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ZERO-DELAY  作者: WE/9
ZERO-DELAY:平凡なリズム

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93/102

やっと

【新宿シアター・ロビー:13:30】


浅野あさのは清潔感のある白いシャツに濃い色のパンツを合わせ、昨夜の寝不足によるクマを隠すために少し多めに化粧水を叩き込んでいた。だが、彩静あやせが歩いてくるのを見た瞬間、すべての疲れが魔法のように癒やされていくのを感じた。


今日の彼女は、あの濃紺の制服をまとい、どこか冷たい空気を纏っていた少女ではなかった。


彩静はオフホワイトの柔らかなセーターを着ており、そのふわふわとした質感が彼女の顔立ちをより一層小さく、愛らしく引き立てていた。膝上のプリーツスカートが歩みに合わせて軽やかに揺れ、浅野が気づいた通り、スカートの裾から覗く白く形の良い脚は、長年の訓練による健康的な美しさを湛えていた。


「……浅野君。」


彩静は彼の前まで来ると、少し落ち着かない様子でスカートの裾を整え、視線を合わせられずに俯いた。「待った……かな?」


「う、ううん! 僕も今着いたところだよ!」浅野の顔は後ろの映画ポスターと同じくらい真っ赤になり、彩静の脚を凝視してしまわないよう必死に理性を保っていた。「今日の君……すごく綺麗だ。本当によく似合ってるよ。」


「うん……ありがとう。」彩静は俯いたまま、囁くような小さな声で答え、落ち着かなげにセーターの裾を指先で弄んでいた。


二人は肩を並べてシアターの中へと入り、空気にはポップコーンの甘い香りが漂っていた。


【シアター内:最後列】


そこは浅野がこだわり抜いて選んだ、視界が開けつつも人目が気にならない特等席だった。照明がゆっくりと落ち、大スクリーンに本編前の映像が流れ始めると、周囲は静かな暗闇に包まれた。


彩静は座席に座り、暗闇の中で自分の五感が何倍にも研ぎ澄まされていくのを感じていた。浅野はすぐ右側に座っており、二人の腕の距離は5センチもなかった。彼が少し急いで呼吸する音や、体温までもが伝わってくるようだった。


(……すごく、近い。)


上映されたのは、時空を超える愛を描いた物語だった。音楽が情緒的に盛り上がり、ストーリーが中盤のクライマックスを迎えたその時。


彩静は物語に心を動かされ、無意識に手すりの上のコーラを手に取ろうとした。それと全く同じ瞬間、浅野もまた緊張からくる喉の渇きを癒やそうと手を伸ばした。二人の手は、何の前触れもなく手すりの上で重なり合った。


「……!」


彩静の手は電気ショックを受けたように震えたが、今度はすぐに引っ込めようとはしなかった。


浅野の手のひらは温かく、緊張による微かな汗を湛えていたが、その大きな感触が彼女の細い手背を包み込んだ。


暗闇の中で浅野は勇気を振り絞り、退く代わりに、ゆっくりと、慎重に手を裏返し、彩静の指先をそっと絡ませた。


彩静の顔は一瞬で耳の根まで赤くなった。大スクリーンを見つめてはいたが、もはや映画の内容など全く頭に入ってこない。脳内は指先から伝わってくる浅野の体温でいっぱいだった。彼女が少しだけ顔を向けると、浅野もまたスクリーンを凝視していたが、その硬直した座り方は彼が自分以上に緊張していることを物語っていた。


(浅野君の手……すごく、温かい。)


彩静は優しく、彼の指を握り返し、恥ずかしそうに目を閉じた。


スクリーンでは穏やかな日常の会話が続いていたが、次の瞬間、耳をつんざくようなブレーキ音と巨大な衝撃音によって、温かかった雰囲気は無残に引き裂かれた。


突然の交通事故の特写。指先の鼓動に浸っていた彩静にとって、それはあまりに不意打ちだった。卓越した動態視力を持つ彼女であっても、この予兆なき衝撃には抗えず、普段保っている冷静さが一瞬で崩れ去った。


