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勇者の活躍(?)の裏側で生活してます・後日譚  作者: ぞみんご
第二章 進撃のキツネとウサギ ……あと金髪
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#018 ギャラルホルンは鳴った……? ②


「た、だすけでぐれーーーーッッ!!」


 その声に反応し目視した時点で、彼我の距離は数百メートルは離れていただろうか。


 それだけ離れたこちらからでも判るほど地響きと地面を叩く爪の音を轟かせながら、三頭の黒い獣の群れが突撃してくる姿が見えた。


 真正面から突っ込んでくるそれは、足の回転のスピードを上げてきた。


 追いかけていた馬車から、こちらに目標を変えたのだろう。おそらく、進路方向に立ちはだかる邪魔なこちらを先に片付けるつもりだ。


 正直、この時のロリータは落ち着いた外見とは裏腹に、非常に焦っていた。


 相手が自分たちの所にやってくるまで二〇秒も掛からないだろう。それまでに戦うのか、逃げるのか、ハッキリとさせなければならない。


 とはいえ、戦うための武器(ゆみ)はテント村に置いてきていた。その上、徒手空拳で戦えるほど技術など持ち合わせていない。


「……ど、どうします?」


 自分では判断がつかないので、傍らにいたラウラに問いかけてしまった。


 体は大人顔負けでも中身は一〇歳の子供である。精神的な部分は既に負けていた。


「大丈夫でしょう」


 そんなロリータを後目にラウラは毛鉤を回収し、竿をばらしていた。


 少女の危機感のないゆったりとした動作に奇妙なイラツキを覚えた。


「ラウラちゃん……ッ!?」


「大丈夫ですよ。それに焦ってもしょうがないですし……」


 自分の腰ほどの身長の少女が妙に落ち着いていて不気味だった。焦るロリータとは逆にラウラは迫り来る生物などいないかのように振る舞いつづける。


 ラウラは今と同じような危機的状況を何度も経験してきた。


 その経験から不測の事態という魔の手が迫ってくる中、混乱した方が危ないのだ。


 無駄な動きは怪我の元。


 フードを被った護衛の女性が守ってくれるはず。離れた場所にはエルフのお姉さんもいる。自分たちができることは彼女の邪魔にならないようにするだけだ。


「大丈夫ですよ。あたしたちは安全です」


 改めて、ロリータに言い切る。


「…………」


 だが、迷っているうちに黒い獣が三〇メートルほどにまで迫っていた。


「――!」


 次の瞬間、先頭を駆けていた黒い獣がラウラたち目掛けて飛びかかってきた。




 黒い獣はラウラぐらいなら一飲みできそうなほど大きく口を開き、また、鉄板でもやすやすと貫きそうな鋭い牙をこちらに向けながら飛びかかった。


 だが、その牙が幼いラウラたちの体に届くことはなかった。


 飛び掛ってきた黒い獣は空中で見えない壁にぶつかったかのように急停止となり、そのまま地面へと滑り落ちた。


 ぶつかった瞬間、『――ぎゃいんッ!?』と可哀想な鳴き声がラウラの耳に届いた。


 続いて、『ドスドスドスッ!』と地面に何かが断続的に突き刺さる音が続く。


「…………?」


「……え、え? な、なにがどうなったの……?」


 何がどうやってこのような事態が起こったのかは、ラウラとロリータには判らなかった。特にロリータなどは突き刺さる音に恐慌状態に陥りそうになっていた。


 ただ、二人を守るべく黒い獣の前に立ちはだかるように移動していたラピスだけが状況を正確に把握していた。


 ラピスは見せ場を取られた役者の如く、苛立ちを隠さない表情を浮かべたまま後ろを振り返った。


 そこには弦のない弓を構えたイーリスが立っていた。


「ちょっと! イージスさん、私の見せ場を取らないで下さい!」


 プリプリと怒りを表しながら近づいていく。


「……お主の行動が遅いだけじゃ。どうせ、子供たちの前――特にウサギ娘(ラウラ)――でカッコいい姿を見せようとギリギリまで引きつけておっただろうに」


 弓を下ろし、肩を竦めるイーリス。


「ぬぐぅ……」


「お主が後れをとるとは思わぬが、もし、小童(わらし)たちに傷一つでもつけさせてみよ? あの説教うるさく、すぐに拳が飛ぶ(トラ)が黙っておらぬぞ」


「ふんッ! そんなことになればクロスカウンターをお見舞いさせて、逆にノックダウンさせてやるわ」


「実際にそうなる光景が浮かぶ点が、あやつの悲しいところじゃな……」


 テンカウントを数えるまでもなく気絶したライガーの無様な姿が、まざまざとイーリスのまぶたに浮かんでいた。


 老いたライガーと現役復帰が可能なラピスとでは技術に差はなくとも、身体能力で覆すことができないところまで差が開いていた。


「……えっと……危機は去ったと思っていいんですか?」


 ロリータが手をそっと上げながら、おそるおそるといった様子で問いかける。


 イーリスは、うむ、とドヤ顔を浮かべて首肯しつつ、


「追加でこなければ、ひとまず、と言ったところじゃな。殺してはおらぬし、後ろの連中も捕えておいた。対岸で追っていたものは離れた場所で停止しておるようじゃな。どうやら、捕えられた仲間の安否を目視しておるようじゃぞ」


