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勇者の活躍(?)の裏側で生活してます・後日譚  作者: ぞみんご
第二章 進撃のキツネとウサギ ……あと金髪
19/20

#019 ギャラルホルンは鳴った……? ③ 【改訂】

2015/11/8 02:00 改訂+約2000文字追加


 大ブタ王子と子ブタ姫。


 かなり酷いニックネームと感じるが、護衛と思われし二人の若い男女からうやうやしく扱われているブタ頭を持ち、綺麗な装束を纏った二人の第一印象はこうなった。


 普人族というカテゴリーに納まるのかは不明だが、獣人族というのも何やらもどかしい感じがする。リオとラウラも普人族の顔立ちをもつ獣人族だが、根っこはちゃんとした獣人族であると思っている。


 獣人族には獣人族なりのプライドのような物がある。


 もちろん、元となる動物の種類から差別や対立が生まれることもあるが、不思議なことに同族(みうち)意識は強い。原理を詳しく説明することは難しいが、心の中で『ああ、こいつは獣人族(なかま)だな』と勝手に共鳴するのだ。


 そういうこともあってか、迫害などの理由から耳や尻尾を切り落として普人族に化けたとしても、近くに寄れば獣人族(なかま)であることはハッキリと分かったりするのだが、今回はそうでもなかった。


「なんでだろうねー? あの色が濃いめでくるんくるんと長い金髪を剃刀で刈り取りたい気分が湧いてくるの」


 背中に妙なムズムズ感が走る。これは同族嫌悪からくるものではない。どちらかといえば、転売目的に行列の先頭に並んでいる人間に抱く感情――それらを愛するファンだからこそそれは許さないという怒りに感情に近いだろうか。


「それは奇遇ね、リオ。あたしも似たような感情が沸々と湧いてくるわ……。ちゃらく感じる大ブタの頭部から無駄に生えた金髪を全部、毟ってやりたい……」


「珍しく二人の意見があうね?」


「本当にね……」


 リオとラウラは顔を見合わせて、ニヤリと口角を上げる。


 好戦的な笑みを浮かべているが、本来なら二人の意見は滅多なことでは一致しない。


 ショートケーキのリオ、チーズケーキのラウラ。こうした思考や行動の違いが二人の関係を維持し、これまでの好結果に繋がってきたのだ。


 というわけで、リオとラウラはブタ顔二人に対して良い感情を抱いていない。


 冗談かと思いきや、二人の背中から禍々しい真っ黒なオーラのようなものが立ち上る。それを後ろから眺めていたロリータが思わず喉を鳴らす。


「……リオちゃんにラウラちゃん。どっちもコメントが物騒だよ」


 可愛らしい後輩たちの突然の変貌に愕然とする。


 ロリータがどうするべきかと悩んでいたとき、


「仕方ないさ、獣人族というのは思いのほか種族意識が強いからね。おそらく、彼らの何かが彼女たちの攻撃本能を刺激しているのだろう」


 涼やかな低音の男性の声が割り込んできた。




        ★  ★  ★




 声に反応して振り向くとアルル――こと、アルバートがノアを伴って到着した。ただし、テント村で過ごしていたような薄手の動きやすい服装ではなく、煌びやかなデザインの正装と宮廷魔道士の外套を身に纏っていた。


 アルバートの装いにぎょっとするロリータをよそに、弓を構え続けるエルフ女が、


「アルル、遅いぞ」


「イージス先生。私はこれでも急いで来たんですがね」


 アルバートがイーリスへ肩をすくめた。


「あと三分は縮められるであろうに……『慌てなくても大丈夫だ』という緩んだ心が、いずれ怠慢に繋がるのじゃぞ。拙速ならば好し、神速ならなおも好しじゃッ!」


 忌憚のない元・恩師の言葉に、『まいったなぁ……』と苦笑いを浮かべて頭を掻く国王の姿と、元・教え子の情けない様相に溜息を吐く勇者の姿がそこにはあった。


「まぁよいわ。それより、お主向きの案件があちらから転がり寄ってきたぞ」


 ほれ、と顎で指した先――十五メートルほど先に問題の集団がこちらを見つめながら(睨みながら?)待ち構えていた。


 アルバートもそちらに視線を向ける。


「見事なまでに、ブタ、ですね」


「ブタじゃな……」


 誰がどう見てもブタである。あれをブタに見えない人は眼科医か脳神経科医の診断を受けるべきだろう。百歩譲ってイノシシという意見も出てくる可能性はあるが、そちらは知識不足を問うべきだ。イノシシとブタでは鼻や牙の長さが違う。


