#002 爆弾処理班?
街は静けさを保つ中、領主の屋敷は喧騒に包まれていた。
特に『泰然自若』をモットーにするはずのメイド服を身に纏った戦闘集団などは、右往左往、周章狼狽といった珍しい光景を見せている。
魔法を得意とする隊員は屋敷やその周辺に掛けられていた防護結界の再強化を施し、清掃を担当していた隊員は屋敷に備え付けられている高価な美術品や工芸品などを保護処置、もしくは屋外退避という作業に追われていた。
これではまるで屋敷で火事か爆発でもあったかのような光景だ。
「えっと……、これはどうしたことなのでしょうか?」
街に滞在する重要人物の保護観察の作業をしていた侍従隊・第六小隊の豆腐大好き隊長は、特に理由も告げられずに大至急戻ってくるように伝言を受けていたので、何時もとは違う屋敷の喧騒に呆然と立ち尽くした。
その彼女の横を名工が作り上げた姿見ドレッサーが運び出されていく。あれは世界で五棹しかなく、主人の部屋に置かれていたものだ。
「……はっ!? 作業中ごめんなさい。あなた達は何をしているのですか?」
立ち尽くすだけでは事態は改善しないと思い、結界の補修作業をしていた第二小隊のダイエットが趣味という隊員に声をかけることにした。
「あ、トモエ隊長。今は結界を強化する術式を施しています」
「いえ、それは分かっているのですが……と、わたくしの質問の内容がまずかったわね。えっと……単に綻びを直しているわけではありませんよね? 結界の補修時期は再来月を予定していたわけですし」
結界の点検作業は二週に一度のペースで行われているが、補修作業は三ヶ月に一度のペースだ。先月直したばかりなので、補修時期には早すぎる。
また、結界魔法の専門家ではないトモエが見たところ、作業中の術式は外部からの進入に備えるというよりも、内から外へ影響が出ないようにするものと思われた。それも侵入者を逃さないためと言うよりも、魔法実験などの際に放出される力を逃さないように要点を置いているものだ。
少なくとも魔物や魔獣の侵入に備えているものではなかった。
「わたしもよく分かっていないんですけど、クリスティーナ隊長が大至急、第四種防御態勢を施すようにと指示を出したので。他にも第三小隊は屋敷が壊れた場合に備えて、補修材料のチェックや、修理道具の点検作業をしてますよ」
「……第四種ですか?」
隊員の説明を受けたトモエは驚きを隠せない。
それは魔法や火薬などで起こるであろう爆発に備える時に発令されるものだ。魔法実験場ならともかく、生活拠点となるはずの屋敷ではありえない指示だ。少なくとも、自分がこの世に生を受けてから初めてのことなのは確かなことだ。
(クリスさんが実験病を再発した? それとも大隊長が保有する小道具がまた爆発しかけているとか?)
屋敷で魔法の実験をするにしては話が急すぎる。そういった事をする場合は、少なくとも一ヶ月前に申請しておき、一週間前には実験の詳細を知らせる説明会が開かれる。
アヤコの跡を引き継いだなんちゃって忍者の大隊長が保有する小道具が爆発した前例がこれまでに無かったわけではないが、威力の規模が小さい――せいぜい煙幕を張る程度で、窓を開ければ済む――ので、ここまで大げさな作業にする必要がない。
「はい。あと、グレイスさんが『Sの遺産が……』と呻いている姿を見たっていう同僚がいますけど……。すいません、作業が残っているのでわたしはこれで。トモエ隊長にも招集がかかってますから、運動場にある大天幕へとお急ぎください」
「ええ、ありがとう」
作業に戻る隊員に礼を述べると屋敷を見上げた。
任務に出かける際は静謐を保っていた自慢の頼もしい屋敷だ。それが今となっては――佇まいこそ変わりないが――魔王の城にも匹敵する禍々しいものへと変貌を遂げている。
『Sの遺産』という単語に心当たりがあるが、あれらは暗黙の了解として全て封印指定がされているはずだ。もしや、新たな遺産が発見されたのだろうか? それとも規定違反を犯した者がいるのだろうか。
「一体、何が行われようとしているのかしら?」
和装が似合いそうな東洋美人の隊長は気を引き締めなおすと、運動場の方へと足を運ぶのだった
普段は侍従隊の訓練施設として使用される運動場の中心には『緊急対策本部』と名付けられた二十人ぐらいが寝泊りできる天幕が張られており、その室内はとても緊迫した、ただならぬ雰囲気に包まれていた。
理由も告げられずに集められた面々は皆、神妙な面持ちでいる。
主催者のリディアは不在だが、彼女の両腕である秘書官と相談役の女性が席についており、第一小隊の隊長と番号が振られていない臨時小隊の隊長も緊張した面持ちで席についている。