「あれって、おば――お姉さんがやったんですか?」


 ロリータが再び問いかけ、イーリスはにやりと笑った。


「もちのろん、じゃ。……ま、わらわほどの強者(つわもの)が行えば、あれぐらいは造作もあるまい。安心せよ。ドラゴンぐらいじゃな、アレを破れるのは……」


 見えない壁にぶつかり気絶している獣の周囲には何かが地面に突き刺さった跡が見えている。恐らく、聖弓から放たれた魔力によって作り出された不可視の矢が突き刺さっており、それが檻のような形状となっているのだろう。


 よく見れば、後ろを駆けていた二頭の周囲にも同じような跡があり、獣がそれを破ろうと何度か体当たりしている。体当たりをした時に揺らぎのようなものが見える。


 ビクともしない壁に獣たちは音を上げたのか、檻の中に座り込んだ。


 対岸にいた四頭の黒い獣たちは頭が良いのか、こちらに仲間の生殺与奪の権利を握られていることを把握し、捕えられた二頭の檻から一定の距離を保ったまま、うろうろと心配そうに檻の中の仲間を見守っていた。


「それよりも問題なのは……」


 ラピスの肩越しに見える馬車に視線を送った。


 一台と思われた馬車も、縦に隊列を組んで三台ほどが並び、速度を常歩(なみあし)に落としたものの、現在も岸に上がることなく川中を進んでいた。


 あちらは何がどうなっているのか見当がついていないのかもしれない。


 大体、三〇〇メートルほど離れているだろうか。


 御者の姿はこちらからは確認できず、幌で覆われている為に何が運ばれているのか確認できない。


「……なんで声が届いたんだろうね」


「わかんない」


 ロリータとラウラはそろって首を傾げる。


 声の届く範囲は成人男性で一八〇メートルぐらいとされている。


 気象条件がよく、上手く風に乗ればここまで届くかもしれないが、現在は無風に近いそよ風で、あちらは風下になる。かなり条件が悪いといえよう。


 二人の疑問はすぐに解消される機会がやってきた。


「風魔法の一つに、さほど大声を上げることなく遠くまで声を届かせるものがある。声とは音。そして、音は振動で伝わるのじゃ。その原理を上手く応用した魔法じゃな。そして、恐らくじゃが、獣共も使用しておったはずじゃ」


 イーリスの説明で、ロリータはそうかと納得した。


「ラピスよ。あの馬車に対し、手旗信号を送ってたもれ。わらわは準備をする」


「はいはい……で、何て送りますか?」


「ふむ、そうじゃなぁ~……『こちら側に上陸し、我らの前に停止せよ。要望を無視されし場合は』……いや、ここは少々過激めに『命令を無視されし場合は、不可視の矢がお主たちを貫くであろう』とな」


「長いですね……」


 ウンザリした表情を浮かべつつも、ラピスはイーリスの言葉を信号に変えて馬車に送る。その間に、イーリスは再び弦のない弓を構え、魔力の矢の先端を馬車へと向けた。


 相手がこちらの指示に従わない場合は、宣言したとおり馬車を壊してでも強制的に停止させるつもりでいた。


「どうして旗なの? お姉さんたちはさっき説明していた魔法は使えないのですか?」


「使えると言えば使えるのじゃが、専門ではないのでそう上手くは出来ぬな。それに」


 イーリスは柔らかい笑みを浮かべ、ちらりとラウラを見た。


「あの魔法はちょっとした反動があっての。下手な者が扱えば、周囲に居る人間――特に耳のよい獣人族にはとてつもない苦痛が襲うのじゃぞ」


「…………」


「無論、防ぐ手立てもあるのじゃが、無防備に受けてみよ? 耳の穴から血を流す程度で済めば御の字。最悪の場合、三半規管や脳が破壊されるのじゃ」


 思わず、長い耳を押さえながら顔を青ざめるラウラ。


「あんまり、可愛くて小さい子を怯えさせないで下さいよ~。わたしはそこまで下手くそじゃありません!」


 旗をふりながら抗議するラピス。


「クックック……確かにお主は魔法が下手ではない。むしろ、大陸有数……いや、伝説クラスの素質と魔力を持った最強にして最狂……そして、最凶のへっぽこ」


 イーリスの指摘が図星なために反論ができない。


「さぁ、キリキリと旗を振るのじゃ、へっぽこ魔法使いよ!」


「……へっぽこ?」


「……さいきょうがみっつ。どういうこと?」


 ラピスはニヤついたイーリスの視線、言葉遊びについて来れないラウラ、変質者でも眺めるようなロリータ、という複雑に絡まった視線を背中に受けつつ、黙々と旗を振ることに専念した。


