんとかあぁぁぁぁぁーーーーー…………」


 眼下では複数の女性が一喜一憂している姿があった。その中には気絶している女性や、頭を抱えて悶え苦しんでいる女性の姿もある。


 逆光になっているので、誰が気絶し悶えているかはよく分からないが、一人だけが目立っている――自分が特に憧れている――綺麗な銀髪の少女が座っている姿が見えた。


 彼女の前には自分たちが掘り起こした黒いノートが置かれており、その内の一冊のノートが開いており、そこから変装している義父の飛び出している姿が見えた。


(……パパが居るし、リディアちゃんはむずかしそうな表情をしているのかな?)


 一瞬だけ、リディアがこちらに向けて顔を上げたような気もするが、今は元の状態に戻っている。


 どうやら、試練は継続中なようだ。


 そして自分たちがここに吊るされている理由は、リディアによるお仕置きの一種なんだろうと当たりをつけた。ちょっとやりすぎではないかと言う疑問が湧いてきたが、そんな時に義父から教わった事を思い出した。


『親類以外に被害者が出ている場合のお仕置きなんてものは、ちょっとぐらいやり過ぎが丁度良いんだ。もちろん、法律が関わる場合はそれに遵守する必要はあるけど、身内が叱責する場合は甘すぎると被害者は納得しないし、仮に適切だったとしても、やっぱり納得できないんだ。だから、ちょい(ここ重要!)厳しめ、相手から同情を買うぐらいが丁度良いんだよ』


 身内にはちょっと厳しく、他者にはかなり厳しく。それが沢村家(紅の実家です)の家訓なんだそうだ。義父も祖父から聞いて、身を以って体験してきたらしい。


 たぶん、母親が叱るよりも、屋敷で一番偉い立場でいるリディアが率先して罰を与えたことで、それでも不満を持つ者が出てくるのは致し方ないとして、他の者が自分たちに強く出れないよう考慮したに違いない。


 罪――なのかは、ともかく――を犯したからには、相応の罰を受ける必要がある。ならばこそ、現状を甘んじて受ける必要があった。


 しかし、そうは言っても……。


「オシッコしたくなってきちゃった……」


 ――と、生理現象は回避しようがない。


 トイレに行きたくなったとしても、しばらく我慢すれば尿意が収まってくることはある。しかし、我慢しようにも、足が固定できないので膀胱を抑える為の筋肉(尿道(にょうどう)括約筋(かつやくきん))に力が入らない。


 このまま無情にも時間が過ぎれば、膀胱壁が決壊し、粗相をすることは確実だろう。


 仮に現在の置かれた状況や年齢的に過ちを犯したとしても自分にまったく非は無いと言えるだろう。だが、学校で自分を慕ってくれる後輩の顔を思い浮かべれば、相手に知られないとは言え、年上の面目を潰すような行為はしたくなかった。


 おそらく、日頃のリディアの思考を予想するならば、自分たちの罰が終わり、下に降ろされるとなると、下で繰り広げられている試練が終ってからに違いない。


 そして、それが終るまではこちらがトイレに行きたくなろうが、脱水症状に襲われようが、死の一歩手前までに行くまでは降ろされる事はないだろう。


 普段は優しくても、彼女は国民の命を弄ぶ事が許される王族なのだ。


「みぎゃあああああああぁぁぁぁぁ………」


 どうやら、眼下では新たな脱落者が出たようだ。


 決壊するのが先か、降ろされるのが先か、それは下で奮闘するお姉さま方の頑張り次第によるのだろうが、自分の尊厳を委ねるにはちょっと頼りなかったようだ。


(……そうだ、パパが教えてくれた魔法の言葉があった!)


