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ひょんなことから知ったのです。はじまりはゴールデンウィーク中に家族三人でキャンプに行ったときの事でした。
準備に手間取ってしまい、出発したのが正午過ぎ。高速道路に入って、しばらくの間はスイスイと進めたのですが、日が暮れるにつれて車の量が増してきました。それに伴い、私達の車はなかなか前には進めていません。とうとう息子の誠は寝入ってしまい、運転している誠二さんの横顔からも疲労が察することができました。
「ねえ、もう睡眠とらないと持たないわよ」
心配して私が声を掛けたのですが、誠二さんは少しの間をおいてハッと目を覚ましたかのように、
「え?何か言った?」
と聞き返してきました。もう限界なのだと誰だってわかります。
「パーキングまで結構距離あるし、いっそ高速降りちゃおうって言ったの」
「ああ。うん、そうしようか」
すぐに誠二さんは承諾して、私達は高速道路を降りました。
降りたところは静かな田舎でした。古い建物がいくつも並ぶ路地に入っていき、その路地の邪魔にならないような場所に車を停めました。窓を開けると、暖かい風と静けさが私を包み込みます。無用心にも、窓を開けたまま私はいつの間にか寝入ってしまいました。
起きたのは六時をすこし回った頃だったと思います。目を開けると、眩しいほどの日光が私の視界を埋めつくしました。日光をさえぎるように手を前に出しながら車の外に出ると、すぐそこに駅が見えました。木造の小さな駅舎のまわりにはもちろん人一人見つかりません。さみしくたたずんでいました。しかし、私にはそのさみしい駅はどこか懐かしく感じられました。
私の実家は東北にあります。小さな小さな町で、東京とくらべたらとっても不便で、それでもどこか居心地がよくて。そんな故郷に似たような雰囲気が駅から漂ってきました。
私は車のトランクにあるカバンから着替え用の大きなバッグの中からタオルと洗面用具を取り出し、駅のトイレに向かいました。
こんな朝早くだからでしょうか。駅にも、駅前にも、人っ子一人いませんでした。
人がいないというのは不気味です。聞こえるのは風の吹き向ける音と私の足音だけでした。私は早足でトイレに向かいました。
洗面をすませてトイレを出ました。私がふと改札の方を向くと、さっきまで誰もいなかった改札の前には一人ティッシュがたくさん詰まっている箱を横に置き、手元にティッシュを持った人が立っていたのです。
正直、すこし警戒してしまいました。なにせこんな朝方に、こんな田舎で、こんなにも人がいない駅の前で、ティッシュ配りをしているのです。不審者じゃないかと慌てました。
それでもティッシュを貰いに行こうと思ったのは運命だったのでしょうか。いつも配っているティッシュはどんなときも受け取っていました。声をかけられなくても自分から貰いに行き、何度も往復してたくさん貰ったりして誠二さんに呆れられた時もありました。
ティッシュを配るその人は黄色の蛍光色の服を着て、同色の帽子をかぶり、まるで誰かを待っているかのようにあたりを見回していました。
私が近づいていくと、気付いたのか私の方を見て微笑みました。よくよく顔を見てみると二十代前半の若い男性ということはわかりました。
「はい、どうぞ」
渡されたティッシュの広告には太い字で「未来探偵」と書かれています。
「未来……探偵?」
誰だって不思議に思うでしょう。私は太字のあとを続けて読みました。
――本社ではあなたやご家族、お知り合いの方々の未来を調べ、迅速かつ正確にお伝えします。いつ事故や病気に遭うのかや、浮気、不倫等がいつ起こるのかを調べることができるのです――
私が信じられないという顔で青年の方を向くと、彼は微笑みながら言いました。
「当社はどんな他社よりも格安になっております。黒字の電話番号に掛けていただき、この口座に電話でお伝えする金額を振り込んでいただければ……」
振り込め詐欺なのではないか、と思ったのは当然のことだと思います。でも、料金は数千円。詐欺にしては金額が低すぎます。では、本当に……。
「ほ、本当に未来がわかるの?」
そう言うと、青年は満面の笑みを浮かべて答えてくれました。
「はい」
しかし、そんなに言われても実際にやってもらわないと信じることはできません。
「あのう、どうも信じられないんですけど、一回だけ無料でやっていただけないでしょうか」
私が彼に頼むと、彼は私に背を向けて携帯電話で話し始めました。その会話が終わってこちらを向くと「一回お試しとして」とまた微笑みながら言ってくれました。
「では、調べてほしいことがあれば電話をください」
そう言い残して、彼はティッシュの箱と共に去っていきました。しばらく私はぼんやりとティッシュの太字を眺めていましたが、誠二さんと誠を車に残していることを思い出して慌てて車に戻りました。