#004 爆弾発言?
『ヒメジ・ルージュ』と偽名を使ってはいるが、やや半透明で本人の八分の一サイズをしてはいるが、屋敷に多大な影響を残した白鷺紅であることは確かだろう。
彼がエレンシアでの一年に渡る生活を終え、帰郷の途に就いてから約一年半の時が経過していた。
久方ぶりに声を聞き、姿を見た者の胸中には懐かしさと寂しさの両方の感情がこみ上げてくる。中には涙ぐむ者までいた。
いや、懐かしがっている暇はない。今は彼の存在理由を問うべきだろう。
「あの、シラサギ様? そのお姿はなんでしょうか?」
とりあえず、キティがツッコミを入れてみた。
『違う! そやつは世を忍ぶ仮の姿! 吾輩は「シラサギコウ」などと言うお茶目な人間ではなく、吾輩は誇り高き人工精霊だ!』
右手にもったお玉の先端がこちらを威嚇するように向けられている。相変わらず、ヤル気のない棒読み口調はそのままだが、かなり憤慨している様子だ。
「(ツッコミどころが満載だけど、指摘しない方が良いよな? 下手に藪を突いたりしたら、蛇じゃなくてドラゴンが出てきそうでさ)」
事態を引き起こしたマドレーヌが人工精霊から目を離さず、横に座るクリスティーネに肩を寄せて、ひそひそと会話を始める。
「(その方がよろしいかと……それにしても『人工』と仰られていますが、本当に人の手で作り上げたのでしょうか? 確かに精霊の魔力に似た何かを感じ取れますが、そのような魔法の存在について、わたくし、聞いたことがありませんわ)」
「(自分が知らないからって、それが存在しない理由にはならないさ。あの人の交友関係は海を渡るからね。もしかしたら、コッペちゃんと同じ原理かも知れんぞ? それに本当に一から作り上げたとしても、あたしは驚かないからな)」
「(コッペリアさんと同じようには思えませんが、おそらく、跨っているドラゴンが関係していると思われますわ。ヴィクトール様に似た雰囲気……いえ、それを上回る風格を漂わせてますから、お父上のカール様かもしれませんわね)」
ちなみに跨っているドラゴンのモデル(?)は、それら二頭のドラゴンよりも遙か上――魔王アヤコ以上――の存在なのだが、彼女たちはそのことに気づくことはなかった。
改めて、精霊が跨っているドラゴンに視線を向ける。
置物のようにも見えるが、言われてみれば、確かに野生のドラゴンや、やたらと下手に出てくるヴィクトールに比べれば王者の風格を漂わせている。
その王者を家畜である馬と同じように跨っている姿は素直に感心した。
「(上で吊るされているちびっ子狐も似たようなことをしていた記憶があるけど、その義父親はそれを上回る事を軽々とやってのけるな。あたしは、シラサギ様が神様と親友や恋人になっていても、ありえる話だと頷けるぞ)」
白鷺紅という人間は、厄介ごとの遭遇率がおかしな因果律でも働いているのではないかというのが専らの評価であり、一部の人間からは『最狂のトラブルメーカー』として認識されていた。
本人からすれば「別に好き好んで厄介ごとに遭遇していたわけではない」と、反論していただろう。そして、原因があるなら教えて欲しいと思っていたはずだ。
「(とりあえず、リディア様の身の安全を最優先に行動しますわよ)」
「(あいよ。しかし、アヤコ姉さんが居ないのは辛いなー)」
「(ここに居ない人間を当てにしないの。それに、今はリディア様以上に大切な存在がいるのですから。……ただまぁ、セーラ様とルツィアさんが居ないのは辛いですわね)」
引退しているとは言え、その実力は今でも王国最強の名を欲しいままにしている。この場にいれば百人力の助っ人になってくれるであろうが、彼女が参加しない理由も分かっているので、それ以上は何も言わなかった。
そして、この場にいるのはシエナを除けば、攻撃よりも護衛を得意としているので、
人工精霊がこちらに対して何かをしようものなら、即座に動けるよう、百戦錬磨の二人はひっそりと戦闘体勢に入っていった。
『そういう訳で、次から「シラサギ」と言ったりしないように。プンプン!』
「はい、申し訳ありませんでした。今後は失礼のないよう、部下たちにはよく言って聞かせますので」
