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その騒動


鉛色の空の下。頭上を覆い尽くす針葉樹。シトシトと降頻る雨のせいで軍服は濡れに濡れ、限界まで疲れた体を冷え込ませる。


「もう限界だろう?そのお姫さんを渡してくれれば命だけは助けてやるぜ」


在り来たりな悪役セリフで私に話しかけてきた男はどこぞの国の諜報員だ。


「黙れ。アオイ様は決して渡さん」


私が相次ぐ戦闘で切れ味の鈍った愛刀を両手で握り直すと背後のアオイ様が息を飲んだ。




どーしてこんな事になっているかと言うと。




あの武術試合の一ヵ月ほど後の事だ。

アオイ様は筆頭七貴族の一つフリベルイ公爵家嫡子、ミカエラ・フリベルイ様から舞踏会に招かれた。当貴族お屋敷にだ。

私はいやーな予感がした。何故ならばフリベルイ様は陛下のお妃候補NO1だっただからだ。家の取り決めらしいが本人は乗り気で長年陛下の隣を独占してきた。が、もう少しでという処でアオイ様が出現。あっという間に陛下の御心を奪ってしまった。そして反アオイ様グループ筆頭となった。まぁ後の展開は目に見える事だろう。

頭の良い方なので今の今まで尻尾を掴ませなかったがここにきて勝負に出たのか。それにしてもあからさますぎだと思うが、かえってやり難い。堂々と正規の手続きをし、申し込んできたから此方としても断りにくいのだ。ここで断るとアオイ様への反発は強まる。アオイ様至上のあの男共としてもこればかりは無視していいわけがない。

結果、5倍の人数を警護に回されアオイ様は城を出立した。そして道中、案の定待ち伏せていた賊に馬車ごと奪われ攫われたというわけだ。・・・・5倍の人数どこいった。

そしてその馬車にはアオイ様と私とユリアが乗っていた。しっかし事もあろうに筆頭貴族の一つであるフリベルイ様が敵国と通じ合っていたとはな。これを知ってしまった私達が死ぬのは確実だろう。

こんなはずではなかった・・・当初、実力的にいって外されるはずだった私達だがアオイ様が見知らぬ近衛兵ばかりでは不安がるだろうという理由で同行することになったのだ。


正直に言おう。迷惑だ。すんごく迷惑だ。


休みになるーってんで久し振りに友人達と飲みに行く約束があったのだ。そこで思う存分愚痴を聞いてもらおうと思ってたんだ。女しかいないながらも服だって選んでいたんだ。話題の店だって予約したし、翌日も休みなんでとことんまで飲んで浮れる筈だったんだ!ユリアなんてもっと悲惨だ!出来たばかりの彼氏とデートだったんだぞ!「もう別れるかも・・・」と言って涙ぐんだ彼女に自身の無念も手伝って貰い泣きしそうになった。

そして前述の通りになり、馬車ごと攫われた私達だったが女3人と侮ったのか敵の油断を突いて離脱、逃亡を開始した。んが、足手まと・・いや非戦闘民を連れての道程は容易ではなく、脱出して僅か2日目で追いつかれた始末だ。


無事、生き残ったら今度こそ異動願いを届けよう。誰が何と言おうとやってやろう。国に忠誠を誓っているが正直命のほうが大事だ。寧ろ近衛兵なんてやめてやる。実家に帰れば早く嫁に行けと小うるさい両親&兄2匹がいるがこんな場面になる事はないだろう。


「女にしとくにゃ勿体無いくらい いい男っぷりだ・・・・やれ」


悪役はらしく目を狭めると配下に顎をしゃくった。

2人同時に飛び掛ってくる。

私は上段に構えた敵のがら空きの腹を横殴ると返す刀で下段から胴、肩へと振り切った。一人目は蹲って動かなくなったが2人目は浅かったらしく体勢を崩したが倒れなかった。

後方でも斬撃の音がするので後ろに回り込まれたか。ユリアに任せよう。


・・・・・・さて、仲間達が駆け付けるまでどれ位時間が稼げるかな?


「ユリア!」


私が声をかけるとユリアは「いくわよ!」と答えて照明弾を打ち上げた。

オレンジの眩しい光が木々の間を抜け、空高く上がる。


「チィイ!!異世界人だけは殺すな!最悪半死半生でもいい!」


悪役は苛立だしげに舌打ちすると声を荒げた。

輪が狭まる。私とユリアはアオイ様を中心に円を描くように動く。

雨のように降られる刃を死に物狂いでかわしかわしかわしまくる。

手が痺れ、足がふら付き、肺が破れるほど息が苦しい。雨が激しくなる。短い髪は張り付き、メイクなどとっくに剥がれ、唇はきっと死人のように青いだろう。

疲れたし風呂に入りたいしふかふかのベッドで横になりたい酒が飲みたいよー甘いもん欲しいフィッシュアンドチップス!ステーキ!アイスクリーム!今頃は二日酔いに頭がふら付きながらも惰眠を貪ってる筈なのになんでこんなとこにいるんだ!?何してんだ私は!?