 今回は鼻の高さ(長さ)、牙の短さからブタと断言できた。


「しかし、良い(もの)を着ていますね」


 遠目からも確認できていたが、やはりブタ顔の男女二人組は異質な存在だといえよう。だが、身に纏っている衣服は上等な部類に入ると見える。少なくとも貴族お抱えの一流の技術をもった職人に作らせたものと推測できる。


 もう少し近くで衣服を拝見することが叶うなら、どこ産の生地でどこぞの技術で養われた職人が縫ったのか当てることができるはずだ。


 妻までとは行かなくとも、衣服を見る目は備わっているつもりだ。


「はてさて、報告(・・)にあっ――んな……ッ!?」


 好々爺然とした笑みを浮かべた二メートル近い巨躯をもった老人に目が留まる。


 アルバートの興味は先ほどまであったブタ顔二人組や、それに付き従う三人の男女は完全に霧散してしまい老人にだけ集中した。


 それまで老人がいるな、という漠然とした感じでしか彼を認識していなかった。あれほどの巨躯ならもっと存在感があってもいいはずなのだが、それほどまでに気配を消していたということか。


 アルバートは横に立つ自らの契約精霊に意識を向ける。


 顔と胴体が人、手足が蝶の翅という半人半蝶の精霊はゆっくりと首を横に振る。彼(?)がリオたちの情報をアルバートに送った諜報を専門とする精霊で、探知能力は風精霊にも引けをとらない。


 ちなみに、リオたちの養父がちょっとばかし異国の山奥に飛ばされた際も見張っていたという――イヌさんが知れば嫉妬する――経歴を持っている。


(……最初からこちらに居たはずの精霊(こいつ)が感知していない。それを実際に実行できる人間が何人存在することやら……)


 精霊という人間以上に鋭い感知能力を持つ相手からも悟られなかったというのだから、一流ではなく超一流の技量の持ち主になるのだろう。


 いやいや、それ以上にあの顔に見覚えがあるじゃないか!


(……仮に、あのご老体が私の知っている元帥だったとすれば、シラサギ君以来の爆弾人物になるのでないか……ッ!?)


 見間違いがないよう、マジマジと老人の顔だけを見つめる。


 何度、見直しても――顔を見るのは十年ぶりぐらいなので記憶と多少の差異はあれど――老人の顔は変わらない。ここまで来ると目の前の人物は幻でもソックリさんでもなく、本人と認識するべきであろう。


(……はぁ~、あのご老体が入国していたなんて報告、私は聞いていないぞ?)


 しかし、認識したところで苦労は変わらない。


(……ご老体がここにいることを隠していた人間がいるということか。……例えば誰だ? 息子(レオン)が王位に就くことを願っている側室(バカ)一号の一族か? それとも王弟(おとうと)と手を組んで宿願の王位簒奪を狙っている側室(バカ)二号の一族なのだろうか?)


 隠している人間が居なかったとしても、一度でも疑いの芽が萌芽してしまえば、もう足の抜けようが無いドロ沼の始まりである。


(……身内だけの争いなら良いが、これが官僚クラスともなれば国家の柱がシロアリに食われたも同然だ。柱そのものを壊して作り直さなければ組織として腐ったままになる)


 重たい現実がアルバートの肩に圧し掛かる。


 とりあえず今決まっていることは、


(……諜報部と情報部、あと外務大臣にブートキャンプが必要だな)


