彼岸の狭間にて
【虚無空間:純白領域 ??:??】
ここには火薬の匂いも、重低音を響かせる黒い列車も、冷え切ったトンネルもない。
そこは、徹底的に、純粋に、果てしなく続く純白の空間だった。
**湊**は、空間の中心で静かに横たわっていた。彼はうつむき、自分の両手を見つめる。そこには洗い流すことのできない硝煙と血の負債がこびりついていた。傷だらけの身体の、右胸に開いた弾痕からはもう血は流れていないが、それは底の見えないブラックホールのように空いていた。
「俺は……死んだのか?」
湊は低く独りごちた。虚無の中では、その声に反響すら返ってこない。
その時、純白の壁が古いフィルムのように震え始めた。周囲の景色が歪み、再構築され、彼の一生を映し出す走馬灯が投影されていく。
それは警察時代の彼だった。瞳には不遜さと鋭さが満ちている。当時は誰もが認める「天才少年」であり、優秀ながらも、手に負えないシステムにぶつかるまでは一匹狼のように孤高だった。
画面が切り替わる。それは彼が ZERO-DELAY に入った初日のことだ。
薄暗いトンネルの灯りの中、彼はあの深紺色の長い髪を持ち、冷淡ながらも強情な瞳をした少女――**曉**と出会った。
傍らには、雪のような白髪をなびかせ、息が詰まるほど強大でありながら残酷なほど優しい男――**零次**がいた。
続いて、画面は飛ぶように流れていく。
彼らは背中を預けて戦い、血と炎の中でN組織を打ち破り、新堂弦の陰謀に終止符を打った。
零次が京都から連れ帰った、毒舌だが寂しがり屋の凜。そして、あらゆる面で平凡ながらも、必死に背中を追い続けてきた今田。
ニューヨークで出会った、雨の中で狙撃銃を構える、無表情だが内面はシャイな彩静。
数え切れない夜、黒い列車の車内。数人で騒ぎ、皮肉を言い合い、そして任務の中で互いを救い合ってきた。
画面は最後に、一つの温かな幻影で止まった。
彼と曉が陽光の差し込む窓辺に座り、壁にはまだ包みも解かれていない看板が掛かっている。
それは二人が約束した、引退した後に開くはずのレモンティーの店だった。
曉はエプロンを締め、配合が難しいと傲嬌全開で零しながらも、口元にはかすかな微笑みを浮かべていた。
これらすべてが壊れた泡のように遠ざかり、命懸けで守ろうとした「平凡」が、この純白の中で霧散していくのを見て、湊は手を伸ばした。曉の服の裾を掴もうとしたが、その手は虚しい空気だけを掴んだ。
常に微笑みですべての感情を覆い隠してきた湊が、この瞬間、ついに崩れ落ちた。彼は純白の床にへたり込み、手のひらに大粒の涙をこぼした。言いようのない絶望が混じり合う。
「約束したじゃないか……一緒にあのレモンティーを飲むって……」
彼は抑え込んできた慟哭を上げた。それは運命への不信感であり、果たせなかった約束への、身を切るような痛みだった。
「クソ……クソったれが……」
音さえも飲み込まれる極限の白の中で、湊がどれほど跪いていたか分からない。レモンティーの店の幻影も、曉の微笑みも、涙の中で滲んでいく。
しかし、死寂に包まれていた壁が突然、石を投げ込まれた水面のように細かな波紋を広げた。左側からは月光のように冷徹な白い光が、右側からは朝焼けのように温かな金色の輝きが溢れ出した。
二つの人影が、その光の中で緩やかに形を成す。
「やあ、湊。久しぶりだな」
零次は両手をポケットに入れ、あの特徴的な白髪を光の中で柔らかく光らせていた。その口調は相変わらず、トンネルの車内で挨拶を交わす時のように軽やかだった。
「零次……」
湊は顔を上げた。声は枯れていた。その鋭い瞳には今、師であり親友であった男への思慕が満ちていた。
「ん? ハリー、君も……やっぱり来たんだね」
零次は隣に立つ、金色の小さな人影に目をやった。
「そうだよ、だって僕たち、約束してたもんね」
ハリーはお馴染みの野球帽を被り、いたずらが成功した子供のように零次の隣へ跳ね寄った。顔には何の屈託もない笑顔が浮かんでいる。
「約束を破ってくれるのを期待してたんだがな」
零次は小さく溜息をついた。その声には、隠しきれない遺憾の情が混じっていた。
