ムーンサイド ネット小説大賞五
なんとも胸がもやもやする。これから起こるであろうことを思うと、気が重い。ステージでは女性歌手がジャズらしいものを歌っている。僕のそんなこともわからないほど目の前のことに集中していた。
「きれいね。やっぱり予約してよかった」
彼女は大きな窓の外の星ぼしと下半分に見える地球ををみて言った。僕らの周りには品の良いお客がそれぞれドレスアップして、夕食を楽しんでいる。みなは思い思いに時を過ごしていた。
「結構大変だったよ。今人気だからね。いくら月に行くのが安いからってこういう食事をしながら昇っていくのはやっぱり掛かるよ」
宇宙エレベーターの大きなガラス窓にみえる地球が下がっていく。
「この間はどうしたの? 残業?」
彼女の言葉に肉を切る手が止まった。耳にリズミカルなピアノの音が聞こえる。
「ああ、最近多いんだよ」
そのまま言葉が止まってしまった。次の言葉を言おうと息を吸い込んだ瞬間、ちょうど歌が終わった。静かな拍手が起こり、女性の歌手は頭を下げた。彼女も女性のに向き拍手をしていた。
「最後になりました。聞いてください。ムーンサイド」
静かに始まった新しい曲を聞くや否や、僕は切り出した。
「聞いてくれ。話があるんだ」
「ちょっとまって、ワインほしいの」
「あ、ああ」
僕はいわれるまま、ワインを注がれるのをまった。彼女はワインが注がれるのを待ち言った。
「はなしって?」
彼女は一口ワインをのむ。
「ああ。なんていうか……」
「なに?」
「率直にいうよ。……別れよう」
彼女はワインを見つめながらワインをくるくると回している。
「知ってた」
「え?」
「だってこんないいとこ連れてってくれた事ないじゃない。それに知ってる? この曲、ムーンサイドは別れの曲なのよ」
彼女は静かに立ち上がり、去り際に帰りのチケットをテーブルの上に置いた。
「彼女とお幸せに」
彼女が去り、倦怠感だけが残った体にワインを流しこんだ。
あなたは行ってしまった。わたしは月に残るわ。あなたを見守って。
そとにみえる星ぼしは静かに瞬いていた。