 三名ほどの幹部には熱せられた鉄板の上でダンスをしてもらいつつ、その下で働く官僚たちには体重を五キロほどダイエットしてもらうことを心に誓った。


「……それにしてもなぜ、あのご老体が我が国に滞在して――いや、目の前に立っているのかね?」


 天を仰ぎ、己の顔を右手で覆いながら、口調も思わず国王節に変わる。


「知らぬよ」


 アルバートの嘆き節に、ばっさりと切り落とすイーリス。


 イーリスもアルバートと同じ疑問を抱いたが、結局は『知らんがな』に落ち着いたのだ。分からないという答が出ているので、それ以上、考えてもしょうがないのだ。


「塀の外を出ないことを条件に立ち入りが許可されている国際都市や二等貴族領ならば後追いで許可をだせば誤魔化せたものを……。ここは政治的にも、戦略的にも重要な位置づけとなっている一等貴族領、それも一等貴族領同士の領境に近い場所だぞ。ご老体もそれを知らぬわけがなかろうに……」


 この時代、元とはいえ軍人が自国領以外の土地に、その国の許可もなく入国するなど国際問題に他ならない。下士官クラスならまだ笑って許してもらえるかもしれないが、将校、それも将軍クラスともなれば宣戦布告にも等しい。


 宣戦布告と受け取らなくとも邪推する人間はいる。特に国内にいる強硬派の連中が黙っているはずがない。この件の報告を耳にすればニヤニヤ笑いを抑えきれずに、ヒステリックな金切り声を上げながら王宮に突撃してくるに違いない。


「はぁ~……アンソニー家の次男坊、ターラント家の先代、ウルフスタン家の先々代、あとはグレスラー商会の連中の顔が浮かぶよ。彼らは高確率で『国軍を敵地に侵攻しろ』と声高に叫び……」


「叫び?」


「それが出来ないなら、『自前で雇った傭兵団で突撃させろ』と言ってくるだろうな。そして『征服した土地は我らに与えたもう』と。名門貴族という肩書きはあるのだけれども、ここ三代にわたって総督、領地持ち、代官のいずれにも就けていないからね。グレスラーはチューリップの先物に失敗して多額の借金持ちだから挽回を狙っているのだろう」


「初代勇者を援助したと名門商会も地に落ちたものじゃな……」


 いずれの主張も無視すれば良いのだが、金切り声(ヒステリックボイス)を聞き続けるのは心身ともによろしくない。


 老人から視線を外し、疲れたサラリーマンのように目頭をもみこむアルバート。ほんの数秒の出来事だったのだが、今ので数年は老け込んだ気がした。


 身分を隠していたという条件の元、この国にいるのは構わない。しかし、心情的に自分の目の前に立っていて欲しくない人物として五本の指に入っていそうな人間だ。


「しかし、元帥殿か……」


「何が問題なのじゃ?」


「問題と言えば全てが問題です。――が、ご老体が私の知る元帥殿だったとしたら、あのブタたちは相応の地位についていた人物と想像できますね。可能性として高くなるのは王族ということになるのですが……」


「まぁ、正論じゃな。わらわの記憶のままならば、元帥の地位を退いた後はどこぞの士官学校の校長をやりつつ、王家の相談役になっていたはずじゃ」


「その通りです。ついでに申しますと、こちらを睨んでいる青年の肩から流れる銀糸の飾緒(モール)ですが、国王の直近にいる憲兵隊が着用するものです」


「けんぺいたい……近衛のようなものか?」


 イーリスの問いかけに渋い表情で頷きつつ、アルバートは老人の情報を脳のデータベースにある項目から取り出してくる。


 一番最初に出てきた内容が、


「ご老体が所属していた国の名前は大陸の地図上から綺麗に消えたのだがね……」


 元々の国の名前には二重線が引かれ、その上に現在支配している余所の国の名前が載り、その下に土地の名前が残っているだけであった。


 来年に発行されるであろう地図には現在の名前に更新され、歴史書でしか残らない存在となるだろう。


「それも知らぬ。……というか、いつの間に滅んだのじゃ?」


「新年を迎えた頃に一部の過激派貴族によるクーデターが起こり、国王は殺害され、王家の一族は捕えられたそうです。それから三ヵ月後には裏で過激派に手を貸していたはずの――保護国だった――セインツィアに乗っ取られた……っと」


