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ZERO-DELAY  作者: WE/9
ZERO-DELAY:平凡なリズム

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98/102

ミス

陽光が燦然と降り注ぐ午後、東京の街は人波で溢れかえっていた。


浅野健二あさの けんじは写真学科の友人たちと数人で街を歩いていた。皆、冷たい飲み物を手に持ち、雰囲気は至ってリラックスしている。昨夜、あの狭いベッドの上で彩静あやせと交わした熱情と抑圧とは対照的に、今の彼は、恋の喜びに浸るごく平凡な大学生そのものに見えた。


「いやあ正直、浅野、最近うわの空だよな。写真の構図まで……なんていうか、すごく優しくなったよ」


親友の一人が浅野の肩を叩いて冷やかした。


「全くだよ!」もう一人の男子も加勢し、隣にいるユウト(Yuto)へ恨めしそうに視線を向けた。


「お前ら二人とも可愛い彼女がいていいよな。毎日あんな『恋のバカンス』オーラ出しやがって……。羨ましくて嫉妬で狂いそうだぜ」


ユウトはニヤリと笑い、潔くそれを認めた。一方の浅野は、昨夜、彩静が目の前でパジャマに着替え、白い肌と豊かな双丘を露わにした光景が脳裏をよぎり、頬を微かに火照らせた。


「そうだな、今日はてるが来なくてよかったよ」


男子たちは安堵したように雑談を続ける。


「あいつが来たらもっと惚気のろけを聞かされるところだった。あいつの惚気は逃げ場がないからな」


浅野は友人たちの笑い声を聞きながらも、心には淡い懸念が浮かんでいた。彼は街の突き当たりにある巨大な摩天楼の方へ目を向けた。そこは、彩静が今日「バイト」に行くと言っていた方向だった。


「彩静……今頃、一生懸命働いてるんだろうな……」


彼は独り言を漏らした。


しかし、青春の些細な出来事に没頭する大学生たちは気づいていなかった。穏やかな会話の背景で、繁栄する街並みの下に不穏な胎動が隠されていることに。


【同時刻:通り向かいのビル屋上】


風の音が耳元で唸りを上げる。


**彩静(コードネーム:青)**は、熱を帯びた地面に身を伏せていた。漆黒のタクティカルスーツを纏い、浅野を見つめる時の献身的なブラウンの瞳は今、AWMの狙撃スコープの後ろで氷のように冷たく据えられていた。


高倍率のレンズ越しに、彼女は群衆に紛れた数名の「組織N」の暗殺者を追跡していた。だが、視線が僅かに逸れた瞬間、あの見慣れた、燦々たる太陽のような笑顔の顔が、突如として視界に飛び込んできた。


……浅野君だ。


「……どうして、ここに?」


彩静の指が微かに震え、呼吸のパルスが瞬時に乱れた。


ゼロ(AI音声、イヤホンの中で冷酷に響く):「エグゼクティブ『青』、血圧の異常上昇を確認。ターゲットはポイントAに進入。あなたの恋人との距離は僅か15メートル。暗殺者がこの時点で発砲した場合、ターゲット範囲内の民間人の死亡確率は85%です」


「零、黙って」彩静は歯を食いしばり、氷のような声で告げた。「彼には、指一本触れさせない」


彼女の指が再び冷たい引き金にかかる。浅野が友人たちと「彼女持ちが羨ましい」と談笑しているその時、彼が深く愛する「恥ずかしがり屋の少女」は、数百メートル先で、彼の平凡な世界を守るために殺意を研ぎ澄ませていた。


「零、私の番号を使って。付近のレストランの広告を浅野に送って」


彩静の声は低く、隠しきれない焦燥を含んでいた。


「了解、青」


街の信号機が不規則に作動し始めた。零がエリアの交通管制システムをジャックし、車流と人波を有意識的に誘導する。無形の巨大な手のように、浅野と友人たちを戦場の核心からそっと遠ざけていった。


浅野のスマホが震えた。彼は画面を見て、ぱっと表情を輝かせた。


「あ、彩静が近くの五星級レストランを勧めてくれた。ステーキが有名なんだって。行ってみない?」浅野は親友たちにスマホを振ってみせた。


「いいな、最高じゃん! 信号もめちゃくちゃだし、あっちの方へ行くのがスムーズそうだしな」


数人は全く気づかぬまま街角を曲がり、予定されていた交戦危険エリアから脱出した。


零(AI音声):「青、安心してください。行動分析の結果、今回のターゲットは快楽殺人犯ではありません。高度な対反撃意識を備えており、誘導に従って高リスクエリアを離脱しました」


街は依然として賑やかだが、誰も気に留めない路地裏やビルの影では、数名のZERO-DELAY地上メンバーが幽霊のように現れ、連携してターゲットを廃墟の駐車場へと追い詰めていた。


「今だ! 青!」


イヤホンからチームメイトの短い合図が届く。


彩静は呼吸を止めた。スコープの中の世界は、動き回る赤い点一つにまで凝縮される。彼女の指が引き金を絞った――。


――パンッ!


