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ZERO-DELAY  作者: WE/9
ZERO-DELAY:平凡なリズム

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92/102

準備期間

【後藤彩静の寝室:22:30】


風呂上がりの中、彩静あやせの体からはほのかにボディソープの香りが漂っていた。彼女は柔らかなコットンのパジャマに着替え、半乾きの長い髪を無造作に肩に散らしている。


退屈しのぎにスマホを眺めていると、画面上部に浅野あさのからのメッセージがポップアップした。


浅野: 「この映画(『桜の花が落ちる瞬間』)観てみない? [リンク]」


後藤: 「いいよ。」


浅野: 「あ、そうだ。観終わった後、近くのデパートに寄ってみよう。あそこの屋上は景色が綺麗だし、君に伝えたいこともあるんだ。」


最後のその言葉を目にした瞬間、彩静は電気ショックを受けたように震え、スマホを顔の上に落としそうになった。


「伝えたいことがある」……そんな台詞、どんな恋愛小説や映画でも、意味するところは一つしかない。


「う、うぅ……!!」


彩静はあまりの恥ずかしさに布団の中へ丸ごと潜り込んだ。心臓の鼓動が自分でも聞こえるほどに大きい。天才狙撃手である彼女でさえ、眩暈を覚えるほどの急展開だ。「私も聞きたい」と返すのは露骨すぎるし、「ふーん」では冷淡すぎる。


そこで彼女は意を決し、再び「あの手」を使うことにした。


【浅野健二の部屋】


浅野はデスクの前に座り、落ち着かない様子で画面を見つめていた。先ほどの誘いは、彼にとって一生分の勇気を使い果たしたものだった。


「唐突すぎたかな? 彼女を驚かせてしまったんじゃ……」浅野は独り言を漏らし、手のひらには汗が滲んでいた。


その時、スマホが震えた。


「後藤が動画を送信しました」


「動画……? まさか、また……?」


前回、彩静が動画を送ってきた時に一晩中眠れなかったことを浅野は思い出した。震える指で再生ボタンをタップする。


動画の背景は寝室で、照明は少し暗く、温かみがある。


彩静はベッドのヘッドボードに寄りかかり、湿った長い髪が白い肩に自然に垂れている。普段は水のように清らかなその瞳は、今は恥じらいで潤んでいた。何より致命的なのは、彼女の頬が熟したミニトマトのように、ひどく誘惑的な薄紅色に染まっていることだ。


動画の中の彩静は下唇を少し噛み、カメラを一瞬だけ見つめると、消え入りそうな声で囁いた。


「私……すごく楽しみにしてるね!」


言い終えると同時に、動画はぷつりと切れた。


「ドクン――!」


浅野は脳内で閃光弾が炸裂したような衝撃を受けた。椅子の上で硬直したまま、手から滑り落ちたスマホがデスクに転がる。


その瞬間の彩静はあまりにもリアルで、あまりにも脆く、「あお」の面影など微塵もなかった。ただデートを心待ちにし、恥ずかしさが限界に達している一人の少女だった。


「楽しみって……映画のことか……それとも、僕の伝えたいことのことか……」


浅野は猛然と両手で顔を覆った。全身が燃え上がるような感覚だ。カメラマンである彼にとって、この動画の破壊力は、究極の光影美学と壊滅的な感情の衝撃が融合したものだった。


「今夜は……本当に眠れそうにないな。」浅野は天井を見上げ、大きく息をついた。心臓はいまだに狂ったように跳ねている。


23:45


部屋にはスマホの画面が放つ微かな光だけが残り、苦悶と陶酔が入り混じった浅野の顔を照らしていた。


これが何度目の「リピート」再生か、もう自分でも分からない。


動画の中で、半乾きの長い髪、熱気と羞恥に火照った緋色の頬、そして耳元で囁かれているかのような「楽しみにしてるね」という柔らかな声が、静まり返った深夜に何倍にも増幅されて響く。


「あぁ……彩静……」


浅野はたまらず布団を頭まで被り、力ない叫び声を上げた。体を丸め、下半身から突き上げてくる、原始的で強烈な生理反応を必死に抑え込もうとする。


血気盛んな21歳の大学生にとって、愛する女の子からこれほど暗示的な(彩静本人は単に恥ずかしながら期待を伝えただけかもしれないが)動画を送られるのは、最高級の拷問に等しかった。