 アルバートは返答しつつ、外套の内側から赤い人工の宝石のついたやや大きめのピンバッジを取り出し、襟元に装着する。


 宝石の中には一片の白い花びらが混入していた。


 装着したのは、王城の近くにある土産物屋で五(リラ)ほどで買うことができる贋物。とはいえ、出来がよく、一種のハッタリとして通用する相手には通用する品物だ。


「なんじゃそれは?」


「ハッタリです。口に出せば身分詐称になりますが、相手が勝手に認識するのは法に反することではありませんからね」


 バカンス中とは言え、自ら『●▲◆という職についています』とウソをつけば、国王であるアルバートでもちょっとばかり危なくなる。


 国内にいる貴族制度に反対する自由主義に属する人間や、アルバート個人を嫌う反・国王派の人間から突き上げを食らうばかりか、国際問題として外交の席で議題にあがるかもしれない。


 国内にいる人間の声は無視すればいいだけだが、国外で働いている自国民の立場というものがある。


「『権謀術数(けんぼうじゅっすう)』というやつじゃな?」


「この程度では『権謀術数』とまでは行きませんよ。児戯です、児戯」


 本気で騙すつもりならば相手の見えない場所で装着しなければ意味がない。相手に僅かな動揺でも誘えれば御の字だ。


 アルバートはコンパクトミラーでピンバッジの位置とズレを確認し、満足げに頷く。


「それじゃあ先生は……そちらにいる、今にも飛び掛らんとして構えているウサギさんとキツネさんを抑えていてくださいね。首輪までは許可しますよ」


「また大げさな……」


「その姿を見て、大げさと判断できますかね……?」


 指で示された先を見て、失笑しかけた。


 『位置に(on your)ついて( mark)!』を通り越して、既に『用意(get set)』の状態を保っているリオとラウラがそこにはいた。


 確かにアルバートが指摘したとおり首輪でもして留めておかないと、彼女たちに刺激でも与えればブタ姫たちに一直線に突っ込んでいきそうなぐらい、イレこんでいる。


 フライングをしないのは最後の理性が残っている、と言ったところか?


 苦笑を浮かべてイーリスは『この件、了承した』と頷く。


 続いて、ひっそりと佇んでいるラピスに指示を出す。


「ラピスは私についてきたまえ。キミが必要だと判断したら勝手に動いて構わない。それと準備(・・)だけはしておいてくれたまえ」


 ラピスが頷いたことを確認し、続いて、一緒に来ていたノアに視線を向けようとしたのだが、振り返った先には蝶の翅をもった妖精の姿は見えなかった。


 見失った妖精の姿を探していると、イーリスが顎で示す。


「ノアならあっちじゃ。ほれ、檻の前におるぞ」


 振り返ると妖精は見えない檻の前に座り込み、中にいる黒い獣を熱心にのぞいている。見えない檻の壁に阻まれているので、額はおろか、鼻が潰れるまでひっつけていた。


 その姿はガラス越しにあるオモチャにご熱心な子供にソックリである。


「……キミは子供か? ふっ……まぁ、いいか。ノアはそれを見張っていたまえ」


 ノアの興味は獣に集中していてもアルバートの声は耳に届いていたらしく、後ろ手で『了解した』とサムズアップした。


 ノアの商売柄、この手の獣に詳しいはずなので、しばらくすれば獣の正体にあたりをつけるだろう。


「それから……」


 大人たちの会話を黙って見守っていたロリータに振り返り、ふっ、と老若男女問わず他者を魅了する笑みを浮かべて彼女の手をとった。


「ロリータ君。申し訳ないが、キミもリオ君とラウラ君を抑えていて欲しい。先生はあんな風だから、子供は怪我するのは当然と考えている節があるので、今ひとつ信用できないんだ。キミが頼りだ(・・・・・・)