 あれはそう、義父が所有する双胴船に簡易トイレが設置されていなかった頃の話だ。


 今と同じように尿意を感じたのだが、男性のように甲板の縁に立って、そのままやる事ができず、急遽、家にまで戻ることになった時に教わった言葉だ。


 聞いた時は胡散臭い、まゆつばな話でもあったが、ここでは天啓にも等しい、魔法の言葉であるのは確かなことだった。


「えっと……ぼうこうのいこうじょうひよ、伸びろー、伸びろー、ぼうこうのいこうじょうひよ、伸びろー、伸びろー……」


 尿意を忘れ、心を無にしながら、魔法の言葉を念仏のように唱え始めた。


 さあ、排尿が先か、降ろされるのが先か、下では下の、上では上の、孤独な戦いが始まるのだった。




 上で子狐が孤独な戦いに奮闘している頃、下では侍従隊が『百名玉砕』や『百名特攻』とでも表現するような絶望的とする戦いを繰り広げていた。


 これまで述べ三十名の侍従隊員が《ヒメジ・ルージュ》に挑戦し、その全てが試練を突破することなく返り討ちにあっている。


 《ヒメジ・ルージュ》が出す試練の内容は主に二つ。


 一つは、その人工精霊の元となった白鷺紅が知っている人間に対しては、その人物に則した内容の試練が出される。だから試練の内容が個々人で違うために対策の検討のしようが無かった。


 もう一つが、紅が知らない人間の場合だ。その場合は試練がたった一つに固定されている。だから対策を検討できるし、それを実施できるはずだった。


 ――が、その試練の内容というものが困難を極めた。


『さあ、試練の時間です。挑戦者は所属と氏名を名乗るのだ!』


 精霊は棒読み口調ながらも、シュンと風を切るようにお玉を振った。


「ひゃ、ひゃい! 第二小隊所属、アリエルでしゅ!」


 ガチガチに緊張した声で返事をしたのは、ほんの半年前に第二小隊に配属されたエルフの少女だ。


 侍従隊に名前を連ねてはいるが、侍従隊の本来の業務である警備や清掃等の作業には一切関わらず、専ら、今回の騒動と同じS遺産の認定を受けている『ホットプレート』の解析作業に従事していた。


 彼女は、エルフでも珍しい学者畑の出身で、『魔法と機械の融合』という論文で魔法工学の博士号を所持している。本来なら古都にある王立大学で教鞭を執っているはずなのだが、リディアが上記の目的で呼び寄せていた。


 一応、御年三〇〇歳を超える老獪な人物で、エルフ族の間では異端児として、学会ではマッドサイエンティストとして恐れられている人物が、ガチガチに緊張した面持ちで精霊と相対していた。


『アリエル君だったかな、キミの情報を我輩は有していない。だから、キミには簡単な(・・・)試練を与えよう。なに、緊張して身構える必要はない。リラックス、リラックス……』


 そうは言っても、これから言われるであろう内容は知っている。その為の下準備を済ませてはいるが、それが心許ない事は誰よりも自分が知っていたのである。


(……あたしってば、一応は姫様の恩師の一人よね? なんで恩師を地獄に落とすのかねぇ~? 教え子ってもっと良いものよね?)


 アリエルは心の中で泣いていた。


 リディアが王都で生活していた頃は、彼女の数多くいた家庭教師の一人として顔を覚えられていた程度の付き合いではあるが、それでも恩師なのには変わりないはず。


 まあ、リディア本人がアリエルを恩師と感じているかどうかは別の話なのだが……。


 今回、たまたま居合わせただけのアリエルではあるが、それを容赦なく戦場に放り込む教え子(リディア)もある意味、鬼だったのかもしれない。


(……失敗すると、ああなるのよね?)


 おそらく、アリエルもこれまでの人間同様に失敗し、地獄の苦しみを味わう自分の姿が容易に想像できたのだった。


『キミの試練は、そこにいるリディア嬢を笑わせる事だ』


 精霊の言葉に、教え子(リディア)は悠然とした構えを見せている。


 隙なんかどこにもない。


 普段、四〇人ほどの前で教鞭を執ったり、学会では国王や大陸中から集まった博士たちを前に研究成果を発表したりしているが、それらの相手とはまるで違う威圧感が、アリエルを(はりつけ)のように縛り上げていた。