脳裏には、どうしてもある光景が構築されてしまう。


もし、あの時自分がその寝室にいたなら……。


もし、あの言葉がカメラ越しではなく、僕の胸の中で囁かれたものだったなら……。


もし、あの湿った長い髪や、マシュマロよりも柔らかそうなあの頬に触れることができたなら……。


「ダメだダメだダメだ! 浅野健二、何を考えてるんだ! 相手は彩静なんだぞ!」


彼は激しく首を振り、少し「行き過ぎた」妄想を振り払おうとした。今の自分の考えは、この純粋な感情に対する冒涜だと感じたが、体は正直すぎて泣きたくなるほどだった。


ベッドの上で何度も寝返りを打ち、シーツはぐちゃぐちゃにかき乱された。目を閉じるたびに、潤んだ瞳で恥ずかしそうに自分を見つめる彩静の視線が浮かび、ようやく落ち着きかけた心拍数が再び加速する。


「全然……眠れない……。」


浅野は自暴自棄になって天井を見つめ、大きく肩で息をした。りんがいつも自分を「モブ先輩の友達」と呼んだり、馬鹿を見るような目で見てくる理由が分かった気がした。感情の世界において、自分は彩静の放ったこの「無音の狙撃」に完全に打ちのめされたのだ。


同時に、来週末が待ち遠しくて仕方がなかった。デパートの屋上、絶景、そして用意した言葉たち……。


あの雰囲気の中で、自分は本当に勇気を出して、動画の中で夢中にさせたあの姿に触れることができるのだろうか。


【もう一方の:彩静の部屋】


動画を送った直後に布団へ潜り込み、蚕の繭のように自分を丸めていた彩静も、今は暗闇の中で目を見開いて天井を見つめていた。


(送っちゃった……本当に送っちゃった……)


(彼はどう思うかな? 軽い女だって思われたかな? それとも……)


彼女はいまだに驚くほど熱い自分の頬に触れ、羞恥と甘美さが入り混じった感情に浸っていた。浅野がいま、どんな「生理的・心理的二重の責め苦」を味わっているかなど知る由もない。ただ、二人だけの秘密が共有されたことで、この関係がより一層濃密になっていくのを感じていた。


本部の照明は相変わらず冷たく、機械的な空気に満ちていた。


彩静(青)は黒い制服に着替え、背中には重い琴袋ギターケースを背負っていた。それは天才狙撃手としての彼女の武装だ。彼女はブリーフィングルームへと向かい、ブーツが金属の床を規則正しく叩く音が響く。


しかし、廊下に誰もいない隙を見て、彩静はふと足を止め、黒い革手袋をはめた両手に顔を埋めた。


(……私、何をやってるんだろう。)


(昨日のあの動画……浅野君は今頃、私のことを変な女の子だと思ってるに違いない……うぅ。)


口ではそう思いながらも、動画の送信に成功したあの瞬間を思い出すと、口角がどうしても緩んでしまう。鋭い刃のようだった瞳は、一瞬にして穏やかな泉のようにとろけた。彼女は誰も見ていない影の中で、そっと、小さな声で空中に向かって練習した。


「……私も、すごく楽しみにしてるよ。」


言い終えると、また自分の大胆さに驚き、戦術マスク(もし着けていればだが)の下で顔面温度が急上昇した。直後、彼女は深く息を吸い込み、全ての情緒を押し隠した。再び無表情で沈着冷静な「青」へと戻り、作戦室のドアを押し開けた。


【レモンティー・ショップ:13:00】


自動ドアが弱々しく「チリン」と鳴った。


浅野健二が入ってきたが、いつもの「写真学科の大学生」らしい爽やかな活気は微塵もなかった。足取りはふらつき、まるで墓場から這い出してきたばかりで、それでもヘラヘラと笑っているゾンビのようだった。