「は、はい……!」


 アルバートのキラキラ光線を見下げる形で直撃を受けたせいか、顔を真っ赤にさせて、声は上ずり、壊れた人形の如く何度も頷いた。


「そう……ありがとう」


 そう述べると、さっと手を離し、あっさりと背中を向けるスケコマシな国王様。


 あまりな態度にも人生経験の浅いロリータは、ぽー、と恋というスパイスに浮かれた乙女の表情を浮かべていた。


「(……堕ちたな)」


「(……堕ちましたね)」


 少女の表情に熟女たち(イーリスとラピス)の感想は一致する。




        ★  ★  ★




 アルバートはラピスを伴い、集団の近くまでやってきた。


 彼我の距離は二メートルほど。


 改めて彼らの装いを確認する。


 彼らの身につけているドレスや軍服などは高級な部類に属する物だ。けれども、袖や襟元が垢などで薄汚れていたり、肘や膝などの関節部分が擦り切れぎみになっていたりしている。


 洗濯や繕いなどの補修は行えているのだろうが、彼らの見た目を評するなら、


(……逃亡者だな)


 というのが、アルバートの見立てだった。


 クーデターにより国を支配していた王族に連なる者の大半は虜囚となり、それから捕まっていた王族を救助する名目で侵攻して来たセインツィア教国の手によって、地方に散らばっていた王族までもが捕縛された。


 両者の追っ手から逃れられた王族はほんの一握りの人数だけ。


 彼らはその一握りに属する人間なのだろう。


 六ヶ月なのか、三ヶ月なのかは不明だが、今日まで逃げ続けられた最大の理由は、


(……このご老体の尽力の賜物だろうな。人脈・才覚、どちらも逃げるだけに重きを置いたのならば、我が国の諜報部でも捕まえるのに一月や二月で済む問題ではない)


 アルバートは密かに溜息をつく。


(……問題は、『なぜ、エレンシアにやってきた』ということだ)


 王族や政治犯などが追っ手から逃れる為に他国に亡命することはよくあること。


 逃亡先として選択が挙げられるのは、自国と仲の良い同盟国や親類縁者が嫁いだ国。もしくは、自国を占領した国と敵対している第三国となる。


 そうした意味では彼らの祖国とエレンシアとでは外交的・血縁的な繋がりはない。二〇〇年ほど前には同盟を結んでいたという記録はあるのだが、同盟が破棄された以降は民間レベルでも交流は少ないだろう。


 残されているのは『第三国』というキーワードのみ。


 現在、彼らの祖国を実効支配しているのはセインツィア教国。


 彼らは大絶賛・国境を隣接する国々と戦争を行っているわけだが、エレンシアとは明確な敵対の意思を表明しているわけではない。どちらかといえば、勇者の召喚に手を貸すなど表面的には友好国を装っている。


 もちろん、教国と敵対している国々に水面下で物資の援助をしているわけだが……。


(……彼らの要求はなんだろうか? 更なる第三国への亡命の助力ならばイエス。それまでの地位を捨て、いち国民としての移民を望むならイエス。保護を求めるような亡命ならばノー。また、亡命政府の樹立を願うならばノー……)


 とはいえ、この国に留まるようならばほぼ確実に暗殺されるに違いない。


 保護することで得られるメリットがないので、暗殺者がやってこれば、『どうぞどうぞ』と合の手を入れるどころか、率先して居場所を流すことだろう。


「(……どう足掻いたところで彼らの命が助かる道はないのにな)」


 それは単なる妄想ではない。ここまで逃げ続けられた実行力と精神力に敬意を抱くことができるし、老人の能力も理解している。


 だが、アルバートはそれらを理解した上で、そう断言できるのだ。


 彼らには安寧の時間など訪れることなく、一年以内に命の終焉を迎えるはずだろう。


(……私が予測できる範囲で事が済めばいいのだが、何もない状態では凡夫に毛の生えた程度の想像しか出来ないからなぁ~)


 アルバートは『希代の名君』とまでは行かなくとも、歴史に名を残せるだけの器を備えていることには違いない。本人は自身の才覚を卑下しているが闇雲に散らばった情報を精査し、それを組み立て、裏の裏まで予測できるだけの想像力は備えている。


