第6話「招かれざる客と王の風格」
魔獣襲撃から数日が過ぎ、平穏が戻りつつあったある日。
屋敷へと続く一本道に、砂煙が上がった。
馬蹄の音。金属が触れ合う音。
現れたのは、煌びやかな鎧に身を包んだ一団だった。掲げられた旗印は、見覚えのある獅子の紋章。エルステッド公爵家の騎士団だ。
俺は屋敷の前で彼らを出迎えた。隣には、執事服(俺が古着をリメイクした)を着たオルトが控えている。
馬上の騎士の一人が、兜を脱ぎ捨てて俺を見下ろした。
嫌な予感が的中した。そこにいたのは、異母兄のライオネルだった。
「よう、無能な弟よ。豚小屋のような場所で、野垂れ死んでいるかと思って見に来てやったぞ」
相変わらずの下卑た笑みだ。
彼は俺の生存確認という名目で、あわよくば死体を確認しに来たのだろう。あるいは、俺が惨めに這いつくばって慈悲を乞う姿を見たかったのか。
だが、彼の期待は裏切られた。
整地された庭、修繕された屋敷、そして身なりを整えた俺。どこを見ても、悲壮感など欠片もない。
「……なんだ、これは。追放された分際で、随分と優雅な生活をしているじゃないか」
「おかげさまで。静かで良い環境ですよ、兄上」
「ふん、減らず口を。どうせ、どこかの野盗に体でも売って、金を得たんだろう? オメガのお前には、それくらいしか価値がないからな」
ライオネルの言葉に、周囲の騎士たちが下品な笑い声を上げる。
俺は拳を握りしめたが、表情には出さなかった。こんな挑発に乗るほど子供ではない。
だが、俺の隣で、大気が凍りついた。
ピシリ、と地面に亀裂が走る音がした。
オルトだ。
彼の無表情な顔の裏で、制御限界を超えた殺意が渦巻いているのがわかった。
「……訂正を」
オルトが、低く、地を這うような声で言った。
ライオネルが眉をひそめる。
「あ? なんだこのデクの坊は。ゴーレムか? 生意気な口をきくな」
ライオネルが馬鞭を振り上げ、オルトの顔を打とうとした。
その鞭が、空中で止まった。
オルトが指二本で掴み止めたのだ。
「私のマスターを愚弄する発言を、撤回しろと言ったのです」
バヂン! と音がして、鞭が千切れ飛ぶ。
オルトから、どす黒いオーラが噴き出した。それは魔力を持たない俺にさえ視認できるほどの、濃密な威圧感だった。
馬たちが怯えていななき、暴れ出す。騎士たちは慌てて手綱を引くが、彼ら自身の顔にも恐怖が浮かんでいた。
「な、なんだ、この魔力は……!? ただのゴーレムじゃないのか!?」
ライオネルが顔を引きつらせる。彼はアルファだが、オルトが放つプレッシャーは、それを遥かに凌駕していた。
オルトが一歩踏み出す。
それだけで、騎士団全体が三歩後退した。
オルトの背中から、不可視の触手のように殺気が伸び、彼らの首元を締め上げる。
「マスターは、誰よりも尊い。お前たちのような汚物が、その視界に入ることさえ許し難い」
「ひっ……殺せ! この暴走ゴーレムを破壊しろ!」
ライオネルが悲鳴に近い命令を下す。
数人の騎士が剣を抜き、魔法を詠唱しようとした。
遅い。
オルトは一瞬で彼らの間合いに踏み込んだ。
剣を振るう隙も与えず、素手で鎧の上から鳩尾を打ち抜く。魔法を唱えようとした者の口を塞ぎ、地面に叩きつける。
殺しはしなかった。だが、全員が戦闘不能になるまで、十秒もかからなかった。
地面に転がる精鋭騎士たち。そして、腰を抜かして落馬したライオネル。
オルトはライオネルの喉元に、革靴の爪先を突きつけた。
「死にたくなければ、二度とこの地に足を踏み入れるな。……次にマスターを侮辱すれば、その舌を引き抜いて肥料にする」
ライオネルは恐怖で失禁し、声にならない悲鳴を上げて頷いた。
彼らが逃げ去った後、オルトは深く息を吐き、俺の方へ向き直った。
鬼神の如き形相は消え、そこには叱られた犬のような、不安げな表情があった。
「……勝手な行動をしました。処罰を」
「いや、助かったよ。ありがとう、オルト」
俺は彼の頭を撫でた。硬質な髪の感触。
オルトは目を細め、俺の手に擦り寄る。
だが、その時。
俺の視界がぐらりと歪んだ。
急激な目眩。体の中から、焼けるような熱さが込み上げてくる。
足の力が抜け、俺はその場に崩れ落ちそうになった。
「マスター!?」
オルトが咄嗟に俺を抱き止める。
彼の腕の中、俺は荒い息を吐きながら、自分の体に起きている異変を悟った。
甘い匂いが立ち込める。これは、俺自身から発せられているフェロモンだ。
ヒート。オメガの発情期が、最悪のタイミングでやってきたのだ。




