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ZERO-DELAY  作者: WE/9
戦役

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82/102

終止符と新生

黒色の列車がゆっくりとプラットホームに滑り込んだ。今回は、耳を突き破るような警報音も、重苦しい作戦ブリーフィングも待っていない。ドアが開いた時、そこから流れ出したのは、疲労と九死に一生を得た静寂だけだった。


アキラは、まだ顔色の蒼白いミナトを支えながら車両を降りた。湊は自分で歩けると言い張ったが、左手は無意識のうちに曉の肩に置かれていた。彩静サイジョウは、大功を立てたあの狙撃銃を片付け、無表情な顔にわずかな安らぎを滲ませながら、いつものように乱れた茶色のポニーテールを結び直した。


最後尾を歩くのは今田イマダリンだ。今田の腕には包帯が幾重にも巻かれ、一歩ごとに雲の上を歩いているようだったが、凜は相変わらず冷ややかな表情を崩さない。それでも、珍しく前を歩くことはせず、静かに今田の後ろについて歩いていた。それは、ある種の声なき守護のようだった。


中央管制室を通りかかる時、数人は示し合わせたかのように足を止めた。大画面にはもう赤い警告は点滅しておらず、「メデューサ・パーソナリティマトリックス:オフライン」と表示されていた。


司令室の中には、いつも皆に背を向けていた、老いを感じさせながらも凛としたあの後ろ姿はもういない。


「ミッション完了」曉の冷ややかな声が廊下に響き渡った。簡潔だが、千金の重みがあった。


一同には、かつての司令からの返答がまだ聞こえるような気がした。


『よくやった。だが、気を抜くなよ』


湊は振り返ることなく、ただわずかに頷き、低い声で言った。


「休もう。あとの後始末は普通の警察に任せればいい……これは俺たちが手に入れるべき休暇だ」


数人は顔を見合わせた。それは、彼らが ZERO-DELAY に入って以来、聞いた中で最も温かい命令だったかもしれない。


見慣れた公共休憩エリアに戻ると、ハリーのいつもの騒がしい電子音はなく、そこには寂寥とした温もりが漂っていた。


零(ZERO) のホログラムがスクリーンに現れた。今回、彼女の姿は単なる冷徹な眼鏡の少女ではなく、ハリーが生前最も気に入っていたあの野球帽を被った仮想の輪郭となっていた。


『皆さん、お疲れ様でした』零の声は穏やかで、人間味のある抑揚を帯びていた。


『医療班が薬剤の準備を整えています。湊、特にあなたはすぐに横になってください。糖分の高すぎる飲料に手を出そうなんて考えないことね』


「うるせえな、この程度の傷がなんだってんだ……」湊はぼやきながらソファに深く腰を下ろしたが、その手はポケットの中にあるハリーが残したコインをぎゅっと握りしめていた。


今田は傍らのベンチに座り、震える自分の手のひらを見つめ、不意に笑い出した。「俺、本当にあの扉を押し開けたんだな……」


「バカね、あれはドアが壊れてただけよ」凜が彼の隣に座り、無造作に薬膏を差し出した。口調は相変わらず鋭かったが、その視線は今田から逸らされていた。


「でも……ありがと、通行人先輩」


今田は呆然とし、一瞬にして顔を真っ赤にした。彼が凜と知り合って以来、これほどの賛辞を聞いたのは初めてだった。


彩静は黙って窓辺に座り、外のトンネルの壁を見つめていた。そこにあるのは冷たいコンクリートだけだったが、彼女の目には、それがニューヨークの大雨の後に広がる晴天へと変わりつつあるように見えた。


曉は湊の傍らに立ち、この生死を共にした仲間たちを見つめた。


「湊」曉が静かに呼んだ。


「ん?」


「引退届……帰りの列車の中で、もう書き上げたわ」曉は彼を見つめた。その瞳は澄んでいて、揺るぎない。「私たちはもう、トンネルには戻らない」


湊は一瞬呆気にとられたが、すぐにあの雅痞ヤッピーな微笑みを浮かべた。衰弱してはいたが、無比に輝かしい笑みだった。


「いいぜ。あの店の場所なら、さっき夢の中で決めておいたところだ」


深夜の廊下は、換気扇の微かな唸り声が聞こえるほどに静まり返っていた。任務を終えた疲労感が、安堵と共に波のように押し寄せてくる。


九条凜は重い戦術装備を脱ぎ捨て、私服に着替えていた。トレードマークの黒い鴨撃ち帽は相変わらず深く被ったままだ。今田慎一が彼女の隣を歩く。黄昏時の灯りに照らされた両手の包帯が、どこか痛々しく、それでいて誇らしげに見えた。