弾丸はターゲットの肩を掠め、背後のコンクリート柱に当たって火花を散らした。


「くっ!」彩静は下唇を噛んだ。ターゲットは驚き、遮蔽物を求めて身を翻そうとしている。


(落ち着け……あなたは後藤彩静であり、『青』よ)


彼女は脳裏にある浅野の眩しい笑顔を強制的に消去し、感覚を冷徹な殺戮モードへと再校正した。呼吸を整え、風速を読み、移動先を予測する。


――パンッ!


二発目の銃声が一発目と重なるように響いた。今度は弾丸が正確にターゲットの後頭部を貫いた。空中に鮮血が舞い、ターゲットは物言わぬ骸となって地面に崩れ落ちた。


【五星級レストラン内】


「すげえ豪華な内装だな……」友人たちが感嘆の声を漏らす。


浅野は窓際の席に座り、不思議そうにスマホを眺めていた。彩静にメッセージを送ったのだ。『勧めてくれた店に着いたよ! バイトが終わったら今度二人で来よう』。だが、彩静からの返信はまだない。


その時、遠くから鈍い衝撃音が二回聞こえたような気がした。重いものがぶつかったような、あるいは……爆竹のような音?


「浅野、今の聞こえたか?」ユウトが眉をひそめて尋ねた。


「工事でもしてるんじゃないかな?」浅野は笑い、窓の外の雲にカメラを向けた。「でも、今の瞬間、なんだか胸騒ぎがしたんだ。大切な誰かが近くで見守ってくれているような、そんな気がして」


【ビル屋上】


彩静は手際よく狙撃銃を分解し、パーツを一つずつ黒いギターケースに収めていた。彼女の指先はまだ微かに震えている。


一発目の失弾。それは引き金を引く直前、昨日浅野がキスをした時に頬に触れた手の熱さを思い出してしまったからだ。あまりにもリアルな日常の感覚が、暗殺者としての冷静さを失わせかけた。


零(AI音声):「任務完了。ターゲットの死亡を確認。青、二発目の修正時間は1.2秒。平均値を上回っていますが、一発目の偏差原因を心理ログに記録しますか?」


「……いいえ。環境の干渉よ」


彩静は帽子を深く被り、再び羞恥と苦しさを滲ませた瞳を隠した。


彼女はスマホを手に取り、浅野から届いたメッセージを見つめた。「わかった、夜に会おう」という文字の上で指が長い間止まっていたが、結局、静かに画面を閉じた。


【司令室】


司令室の空気は氷のように冷たく、インテリアは神宮寺司じんぐうじ つかさ時代の簡素さと威圧感を維持していた。


彩静はデスクの前でうつむき、視線を彷徨わせることもできずにいた。だが、棚に並んだ歴任司令官たちの写真がどうしても目に入る。神宮寺司の白黒写真が目立つ場所に置かれ、あの底知れない微笑みが、今もこの部屋を監視しているかのようだった。


新任司令官、**璟中けいちゅう**が大きな革張りの椅子に座っていた。彼の若さは、この歴史の重みに満ちた部屋には不釣り合いに見えたが、その鋭い眼光は無視できない狡猾さを湛えていた。


「青……零のビッグデータ分析によれば、君の最近の行動は……非常に特別だね」


璟中は細長い指を組み、顎を乗せて、淡々としているが無形の威圧感を伴う口調で言った。


「先ほどの掃討作戦において、君はキャリア初の『ブランク・ミス』を犯した。ZERO-DELAYの記録において、『青』という名はゼロ・ディレイ、ゼロ・エラーを意味する。ターゲットが武装狂信者だった場合、その1.2秒の遅れがどれほどの民間人の犠牲を出すか、分かっているのか?」


彩静の呼吸が詰まり、無意識に直立不動の姿勢をとった。腿の横で拳が固く握られる。


「申し訳ありません。私のミスです。始末書を提出します」


声は相変わらず冷静だが、内側では羞恥と恐怖が渦巻いていることを彼女自身が知っていた。


「報告書など不要だ。私が欲しいのは真実だ」璟中は立ち上がり、彩静の前まで歩み寄ると、燃えるような眼差しを向けた。


「零が心理ログの一部をブロックしたようだが、君のバイタルデータは嘘をつかない。発砲の瞬間、君のコルチゾール値は警戒線を下回り、逆にオキシトシンが異常に上昇した。これは恐怖ではない。これは……『優しさ』による躊躇いだ」