何より目を引くのは、目の下に刻まれた、拭い去ることのできない深いクマだ。


「……浅野君、一晩中仇にでも追われてたの?」


テーブルを拭いていた今田いまだが驚いて駆け寄り、ふらつく浅野を支えた。「魂が口から漏れそうだよ。」


浅野はカウンターに座り、枯れた声で口を開いた。「店長……一番強いアイスコーヒーをください。ダブルエスプレッソで……お願いします。」


みなとは優雅に振り返り、浅野の無惨な顔を一秒だけ見つめると、全てを見透かしたような「悪魔の微笑み」を浮かべた。


「浅野君、昨日は徹夜で課題でもやってたのかな?」湊は手際よくコーヒーマシンを操作しながら、柔らかくも致命的なトーンで問いかけた。


「それとも……何か心臓がバクバクして、全く眠れなくなるような『素晴らしい動画』でも観ていたのかな?」


「ブッ――!」


浅野が口に含んだばかりの水が、湊のエプロンにかかりそうになった。彼は激しくむせ込み、顔色は青白から一瞬にして爆発的な赤へと変わった。視線を恐怖で泳がせる。


「て、店長……何を言ってるんですか! 動画なんて……何のことか分かりませんよ!」


「おや、そうかい?」湊はアイスコーヒーを差し出し、悠然と言い放った。「その心律不整(不整脈)で体力が尽き果てた様子を見ると、昨晩はトンネルの中で追跡されるよりも過酷な戦闘を経験したのかと思ったよ。」


「……」浅野は内心の動揺を隠そうと、必死にアイスコーヒーを煽った。


バン!


最後の一発が正確に放たれた音と共に、任務は再び完璧な結末を迎えた。「青」こと彩静は、銃を収め、解体し、ケースに入れる。その一連の動作は、見る者に畏敬の念を抱かせるほどプロフェッショナルだった。


しかし、全ての報告を終えて作戦室を出た瞬間、戦場を凍りつかせていたあの冷酷さは瞬時に崩れ去った。


彩静はスマホの画面に映る浅野からのメッセージを見つめ、頬を夕焼けのように赤く染めた。チームメイトに言葉をかける暇もなく、彼女は俯いて足早に、地上へ向かう超高速列車へと駆け出した。その背中には焦燥と、隠しきれない期待が満ちていた。


「おい、ゼロ。」


残って後片付けをしていた数人の執行官が、彩静の異常な後ろ姿を見て、端末の画面に寄り添って尋ねた。


「最近『青』が変だと思わないか? 任務が終わるなり家に直行して……。あいつ、まさか本当に彼氏ができたのか?」


画面上では、AI 零の仮想アイコンが二度点滅し、データ流が穏やかに流れている。


組織全体の神経網に繋がっている AI として、零は当然、彩静がどこの店でアルバイトをしているか、最近浅野健二という大学生と親密であること、さらには浅野を徹夜させたあの「深夜の動画」のログまで全て把握している。


しかし、零の論理分析によれば、この「秘密」は後藤彩静の情緒安定(そして、少女としてのささやかな幸福感)を維持するために、極めて高い優先順位を持っていた。


「他人のプライバシーは開示できません。」


零の声は相変わらず平穏で、機械的で、一切の感情の起伏がない。「組織安全プロトコル第127条に基づき、執行官の任務に関係のない私生活の詳細は公開報告の範疇に含まれません。」


「ちぇっ、またそれかよ。」同僚たちは肩をすくめた。「お前は本当に堅苦しいな。まあ、あの様子じゃ、あいつにも春が来たってことだろ。」


「論理的判断:現在の季節は秋です。」零は冷たく突っ込みを入れ、通信チャンネルを強制的に遮断した。


【同時刻:超高速列車内】


彩静は車両の隅に寄りかかり、窓の外を飛び去るトンネルの明かりを眺めながら、両手で琴袋をぎゅっと抱きしめていた。


(さっき……ちょっと走りすぎちゃったかな。みんな、絶対後ろで変な推測してる……)


彼女は恥ずかしそうに唇を噛み、再びスマホを取り出して「デパートの屋上」に関するメッセージを眺めた。先ほどの完璧な狙撃任務よりも、今の彼女にとっては――デートの日にどんな服を着れば、あの「不眠の限界」にいる浅野君を、再びあの太陽のような笑顔にできるか、そのことの方がずっと重要だった。


深夜、浅野は散らかったデスクの前に座っていた。脳裏には彩静の動画がもたらした鼓動が残っていたが、彼は無意識のうちに、これまで撮り溜めた彩静に関する全ての写真を整理し始めていた。


画面を次々と写真が流れていく。カフェで俯いて本を読む横顔、陽の光の中で恥ずかしそうに微笑む瞬間、そしていつも影のように寄り添っている、彼女が「楽器が入っている」と言うあの長い琴袋。