そんな中、臨時小隊のちっこい隊長は訓練中に呼び出された為に、事の成り行きがよく分かっておらず、横に座る第一小隊の隊長の肘を軽くつつき、小声で話しかける。
「あのさ、招集された理由って分かる? わたしの小隊は街の外で訓練していたから、呼び出し理由がわからないんだけど……」
「……ごめんなさい、何も聞いてないわ。秘書官殿は招集された訳を聞いてますか?」
結婚退職した前隊長から小隊を引き継いだばかりのキティは、同僚には小さな声で返答すると、今度は自分の前――反対側の席に座る、今年からリディアの筆頭秘書官に任命された狐耳族の女性に声をかけた。
「申し訳ありませんが、私も自分の部屋で決裁済みの書類整理をしていたところを呼び出されたので、特に何も知らされていないの。ただ……」
「ただ?」
「かなり重要度が高い案件の話し合いになるとか」
秘書官――国から支給された秘書服に身を纏い、襟には王国勅許書記士の身分を証明する『交差する二本の銀色の筆』のバッチを輝かせたセディアが申し訳なさそうな表情を浮かべた。
元・奴隷だった彼女は、主人が帰還した後、リディアたちの勧めもあり職員として屋敷で働き始めた。そして仕事の傍ら勅許書記士という合格率一パーセント未満――四、五年に一人程度の割合――の狭き門を一発合格という快挙を成し遂げたのである。
そして、試験に合格した事による予期しない副産物もあった。
奴隷だった女性が、国王の補佐官にまでなれる資格を取ったことが目を引いたのか、『王都週報』という週に一度発行される王国最古の新聞にインタビューと特集記事が掲載されていたりする。
そういった意味では、王国で一番有名な働くママになるかもしれない。
ちなみに、彼女と似たような境遇にいた屋敷でメイドをしていた双子のシェリーとジュリーは、セディアの部下という待遇で働いており、彼女に続く第二、第三の試験合格者を目指している。
「遅れて申し訳ありません」
そこにトモエ、第二小隊のクリスティーナ、第三小隊のマドレーヌも合流した。
これで現在、東部感染病封じ込め作戦の為に遠征中の第四小隊と第五小隊を除く全ての小隊長が勢ぞろいした。
彼女たちは自分に割り当てられた席に着席する。すぐさま給仕係が彼女たちのお茶を用意し始めた。
「お三方は招集理由を知っていますか?」
三人が席に座った事を確認してから、セディアが問いかけた。
「……まだなんとも」
「……いや」
「……知っておりますわ」
トモエとマドレーヌの二人が首を横に振る中、クリスティーナ一人が首を縦に振った。ただし、その表情には苦悩と恐怖という二つの感情が入り混じっている。
その表情を見たセディアたちは「ゴクリ……ッ」と息を呑み、次の言葉を待つ。
クリスティーナはゆっくりと全員の顔を見回し、最後は虚空を見つめながら、ゆっくりと口を開いていく。
「今回の招集理由はズバリ……『S遺産』、あの方が遺された未発見の品が見つかったということによるものですわ」
クリスティーナの発言を聞いた大半の人間が「うわぁ……」と顔を歪める。お茶を運んでいた給仕係の大きな隊員などはその場にしゃがみ込み、お盆で頭を隠しながらガタガタと震え始めた。どうやら触れてはいけないトラウマが甦ったらしい。
かの人物が関わる場合は、大げさな対応が実は過小評価だったりするので、今回の指示について、妙に納得するのであった。
「そんなに危険な物なのですか?」
やはり一人だけピンとこないちっこい隊長は自分の倍近い身長を持つ給仕係が恐怖に震える光景をみやり、なぜそうなったのかという理由が分からず首を傾げる。
「あー……あなたは最近こっちに来たばかりですので分かりませんか。いえ、馬鹿にしているのではなく、知らないほうが良かった……という奴ですわ。そうですわね、宿舎に大穴を開ける原因を作った人と言えば良いのかしら?」
「配属してきた時に説明しましたよね、『侍従隊宿舎・爆発事件』について」
「……あれの原因を作った人ですか」
ちっこい隊長は窓の先にある一部が焦げている宿舎を見た。今ではその程度の損傷しか残っていないが、当時は大きな穴が開いており、彼女が配属されたばかりの頃も修理中だった場所だ。
事件のあらましはこうだ。
かの人物は沢山の発明品を倉庫の中に残していった。しかし、残された側からすれば、説明書や設計書がなければ宝の山もゴミの山と変わりない。そこで手の空いている者や、セディアなどが知っている物を優先して解析・分解・解体の作業に従事していた。
だが、結果は芳しくいかなかった。