「……!」


彩静の小さな肩が激しく震え、暗闇で煌めくブラウンの瞳が収縮した。それは戦闘中の危機察知ではなく、純粋に驚いた少女の追求本能だった。彼女は無意識に体を縮め、隣にある唯一の「熱源」へと寄り添った。


ドン。


浅野は左肩に重みを感じた。柔らかく、微かなシャンプーの香りを纏った力が寄りかかってきたのだ。彩静の小さな顔はほとんど彼の肩に埋まっており、白いセーターの質感がシャツ越しに伝わってきて、彼は一瞬で全身が固まった。


(よ、寄りかかってきた!? 後藤さんが僕の肩に!?)


浅野の脳内小劇場は瞬時に爆発し、無数の思考が駆け巡った。


「こ、これが噂に聞く『吊り橋効果』か!?」


「どうしよう? このまま肩を抱くべきか? でも、もし単に驚いただけだとしたら、下心があるみたいに思われないか?」


「でも、ここで何もしないのは、男として甲斐性がないんじゃ……?」


浅野の手は数秒間、宙で止まった。それはカメラマンが決定的な瞬間を切り取る時の精密さであり、純情な大学生としての極限の葛藤でもあった。


ついに、彼は深く息を吐き、胸を突き破らんばかりの鼓動を抑え込んで、ゆっくりと手を下ろした。大胆に肩を抱き寄せるのではなく、優しく、規則正しく、自分の肩に預けられた彩静の腕をそっと叩いた。


「大丈夫だよ、ただの映画だから……僕がここにいるよ。」浅野は声を落とし、自分でも驚くほどの優しさを込めて囁いた。


彩静はその大きな手のひらの感触を感じた。規則的なリズムは、まるで怯えた小動物をあやすようだった。彼女は次第に驚きから覚め、自分が浅野の肩にぴったりと密着していることに気づき、羞恥心が恐怖に取って代わった。


(私……自分から寄りかかっちゃった……組織であんなに訓練を受けてきたのに……。)


けれど、それでも彼女はすぐに離れようとはしなかった。浅野の肩は想像以上に広く、その規則的な安らぎは、これまでに感じたことのない安心感を彼女に与えていた。それは防弾チョッキや狙撃銃では得られない、浅野健二という人間だけが持つ温もりだった。


彩静は顔を上げず、ただ赤くなった顔をより深く埋め、小さな手で浅野のシャツの裾をぎゅっと掴んだ。それは、この一時的な依存を許してほしいという合図のようだった。


映画は最後のクライマックスへと突入した。


彩静は本当に、体を元の位置に戻すのを「忘れて」しまったかのようだった。白く細い腕は依然として浅野の腕をしっかりと抱き込み、まるでその白いシャツに吸い付いているかのようだった。浅野の腕の筋肉が緊張から弛緩へと変わっていく様子や、安心させるような体温が直に伝わってくる。


しかし、物語が結末に向かうにつれ――夕陽の中での男女の別れと再会が、哀しくも希望に満ちた旋律と共に流れると、浅野が「デートの助け」にするはずだったその映画は、カメラマンである彼の感性に真っ直ぐに突き刺さった。


浅野はスクリーンを見つめながら、自分と彩静の、あのもどかしく神秘的な関係を重ね合わせ、感情が決壊した。


「うっ……」


声を抑えようとしたが、涙は糸の切れた真珠のように溢れ出した。格好いいところを見せようと思っていたのに、今の彼はまるでおもちゃを奪われた子供のように泣きじゃくり、肩を震わせていた。


彩静は呆然とした。


腕を組んでいる甘い恥じらいに浸っていた彼女は、隣からの震えを感じて顔を上げた。そこには、涙でぐちゃぐちゃになった浅野の横顔があった。


(浅野君……泣いてるの?)