 規定どおり、手旗信号を二回ほど繰り返し振り終えると相手も信号の内容をキチンと読み取ったのか隊旗などを吊るすポールに青地に白のピンストライプの旗を吊るした。


「なんだろうねー、あの変な柄の布?」


 魚を抱えながらラウラたちに合流したリオが見慣れぬ模様の旗を見て首を傾げる。


「関税同盟内で適用しておる『了解』という意味の旗じゃぞ。この場合、『こちらの指示に対して従います』という意味じゃな」


「ほうほう。……じゃあなんで、弓を下ろさないの?」


 こちら側の河原へと寄ってきている馬車に対して、弓の構えを解いていない。こちらの要請にしたがっているのだから、不必要な刺激は要らないのではないのだろうか。


「こっちに来ているなら、刺激しちゃダメなんじゃないの?」


「リオよ、その考えは甘い、甘すぎる。連中が必ずしも善人であると決まったわけではあるまいぞ。戦闘態勢(ファイティングポーズ)を解くのは、相手がわらわたちの前で恭順を示した時のみじゃ。……こちらが勝手に『相手が恭順した』と判断して態勢を解くのは、最悪の一手じゃぞ」


「なるほど」


 ひととおり説明を聞いて、リオとラウラは頷いた。


 騒動の要因は分かっていない。そして、黒い獣が追っていたのはあの馬車なのだ。獣が馬車を追いかけるだけの理由がある以上、構えを解く理由はないということだ。


 見たところ、民間の行商や国営の交易馬車といった風には思えない。なぜなら、前述した業者であるならば見える位置に隊旗と承認旗の二つを掲げなければいけないからだ。


 しかし、件の馬車にはどちらの旗も掲げているようには見えない。


 追われている際に『破けた・外れた』と何らかの要因でどこかに飛んでいった――という理由も考えられるが、二つ同時に無くなるとは想像しがたい。


 また、彼らが獣たちに追いかけられるだけの理由を抱え込んでいると一考した場合、何が想像できるだろうか?


 一番に考えられるとすれば、馬車が獣たちの領域に侵入したということ。


 誤って獣たちの縄張りに侵入し、縄張り外へと追い出すために追いかけられた。しかし、この場合は縄張りの外にまで追いかけてこないだろう。


 ここらの地域は、境界に近いとはいえ人間側の領域である。狩られるリスクを考えれば越境するまでには至らないはずだ。


 二番目は、馬車を引いている馬を食料とする為に狙っていたということ。


 馬や人などが食料(エサ)と認識されて獣から襲われる事案は少なからず発生している。だが、周囲には放牧されている家畜がいる地域性を考えると、わざわざ走っている馬車の馬を襲うだろうか?


 それに、黒い獣たちからは逃走を続ける馬車に対して『絶対に逃がさないぞ』という執念深さが感じられた。


 これらを考慮した上で一番に考えられることは、


「(……密猟でしょうか? 資産家に売る為に子供を攫ったとか)」


 ラピスがイーリスの耳元で呟く。


 希少動物を売り買いするために密猟を行う不届き者は後をたたない。特に資産家に売れるのは大人よりも子供のほうである。


 子供が攫われたとなれば、獣たちの行動にも納得が行きやすい。


「現状ではそこまで判らぬよ。こちらの指示に従いながらも、近寄って襲ってくる可能性もあるので気を抜くではないぞ。子供たちもわらわたちの指示なしに近づかぬこと」


「うぃうぃ。それじゃあ、どうしようか?」


「話し合いが終るまで待っていましょう。魚、見えないし……」


 持ってきたバケツに釣り上げられた一匹の魚が泳いでいる。これが晩御飯となりそうだ。本当ならたくさん釣って、みんなで分け合うというのが最善だったのに、どうやらその選択は無理らしい。


 釣りの継続も考えたのだが、先の騒動で魚が逃げてしまっているので、こちらにやってくる馬車の列を眺めることにした。


「なんか見慣れない動物が馬車を牽いているね? うま?」


「うま、なのかな~? この場合も『馬車』って言うのかな?」


 幌馬車を引いている動物が見慣れた馬ではなかった。


 馬といえば、馬なのかもしれないが、やっぱり馬ではないのかもしれない。


 運搬や騎馬隊で使役されているような大型種でもなければ、家畜のロバやラバ・ケッテイといった小型種でもない。大きさはやや細身のサラブレッドぐらいだろうか。


「……変わった模様と顔をしていますね」


「どっちかというとドラゴンだよね。しかも、マヌケ面したドラゴン……」


 ロリータが呟き、リオが相槌をうつ。


 全身は薄茶色の体毛が占め、背面に黒くて細い縦縞模様が入り、腹面には模様が入っていない。本来なら馬の頭が載っている場所にドラゴンの頭が載っていた。


 強面でもなければ、愛嬌があるわけでもない。何か無性にその頭を(はた)きたくなるような、そんなマヌケ面をした顔立ちだった。


 養父がこの場にいれば、『タツノオトシゴだねぇ~』と呟いただろうか。


「馬でもドラゴンでもどっちでも良いけど、こっちの襲ってきた獣はなんなの? 野犬……にしては大きすぎるし、狼というならそんな気がしないわけでもないけど……ちょっと大きすぎない?」