「だあぁっぁぁあああああ!!!」


私は叫んだ。懐に入った敵を殴り飛ばす。ドオンと音を立てながら敵が背から落ちる。我ながら結構飛んだな。敵共が一瞬怯んだ。雷光が鉛色の空を切り裂き轟音を立てて落ちた。


「くぅおの面倒くさい奴らがぁっ!あーもう面倒くさい!全部面倒くさい!お前らも面倒くさいがアオイ様とあのボンクラ陛下と空気読めなさすぎ宰相も面倒くさい!漆黒の貴公子だなんだと恥ずかしい二つ名で呼ばれる副軍団長!可愛いなどと男として致命的なガキ学術長補佐官!女たらしなだけの貴族!貴族としての誇りを忘れ靡かん男の尻を追い懸ける女共!税金で食わして貰ってるくせに権力に振り回されるだけのバカ貴族共!!!あー馬鹿らしい!めっちゃくちゃ馬鹿らしい!こんな国のために命なんか賭けちゃってる自分ってホント馬鹿っ!馬鹿馬鹿馬―――鹿ッッ!!!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


場が静まり返る。

誰もが唖然として私を凝視している。

目の端に、目ん玉をこれでもかと見開いてるアオイ様が見えた。ちょっと胸が痛んだ。


「・・・ホントよね・・・」


すると背後からポツンと言葉が漏れた。我が同僚にして親友、苦楽を共にするユリアだ。


「ククッ・・クククク・・・」


周囲の敵達がどよめき、身構えた。


「アオイ様付きとなってからというもの残業に次ぐ残業。休日だというのにやれ毒物混入だの攫われただのアオイ様争奪に横やりを入れまくるあの馬鹿男たちの尻ぬぐい。久しぶりにモノにしようとしてる男とも滅多に会えなくなりこのままじゃ他の女に流れるか自然消滅。買い物にも行けなし実家にも寄れない。何故かって?直ぐに呼ばれてもいいように宿舎に控えるよう言われてるからよ。クク・・ククク」


ユリアから不気味な含み笑いが漏れ始める。敵が後ずさった。


「バカヤロー!超過勤務ー!」

「無茶振りー!」

「休みくれー!」

「デートー!」

「飲み会!睡眠!」

「ショッピング!」

「合コン!」


もうどうにでもなれ!こちとら前の休みが何時だったかわからんくらいなんだ!近づくものはこの刀の錆と変えてくれる!キレた25歳婚期ギリギリの微妙なお年頃の女を舐めんなよ!ふふふ・・ふぁーははははは!!


拳を突き上げ吠える私達に押されていた敵達だったが


「そこまでだ」


深く渋い声にハッと我に返る。ついでに私とユリアとアオイ様も。

私達と敵達の更に周りをいつの間にか駆け付けた近衛団、軍団が囲んでいた。あっ総団長だ。タイニオ様もガイナス様もいる。

スラリと抜いた剣、剣、剣。しかと定められる弓矢。弓矢。弓矢。


「抵抗は無意味だぞ。貴様等の後続ならとっくに蹴散らした。大人しく投降しろ」


殺気立つ敵達だったが、ヴィティッカ総団長の平坦な声にリーダーであろう悪役がさっと手を挙げると途端に静まった。


「・・・ったく、いい時間稼ぎ頂いちまったなぁ。こんな事初めてだぜ」


悪役は部下達に武器を捨てるように言うと両手を上げた。冷静な奴・・・肝が据わってるというか、こんなの相手によく踏ん張れたな自分。

そう思ったら「助かった、生き残った」と急に実感した。


はぁぁあああああ。

終わったぁあ。


安堵した私は膝が笑った事も手伝ってその場にへたり込んでしまった。後ろに倒れるように両手を付くとこつんと当たるものがある。首を回すとユリアだった。同じように手を付いている。私達は顔を見合わせるとどちらともなく笑いだした。