組織の世界において、涙は弱さの象徴であり、彩静にとって最も縁遠い感情だった。けれど、目の前のフィクションのためにこれほど純粋に泣ける男を見て、彼女は決して「弱い」とは思わなかった。むしろ、その透明な心は、汚さずに守ってあげたいと思えるほどに綺麗だった。


彩静は少し躊躇した後、組んでいた腕を解いた。浅野は泣き顔を見苦しいと思われたのかと謝ろうとしたが、その時、柔らかい小さな手がそっと自分の肩に置かれるのを感じた。


パシ、パシ。


彩静は先ほど浅野がしてくれたように、少しぎこちないけれど、この上なく優しいリズムで彼の肩を叩いた。彼女は何も言わず、ただ冷ややかだが愛しげなブラウンの瞳で静かに彼を見つめた。その眼差しはまるで、「大丈夫だよ、私もここにいるから」と言っているようだった。


この瞬間、シアター内の悲劇的なシーンはただの背景となり、二人の間の空気は甘く、濃密に溶けていった。


【デパート屋上:18:00】


夜の涼風が映画館の感傷を吹き飛ばしたが、二人の間に漂う「境界を越えた」曖昧さは消えなかった。


屋上のライトが灯り、浅野の目はまだ少し赤かったが、彩静を見つめる瞳はいつになく輝いていた。彼は彩静を連れて手すりの側まで歩いた。二人の距離は、シアターに入る前よりも半分以下に縮まっていた。


「後藤さん……さっきは、本当にごめん。あんな情けないところを見せちゃって。」浅野は少し決まり悪そうに頭を掻いた。


彩静は首を振った。微風が彼女の長い髪を乱し、彼女は静かに言った。「ううん……あんな浅野君こそ、すごく、リアルだと思った。」


夜の屋上。白いセーターの裾を風が揺らす。彼女は金属製の手すりに寄りかかり、遠く新宿の街の灯りがダイヤモンドのように煌めくのを、その澄んだブラウンの瞳に映していた。


それはどんなカメラマンも夢中になるような完璧な構図だった。けれど、浅野はただ静かに彼女の傍らに立ち、両手をポケットに入れ、命の次に大切なカメラはレンズキャップすら外さず、胸元に大人しくぶら下がっていた。


「浅野君、ここ、すごく綺麗……」彩静は顔を向け、風に舞う髪の間から不思議そうに彼を見た。「撮らないの?」


浅野は月光に照らされた彩静の横顔の柔らかな輪郭を見つめ、はにかんだような、それでいて清々しい笑顔を浮かべた。


「父さんがよく言ってたんだ。いつもファインダー越しに世界を見るんじゃなく、一番美しい景色は自分のために取っておけって。」


彼の視線は夜景から離れ、彩静の上で止まった。


「僕にとって今のこの瞬間は、レンズを通さなくても、一生覚えておきたいと思える景色なんだ。」


彩静は言葉を失った。空気の温度が上がっていくのを感じた。


浅野はある決意を固めたかのように、体の向きを彩静の方へと変えた。緊張で肩が微かに震え、彼はもう一度、深く、深く呼吸をした。


「彩静。」


「好きだ。」


その言葉を叫んだ瞬間、浅野は全身の力を使い果たしたかのようだった。彼はぎゅっと目を閉じ、彩静の反応を見る勇気すらなく、審判を待つ石像のように固まっていた。


一秒、二秒。


「私もだよ!」


思いがけず、活気に満ちた、鈴の音のように軽やかで悪戯っぽい声が浅野の耳に届いた。それはいつもの消え入りそうな恥じらいの声ではなく、彩静がついにすべての武装を解いた、最も真実で、最も輝かしい答えだった。


浅野は勢いよく目を開けた。そこには、首を傾げて自分を見つめる彩静がいた。その顔には、彼が一度も見たことのない、世界中を照らし出すほどの眩しい笑顔が咲いていた。


彼はもう、込み上げる衝動を抑えられなかった。一歩踏み出し、大胆に、けれど優しく、彩静の小さな手を握った。それはただの接触ではなく、彼女の指の間に自分の指を滑り込ませ、掌同士をぴったりと密着させる、**「恋人繋ぎ」**だった。