 ラウラは伸びた獣の前に座り、しげしげと眺めながら首を傾げる。


 外見は犬の仲間といえるだろう。しかし、サイズが普通とはかけ離れていた。


「ラウラちゃん、街にも大きいイヌさんはいるよ? こっちはお顔が大きいけど……」


「あれは大型犬がちょっと大きく成長しただけだけど、こっちは違うでしょ? ほら、前に見世物小屋で見た、トラとかライオンに近いじゃない」


 太く逞しい足。黒光りした強靭そうな胴体。


 どちらもイヌの範疇には納まらない。


「あっちは馬とドラゴン、こっちは狼とライオンね……頓珍漢な組み合わせだわ」




        ★  ★  ★




「停まれ!」


 イーリスの声に従い、馬車が停まる。


 こちらの指定した場所に停止した馬車は、改めて近くで見ると奇妙な組み合わせをしていた。


 まずは先頭を走っていたのは使いくたびれた古い幌馬車が一台。ただし、荷台の中が見えないよう幾重にも幌が被せられていた。


 秘密主義にもほどがある。


 次に二台目も幌馬車なのだが、こちらは幌の模様が異国情緒溢れるデザインをしていた。派手といえば派手だろうか。


 最後の一台は箱馬車に近いシルエットをしているのだが、黒い幌を上から覆い被せているので全容が明らかになっていない。


 その上、御者の全員がデザートカラーの外套とフードで包まれ、なおかつ、目出し帽で表情まで隠しているので怪しさ全開だった。


 何となく見えている部分の目の形から御者が獣人族なのだろうとは推測できた。――が、瞳に生気が篭もっておらず、ぼんやりとした瞳である。


「…………」


 馬車は停まったものの御者は降りてこず、また、感謝の言葉すらない。


 こちらが勝手に火の粉を振り払ったようなものなので謝礼を強要するつもりはないが、心情として気分が良いものではないし、礼儀として一言あってしかるべきであろう。


「……お主ら何者じゃ?」


 そうしたこともあってか、イーリスは矢の先端を一台目の御者に向け、なおかつ、ドスの強い口調で問いただす。


「…………」


「沈黙は敵対と認識するぞ? 改めて問おう。お主らは何者じゃ?」


 これ以上、相手が沈黙を続けるようならば宣言したとおり、矢を放ち、全ての馬車を蒸発させるつもりでいた。証拠の為に一部ぐらい残すことも可能だが、それが原因でウィルスでも拡散するような愚を冒したくなかった。


 子供たちの前でトラウマになりそうな殺戮を見せることにもなるが、そこはそれ。


 最悪の場合、リディアにその部分の記憶の封印を掛けさせるつもりでいた。封印は消去よりも簡単というメリットもあるが、何かの拍子に思い出すというデメリットもある。


 そこまで行かなくとも、何かしらの心の傷を残すことは間違いない。


 だが、イーリスにそこまで責任を取る心算はない。


 身内と称しても差支えがない子供二人|(プラス1)のトラウマと国家の安全を天秤にかければ、勇者という立場から国家が優先されるのだ。


「…………」


 相手は警告を無視して沈黙を続けた。


 そもそも、こちらを見ようとしていない。


 御者に意思表示をする態度は見えない。そうなると、二台の幌馬車の中に隠れている彼らの主(?)が行動を起こすべきだろう。


(……ふむ、最低でも一台目に一人。二台目に六人は乗っているはずじゃ。一台目に、もう一人ぐらい隠れておるかも知れぬが……)