『簡単だろ? 何も命のやり取りを希望しているわけじゃないんだ、一回だけ、笑顔にするか、『くすっ』と笑わせるだけで良いんだ』


 何が簡単なことだ。自分にとって、いや、多くの人間にとって、『氷の王女』の異名を持つ彼女を笑わせるなど無理な話だ。


 『誰かが王女の誕生日に氷を溶かした』と噂話で聞いたことはあるが、そんなものは根も葉もない噂話であり、空想上でしかあり得ない話である。


 科学者として証拠がなければ信用する事など出来ない。


 というか、リディアが表情筋を動かしている事など見たことがなかった。


 勉強を教えていた際の九〇分間は地獄のようなものだった。特に相手から質問されることもなく、淡々と時間が過ぎていくばかりで、その間は瞬きと呼吸による胸の上下運動しかしていなかった。


 現に今もアリエルが天幕内に足を踏み込んでから、リディアは表情を一度も変えていないし、眉一つ動かしていなかった。


 リディアと目が合う。


「先生、頑張ってください」


 声援が虚しかった。そして、逃げる場所はどこにもなかった。


 唯一、外に繋がる背後のドアは、二人の小隊長がその前に陣取っている。仕事と趣味はインドアで、武術の類とは無縁である自分では到底敵うはずのない相手だ。


『お手つきは三回まで許してあげる。それじゃあ、始め……ッ!』


 精霊は構えていたお玉を振り落とした。


 ここまで来たら、覚悟を決めるしかない。


 自分は出来る。数々の新発見をしてきて、『エレンシアの叡智』とまで云われている自分なのだ。自分の一〇分の一も生きていない小童ぐらい笑わせる事など簡単な事だ。


 すー、はー、と大きく深呼吸をする。


 「あたしは出来る、あたしは最高、あたしは天才」と自己暗示を重ねていく。


 そして自信が全身に漲ってくると、アリエルはリディアと相対した。


「布団が吹っ飛んだッ!」


 力一杯、叫んでみたが、リディアは眉一つ動かさなかった。


 ワンストラーイク。


「よ、予算の話はもうよさんかッ!」


 心の限り、叫んでみたが、リディアは瞬き一つしなかった。


 ツーストラーイク。


「……は、博士にズボンをはかせろッ!」


 全身全霊を持って、叫んでみたが、リディアは、そっと溜息を吐いた。


 ストラーイク、バッターアウト!


「…………」


「…………」


『…………』


 天幕内の人間はおろか、精霊にまで痛い視線を向けられる。そして、天井に吊るされている子狐からは残念な視線が送られていた。


 一つの分野で天才だったとしても、笑いの才能があるとは限らなかった。


「な、なんだよ! 学会の飲み会では絶対にすべらないネタなんだぞ! みんな爆笑するんだぞ!? リディア君、笑って! キミが『ハッハッハ』と笑ってくれれば、あたしは救われるんだよ!」


「無理です」


 あっさりと拒絶した。


 というか、その笑い方だと愛想笑いにすらなっていない。


「笑うんだあああああぁぁぁぁぁーーーーーー」


 ……退場。


 余りの見苦しさに、精霊はフライパンをアリエルに向けて投げつけた。


「みギュああああああばばばばぁぁぁぁぁーーーー……ッ!? ぎ、ぎいでいだのど、ぢがうぅぅ、あばばばば……」


 これまでのマッサージ機能付きとは違い、純粋に感電しているような様相だ。アリエルの短いおかっぱ頭の髪の毛が花開くようにどんどん立っていく。


「……無様ですね」


 そして心の中で、『学会とは馬鹿の集まりなのでしょうか?』と嘆いた。確かにアリエルは優れた学者なのだろうが、もう二〇〇年近く学会のトップを走っている。


 長寿種族の特性だけが理由ではないだろうが、学会のトップクラスはそうした種族のみで組織が固められているので、組織としての若い血が入ってこず、新陳代謝がなされていないのかもしれない。