宿舎のドアの手前で、今田が不意に足を止めた。


「九条」


凜も足を止め、振り返った。相変わらず不機嫌そうな様子だ。「なによ? 傷口がまた痛むの? だから言ったじゃない、通行人先輩は体力がなさすぎるって……」


「お前、さっき言ったよな。戻ってきたらキスさせてくれるって」今田は彼女の小言を遮り、真っ直ぐに彼女を見つめた。「で、今は……?」


空気が凍りついたようだった。凜の顔色は一瞬にして白から熟れたトマトのように赤くなり、耳の先までピンク色に染まった。


「だっ……誰がアンタなんかに! あれは……戦場に行く前の単なる口約束よ! 士気を高めるための冗談に決まってるでしょ! アンタの脳みそはネットワークから切断されてるの!?」彼女は動揺を隠すように、下を向いて帽子のつばをさらに深く押し下げた。


「ダメだ、俺は本気にした」今田は一歩前へ踏み出した。そこにはいつものおどおどした様子はなく、生死の境を潜り抜けてきた男の覚悟があった。「俺が死ぬ気で生きて帰ってきたのは、お前のために決まってるだろ」


目の前にいる、傷だらけでありながら最も不器用な方法で真心を伝える男を前にして、凜の鋭い毒舌は喉の奥で止まった。液圧門の下で咆哮していた彼の姿、普段自分に虐げられながらも笑って飲み物を差し出してくれた彼の姿が脳裏をよぎる。


ついに、京都の名門の令嬢であり、ZERO-DELAY 最強の毒舌射手は、完全に降参した。


「……もう、アンタっていうか、この……バカ通行人!」


凜は少し意地を張るように鴨撃ち帽のつばを少し上げ、普段は鋭い刃のようでありながら、今は少女の羞恥を湛えたその瞳を見せた。


「こ……これは私のファーストキスなんだから、アンタに捧げることを光栄に思いなさいよ」


そして、凜は諦めたように目を閉じ、少しぎこちなく爪先立ちになった。


今田は、普段はハリネズミのように尖っていながら、今は猫のように柔らかな目の前の少女を見つめた。彼は腰を屈め、優しく、それでいて力強く凜の肩を掴んだ。


二人の唇が重なり合った。


それは少しの消毒剤の匂いと汗の混じった、けれど世界中のどんな甘味よりも甘美な味だった。今田は手のひらの下で、凜の華奢な肩が微かに震えているのを感じた。それは緊張であり、ときめきだった。


時間は、この瞬間に意味を失った。


しばらくの間、唇を重ねた後、二人はゆっくりと離れた。今田は手を離さず、そのまま滑らせるように凜の両手をしっかりと握り締めた。凜もいつものように彼を突き放したり「視界から消えろ」と怒鳴ったりはせず、彼に引かれるまま、うつむきながら帽子の下で口角を微かに上げた。


「……今回は、通行人先輩って言わなかったな」今田が静かに言った。


「うるさい……」凜は小さく返し、彼の手を握り返した。


廊下のセンサーライトが二人を優しく照らす。今田の手のひらは微かに汗ばんでいたが、その小さくも冷ややかな手を離すことはなかった。つい先ほどまで激しく打っていた鼓動の音が、静寂の中で鮮明に響いていた。


今田はうつむいたままの凜を見つめ、意を決して、もう誤魔化すのをやめた。


「俺の……彼女になってくれるか?」


その言葉には何の飾りもなかった。彼という人間そのもののように、あまりにもストレートだった。


凜はわずかに呆気に取られたが、すぐに小さく笑った。その笑い声には自嘲と、そしてかつてないほどの優しさが含まれていた。彼女は顔を上げ、帽子の下で瞳を輝かせながら、自ら今田との距離を縮めた。二人の吐息が触れ合うほどに。


「本当にロマンチックじゃないわね、今田」凜は珍しく棘のある言葉を使わず、少女のような甘えた調子で言った。「でも……いいわよ」


その夜、トンネルを抜ける風は、以前ほど冷たくは感じられなかった。


【翌朝:本部リラクゼーションエリア】


早朝の陽光が換気窓から休憩室に差し込んでいた。死闘と昨夜のスウィートな告白を経て、今田慎一はかつてないほどの自信(あるいは自惚れ)を全身から放っていた。


ソファに座り、うつむいてショートケーキを食べている凜を見つめる彼の脳裏には、昨夜の柔らかなキスの感触が浮かび、締まりのないニヤけ顔を隠しきれずにいた。


「付き合ったことだし……」今田は凜の傍らに寄り添い、声を潜めて、待ちきれないといった様子で探りを入れた。「もっと……その、先の段階に進んでもいいよな?」


優雅にケーキを食べていた凜の動きが、一瞬で止まった。


彼女はフォークを置き、冷ややかに横を向くと、瞳を刃のように鋭くさせ、あの「戦場統御力」満載の姿に戻った。彼女は一本の指を立て、今田の額に力いっぱい押し当てて、期待に満ちたその顔を押し返した。