「後藤彩静……」浅野は背もたれに寄りかかり、ポツリと呟いた。


彼は目を閉じ、これまでの日々を一つずつ繋ぎ合わせていく。


彩静という女の子はとても神秘的だ。同い年の大学生だと言いながら、いつも制服を着てあちこちで「バイト」をし、背中の琴袋は決して手放さない。


「彼女、一体どんな仕事をしてるんだろう?」浅野は写真を見つめながら、疑いではなく、淡い心配を抱いていた。


彼女の瞳は時折、この年齢には似つかわしくない疲労を覗かせることがある。自分の前ではいつも恥ずかしそうに笑っているけれど、彼女の世界は、普通の人よりもずっと重いのではないかと浅野は感じていた。


「仕事が何だろうと関係ない……」浅野は動画の中で赤くなって楽しみだと言った彼女の姿を思い出し、再び心臓が跳ねた。


来週末のデート、デパートの屋上で伝えようと思っている言葉を思い出す。彼は神秘的な部分を深く追求しないことに決めた。ただ、あんなに恥ずかしくて土に潜りたいはずなのに、勇気を出して想いを伝えてくれた彼女を守りたい、それだけだった。


彼女の仕事が何であれ、あのデートの後には、彼女が重い「琴袋」を降ろして、安心して寄りかかれる場所になりたいと、彼は願っていた。


【後藤彩静の寝室:08:00】


ベッドの上には、全くスタイルの異なる三着の服が散らかっていた。これはおそらく、彩静がこれまでの人生で下した中で最も困難な決断だった。


1. いつもの黒い制服: 最も無難で安心感があるが、一番デートらしくない。


2. 濃紺のワンピース: 上品なカットで、数少ない外出用の私服。


3. オフホワイトの柔らかいセーターにプリーツスカート: あきら先輩に半ば強制的にプレゼントされた、「これこそデートの必勝服よ」と言われたもの。


彩静は姿見の前に立っていた。今はまだシンプルな部屋着姿だ。鏡の中の自分を見つめ、深く息を吸い込み、口角を上げて「大人の女性」らしい優雅な微笑みを作ろうとしてみる。


「浅野君、今日はいい天気ですね……」彼女は鏡に向かって小さな声で言った。


しかし、鏡の中の女の子は口角が強張り、瞳には緊張が張り付いている。彩静はがっくりと肩を落とし、顔を両手で覆った。


(ダメだ……表情が固すぎる。浅野君、怒ってるって勘違いしちゃうかも。)


彼女は気を取り直し、昨夜のメッセージにあった浅野の「伝えたいことがある」という言葉を思い出した。それは期待と優しさ、そして少しの真剣さがこもった響きだった。彩静の脳内は、あのデパートの屋上で浅野が見せるであろう表情を自動的に補完し始める――。


あんな微風の中で、彼はきっと太陽のように眩しく、けれど少しはにかんだような笑顔で、まっすぐに自分を見つめてくれるはずだ。


そこまで考えると、彩静の心臓がギュッと縮まった。彼女はゆっくりと目を閉じ、浅野が目の前にいるところを想像した。二人の距離は、彼から漂う微かな現像液と石鹸の香りが分かるほどに近い。


唇が不自然に綻び、強張っていた肩の力が抜けていく。鏡の中の女の子は今、自分でも気づかないほど、極めて優しく、深い情愛を込めた微笑みを浮かべていた。閉じた睫毛が微かに震え、恥ずかしさは絶頂に達していたが、それは驚くほど美しかった。


「……バカ。」


彩静は突然目を開け、鏡の中にいる「思春期の少女」のような自分を見て悲鳴を上げ、茹で上がった海老のようにその場にしゃがみ込んだ。


「何を考えてるの、私! 目を閉じるなんて……恥ずかしすぎる……!」


彼女は激しく首を振り、幻想を振り払おうとした。しかし最後には、手が吸い寄せられるようにあのオフホワイトのセーターへと伸びた。


(彼があんなに大事な話があるって言ったんだから……私も少し……少しだけ、可愛くしてもいいよね。)


【同時刻:浅野家】


浅野はアイロンを手に、唯一の白いシャツを必死に整えていた。まさかもう一方で、彼が心から想う狙撃手の少女が、自分の「目を閉じた幻想」のためにパンク寸前になっているとは夢にも思わずに。



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