分解すれば再度、組み立てなおす事が出来ず、道具の仕組みを解析しても使用目的がわからず、また自分達で有効活用が出来そうな物にいたっては、自分達で作るのには肝心の材料が手に入らないという残念な結末に終った。
誰もが諦め、ほそぼそと研究が続けられていく中、他の小隊から『ドリル小隊(命名:かの人)』と呼ばれている第五小隊が、後に『世紀の発見』と称される発明品をかの人物が生活していた家の二階にある納屋の中から発見した。
「『ほっとぷれーと』と書かれた箱の中には、火を使用せずに熱される魔道具があったのよ。しかも、設計図と超高級材料までも残っていたから、あの時は『臨時報奨が出るのではないか』とかなり盛り上がったわよね」
「でも、そんな幸福は長くは続かなかったなぁ……」
クリスティーネが持ち上げ、マドレーヌが叩き落す。
「な、何があったんですか?」
「第五小隊……クリームヒルトさんの部隊が『ほっとぷれーと』の使い勝手を確認する為に、宿舎で焼肉をしたのです。その最中に設計図には書かれていないボタンがあったらしくて……」
「まさか押しちゃったんですか!?」
コクリ、と無言で頷く。
「そうしたら、ピカッ! と閃光が走り、続いてドーンと大きな音が発したの。どうやら『ほっとぷれーと』が爆発しちゃったみたいで……」
クリームヒルトが押したボタンがいわゆる『自爆ボタン』と呼ばれるものであり、実際には『触るな危険』という但し書きがあったのだが、本体の色に隠れてうまく読めなかったようである。
なぜそんな物が必要なのかと問われれば、『加速装置、自爆装置、そして『エネルギー充填一二〇パーセント』は男のロマンであり、発明者の美学だから』と説明していただろう。
「け、怪我をしたんですか?」
「あー……」
「何と言えば良いのでしょうか……」
セディアたちがそこで沈痛な面持ちになる。
結論から言えば、怪我人は一人も出なかった。ただ、罰ゲームのようなオチが待っていただけである。
「……第五小隊のメンバーの特徴は知ってますでしょ」
「あ、はい。メンバー全員が髪の一部や全体を『縦ロール』という巻き毛にしています。違いましたっけ?」
「いえ、正解しています。その縦ロールの部分だけが爆発したような髪型になってしまったんです。相手に傷一つ負わせず、またその効果が翌日――二四時間で回復するという、見事なまでに無駄な高等魔法技術でした」
正確には顔や服が煤だらけになっていたのだが、髪の毛のほうのインパクトが強すぎて忘れ去られてしまったようだ。
そしてホットプレート本体は、上に乗る鉄板が危機一発ゲームのように飛び上がっただけで、こちらも再利用が可能となっている。
「ただ、当初は回復する事を知らなかったわけなので、大事な髪が傷ついたショックで一部の隊員が半狂乱になって暴れてしまい、結果、宿舎の壁に穴が開いたという訳です」
その時、鬼のように暴れまわる彼女達に巻き込まれてしまったのが現在、床で縮こまっている隊員という訳である。
「それ以来、作業は中断。リディア様が許可を出されない場合は指一本触れずに放置しておこうという処置が取られたわけなんですが……」
ただし、ホットプレートに関してはその有用性から研究・実用化作業が第二小隊と第三小隊の合同で続けられている。
それを除けば、S遺産に関して『触らず・押さず・持ち出さず』が標語となり、隊員達に周知徹底されている。
そこで、ふぅー、とクリスティーナの口から溜息が漏れる。
「今回、発見された物がどういったものかは分かりませんが、グレイス様の焦り具合から察すると、かなり危険な物が出てきたに違いありませんわ」
リディアは発見者(持ち込み者?)であるリオとラウラから詳細を聞いていたので、代わりに屋敷の執事であるグレイスが侍従隊に結界の強化などの命令をだしていた。
クリスティーナは、グレイスの焦り具合からかなりヤバイ物が見つかったのではないかと推測している。
なぜなら、かの人物は伝説のドラゴンの一族と友情を結んだり、人には懐きにくいペガサスをペット化したり、失われた大陸の魔導人形を持って帰ってきたり、と良い意味(?)での過大評価に繋がる事案が事欠かない。
だから、今回も何が起こってもおかしくはないと踏んでいた。
「えっと……なにもせずに封印とかしないのですか?」
ちっこい隊長の脳裏に素朴な疑問が浮かんだ。
そこまで危険があるかもしれないのなら、それが外に出る前に封印をしてしまえばいいだけの話である。というか、是非ともそうして欲しい。危険と分かっている道を自分から歩きに行くのは馬鹿のすることだ。