 もしかしたら、産業の発展が遅いのは地理的要因ばかりではないのかもしれない。


「どのような組織でも血の入れ替えは必要ですね。本来の目的とは違いましたが、これも良い意味で収穫できたと喜びましょう」


 政治が学業に対して、必要以上の介入は悪とするべきだが、適度に介入する必要はあるだろう。それとなく父親に伝えておこうと決心した。


 外に運び出されていくアリエルを見送った後、天幕内には静けさが戻る。


 少し休憩しましょうか、というリディアの発言により、人工精霊は本の中に還り、各々が身近な椅子に座り込んだ。


 外に目を向ければ、空は茜色に染まる夕暮れ時。


 期限となる日の入りまで残り僅かと言ったところか。


 侍従隊の大半の人員をつぎ込んだというのに、まったく成果が出ないという現実が、とてつもない疲労感を産むのだった。


「これで第二小隊は隊長のクリスティーネを除けば全滅ですか……」


「第一、第六もほぼ全滅です。これ以上は、今日、乗り越えたとしても、明日以降の作業に支障が出ることになりますが……?」


 屋敷の運営に支障が出ない範囲で人材を投入しているのだが、その全てが失敗に終わり、本人たちに多大なトラウマを植えつける結果となっている。


 特に甚大な被害を見せているのはトモエが率いる第六小隊だろうか。


 トモエに出された試練は『三分以内に豆腐を握りつぶす』という、他者からすれば赤子の手を捻る以上に簡単なことだった。しかし、豆腐を心の底から大切にしているトモエからすれば『豆腐を握りつぶす』という行為は四苦八苦にも等しい、いやそれ以上の苦行になるのだろう。


 頭では目の前にある豆腐が幻と分かっているのに、五感に伝わる感触は豆腐そのものであり、それを食さず、握りつぶす事などトモエには最初から無理な話だ。


 周囲が声援を送る中、トモエは苦悶の表情を浮かべながら、無情にも時間が過ぎていき、制限の三分が経った頃には滝のような汗が流れ落ちていた。


「……トモエさんは再起不能かもしれませんね」


「あれは酷かったなぁ……まだ、過去のトラウマを暴露される方がマシだろうに……」


 マドレーヌとクリスティーネは同僚のその後を思いやった。


 試練に失敗し、立ち尽くしていたトモエだったが、人工精霊の《ヒメジ・ルージュ》は彼女の姿になんら同情を寄せず、持っていたフライパンで豆腐を潰したのである。


 それも潰れる音や飛び散る破片などを完全再現して、である。


 潰された豆腐を目にして発狂しかけたトモエに対して追い討ちをかける様に、新たな豆腐を出現させては、フライパンやお玉で潰したり、お玉からナイフに変形させては切り分けたり、と残虐な行為(?)が三分ほど続けたのである。


 その結果、トモエの精神は崩壊しかけ、カウンセラーが待つ救護室へと運ばれていったのだった。


 そして、試練に失敗した人間は過去のトラウマとなった事象の再現をしたり、他人には知られたくない恥ずかしい過去などを暴露されるなど、精神的傷病者を量産していったのである。