彩静の掌はひんやりとして、けれど温かく、彼にこれまでにない充足感を与えた。


「彩静……」浅野は至近距離で彼女を見つめ、声は震えから少し低くなった。「本当は、レモンティー・ショップで初めて会った時から……ずっと、君のことが好きだったんだ。」


「あの時の君が、隅の席で本を読んでいた姿は、どんなにライティングを調整しても捉えきれない影のようだった……」浅野は声を潜め、顔を赤くした。


「その時から思ってたんだ。もし一生のうちに一度でも君の笑顔を撮れたなら、僕はもう死んでもいいって。」


彩静は指先から伝わってくる力を感じていた。大切にされ、守られているという感覚に目頭が熱くなる。彼女は繋いだ手を優しく揺らし、小さな声で応えた。


「私も……浅野君。私には言えないことがたくさんあるし……いつもあなたを困らせてばかりだけど、カメラを持ってお店に入ってくるあなたを見るたびに……あの『仕事』も、そんなに辛くないって思えたの。」


浅野の「初めて会った時から好きだった」という心からの告白を聞き、彩静の胸に甘い想いが幾重にも押し寄せた。彼女は浅野の胸に下がっている、宝物のようなカメラを見つめ、ふと悪戯っぽく微笑んだ。


「あなたが撮らないなら……私が撮ってあげる。」


彩静は浅野の手から、そっとカメラを受け取った。彼女は遠くの夜景にも、浅野の顔にもレンズを向けず、ただ地面へと向けた。


カシャ。


街灯の光に照らされたフェンスの側に、ぴったりと寄り添う二人の影が投影されていた。二つの影は重なり合い、少し緊張して立つ浅野と、その肩に少し頭を預ける彩静。


この写真は、彼らの関係の出発点。顔にピントは合っていないけれど、二つの最も真実な心には、しっかりとピントが合っていた。


【新宿駅:別れのホーム】


深夜のホーム。空気には冬の終わりの冷たさが混じっていた。電車の入線する轟音が遠くから響き、この鼓動に満ちたデートもついに終幕を迎えようとしていた。


浅野は彩静の手を放すのが惜しくてたまらなかった。彼はホームの端に立ち、両手で彩静の小さな手を包み込み、夜空の星よりも優しい眼差しを向けた。


「彩静……」浅野は深く息を吸い込み、別れの間際に、最も重い想いを口にすることに決めた。「愛してる。」


彩静は一瞬目を見開いたが、すぐにこの上なく幸せそうな笑みを浮かべた。駅の蛍光灯の下、赤くなった頬が格別に美しく映る。彼女は浅野の手を優しく握り返し、きっぱりと答えた。


「私も愛してるよ。」


「じゃあ……バイバイ。」


「うん、バイバイ。」


彩静は車内へと入り、ホームに立つ浅野に手を振った。ドアがゆっくりと閉まり、二人の視線は最後の一刻まで外れることはなかった。


【下り電車:帰路にて】


浅野は誰もいない電車の座席に座り、まるで雲の上を漂っているような気分だった。彩静の体温がまだ残る右手を見つめ、脳内では一万発の花火が同時に打ち上がっているようだった。


(彼女ができた……本当に、彼女ができたんだ!)


(相手はあの後藤さんだ……僕が一目惚れした女神様……。神様、これは夢じゃないよね?)


彼はたまらずカメラを取り出し、先ほど彩静が撮った影の写真を見つめた。口角がどうしようもなく緩んでいく。今すぐ電車の中で叫び出したいような、店に駆け込んで全員にこの吉報を伝えたいような気持ちだった。


一方、本部へと戻る列車に揺られる彩静は、相変わらず「青」としての冷静な仮面を被っていたが、その手は先ほど浅野に握られていた場所をずっと愛おしそうに撫でていた。


(浅野君……これからは、私の「彼氏」なんだよね。)


彼女はそっと目を閉じ、浅野が目を閉じて告白した時のあの不器用で誠実な姿を思い返していた。暗闇と孤独に慣れきった彼女にとって、この感情こそが、この過酷な世界で唯一の救いだった。



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