リディアは深々と人工精霊に頭を下げる。
そのうえ、顔を上げると周囲には彼の言葉に従うよう視線を送った。
どうやら、そういう設定で行くようだ。彼の人間性についてそれなりに知っている者は、そういうものだと納得しているので、特に気にする事はしないようにする。
いや、本当は気にしているのだが、要らぬツッコミをすれば、手痛いしっぺ返しを食らうかもしれないと、過去の教訓――特に『ドラゴン・がお~事件』と『激辛メイプルシロップ復讐劇』――が生きていたからかもしれない。
なにより、自分達の中にある防衛本能が『何もするな!』と訴えていた。
だが、集まった中には彼を知らない人間もいた。ちっこい隊長だ。
ちっこい隊長こと――ザフラー臨時小隊長は、ロロットと同じようにエレンシア王家に恭順するドワーフ一族の推薦により、徴兵訓練を経ずに近衛軍に配属された『生え抜き』だった。
彼女は初期訓練の成績こそ優秀ではなかったが、自分の名前の由来である『大胆』を信条としており、ある種の『怖いもの知らず』という点が教育係に褒められた。それが、臨時小隊の隊長として派遣された理由にもなっている。
しかし、今回はその大胆さが悪い方向へと舵を切ってしまったのだった。いや、もしかすると怯えている諸先輩方に良いところを見せたかっただけなのかも知れない。
「なんですの、この変態は?」
彼女はリディアの命に背き、人工精霊の頭をぽんぽんと叩きながら悪態をついた。
(……あ、言うてはならんことを言っちゃったぞ)
余りの空気の読めなさに、この場の空気が凍りついた。
リディアとロロットはザフラーからそっと顔を背けた。二人はこれから起こるであろう惨事を身を持って知っているので、せめてもの情けとしての行動だった。
頭を叩かれた人工精霊は人間ではありえない動き――体を正面に向けながら、首から上だけを一八〇度回転させ、ザフラーと目があった。
次の瞬間――
「みぎゅわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
ザフラーの全身に味わったことのない感触が走りぬけた。
「うひょおおうううぅぅぅにゃああああぁぁぁぁっっっ!? あひゅ、あん、やぁん、にゃ、にゃめへ、らめらめ、うひゃああああぁぁぁぁぁぁっっっ!? ひょへて、ひぇえて、あおうあはああああああああああああぁぁぁぁあああああおああぁぁあっっっっ!!!」
ぴくびくびくーっと、ザフラーの全身が不自然な動きで痙攣し始める。
その姿を見ながら、マドレーヌ達は同僚を助けに入ろうとはせず、逆に距離を取り始めた。助けに入ろうものなら、自分たちも感染するのではないかと危惧してのことだ。
「だ、大丈夫なのか?」
同僚の突然な変化に呆気に取られながらも、すかさずリディアの後ろに立ち、マドレーヌは目隠しするように両手で覆い隠した。
ザフラーは、瞳がとろりと蕩けはじめ、頬を赤く染め、鼻で荒く呼吸をし、じれったそうに身体を揺らし始める。これでは情事をしている最中を想像させるものだ。
子供に見せるのは教育上よろしくない有害な絵面なのかもしない。
ただし、リディア自身はかなりのものを見て、体験していたりするのだが、彼女たちはそれを知らなかった。というか、この場にいる人間としては既婚者であるセディアに次いでの経験者である。
「あー、大丈夫でござるよ」
ロロットは悶える同僚の姿に憐れみを浮かべながら、マドレーヌの問いに答えた。
「な、なにが大丈夫なのですか!? し、死なないですよね? もし死んじゃったら、お見舞金やら近衛軍への損害賠償が発生しちゃうじゃないですか!?」
「だから大丈夫でござるよ。秘書官殿、落ち着いてくだされ。これは、その……マッサージのようなものでござる」
「はい? マッサージ? これが?」
セディアとシエナが顔をあわせる。
自分たちが持っている知識と照らし合わせても、目の前で繰り広げられている痴態はマッサージという行為に当てはまる箇所が見当たらない。
(……ああ、もしかして『性感マッサージ』という奴でしょうか?)