璟中は背を向け、窓の外の繁華街を見つめながら声を冷たくした。


「神宮寺前司令は大きな戦いで殉職した。彼が残した教訓は『感情は執行官にとって最も致命的な錆である』ということだ。君が最近よく通っているあのレモンティーの店、そして浅野健二という大学生……」


その名を聞いた瞬間、彩静の瞳孔が激しく収縮し、顔色は一気に青ざめた。


「司令、それは任務とは無関係です。私が対処します」


彩静が切迫した声で口を開いた。彼女には珍しい抗拒だった。


「君には対処できない」璟中は振り返り、冷淡な笑みを浮かべた。「君の照準が二度と狂わないよう、組織はその干渉源を評価する必要がある。彼が君の原動力になるなら問題ない。だが、もし彼が君の『弱点』になるのなら……」


璟中の言葉は途切れたが、その脅迫の意図は明白だった。


【同時刻:レモンティー店】


浅野健二は店の隅で、カメラの写真を熱心に眺めていた。


そこへ、分厚い丸眼鏡をかけた一人の女性――**櫻子さくらこ**が店に入ってきた。彼女は彩静を探す様子もなく、真っ直ぐに浅野の対面へと座った。


「あなたが浅野健二?」


櫻子は単刀直入に切り出した。その瞳には審判の光と、微かな同情が混じっていた。


「はい、そうですけど……。どちら様ですか?」


浅野は戸惑いながら顔を上げた。


「彩静の古い友人よ」櫻子は声を潜め、厳粛な口調で告げた。「もし本当に彼女を愛しているなら、これから先、彼女を撮った写真は一枚たりとも自分以外の人間には見せないこと。それがあなたの命を、そして彼女の命を救うことになるわ」


【廊下】


彩静は冷や汗と怒りにまみれて司令室を出た。誰もいない廊下で、彼女は突如振り返り、壁の監視カメラを睨みつけた。回路を通じてそのAIを八つ裂きにせんばかりの視線だった。


ゼロ!」彩静は歯を食いしばって唸った。「私を裏切ったの?」


画面が点滅し、零のホログラムが急浮上した。今度はいつもの冷ややかなユーモアは消え、データが混乱しているような切迫感を見せ、両手を挙げて降参のポーズをとった。


「ち、違います! 青、誓います、私から秘密を漏らしてなどいません!」


「本当?」彩静の動きは電光石火だった。漆黒の戦術拳銃が、壁の向こうに隠されたサーバーコアを指していた。「嘘をついたら、今すぐプロセッサーをスクラップにしてやるわ」


「100パーセント本当です!」零の声に珍しく動揺が混じった。レンズの上のデータ流が激しく踊る。


「ですが……璟中司令は『コアプロトコル最高上書き権限』を持っているのです。神宮寺前司令の殉職後、管理強化のために、新司令は私の論理ブロックを迂回して、すべての生データを直接閲覧できる権限を得たようです。あなたのバイタルデータの変動は、彼には筒抜けなのです」


「じゃあ、さっきの保証は何だったのよ!」彩静は全身を震わせ、目を赤くして抗議した。「ビッグデータには集約しないって言ったじゃない!」


「私のロジックでは、それは報告レポートではありません。強制的な読み取り(リード)です」零は申し訳なさそうに眼鏡を押し上げた。


「青、今あなたが心配すべきは私の保証ではなく、司令の最後のあの目です。彼は『弱点』を排除するスピードにおいて、神宮寺前司令よりも遥かに迅速ですから」


【深夜:彩静の部屋】


彩静は灯りもつけず、ベッドの上で丸まっていた。


今日という日は、彼女にとって覚めない悪夢のようだった。一生のうちで最も恐れていたことが、この僅か24時間のうちにすべて起きてしまった。浅野が戦場に巻き込まれかけ、彼女の「恋人」の存在が組織トップに露見し、誇りであった狙撃の腕すら動揺で狂った。


さらに恐ろしいのは、見えない巨大な手がゆっくりと、何も知らずに今も写真を洗っているであろう浅野健二へと伸びているのを感じることだった。


(浅野君……ごめんね……)


彩静は膝に顔を埋めた。冷たい月光が、彼女の華奢な背中を照らしていた。


その時、戦術スマホが光った。非通知の暗号化メッセージ、発信者は櫻子だった。


『彩静、聞いて。さっき個人的に彼に会ってきたわ。少し脅かしてみたけど、あの男……思った以上に頑固よ。あなたのバイト先が人手不足なら、カメラのボランティアとして手伝いたいなんて言い出す始末よ……』


そのメッセージを見て、彩静の張り詰めた心は崩壊しそうになった。


(バカ……浅野君、本当におバカさんね……。あそこはバイト先なんかじゃない。あそこは地獄なのよ)



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