 一台目に怯えた様子の人間の気配が一人分だけ感じられた。


 聞こえてきていた救助の声は、この人間から発せられたと考えるべきか。


 そして、ほぼ完璧に気配を消しているのだが、怯えた人間の存在に邪魔されているが故にこちらに悟られてしまっている玄人が一人。


 問題は二台目の幌馬車で、こちらに悟れぬよう必死に気配を殺そうとしている。


 隠れられていない完全な素人が一人。


 頭かくして尻隠さずという中途半端が二人。


 それよりマシな日常的に訓練された士官レベルが一人。


 得体の知れない謎の存在が二人。ただし、戦闘能力はなさそう。


 もっとも懸念すべきは玄人一名だけで、残りの七名はイーリスやラピスの敵にすらなっていない。


 とはいえ、素人と言ってもこの時代、よほどのことがなければ戦闘の訓練の一つや二つは受けているはずなので、無力化が容易であると楽観視するのは危険だ。


 こちらには守るべきお荷物が三つもあるし、荷物に傷をつけるわけにはいかない。


「これが最後通告じゃ。やましくなければ、隠れておらずに馬車から降りてくるのじゃ。わらわたちの前に姿を晒し、自らが何者であるか公表せよ」


 これ以上の通告は意味はない。


 最後まで隠れとおすのならばそれも良し。痛みを感じることなく、女神の元へ送り届けるのみである。


「…………」


「…………」


 交渉決裂か、と矢尻を持つ腕に力が篭もったところで変化が訪れた。


「ちょ、ちょっと待って……ニ゛ャー……ッ!?」


 ガラガラドシャーン


 慌てた声、そこに何かが崩れ落ちる音が重なり合う。


『にゃー?』


 謎の語尾に思わず声がそろう。


 三台の馬車のうち、六名が隠れていたと思われる幌馬車から人間――つるりと禿げ上がった頭と丸い巨漢な体を持った中年の男性(?)が転げ落ちるように飛び出してきた。


 おそらく、慌てて飛び出そうとした為にどこかに足でも引っ掛けたのだろう。


「いつつ……つつ……」


 顔面を地面にしたたかに打ちつけて悶絶する禿頭。


「……で、お主は何者じゃ?」


 イーリスが矢を禿頭に向けながら呆れ口調で問いかける。


「ま、待つッス! 平和に! 平和に話し合うッス! そう、暴力は何も生み出さないッス。健全な話し合いこそが平和な世の中を作るッス!」


「……話し合う前に、まずは顔を上げて、こちらの目を見るのが礼節では?」


 逃げ腰というよりも、土下座に近い体勢で命乞いをする禿頭に大人はおろか、リオなどの子供も冷ややかな視線を送ることになった。


「そちらの方の仰る通りです。パンチョ、(おもて)を上げな……ふぐんぐ……」


 柔らかみのある女性のような声が幌馬車内から流れ、最後は口が塞がれたような音が聞こえてきた。


 これで馬車内に他にも人が隠れていることが確定した。


「へ、へい……」


 中の人物の指示に従い、『パンチョ』と呼ばれた禿頭が顔を上げる。


 だみ声と頭部の禿げ具合から中年かと思いきや、団子鼻に目が見えないほど細い糸目、ぷくぷくと柔らかそうなホッペ、やたらと大きい唇。禿げているのではなく、剃っているのかもしれない。


 全体的に丸みを帯びてどこか憎めない愛嬌のある顔立ちをしており、意外と年齢は若く見えた。三〇代には到達していないだろう。


 ただし、顔を上げたことでイーリスたちの警戒レベルは先程よりも上がっていた。背後に控えているラピスも禿頭が少しでも敵対行動を見せれば、すぐにでも取り押さえられるよう準備を終えていた。


 何がそうさせていたかと言えば、禿頭の服装が問題なのだ。


 禿頭の外套の下――力士のようなあんこ型を彷彿させる恰幅の良い体には、ところどころに油染みのついたツナギを身に纏い、胸ポケットの部分に所属を識別するワッペンが縫い付けてあった。