紅に初めて抱かれた時は本当に久しぶりだったので、念入りに前準備をされた記憶がある。その時に紅本人から性感マッサージ云々と言われた事を思い出した。
(……ただ、なんか違うんですよねー……)
何が違うんだろうか? と、首を捻る。
「ちょっと強めの刺激が全身をくまなく駆け抜けているでござる。健康に害のない範囲で行われており、こりの原因となる筋肉疲労や血行不良の改善などを行うでござるよ」
『痛気持ちいい』という奴ですな、とロロットは説明した。
セディアとシエナは揃って、眼下で悶えるザフラーの姿を見る。
とてもじゃないが、マッサージという治療行為には見えない。
経験はないが、知識として知っているシエナからすれば、これは拷問のプロが行う術に近いものがある。肉体は壊さず、ただひたすら精神だけを壊していく。ただ、目の前で行われているものは、拷問と少し違い、肉体回復をさせながら、精神的疲労を促しているところだろうか。
どちらにせよ、自分は絶対に受けたくない。
施術後の彼女の精神はどうなっているのか予測がつかなかった。もしかしたら、二度と戦列に復帰する事はないのかもしれない。
「肩こりやむくみ、全身疲労、便秘の改善、新陳代謝や免疫機能の回復・向上を促すので荒れたお肌等にも効果的です。皆さんも一度はお試しあれ」
「リディア様、なんの宣伝ですか」
ちなみに、治療時間は本人の疲れ具合で変わって来る。
リディアは一〇秒ほどで終了し、ロロットは一分近く悶え続けた。確かに、体から疲れという疲れは消え去ったが、心に残った疲労は凄まじいものだ。
特にリディアからすれば、一〇秒という短い時間とは言え、自分のあられもない痴態をリオとラウラに見られてしまったのだから、なかった事にしたいトラウマものの出来事である。
ザフラーの時間が長い理由は、慣れない土地で、余り知らない同僚に囲まれるなど、日々、様々なプレッシャーに押し潰されそうになったので身体全体にかなりの疲労が蓄積した結果なのかもしれない。
「ちなみに、痩せるでござるよ」
『痩せる』という単語に何人が反応したかどうかは『神のみぞ知る』である。
『制裁、終了』
人工精霊は淡々とそう述べると、首を元の位置に戻した。
どうやら終ったようだ。
施術から解放されたザフラーはくたりと全身を弛緩させている。顔に至っては、目を大きく見開き、表情筋が緩んだせいか、穴という穴から液体が流れ出していた。
「……こんな風にはなりたくないな」
「ええ……」
なんとも形容しがたい姿だ。とても正視できるものではなかった。本人は魂が抜けたように気を失っているのが救いなのかもしれない。
意識を取り戻した時は、おそらく今回の出来事を忘却しているに違いないだろう。いや、そうなっている事を切に願うべきか。
とりあえず、外で待機している口の堅い衛生兵を呼び、使い物にならなくなった彼女を医務室へ運ぶように指示を出す事にした。
「試練……ですか」
セディアは意外そうな声で復唱した。
人工精霊が本の中に還っていくのを見届けた後、リディアが口にした言葉に対して、多くの人間がセディアと同じ反応を返した。
「そうです、コウさ……いえ、《ヒメジ・ルージュ》を再度、封印状態に持っていくためには、彼が出す三つの試練を皆さんで協力して乗り越えないといけません」
「試練なんて、また、なんで……?」
「そういうことは、こんな大掛かりな仕掛けを作ったご本人に聞いてください……と言いたいところなのですが、あの人工精霊は守護神のような存在です」
「どういう意味ですか?」
「詳しい理屈は分かっていませんが、人工精霊が入っている(?)ノートは、残りの三冊を守護する役目を担っているそうです。本来ならリオとラウラが正しい手順によって封印の解除をしていれば、この防衛装置は作動しないそうですが……」
「つまり、何らかの理由でその二人以外がノートを持ち出した場合に備えた、防衛機能という訳ですか」
人工精霊などという規格外のような存在は抜きにすれば、似たような防衛処置が施された魔術書が世の中には数多く存在している。
ただ、今回の場合は規格外の部分が問題なのだが……。
「既にリオとラウラの手によって第一の試練を乗り越えた状態ですので、実質、残り一つになります」
「第一の試練が終わっているという事なら、二人は答を知っているのでは? それなら残り二つとも娘たちにやらせれば良いのではないでしょうか?」
それが責任というものです、と母親は言う。
セディアの言葉に周囲も同調するように頷いているが、それを見たリディアはゆっくりと首を横に振った。
「それが、コウさんが伝えた内容が間違っていたのか、はたまた答の設定を間違えたのか、それとも二人が聞き間違えたのかは不明ですが、二人は既に二つ目の試練に失敗しています」
「ああ、ここに連れてこられた時点で気絶していたのはリディア様がやったのではなく、ザフラーと似たような目に合ったということでオーケーですか?」
「はい、試練に失敗すれば先ほどのマッサージとは比べ物にならない地獄が待っています。たぶん、死にはしませんが悶絶することは確実です」
「ちなみに、拙者も既に失敗しているでござる。その結果、何が待ち受けていたかは……すまぬ、言葉には出来ぬでござるから、そちらで察して欲しいでござるよ……うっ!?」
