第4話「効率化という名の蹂躙」
食料問題の解決は急務だった。
オルトの尽力により土壌は整ったが、種を植え、育て、収穫するには時間がかかる。魔法による成長促進を行おうにも、俺には魔力がない。
だが、オルトにはアイデアがあった。
「マスター。廃棄場にある下位ゴーレムの残骸を再利用し、自動化農業システムを構築することを提案します」
「残骸を? 動くのか?」
「私の演算リソースを分割し、クラウド制御することで、簡易的な動作なら可能です」
オルトの提案は、俺の想像の上を行っていた。
彼は自分自身の魔力回路をサーバーとして、周囲に転がる動かなくなったゴーレムたちを「端末」として接続するというのだ。
俺たちはすぐに作業に取り掛かった。
オルトが選別した使えるパーツを組み合わせ、機能特化型の小型ゴーレム――通称「ワーカー」を十数体組み上げた。
蜘蛛のような多脚型、パワー重視のアーム型、整地用のローラー型。
見た目は不格好なツギハギだらけの集団だが、オルトが指を鳴らした瞬間、それらは一斉に起動した。
ついでに、オルト自身のメンテナンスも行われた。
彼は廃棄場の奥底から見つけ出した高純度の白磁土と、旧時代の遺物である強化魔導骨格をごっそりと発掘し、自身の泥ベースだった身体を再構築したのだ。
「マスターの隣に立つ存在として、美的完成度も最適化する必要があります」
そう語る彼の肌は、今や高級な陶磁器のように白く滑らかで、泥人形だった頃の面影は微塵もない。物理防御力も、戦車の装甲並みに跳ね上がっているらしい。
『接続確立。同期率99% これより、開墾業務を開始します』
オルトの目が青く発光し、無線通信のようにワーカーたちへ指令が飛ぶ。
その光景は圧巻だった。
十体のワーカーが一糸乱れぬ動きで荒野を駆け巡る。
多脚型が石を取り除き、アーム型が土を耕し、ローラー型が畝を作る。人間がやれば数ヶ月かかる作業が、倍速再生を見ているかのようなスピードで進行していく。
これが「効率化」だ。
俺は屋敷のテラスから、その様子をコーヒー(代用品の木の実を焙煎したもの)片手に眺めていた。
かつて研究所で夢見た、完全自動化された未来都市。それが、こんな辺境の地で、魔法というブラックボックスを通じて実現しようとしている。
「どうですか、マスター。現在の作業進捗率は120%です」
オルトが背後から声をかけてきた。いつの間にか戻ってきていたらしい。彼はワーカーたちの指揮を執りながらも、俺への給仕を忘れない。
「完璧だ。これなら冬になる前に収穫までいけるかもしれない」
「はい。近隣の森から採取した果実の種も、品種改良を並行して行っています。マスターの味覚データに基づき、糖度と酸味のバランスを調整予定です」
「……そんなことまでできるのか?」
「あなたの『美味しい』という言葉が、私への最高級の報酬ですから」
オルトは当然のように言い、俺の空になったカップに注ぎ足しを行う。
最近、彼の距離感がさらにおかしくなっている。
作業報告をする時も、顔が近い。隙あらば俺の服の乱れを直そうとしたり、髪に触れようとしたりする。
それはまるで、所有者が自分の持ち物を手入れするような、あるいは、崇拝対象に触れる信徒のような手つきだった。
「オルト、少し近い」
「敵性存在からの奇襲に備え、即座に防御態勢を展開できる距離を維持しています。合理的判断です」
「ここには俺たちしかいないだろう」
「油断は禁物です。マスターは無防備で、柔らかく、壊れやすいのですから」
オルトの手が、俺の頬に伸びる。その指先は温かかった。
泥と魔力でできた擬似皮膚の下に、熱源があるかのようだ。
彼の指が頬を撫でた瞬間、俺の体の奥底で、奇妙な疼きが走った。
オメガとしての本能が、何かに反応している?
いや、まさか。オルトはゴーレムだ。性別はない。フェロモンも出していないはずだ。
だが、彼の金色の瞳に見つめられると、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
「マスター? 脈拍が上昇しています。体調不良ですか?」
オルトが顔を近づける。整った鼻梁が触れそうな距離。
その時、爆発音が響いた。
森の方角だ。
黒煙が上がり、鳥たちが一斉に飛び立つ。
オルトの表情から甘さが消え失せた。瞬時に冷徹な戦闘マシンの顔になる。
「熱源反応、多数。魔獣の群れです。規模、中隊クラス。……マスターの領域を侵す害虫を検知しました」
声色が、氷点下まで下がった。
彼は俺を背後に庇うように立ち、ワーカーたちへ信号を送る。
農作業をしていたワーカーたちが、一斉に動きを止め、そのアームを鎌や鋤から、凶器へと構え直した。
「駆除を開始します。マスター、目を閉じていてください。汚らしいものが映らぬように」
オルトの殺気が、空気を震わせた。
それはただの防衛本能ではない。俺の平和を乱す者への、激しい憎悪にも似た感情だった。