「……そのエンブレムは」


 目が吸い寄せられるようにワッペンのエンブレムを見つめた。


「そなた、セインツェア教国の関係者か?」


 記憶は定かではないが、北の隣国であるセインツェア教国に関する資料の中に似たようなエンブレムを見たことがあった。


「違うッス! あんな宗教狂いの野蛮人と同じにしないでほしいッス!」


 その指摘が気に触ったのか急に怒り出す禿頭。


 どうやら、彼は教国に対して憎悪か怨念でも抱いているらしい。


「そなたが何を申そうとも、それだけで同じか違うかの判断は出来ぬよ。で、そなたらは何者じゃ? あまり押し問答を続けるつもりはないのじゃが……」


 イーリスは背後に控えているラピスを顎で示し、


「中におる者も出てこぬか? わらわは構わぬが、こやつは大層、気の短い女じゃぞ。今は抑えておるが、一度(ひとたび)、たかが外れでもすれば、全てが無に変えるぞ」


「いや、私を脅しに使わないで下さい!」


「本人はこう申しておるが、引退した今をもってしても殲滅作戦に従事させれば、かの噂に名高き狐魔王に影を踏まさぬほどの古強者じゃ」


 禿頭から悲鳴が上がる。


 育児に没頭中の子煩悩キツネの名前は十分に脅しになるようだ。


「改めて問うが、お主たちは何者じゃ? どこから来て、どこへ向うつもりじゃ?」


「……それを答える義務がこちらにあるッスか?」


「あるぞ」


「……ぬぐっ。な、何があるんスか!? 横暴ッス! 裁判を、裁判を要求するッス!」


 往生際の悪さを露呈する禿頭にラピスが溜息を吐いた。


「……イージスさん。そろそろ終わりにしましょう」


「ふむ?」


「この太っちょを痛めつければ、中の人間も出てきますよ。それは古今東西、変わらぬ不文律。拷問万歳。痛めつけた方よりも、見捨てた方が悪いんですから」


 ラピスはダシに使われたことに本気で嫌そうな顔を浮かべており、イライラが頂点に到達したようだ。


 手の平の上に球体を出現させて、ジリジリと禿頭に近づいていく。


「な、何をするッスか……ッ!?」


 光球から、バチバチ、と静電気を大きくしたような破裂する音に恐怖を覚える。


「いや、世の中には言葉の警告だけでは動いてくれない人も多いから。やっぱり視覚効果というものが重要だと思うの。大丈夫、痛くないから」


 言葉で分かり合える、取引できるようになるのは、どちらか一方が疲弊している時だけである。


「痛くないって……な、なんなんすか! その丸いのは!?」


「何が良い? 火なら焼死、水なら溺死、土なら陥没死、風なら……ミイラ?」


「……な、なんなんすか! 痛くないって言ったわりには、全部死んでるッス!!」


「あら、『死なない』なんて言ってないわよ?」


「それは詭弁ッス! 断固、抗議す――ぎゃああああぁぁぁぁーーーー!!」


「ぅるさいわねー、皮膚の表面が焦げただけじゃない。それと、宣伝や広告なんて詭弁だらけでしょうに」


 最後の部分は禿頭も聞いていないだろう。ラピスはフードに隠れた顔に喜悦を浮かべつつ、さらに光球を足へと近づけていく。


 じっくりと、徐々に、焦げ付かないように。さながら、遠火で肉の塊をじっくりと焼いている光景だ。


「(……『さすが』と言うのかな、メイドお姉ちゃんたちの先輩だね)」


「(……そうかな? 見せつける手段としては、なんか絵面が生ぬるくないかしら? お姉ちゃんたちなら、既に手足の指を二、三本は切り落としてるよ)」


「(……たぶん、それをすると今後の生活にししょうが出るからじゃないかな?)」


「(……でしょうね。お義父さんが作業していた時と似たような服装をしているから、あの人は技術者じゃないかしら?)」


 ドン引きするロリータを後目に、リオとラウラは肩を寄せ合って感想を述べ合っていた。二人はこういった光景に耐性があるので、さほど取り乱すようなことはなかった。


「ほらほら、中の人。出てこないと彼は死んじゃうわよ?」


「イタッ! イタッ! 痛いッス!! ほ、捕虜の虐待や拷問は……イタッ! べ、ベルリーヌ条約で……イタッ! き、きき、禁止されてるッス!!」


「残念なことが二つあるのじゃぞ。我が国はその条約を批准しておらぬから無効じゃ。そなたは捕虜ではなく身分不明の不審者じゃぞ。その上、ここは国境に隣する土地ゆえに、不審者への拷問は合法じゃ」


 ラピスの暴挙に対して禿頭が非難する声を上げたのだが、イーリスがあっさりと切り捨てた。


 重ねて述べるなら、拷問を禁止にした条約に批准していたとしても、外部に拷問したことが漏れなければ無問題(もうまんたい)だ。


「イタッ、もうやめっ――」


 禿頭が涙声で呻き声を上げた。完全に怯えきっている――どころか、正反対に恍惚とした表情を浮かべている。


「(……変態さんだ。ここに変態さんが居るよ!!)」


「(……変態ね。でも、イージスお姉さんの様子が変よ?)」


「(……ほんとだ。リディアちゃんが長い会議で疲れたときと同じ顔をしているね)」


 ロリータは見てられないといった様子で目を逸らしているが、リオとラウラはこの光景の意図を理解した。


 ラピスは楽しげかもしれないが、イーリスは表情こそ笑みを浮かべているが、内心はゲンナリとしている。その姿は会食などで見せるリディアにソックリだった。


 ようするに、この凄惨に見えていそうな拷問プレイは茶番劇なのだ。


 別に変態を喜ばせるためにやっているのでは無いということは理解している。これに関してはラピスもイーリスも想定外のはず。


 聴力が良いわけではないのでロリータには聞こえていないのだろうが、リオとラウラの耳には馬車の中の行動が少しばかり聞こえていた。


「(……変態さんは放っておいて、何でお外に出てこないんだろうね~? 出るタイミングをずっと計っているみたいだけど)」


「(……政治よ、政治。お義母さんの所にやってくるオジサン、オバサンと一緒で、自分をいかによく見せるか、謀っているのよ)」


 隠れている集団は外に出てこようとはしている。それでもなお出てこない理由があるとすれば、どこで姿を見せれば格好がつくかとタイミングを計っているのだろう。


 政治。


 それも、他者からは馬鹿っぽくて、本人たちは至って真面目な政治の茶番劇。


 恐らくだが、隠れている内の誰かに政治的立場で身分の高い人がいるのだろう。


 その人物の体裁と見栄を必要としている為に、こうした茶番劇を演じることになっているはずだ。そして、禿頭の彼はそれを知らずに巻き込まれたのか、生贄として放り出されたりしたのだろう。哀れとしか言いようがない。


 おそらく、中の人物が考えているであろう着地点は二つだ。


 イーリスたちが先に折れれば、脅迫に屈しなかった強い政治家としての矜持を得る。


 禿頭の死の直前に出てこれば、弱者を見捨てない優しい政治家としての名分が立つ。


 だが、今回はどちらの着地点も降り立つことはできないだろう。


 加えて言うならば、どちらの着地点も自らの虚栄心を満たすだけで、周囲に対して何も影響を残さない。政治家が見栄や体裁を気にするのは支持者の視線があってこそだ。


 ここには支持者などおらず、高めるべきものが何もない。本当に自尊心しか満たされない、滑稽なもの。しかも、自尊心が満たされるにつれ、乞うべき相手から受ける評価が下がることはあっても、上がることがない。