トラウマが甦ってきたのか、自ら部屋の端まで行き、「ふおぉぉぉぉ……母上、忘れてくだされ! 忘れてくだされ!」と、周囲には良く分からない言葉を吐きながら、テントを支えている太い柱に頭を打ちつけ始めた。
ロロットの突然の行動に目を丸くしながらも、リディアは気を取り直し、凄みのある表情を浮かべ、
「試練は一人一回、失敗すればそれで終わりですから、私とロロットは除外する事になります。だから、あとは皆さんだけしか居ないのです。覚悟してください」
「ああはなりたくなかったら、死ぬ気でやることです」と、依然、柱に頭を打ち続けているロロットを指差した。
予想外の話に、全員の反応が鈍い。
不安材料が多すぎて、素直に頷けないようだ。ロロットの言動と先ほどの刑執行を見ていることも、不安の拍車を掛けることになっていた。
「冗談……ですよね……」
「いや、私は本気です。貴女たちの意志に関係なく、この試練は受けてもらいます」
問答無用の宣告だ。
王女としての立場と彼女たちの雇い主という強権を発動させて、聞く者全てに例外なく顔を引きつらせる。
「ほ、本気ですか?」
「何度も言いますが、私は本気です! これは依頼やお願いではなく、皇太子勅令第八一九二号を署名し、既に国王陛下から裁可も頂いておりますので、現時点を持って発令します。……もう、決定事項です」
これはリディアが皇太子として署名した初めての勅令であった。
「本気の本気、こちらに拒否権は無しですか……」
「拒否すれば、それは頭と胴体がお別れする事を意味しますね」
唯一、勅令を撤回できる立場にいる国王が今回の件について了承しているので、それは法的強制力も有している状態だ。
命令違反や命令拒否なら査問委員会や軍法会議が開かれ、その場で弁論する機会があるのだが、今回はそれらの流れを中断して、リディアがいきなり判決を出せる事になる。
そして、この場合の判決は『死刑』以外、何物でもなかった。
「私だってこんな事はしたくなかったんです……」
毅然とした表情から一転、渋い表情で溜息を吐いた。
「でも、お父様やクレオが『キミの所にいる侍従隊の面々ならシラサギ君についても良く知っているだろうし、これまでの功績を考えれば、任せても安全だろう』……と」
リディアからすれば予想外の出来事であり、王都に居る父親や侍従隊の本部長などと相談して決めたんだろうという苦労が見て取れた。
何かあれば、それはエリザベス領やリディアだけの問題ではない。
失敗すれば、王家内部だけではなく、国内の貴族や偉い人たちを納得させる理由が必要になるだろうし、リディアは明言していないが、恐らく周辺国家との外交問題に発展するかもしれない。
普通ならありえない事案をどう処理すべきかとかなり悩んだに違いない。その結果がこの状況――勅令に繋がったとなれば、例え、それが無くても引き受けるしかない。
立場はどうあれ、自分よりもひと回り年下の子供にこのような重圧を一人だけに受けさせるのは、大人として申し訳ない気持ちになってくる。
「そういうことなら仕方ありませんね」
「ええ、部下達には迷惑を掛ける事になるかもしれませんが、それもお給料を貰う為の仕事と思えばどうってことありませんわ」
「逃げた所で、これが無くなる訳じゃないしな。あたしからすれば、遣り甲斐のある仕事はいつでも大歓迎だ」
「リディア様、我々は侍従隊の誇りと忠誠心にかけて、立派に責務を果させて頂きます。どうかご安心くださいませ」
各小隊長が承諾した事で、正式に命令が受諾された事になる。
セディアとシエナの両名も承諾するように力強く頷いており、脱落者は誰一人いなかった。
リディアは全員の承諾に感謝しつつ、今後の予定を口にする。
「今日の日の入り時刻がタイムリミットになってますので、正確な時間はあとで測るとして、残りは五・六時間と言ったところです」
それが多いか少ないかは今後の頑張り次第というところだが、四半日もあるということはありがたい。
失敗した時のことを考えると憂鬱にはなるが、次に繋がると考えれば、気持ちも楽になる。なに、哀れな子羊の役目は部下達に任せればいい。
兵士は死ぬのも仕事のうちだ。
「休暇は中断、屋敷の清掃は後回しにして、警備は最低限の人数まで搾って、残りはこの作業に当たらせた方が良いでしょうね」
「レストランを警備している部下も呼び戻しましょう。ザフラーさんの小隊は連携の面で不安を残しますし、隊長があのような状態になってしまった以上、戦力外と考えるべきですわ」
リディアは、小隊長たちが今後の対策を積極的に話し合っている姿を頼もしく思いながら悲しい目で見つめていた。
自分の命令で兵士を死地に送るとはこういう事なのか、国王になればこれと同じ経験を何度もしなければならないのか、色々と複雑な感情が絡まっていく。
ああそうだった、とリディアは忘れていた事案を口にする。
「そうそう、タイムリミットを過ぎた場合の事を話していませんでしたね」
「リディア様、ヤル気が出てきている場面で、失敗を前提にするのはどうかと」
「これも大事な話です」
それぞれが作業を止めて、リディアに注目する。
「失敗した場合は、『エレンシア王国』という地名が『エレンシア湾』と改名することになるでしょう」
さらりと爆弾発言をするのだった。
長くなったので分割します。
次回、解決編?