 情報が手元に無いので想像を膨らませることが出来ないだけだった。


 アルバートは足を止め、すーっと息を吸う。


 荷馬車の前に並んだ七名の前で口を開いた。


「小官はエレンシア王国の(ろく)()むアルル・レドモンドと申します。貴方がたがエレンシア王国の同胞であるならば身分証の提示を。異郷の客人であるならば入国管理局が発行した入国許可証の提示を願います」


 誰何(すいか)にありきたりな文言で宣言する。


 本来なら所属先や役職なども一緒に宣言しなければいけないのだが、七名から何も反応が返ってこない。ちょっと悲しい。


「提示ができない理由があるならば、その説明を。それすら行なわないのであれば小官に課せられた責務として、貴方がたの身柄を拘束させていただきます。その際には一定の武力が行使されることを先に宣言しておきます」


 そう言ってアルバートは彼らを見回すと、一人の仕官然とした青年が前に出た。


 金髪碧眼で女性受けの良さそうなハンサムな顔立ちをしているが、逃亡生活によるものなのか軍服のサイズがブカブカになっている。『痩せ衰えた』というよりも『研ぎ澄まされた』と称すべきか、血走り気味の目にはギラギラとした力が篭もっていた。


「アルル殿と申されましたな。我々は貴官の要望に応える手段を持ちえていない」


「……許可証を紛失した、と言われますのかな?」


「いいえ。どちらの許可証は最初から持っておりません」


 ここで初めて士官候補生の男女が驚いた表情を彼に向け、ブタ顔の二名も絶句したような表情を浮かべていた。老人だけが不出来な孫を見守るように表情を変えていない。


「それは密入国したという宣言でしょうか? ところで、貴方の名前は?」


「は、パオロと申します。姓は訳あって申し上げることはできませぬ」


 青年は毅然とした態度で名乗り上げた。


「ではパオロ君。改めて問いますが、貴方がたは我が国への密入国者であり、法を犯した咎人の集団である――と判断しても構いませんか?」


「確かにその通りです。しかし、神と月に誓って申し上げますが、我々はこの国に騒乱を呼び起こす為に入国したわけではありません。迷惑なのは自覚しておりますが、我々には引くに引けぬ理由があり、それが果たせぬ限り、何度でも入国を試みることになるでしょう。ですので、今回は見逃して頂けませんでしょうか。何卒、よろしくお願いします」


 そういってパオロは低頭すると、後ろで待機していた若い男女も慌てて頭を下げた。


「よ、よろしくお願います」


「お願いします」


 青年の予想だにしない行動にアルバートも目を瞬かせた。


 何も考えていない上での行動なら馬鹿だと一笑するだけだが、逃げられないと理解しているからこそ、こちらに情で訴え、誠心誠意お願いしているのだろう。


 とはいえ、青年も訴えが通るとも考えていないのか、表情はこちらに見せぬども、実力行使で押し通す意志を隠しきれていない。


 アルバートは、ちらっと老人に視線を向けた。


「……ワシからもお願いしよう」


 老人はアルバートの正体を看破した上でからかっているようだ。その姿にアルバートは小さく溜息を吐いた。


(……どうも身内の若い連中にも明かしていない、重要な部分を隠しているような気がする)


 根拠のない勘だが、勘違いでもない。女心よりは当たる可能性がある。


 老人の心の内は一対一で問いかけなければ、こちらには明かさないだろう。


「……仕方がありませんな」


「おお! では……」


 低頭していた青年の顔が上がり、歓喜の声が漏れる。アルバートは、ですが、と前置きをいれた。


「……貴方の言い分だけでは判断が出来ない。そちらの老人と一対一で話をさせてもらった上で、どうするか判断をさせていただきたいのだが? また、そちらの奇妙な顔をした二人組の正体も明かしていただこう」


「……その両名の正体を明かすことだけは承知いたしかねます」


「パオロ、そう無理を申すな。アルル殿、話はあちらで行おう。彼らの正体についても、ワシの方から説明させていただきたい」


 静かに待機しておれ、と青年に釘をさしてから、老人とアルバートは少し離れた場所へと歩いていった。


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