「お前さんは実物を見ていないから実感しないかも知れないけどさ、あの人が作ったものって、なんかこー、職人魂に火がつくというか、解析して自分の物にしたいという欲求を抱かせるのさ」
マドレーヌは机に肘を付き、リディアの前では決して見せない素の口調――やや男っぽい口調でちっこい隊長に説明をした。
それは職人としての本能というべきものなのかもしれない。優れた技術をみれば、自分の物にしたいし、知っている事で自分が行き詰った場合に助言を求めたりする事が出来る。ただ危険というだけで引くのは、職人の自尊心が許さなかったのかもしれない。
そのマドレーヌに同調する形で、クリスティーネも頷く。
「確かに魔力の量が少なかったのでご自分で使用する分は苦手のようでしたが、それを補う為の創意工夫という点では才能を発揮していましたわ」
「それに、あの方は事前に危険と分かった上でも、わたくし達に一歩先に足を踏み入れさせる雰囲気は持っております」
ちっこい隊長の疑問に関しては、ここにいる全員が承知している。それでもなお、あえて危険と分かっている道を進ませる魅力がそこにはあった。
もちろん、何も起こらないということが一番なのだが、予想を上回る、奇想天外なことが起こるんじゃないかとドキドキ・ワクワクしている自分たちがいたのだ。
(ここって、能力はピカイチだけど、わが道を行くタイプの奇人・変人ぞろいの集まりで有名だったから、そのメンバーから一目を置かれている人間がいるなんて。どんな奇傑なのかなー……)
侍従隊でも有名な小隊長三名からこれほど評価を受けるのだから、それほど凄い人物なんだろうとちっこい隊長は内心で舌を巻いていた。
「まあ、一番はリディア様に感情と表情を与えたという事なんだけどさ」
それは本気で凄いと感心する。
期間限定とは言え、ここに配属されると知らされた時にはリディアの『氷の王女様』という前評判に胃が痛くなる毎日だった。――が、実際は人を惹きつける笑顔を持ったとても良い人だったので目の前に居る子供は実は偽物、もしくはドッキリではないかと本気で疑ったぐらいだ。
それまで黙って成り行きを見守っていた相談役のシエナが口を開く。
「……さて、仮に危険な物だとした場合はどうなると思われますか?」
「可能性が一番高いとすれば、そのまま封印作業に入る。二番は、無効化を試みる為に処理班の結成をする。この場合、リディア様は除外されるから……クリスの役目かな?」
こういった調査に関して言えば、調査・探査系の魔法を使用する能力が他のメンバーよりも頭二つ分は抜けているクリスティーネの役目になることが多い。
本人もそれが分かっているのでマドレーヌの台詞に首肯する。
「おそらく、そうなりますわね」
魔法に関する作業はリディアが一番処理能力が高い。しかし、彼女は王族であり、月の聖女という立場でもある。
そういう立場の人間が率先して前に出ることは悪いことではないが、厳に慎むべきである。
いくら能力・技術が高かろうと、軽々しく先頭に立つことは許されない。
部下に任せれる事は任せなければ、王族としての資質や能力を疑われることになる。
なによりリディアの側に仕える自分達がそれを許さない。それを許せば、自分達の存在意義がなくなってしまうのだ。
だから、今回の題目はクリスティーネに指示を出し、彼女が抜ける穴を埋める役目を他の小隊で受け持つ事を話し合う場だと思われた。
「リディア様がやれば早いかもしれないけど、それじゃあ、アタシらの存在意義が無いし、評判も悪くなるし、なにより副都や古都にいる余所の隊員たちから笑われてしまう」
リディアが皇太子となった今、エリザにいる侍従隊は近衛軍の中でも上から二番目に見られる事になる。そんな自分達が笑われれば、主君が笑われたも同じだ。
そうなると怖いお姉さまが準備運動を始めてしまうではないか。
「アヤコ様が抜けてから、能力が低くなったと言われるのは癪にさわりますしね」
「それが一番困ります。そんな事を元・大隊長の耳に入れば、どんな訓練を課せられることになることか」
侍従隊は抜けたが、今でも地獄の訓練を施すお狐さまは隊員たちから恐怖の対象で見られている。
半狂乱になった第五小隊は、お狐様に精神強化訓練と称して、エリザの北にある龍島でブートキャンプを開催したのが記憶に新しい。
一週間という短い日程だったが、地獄から帰ってきた隊員達は死んだ魚のような目で通常任務に戻っていく姿をしていた。自分達はそんな姿になりたくない。
「うん、何としても我々はお役目を果さねばならないな」
「ええ」
「はい」
侍従隊の小隊長達はヤル気に充ちていた。
しかし、そのヤル気が空回りする事を彼女たちはまだ知らなかったのである。