「私、未成年よ!」


今田は呆然とした。そこでようやく思い出したのだ。九条凜は戦場では指揮を執る天才射手であり、口癖は他人の脳の断線を嘲笑うことだが、実年齢を論じれば、彼女は今年まだ 17歳 なのだ。


「そ、それはそうだけど……」今田は一気に空気が抜けた風船のようにしぼみ、顔を真っ赤にした。「べ、別に変な意味じゃない! ただ……映画を観に行くとかデートとか、そういうことを言いたかっただけで……」


「ふん」凜は黒い鴨撃ち帽を再び深く被り直したが、その口元にはどこか勝ち誇ったような悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。彼女は小さく呟いた。


「私のリズムについてこれないなら、視界から消えなさい……でも、映画なら、考えてあげてもいいわ」


【少し離れたカウンター】


湊はコーヒーを手に、じゃれ合う年下のカップルを眺めながら、「経験者」らしい微笑を浮かべていた。


「曉、どうやら俺たちの二番目の弟子は、まだ青すぎるようだな」


曉はそちらを淡々と一瞥し、水を一口飲んだ。


「あのプレッシャーの下で生きて告白に成功しただけでも、奇跡よ」


そこへ彩静もやってきた。彼女は相変わらず無表情にポニーテールを結んでいたが、今田の横を通り過ぎる際、ボソリと一言だけ残していった。


「今田、法律は厳しいわよ。頑張って」


「彩静さん! あなたまで……!」


夜の都市の灯が星海のように足元に広がっている。この一見平和な街が、数時間前に地底深くで文明の再起動を免れたことを知る者は誰もいない。


曉と湊は並んで手すりに寄りかかっていた。風は強く、曉の深い紺色の長髪を乱し、湊の体に残っていた病院の消毒剤の匂いをさらっていった。


「考えたわ」曉は遠くを見つめ、静かだが力強い声で言った。「メデューサは解決したけれど、組織の後始末、権力の再編、そして零(ZERO)のデータ修復……どれも時間が必要。今すぐ放り出すわけにはいかない」


湊はタバコに火をつけたが、吸うことはせず、暗闇の中で明滅する火影をただ見つめていた。「ああ、わかってる。今辞めたら、本部のジジイ共は管制室で泣き崩れるだろうな。それに、今田と凜の二人は……まだもう少し鍛え直す必要がある」


「一年」曉は顔を向け、真っ直ぐに湊を見た。


「この世界にもう一年だけ時間をあげましょう。私たちは一年後に正式に引退届を出すわ」


湊は笑い、曉の髪をくしゃりと撫でた。


部外者から見れば滑稽だろう。まだ 22歳と23歳 の若者が「引退」を語っているのだから。しかし、ZERO-DELAY の記録室において、この二人のデータはもはや恐怖そのものだった。


• 蓄積ポイント:一般執行官が三回生まれ変わっても使い切れないほどの退職金に相当する。


• 任務時間:同期の隊員の中で断トツの一位。


• 任務効率:99.8%に達する、組織史上最強の「双壁ダブル・エース」。


彼らの魂と肉体は、すでに無数のトンネル戦の中でオーバーロードしていた。この一年のバッファは、組織のためであり、同時にこの「常人離れした頭脳」を凡人に戻すためのリハビリでもあった。


【翌日:日常の訓練場】


「おい! 通行人先輩! 動きが遅すぎるわよ! そんなスピードじゃ道端のスリも捕まえられないわ!」


訓練場には凜の清々しい罵声が響いていた。


今田は汗まみれになって体力トレーニングに励んでいた。罵られてはいるものの、その表情はかつてないほど明るい。「わかってるって! 彼女様(女朋友大人)! 努力してるだろ!」


「誰が彼女様よ! 退歩しようならハチの巣にしてやるから!」


騒がしい後輩たちを眺めながら、湊は壁に寄りかかり、曉から手渡されたミネラルウォーターを飲んだ。


「どうやら、この一年の教官生活も、退屈はしなさそうだな」湊は目を細め、顔に当たる陽光の温かさを感じた。


「ええ」曉は淡々と応じ、ふと思い出したように静かに言った。「一年の後の店名……やっぱり、あれにするの?」


「当然だ。『ZERO-DELAY』レモンティー専門店。ここに来れば、時間は止められるんだって、客に教えてやるんだ」


【組織深処:スクリーンの明滅】


零(ZERO) の光点がメインフレームの中で静かに跳ねていた。彼女はこの会話を記録した。彼女の論理回路において、これは引退届ではなく、**「人類幸福計画」**の草案だった。