「ほんと、馬鹿みたいな光景ね……」


「え? それはどういう意味なの?」


 ラウラの嘆息に、ロリータが聞き返した。


「意味がない、っていうことです。何も得られず、何も満たされない」


「……そう、なのかな?」


「こういう我慢勝負を『チキンゲーム』って言うみたいですけど……あ、今回は『囚人のジレンマ』が近いのかな?」


「……囚人のジレンマ? どういう意味?」


「二人の人間に、それぞれ二択を選んでもらって、勝利に近い引き分け、敗北に近い引き分け、どちらかが一方的な敗北、という三つの結果のどれを選ぶかという感じのゲームらしいです」


「……? ……どういうゲームなのか想像できない」


 ラウラは足元のバケツの中で泳いでいる魚を指差す。


「簡単な例えで言えば……ここに魚が泳いでいますよね? この魚をあたしとリオが晩御飯で食べられるけど、それには選択する必要があります。選択肢は『半身に分ける』、『全部で食べる』の二つです。二人が『半身に分ける』を選べば半身に分けあって二人とも食べられます。でも、どちらかが『全部食べる』の場合は、『全部食べる』を選んだ人間が全部食べられる。二人とも『全部食べる』を選択すれば二人とも魚が食べれません。……さあ、これらのことを踏まえて、どっちを選びますか?」


 ロリータは地面に利得表を書き、状況を明確にした。


「……普通に考えれば『半身に分ける』が正解。けど、相手が『全部食べる』を選ぶ可能性があるから、こっちも『全部食べる』を選ばない理由がなくなる。前もって決めていたとしても、それに拘束力か絶対に裏切られないという信頼関係でもなければ、相手が裏切るかもしれないと考えちゃうのかな」


 互いの利益を取るか、自分の利益を取るか。


 自分の利益だけを求める限り、お互いに利益を得られないという結末しか迎えられないので、ジレンマが発生するのだ。


「ラウラちゃん。わたしは絶対に半分を選ぶよ?」


 リオは瞳をキラキラさせて宣言する。


「そうね。あたしもリオを信じたいわ。……でもね、食べる対象がリンゴだったり、お義父さんの作ったお菓子なら、その限りじゃないわよね」


 ラウラの陰のこもった視線にリオはそっと顔をそらした。


 リオもその二つが対象になると『半分』を選択する自信が無いことを自覚していた。


 二人の可愛らしいやり取りにクスクスと笑いつつ、


「……それで、ラウラちゃんは何が馬鹿馬鹿しいと思うのかな?」


「今回は、相手側の一方的な敗北しか残されていないからです」


「――? ごめんなさい、その理由がよく分からない」


 ゲームの意味は解った。


 教えられた内容を現在の状況に置き換えて利得表も作成できる。しかし、なぜ、相手の一方的な敗北しか残っていないのかという理由が分からない。


 流石に『勝利に近い引き分け』を得るには高望みしすぎだろうが、状況次第では相手が一方的な勝利を得ることも可能だろう。


「えっとですね……イージスお姉さんたちに悩む要素がないんですよ。前提条件が整っていないというか。隠れている人たちが隠れ続けても、結局は逃げられない限りは負けにならないんです。そもそも、お姉さんたちから逃亡できるのかといえば、不可能だと思います」


 ロリータは知らないが、リオとラウラはイーリスの実力を知っている。ラピスは未知数だが、あの侍従隊に所属していたという実績があるので、それ相応の実力を持っていることを確信している。


 そんな二人から逃げられる可能性は低いと言えよう。


 イーリスは相変わらず弓の構えを解いていない。ラピスも拷問は続けているが、馬車への警戒心を解いていない。


 仮に相手が逃げようとすれば、黒い獣を捕えたような技をもう一度、行うはずだ。


 そうすれば、相手が壁を破壊しない限り逃げられないし、破壊される前に新たな壁が作られるだけという話につながる。


「相手にジレンマが発生しても、こっちにはジレンマがない。男の人が死んでも、それでお終い。そもそも、男の人から得られるものがないので、利益・不利益という話でもないんですけどね」