 彼女達が明日までに回復しなければ、屋敷の運営や任務を限られた人数による自転車操業を行う事になりかねなかった。


「言いたい事は分かりましたが、今日、乗り越えなければ、明日の朝日を拝む事は叶いません。生きる為には前進あるのみです」


 リディアの決意は固かった。


 ここまで来ると、全員突撃の全員玉砕という言葉が本気で頭の中をよぎってしまう。


「それはそうなんでしょうが……、あの、リディア様」


「なんですか?」


「素朴な疑問と言いますが、最初に問いただしておくべきだったのですけど……」


「質問はハッキリと」


「それじゃあ、お聞きします。仮に失敗したとして、本当に国家が無くなるほどの影響が出るんですかね? あたしはそれが信じられないんです」


 マドレーヌの問いは、ここに居る――リディアを除いた――全員が浮かべた疑問だったのかもしれない。


 『国家が無くなる』という内容は人工精霊の口から聞かされたのではなく、リディアから聞かされた話である。人工精霊はその辺りの発言をこれまで一切していなかった。


 リディアが周囲に対して意味もなく嘘をつくとは思えないが、発破を掛けるには国家云々の話が大きすぎて、信憑性という意味で薄くなっていくのだ、


「確かにシラサギ様はお茶目なところはありますが、何だかんだと、お互いに笑って済ませる範囲で終わらせるはずです」


 なるほど、と同意するように頷く。そして周囲の目がリディアに集中した。


「……確かに、国家が消えるかもしれないという話は私の創作になるかもしれません。しかし、まったくの出鱈目ではないのは確かです」


「それなりの根拠があるのですか?」


 はい、と頷いた。


「まず初めに言っておきますが、《ヒメジ・ルージュ》は最後まで試練に失敗した場合、自己とその他、三冊のノートの存在が消える、とだけ宣言しました。その方法の言質は取れませんでしたが、恐らく爆発・炎上に類似するものと思っています」


「言質は取ってないんですよね?」


「女神様からの保障でよければ、『爆発する』という意味では間違っていない、と神託を受けています」


 月の女神の言葉なら、それは本人から言質を取ったものと同等以上の意味をする。本人は嘘をつけるが、月の女神はリディアに嘘をつくことが出来ないからだ。


 しかし、それだけでは『国家が無くなる』という話には繋がらない。精々、他の三冊を巻き添えにしながら燃える程度で終るかもしれないからだ。


「ノートの中身を確認していないので、どのような方法で消えるのか詳細は判りません。――が、ノートに内蔵された魔力の量を鑑みれば、国家が消滅してもおかしくはないということです」


「そこまでの魔力の量が?」


 クリスティーネは首を傾げながらノートを見た。


 リディアには劣るかもしれないが、クリスティーネも魔力の察知には一家言を持っている。そういう意味では、専門家の端くれとしてリディアの発言は『針小棒大・大風呂敷』と思っている。


 確かに、ノート本体には人工精霊を出現させるだけの魔力は有しているだろう。けれども証拠隠滅に使われるであろう魔力はさほど残っていないと読んでいる。


 それはエルフのシエナも同じだった。


「そこまでの威力がありますかね? 仮に、精霊を暴走させたとしても、これまでは大きな街が消える程度で済んでますが……」


「貴方たちは人工精霊の方に目が奪われるかもしれませんが、ノートの魔力は凄まじい物があります。過去に精霊が暴走して街が崩壊した時の魔力を『一』とすれば、ノートの魔力は約四万倍に相当します。崩壊した街の面積がエリザと同じぐらいでしたから、単純に計算すればエレンシアと同等の面積が崩壊する事になります」


「四万? 幾らなんでも過大評価のし過ぎではないでしょうか?」


「私もそう思いたいのですが……。当初は試練に失敗するようならば(エリザ)に被害が及ばないよう、竜で運び、南海洋に投棄する予定でした」


 最悪を想定すれば、エレンシアの沿岸の一部に津波被害が出るかもしれない。しかし、国家全体を守る為といえば、それも悪い手ではない。


 お茶を淹れて戻ってきた給仕係が皆の前に甘めに淹れた紅茶を配っていく。


 リディアは、紅茶の香りを楽しみながら、


「ただ、捨てた場合は『協力したジークとシュルヴィーが暴れるよ?』と脅されましたので。……だから、失敗した場合は両名がノートを破壊する為に召喚されるのではないか? と踏んでいるのです。膨大な魔力はその為にあるのかもしれません」


 二つの名前を聞いてマドレーヌとクリスティーネは首を傾げるが、シエナの表情は固まった。


 マドレーヌたちも紅茶を口に運びながら、尋ねた。


「『ジーク』と『シュルヴィー』とは?」


 クリスティーネとマドレーヌは知らない。


 その名前が人類にとってアンタッチャブルという事を。




「ああ、八大竜王です」




 さらりと述べる。


 その一言に天幕内は凍るのだった。


 ちなみに、吊るされた子狐の堤防は決壊しそうだった。


次回、本当に完結編

リオの膀胱云々の話は訓練次第では有効なんだそうですよ。念じる前に筋肉などを鍛えるそうですが……

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