「仕方ないじゃない、ただバックエンドに遊びに行っただけなのに、急に大きな爆弾を見つけちゃうなんて誰が予想できる?」
ハリーは両手を広げ、おどけた口調で言った。それが湊の胸を締め付ける。
湊は、目の前にいる、すでに「ここにはいない」二人を見つめた。一人は戦場で最も尊敬した「天花板(最高到達点)」であり、もう一人はいつも自分を「湊お兄ちゃん」と呼んでいたAIの少年。
「二人とも……俺も、死んだのか?」
湊はゆっくりと立ち上がった。血と傷にまみれた自分の身体を見つめ、そして前方に広がる終わりのない白を見据えた。
一瞬にして、すべての重荷を降ろしたような気がした。エリート刑事としてのプライドも、執行官としての怒りも、あのレモンティーの店への切望さえも。
失われた過去が、脳裏を一つ一つ掠めていく。
神楽 湊。曉とレモンティーの店を開く約束をし、人に対しては少し軽薄だが、三人の後輩からは尊敬されていた男。彼は今、消滅の縁に立っている。
彼は、吹っ切れたような、自嘲気味な微笑みを浮かべた。
「もしそうなら……行こうか」
湊は歩き出した。迷いなく零次とハリーの方向へと。もう壊れた走馬灯を振り返ることも、耳元にかすかに聞こえる爆発音に耳を貸すこともない。ただこの二人について、硝煙のない場所へ行きたかった。
しかし、彼が零次とすれ違おうとした瞬間、零次の細長い手が不意に湊の肩を掴んだ。
湊の足が止まった。肩に伝わるその手の重みに、一歩も前へ進めなくなる。
「いや、お前は違う。湊、まだ終わりじゃない」
零次は肩を押さえたまま、軽やかながらも拒絶を許さない威厳を込めて言った。
湊はそこで初めて気づいた。自分の背後には、何本もの半透明な光ファイバーのラインが繋がっていた。その線はかすかな青い光を放ち、その先は遥か遠い虚無の向こう側――現実世界で祈る曉、執着する今田、そして死に物狂いでバイオ信号を繋ぎ止めている零(ZERO)へと隠れていた。
「ここは割り込み禁止だよ!」
ハリーも寄ってきて、いたずらっぽくウインクしながらそのラインを指差した。
「それ、すごく高い『帰り道のチケット』なんだからね」
「まだ……まだ終わってないのか……」
湊はそのラインを見つめ、再び涙が溢れ出した。それはもはや絶望の慟哭ではなく、生への、仲間への、そして自分を待っている世界への、九死に一生を得た者の感嘆だった。
「湊、俺はこれからもお前たちを見守っている。世界にはまだ、お前が必要だ」
零次の眼差しは深かった。彼はゆっくりと手を離し、湊を光の方向へと押し出した。
「やるべきことをしろ。あの店を開いて……俺の代わりに、あいつらの成長を見届けてやってくれ」
「あ、そうだ。零のやつに、あんまり悲しまないでって伝えて」
ハリーは何か重要なことを思い出したようにニシシと笑った。
「僕のパーソナリティプログラムの一部を、こっそりあいつの中に置いてきたんだ。僕はいないけど、あいつは時々、僕みたいに賢く、あるいは僕みたいにうるさくなるよ」
淡くなっていく二つの光影を見つめながら、湊は顔の涙を拭った。彼は背筋を伸ばし、自分の人生を変えたこの二人に、深く、深く一礼した。
「それじゃあ二人とも、安心して行ってくれ。……またな」
「ああ、またな」
零次は最後にもう一度、すべての執行官を安心させてきたあのトレードマークの笑顔を見せた。
「バイバイ、湊兄ちゃん! ちゃんと氷を入れるのを忘れないでね!」
ハリーは力いっぱい手を振り、その姿は空を舞う金の粉へと変わっていった。
湊は、巨大な吸引力が自分を後ろへ引き戻すのを感じた。純白の世界は瞬く間に砕け散り、耳元には激しい爆発音と焦げた火薬の匂いが戻ってきた。
遠ざかっていく純白の彼方で、零次は向き直り、自然にハリーの小さな手を引いた。その光景は、あたかも平凡な父子が、待ちに待った旅に出るかのようだった。
「ハリー、僕たちも行こうか」
「うん! 零次、道中で君の奥さんのこと教えてよ! 君みたいな性格の男に耐えられる女の人がどんな人か、ずっと気になってたんだ!」
「おい、それは失礼だろう。……まあ、確かにあいつは、とびきり凄い女だったよ」
二人の姿は温かな光の中に溶け込み、完全に消えていった。