「……すると、あの拷問には意味がない?」


「ですね。強いて言うなら、ラピスお姉さんのストレス解消ぐらいです」


 なるほど――と頷き、ロリータにも全てが理解できた。


 確かに馬鹿みたいな光景だ。禿頭は生贄の役割すら与えられていなかったのだ。


 相手の出方を見るという役割があったかもしれないが、ここまでこじれてしまった以上、今さら相手が姿を現したとしてもこちらが素直に交渉に応じる理由がない。


 交渉となった場合、相手に残された選択権は素直に答えるか、それとも死を選ぶのか。二つに一つ。まさに拷問され損である。


「……年端も()かぬ幼子(おさなご)にそこまで理解されているとは、お国の将来として嬉しくなるのやら、悲しくなるのやら」


 ラウラの説明を拝聴していたイーリスが大げさに溜息をついた。


「イージスお姉ちゃんの採点だとラウラちゃんの説明は満点がもらえるのかな?」


「おやおや、それは高望みというものじゃぞ。……そうじゃな、及第点には僅かに届かずじまいといったところかのぅ」


 採点すると六五点にはなるだろうか。七〇点の合格ラインには五点ほど足りていない。でも、平均点は超えているだろう。


 幼いがリディアたちと接するうちに洞察力もついたのだろう。今後、年齢を重ねるとともに様々な経験が順調に増えていけば、良い士官・参謀となりえるだろう。


(……本音を申せば、もう少し同じ年頃の少年少女のようなあどけなさが欲しいがな)


 高い・低い、表も裏も世界の汚い部分を見て、聞いて、体験してきた所為か、どうも年齢のわりにはすれている。


 ただ、それが絶対的に悪いわけではない。そういう人間も世界には必要なのだ。


 イーリスは、数年以内にリディアとリオの関係は崩れ落ちると予想している。


 純真無垢すぎる――イーリスの視点――リオがこのまま成長すれば、近い将来、そのことが原因でリディアとの間に亀裂が生じるはず。その亀裂を埋める役目が、二人を後ろから眺めて、なおかつ、間に入れる人間という稀有な存在のラウラぐらいだ。


(……今のまま時が過ぎれば、確実にこやつらの仲は崩れるじゃろうなぁ……。ある意味、ウサギ娘がキツネ娘とお姫様の後ろに立っているからこそ成り立つ関係じゃ)


 ラウラには苦労性の軍曹か参謀役に育っていって欲しい。そうなれば、三人の仲は誰かが女神の下に歩むまで続いていくはずだ。


 だからこそ、ラウラに少しばかり教育を施そうと思った。


「ラウラよ、そなたは『意味がない』と断言した拷問じゃが、それなりに意味がある。『時間稼ぎ』と『相手をこの場に釘付けにする』という二つの意味がの」


 イーリスが顎で指し示した方角――自分たちが歩いてきた道がある方へと振り返ると、こちらに降りてくるアルバートとノアの両名の姿が見えた。


 どうやったかは不明だが、不測の事態を把握してこちらに向ってきたようだ。あれから一〇分も経っていないのにもう現れたとは。流石は一国の王と称賛すべきか。


 アルバートたちの姿を見たリオが目を丸くしながら、


「おぅ、いつの間にオジサンたちが……」


「最初からあやつの精霊が居たぞ。そやつが主に報告したんじゃろう」


「……覗き見? エッチ?」


「違う。全然、違うぞ。あやつは変態かも知れぬが、覗き魔ではないぞ」


 コントのような二人を余所に事態は動き始めた。


「あ、出た。出てきた! 出てきましたよ!!」


 ほらほら、と興奮気味のロリータが指差す方向――二台目の幌馬車の後部から人の降りてくる姿があった。


 まずは、二十代ぐらいの若い男性が外にでて、こちらを牽制しつつ、中の人間を手招きする。一つ一つの動作がきびきびしており、あまり隙が感じられない。


「……ふむ、よく訓練された士官と考えるべきじゃな」


 続いて、十代の男女の二人組が出てきた。こちらも軍人のような雰囲気を漂わせているが、訓練中の士官候補生レベルと言えそうだ。


 既に禿頭がいるので、二台目の馬車には二人が残っている。


 そちらから出てくる前に、一台目の馬車から一人の杖をついた老人が姿を現した。


 丁寧に後ろへと撫でられた長髪が全て白髪に変わった老人といえども、二メートル近い巨躯の持ち主で、背筋がピンと伸びている。また、服装の上からでもわかるほど筋肉が衰えていない。


「ライガーオッちゃんを普人族にしたら、あんな感じになるのかな?」


 リオの感想したとおり、老人の雰囲気がライガーととてもよく似ていた。


「……これは驚いたぞ。まさか、名誉元帥殿の登場じゃ」


 イーリスからもその姿を確認し、口からめずらしく感嘆の言葉がこぼれ落ちる。


「そうなると、彼ほどの人物が同行するのじゃ。残りはそれほどの人物と……」


 推測するべきじゃ――と、言葉が続くはずだったのだが、その予想に反した姿をした二人が幌馬車から降りてきた。


「……ぶた?」


「……キレイなブタさん、で良いのかな?」


 キレイなブタ、という表現もおかしいのだが、そうとしか説明しようがない立ち姿である。


 王侯貴族などが纏いそうな赤い柄の衣装に身を包んだブタ顔の人間がそこにはいた。


「……おぅ、今夜の晩ご飯?」


 リオがボソッと恐ろしいことを呟くのだった。


ブタはキレイ好きだけど、悪環境でも生きていけるから、汚くみえちゃうんでしょうね。


次話の後半から狩りに戻ります。

今気づいたけど、七万文字まで入力できるみたい。増えたね。


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