『一年、ね……』


零の声には、ハリーのような茶目っ気が混じっていた。


『それなら私もこの一年の間に、完璧なレモンティーの淹れ方を学んでおかないとね』


【一年後 7月1日:ZERO-DELAY 本部 司令オフィス】


厚みのある木製デスクの上に、簡潔だが重みのある二つのファイルが置かれていた。


表紙にはこう記されている。「引退願 ― 神楽 湊 / 新堂 曉」。


デスクの後ろで、新しく就任した司令が目の前の伝説的なコンビを見つめていた。この一年、湊と曉は驚異的な効率ですべての引き継ぎと教官業務を完遂し、今田と凜を独り立ちできる特級執行官へと育て上げた。


「ポイントも活動時間もとっくに規定を数倍上回っている。君たちを引き止める理由は私にはない」新司令は刻印を手に取り、重々しくそれを下ろした。「神楽、新堂。苦労をかけた。この瞬間をもって、君たちは ZERO-DELAY の執行官ではない」


曉が引退届を受け取る際、指先がわずかに震えた。明日は彼女の誕生日前日だ。この自由は、彼女が自分自身へ送る最高の誕生日プレゼントだった。


【その夜:東京都内 高級レストラン】


この歴史的な瞬間を祝うため、五人は組織から離れた温かみのあるレストランに集まっていた。ここには監視も、イヤホンからの指令もない。ただ料理の香りと仲間たちの笑い声だけがある。


湊は久しぶりの私服に身を包んでいた。あの雅痞な微笑みからは警戒心が消え、「普通の人間」としてのリラックスした空気が漂っている。


曉は彼の隣に座り、紺色の長髪を無造作に垂らしていた。彼女はテーブルの料理を見つめ、その眼差しは優しかった。


「先輩……いえ、店長。本当に明日、物件を選びに行くんですか?」今田は顔を真っ赤にして飲んでいた。今や単独で特級任務をこなすチーフとなった彼だが、湊の前では相変わらずニヤけ顔の二番弟子だった。


「当たり前だ」湊は今田の肩を叩き、向かい側を指差した。「これから紅茶を買いに来る時は、ちゃんと金を払えよ。ポイントで払おうなんて考えるなよ」


「ふん、誰がそんなの」凜は相変わらず鴨撃ち帽を深く被っていたが、テーブルの下で今田と握り合った手は一度も離されなかった。彼女は曉を見やり、珍しく真摯な笑みを浮かべた。


「曉、誕生日の前日に引退なんて……粋な計らいじゃない。誕生日おめでとう」


「ありがとう」曉はジュースのグラスを掲げ、凜と静かに乾杯した。


いつも静かな彩静は隅に座り、整えられたポニーテールを揺らしながら、真剣にデザートを片付けていた。彼女は顔を上げ、淡々と言った。


「店の狙撃……いえ、警備なら、私が引き受けるわ」


「彩静、あそこは紅茶屋だぞ、銀行じゃない」湊は苦笑した。「お前はエプロン姿で座って看板娘になってくれるだけで、お釣りが出るくらいありがたいよ」


一同からどっと笑いが起きた。


【深夜:レストランの外の通り】


会食を終えた五人は、通りの角に立っていた。


「今田、凜。これからの組織は二人に任せたぞ」湊は、喧嘩ばかりだが無比に頼もしい後輩たちを見つめた。


「彩静、時々はあいつらを助けてやってくれ」


「了解です!」今田は直立不動で、非公式な軍礼を捧げた。「店長、曉さん、お元気で!」


去りゆく三人の後ろ姿を見送りながら、曉は湊を振り返った。


「夢を見ているみたい」


「夢じゃないさ」湊は曉の手を取り、白み始めた空を指差した。「この世界で一番温かい帰る場所は、何年も経ってから君に伝える本当の言葉(實話)なんだ」


「本当の言葉って?」曉が静かに尋ねる。


「本当の言葉はね――明日からの仕事、渋くない茶葉の淹れ方を君に教わらなきゃいけないってことさ」


曉は笑った。それはメデューサとの戦い以来、彼女が見せた最も輝かしい笑顔だった。


東京の静かな路地裏に、「ZERO-DELAY」という名の一軒の小さな店が「準備中」の札を掲げた。


店内の空調システムからは、微かな電子音の囁きが聞こえてくる。


『システム起動。温度設定:26度。レモンの鮮度:優。』


「零次さん、ハリー。見てる? 彼らの夢が叶ったわよ」


―― ZERO-DELAY 正伝:完 ――



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