堪りに溜まった欝憤を全て吐き出したからだろうか。雨に濡れ、血に塗れ、泥だらけにも関わらず気分は夏空のように爽快だった。

と、傍にアオイ様が膝まずき泣き出す。


あ、やべ。


「ごっ、ごめんなさい!私・・私・・ティッティさんとユリアさんに甘えすぎていました!お2人の事・・何時の間にかお姉さんのように思ってて・・頼りにし過ぎていました。お2人には生活もあるのに・・・そうですよね、当り前ですよね・・・それなのに私は・・」


合間合間にしゃっくりと咽喉を詰まらせながらアオイ様が泣き出す。おいやめてーこれじゃ悪者は私等じゃないか。


「アオイ様。アオイ様は悪くありません。むしろ被害者です。『周りが悪いのです』」

「ティッカネンの言うとおりですわ。私達も一個の人間だと『忘れてる周囲が』諸悪の根源なのです」


何とかにこやかに見えるように上辺を取り繕う。イラッときても大人だからな。今後もあるしな。しかし嫌みは忘れんがな。

アオイ様はそれでも細々と謝ったが、駆け付けた「仕事どうした?」なあの迷惑面倒くせぇ5人に連れられ去って行った。

あーあ。近衛兵団と軍団の立場ZERO。死にさらせ。


「ハァ・・おいしょっと。立てる?ユリア」

「・・なんとか。今回はキツかったわね」

「だぁな」


体中が痛い。切り傷も打撲も浅いの深いの。斬り合い殺し合いの場だ。女だからといって敵が手加減してくれるとは限らない。寧ろ舐めて掛って思いのほかやるとなると逆ギレして無茶苦茶してくる。

半端に強い私等なら致命的な流れになる事だってままある。修羅場は何度か潜り抜けてきたが今回のようにヤバいのは初めてだった。今更ながら震えが来る。


「おい、アンタ等」


震えを何とかしようとしていると悪役に声を掛けられた。顔を向けると悪役は笑いを滲ませた口調で


「俺達の国に雇われてみないか。この国よりかは待遇がいいと思うぜ」


事もあろうにスカウトしてきた。

はぁ?

何を言ってるのだこの悪役は。


「んな小娘一人に振り回される国よりかはクセはあるが面白い俺達の国のほうがマシだと思うぜ。週2日休みに5時帰宅。各店3~4割引待遇に独身者総合紹介所、老後もばっちり保障。女騎士は珍しいからもってもてだぞ?イイ男が選り取り見取りだぞ?大事にするぞ?」


そういって悪役は半分かぶった布を引き下げた。部下達もそれに倣う。

・・・・意外とカッコいいじゃないか。・・・3~4割引だと?


「いいかもな」

「いいかも」


4割引にちょっとぐらついた私とイイ男に弱いユリアの声がかぶった。総団長達が固まる。


「アンタ等のように綺麗で根性があって我慢強くて使える女なんて滅多にいねぇからな。それを小娘付きだなんて、あー、勿体ねぇ!この国の奴らは何考えてんだ!なぁお前等!」


総団長達を煽るようにイケメン悪役とイケメン部下達が笑った。

おいおい綺麗だと?悪くないな。

目の端、近衛兵団、軍団の額に青筋が浮かぶのが見えた。こいつの取り調べ尋問レベル上がったな。


「護送の準備が整ったぜ」


その場を凍りつかせるタイニオ副団長のお声。その底冷えするオーラにふてぶてしい敵共もさすがに黙り込んだ。すごいですタイニオ様。味方の筈の私とユリアも青褪めます。思わず敬礼してしまった。


「連れて行け」


総団長が指示すると次々と身柄を引っ立てられる悪役以下部下達。「考えといてくれよー」と呑気な声が森に木霊した。あいつ今から何されるかわかってるんだろうか。尋問だぞ?スカウトしてる場合か。

半ば呆れて首を振り、落ちていた愛刀を拾う。と、散々鍔競りあったせいか真ん中からぽっきり折れてしまった。


「あーあ」


しまったなぁ。これ気に入っていたのに。あの名付け親 (呪われろ!)が寄越したもので珍しく気に入っていたんだが。どうも外国産らしく、この国では見た事のないフォルムをしている。レイピアより頑健だが大剣よりかは細身でとても扱いやすいのだ。ああ惜しい。


「あらら・・・」


ユリアが眉を顰める。私は肩を竦めた。


「残念ね、いいものだったのでしょう?」

「ああ。まぁ折れちゃったのは仕方ないさ。それに・・踏ん切りも付くかもな」

「・・・そうね。私も思い知った感じ」

「あれ?ユリアも?」

「ふふ・・それより今はシャワー浴びたいわ」

「私もだ」


私達は他愛ない会話をしながら撤収の準備をしている団へと混じった。

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