蟻/月光
昨日迄は目ぼしいゴミすら落ちていない、
打ちっぱなしのコンクリートが一面に広がる殺風景の屋上。
灰色の地面を黒色に塗り替えるように、蟻の大群が犇めくように這いつくばっていた。
たった一夜にして、生物の住処に変貌してしまった。
突然現れた集合体におぞましさを覚えたのと、どこから来たのかという好奇心が湧いた。
土なんて物はなく、ましてや食べ物もないのにこんな所にやってきた理由はなんだろうか。
しかも14階と言う高所なのに、一晩でどうやってこんな所まで来れたというのだろうか。
行き先もなく縦横無尽に動き回っているが、食べ物なんか永遠に見つかる訳がない。
徒労に終わる哀れな生き物を傍から眺めていたら、
一部の蟻達が身を寄せ集めるように一箇所に集まって一塊になっている。
時間が経つにつれて黒い塊が増えていく。
コロニーがいくつも形成され、四方八方に点在していた。
身近な所に顔を近づけて、何をしているのか覗いてみたけどよくわからない。
今どきの小学生ですらしない押しくら饅頭を、寸分の隙間を作らないようにして身を寄せている。
頭部から伸びる2本の触覚だけが微妙になびくように動いているだけ。
もう一つ分かったことは、一部の蟻に羽がついていたのが見て取れた。
付いていないのは羽がもげてしまったというのか。
なんて気味が悪いんだ。
何のためにこんなことをしているのか?
くっつき合うために、ここまで飛んできたというのだろうか。
食べ物がなく住み着く巣も作れずにいて、何もできずに固まっているだけに見える存在。
何もできずに時間の経過とともに、ゆっくり死へと向かっていくだけにしか見えない。
何のためにここまで来たのか。
何のために生まれてきたのか。
虫たちに問いかけた所で答えが返ってくるわけがない。
だからといって、この疑問が解消するわけでもない。
身を寄せ集まって、ゆっくり死期へと向かっていくだけなのか。
いくつかのコロニーを確認すると、横向きになって既に息絶えているのもいた。
日差しにやられたのか、他の要因なのか分からないけど。
更に観察を続けていると、小さな鳥が蟻をついばんでいる。
こんな高所にまで餌を探しに飛んでくるとは、なんて大層なんだ。
お昼時に会社から抜け出して、公園のベンチでジュースを飲みながらスマホで暇つぶしをしていた。
頭上の木々の隙間から降り注いでいた日光が消え、重苦しく感じるくらいの日陰を感じた。
無意識に空を仰ぎ見たら、大型の何かが空を覆うように出現していた。
太陽を背にしているせいもあって、何かが後光をだしているのかと思った。
超常的な現象、神様的な何かが日常に降臨するとは夢にも思っていないし、これは夢の中なのか。
非日常的な突発的な出来事に反応できずにいたら、
いたる所から老若男女のけたたましい絶叫や雄叫びが響いてきた。
視線を逸らさずに何かを凝視していたらなんと表現すればいいか分かった。
端的に一言で表すのならば、巨人という言葉が相応しい。
でも、どこに顔があるのか表情を読み取れるものがない。
本来顔があるべきとこは、のっぺりとした平坦があるだけ。
「※※※※※※※※※※※※※」
地鳴りのような音が耳をつんざくように響いたかと思ったら、唐突に止んだ。
違う、止んだわけじゃない。木々の葉っぱが小刻みに揺れ続けている。
自分の鼓膜が破けただけなんだ。
耳の奥に鈍痛があり、奥底から耳の入口にかけて生ぬるい液体が流れてきたのが身を持ってわかる。
本能的に感じる恐怖。ここにいたら殺される。
おもむろにベンチから立ち上がって、巨人らしき物から距離をとるように駆け出した。
走りながら後ろを振り向くと、ほんの少しではあるけど距離を稼げているのか、
さっきよりかは小さく見えた。
なのに、進行方向に向き合うと2体目の巨人がおり、行く手を阻むようにそびえ立っていた。
自分と同じ様にパニックになってがむしゃらに走ってた人々が、
新たに出現した巨人の姿を認識した途端、進行方向を変えて駆けていたけど、
巨人の腕のようなものが伸びていとも容易く捕捉されていた。
必死に手足をばたつかせているけど、微動だにしない巨人の手に囚われて何も変わらない。
口元も必死に動いているから、命乞いをしているのかもしれないけど無意味に終わってしまった。
捻り潰されたのか、一瞬にしてに粉塵上の血しぶきをあげて爆散していった。
人の死に様に爆散なんて言葉が似つかわしくないのはわかるけど、
そう表現せざるをえないくらいに肉の塊が四方八方に飛び散っていったんだ。
とんでもないことが起きてしまった。
死にたくない。こんな所で理由もわからずに死にたくはない。
どこか隠れるところをみつけないと。
公園の中の拓けた所だから、丁度いい隠れ場所が見つけられない。
走りながら辺りを確認していると、樹の下に見を寄せ集めて縮こまっている人たちがいた。
あんな所に居た所で、どうせすぐ見つかるのに。
儚くも思いは的中し、巨人に目敏く見つけられて命を弄ばれては消えていく名前も知らない人たち。
いつ向こう側の方に篩い分けられるのかと思うと、身が縮こまる思い。
必死に走ってるから息が絶え絶えで苦しいし、ふくらはぎがほんの少し攣って痛みがあるけど、
立ち止まるわけにはいかないんだ。ここが正念場なんだ。
思いだけは立派でも行動が伴わないと意味がない。
一瞬で伸びてきた手のような物に捉えられてしまった。
自分も一方的な虐殺で葬られるのだろう。
こんな最後、嫌だな。
地面から離され、どんどん遠ざかっていく感覚がある。
頭上からの風圧を感じ、見る景色がどんどん高くなる。
持ち上げられているんだ。
天高く持ち上げられたおかげか、巨人の顔を間近でみれた。
こいつ、こんな顔してたんだ。
凄く。いやな表情してんな。
死に体の様子の蟻を一匹掴んでみたけど、元気がない。
覇気を感じず精気も消えて、今にも死んでいきそうなくらい。
何のために途中で羽を宿してこんな所まで飛んできたのだろう。
生きるための食べ物もなく巣作りも出来ない、人間の世界で言うならば、
砂漠のような場所に迷い込んできたこいつらは。
無様すぎる姿に無性に腹が立ってきたら、指先に力が籠ってしまい、一匹の蟻を捻り潰してしまった。
頭が。身体が。弱いのが悪いんだよ。
眉間に深い皺が刻まれているのが自分でも分かるくらい、不快で仕方なかった。




