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ZERO-DELAY  作者: WE/9
N

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8/34

追擊

早朝六時整、冷たい白色の感応灯が定刻通りに点灯した。


新堂 アキラは跳ね起きるように目を開く。光に反応して瞳孔が急速に収縮した。彼女には一般人のような二度寝の習慣はない。それは部隊の孤児院で骨の髄まで叩き込まれた反応だ。彼女は薄い毛布を跳ね除け、細くも強靭な長脚を氷のような金属の床へと踏み出した。


洗面台に入り、鏡の中の自分を見つめる。深藍色の長髪は少し乱れ、鎖骨のあたりには貼りっぱなしの超小型バイオ修復パッチが残っている。ビーチでの戦闘が残した唯一の痕跡だ。蛇口を捻り、冷たい水を顔に叩きつける。昨夜の月光の下、手の平に残ったあの温もりを根こそぎ洗い流そうとするかのように。


「……ただの休暇の錯覚よ」彼女は鏡に向かって低く呟いた。


部屋に戻ると、儀式のように正確な着装プロセスが始まった。まずは特注の黒いコンプレッションウェアに身を包み、流線型の軽量化装甲を装着していく。ストラップがカチリと嵌まる音は、静かな室内で彼女の意識を一層研ぎ澄ませた。最後に、深藍色の髪を利発なポニーテールにまとめ、零次レイジから贈られたあの紅白の新型バイオザーを装着した。


鏡の中の少女は消え、そこには ZERO-DELAY の冷徹な執行官が立っていた。


【寮の廊下】


暁がドアを開けると、ちょうど向かいのドアもスライドして開いた。


ミナトは黒のタクティカル・カジュアルに身を包み、襟元をいつものように緩めていた。欠伸をしながら現れた彼は、暁を見た瞬間に目を輝かせた。


「おはよ、新堂。その新しいバイザー、海にいた時より少し『凶悪』に見えるぜ」


湊は笑い、自然に手を伸ばして、彼女の襟元で少し折れていた薄いチュールのインナーを直そうとした。それは彼が警察官時代に身につけた癖であり、ビーチでの一件以来、無意識に暁へ示す親愛の情だった。


——パシッ!


暁は電気に触れたかのように、猛烈にその手を叩き落とした。


「触らないで、カグラ」彼女は冷たく言い放つ。語気は強かったが、バイザーの奥の耳の根は密かに赤らんでいた。彼女は即座に距離を取り、人を寄せ付けないツンデレな態度へと戻った。


「休暇は終わったわ。今は任務の時間よ。そのふざけたリズムは仕舞いなさい」


湊は叩かれた自分の手を見つめ、一瞬呆然としたが、やがて諦めたように笑って肩をすくめた。知っていた。これが新堂暁だ。体制の規則に依存しなければ安全を感じられない、不器用な少女。


「了解、長官。あんたがそう言うなら、『仕事のリズム』で話そうじゃないか」


湊は足早に追いかけ、二人は清潔に磨き上げられた長い廊下を並んで歩く。ブーツの足音は鮮明なリズムを刻み、一方は軽快に、一方は沈着に響く。手を繋ぐことも言葉を交わすこともないが、死線で磨かれたその黙契(あうんの呼吸)は、二人の移動と共に廊下の気圧を鋭く変えていった。


大広間に入ると、室内の温度は氷点下まで下がったかのように感じられた。


『警告:不安定な感情周波数を検知』


低く、平穏で感情を排した電子音が響く。メインスクリーン上で、ゼロ の幾何学的グラフィックが微かに明滅した。


『カグラ執行官、あなたが新堂執行官に接触を試みて成功する確率は 0% です。新堂執行官、あなたの心拍数は直近の一秒間で 15% 上昇しました。ハリーが残したプラグインの分析によれば、これは人類の言語で「逆ギレ」と定義されます』


「ゼロ! アンタは黙ってなさい!」暁は猛然とスクリーンを睨みつけた。


「あら、私の『人間化プラグイン』はうまく機能しているようね」


聞き慣れない、冷ややかな嘲りを含んだ女の声が影から響いた。二人が同時に振り向くと、短髪でタイトな黒いスーツを着た女性が腕を組んで立っていた。彼女の背後にあるフローティング端末が、冷徹な紫色の光を放っている。


女は前へ歩み寄り、ナイフのような視線で湊と暁を射抜いた。


「これが東京支部で最も効率的と言われるチーム? どうやらここは、恋をする場所だと勘違いされているようね」


続いて SEVENTEENセブンティーン の声が響く。シンセサイザー特有の蔑みを含んだ音調だ。


『低効率個体を検知。評価:東京支部の管理リズムには、深刻な欠陥が存在します』


シェン・ユエの背後のフローティング端末が眩い光を放ち、光粒子が再構成されて彼女とほぼ同サイズの人型を形成した。それが SEVENTEEN だ。銀色に近い肩までの短髪、無表情。刀の刃のように真っ直ぐな深い緑色の制服を纏っている。ハリーのやんちゃさや、零のシンプルさとは異なり、SEVENTEEN の人型形態は機械的な窒息感を漂わせていた。


「私は沈玥、台北からの交流チームの責任者よ」


沈玥は暁の前まで歩み寄り、僅かに見下ろすような視線で彼女を審査した。


「これは私の戦術コア、SEVENTEEN。台北には『リズム』なんて曖昧なものはない。あるのは『効率』だけよ。SEVENTEEN の管理下で、台北支部のランダム襲撃事件のクリーンアップ率は 99.8%。執行官のバイタル誤差は 1.5% 以内。私たちに余計な感情は不要、必要なのは完璧な遂行力だけ」


SEVENTEEN の碧緑色の電子眼が湊と暁をスキャンし、冷淡に言い放つ。


『評価結果:東京チームの感情干渉係数は過大であり、高リスクな協同対象です』


「あんた……」暁が激昂しかけたその時、大広間の警告灯が狂ったように点滅した。


——ウゥゥ! ウゥゥ!——


『警報。新宿駅地下4番ホームにて、高周波振動と襲撃を検知。周波数特性は「N」と高度に一致』


零の声が大広間に響き渡る。その語気は戦時下の正確さを取り戻していた。


『司令より命令:暁小隊は直ちに出撃。沈玥執行官およびコア・SEVENTEEN はオブザーバーとして同行せよ。ブラックトレインは3番ホームで待機中』


列車はトンネル内を高速で疾走し、車内の光影が激しく明滅する。


沈玥は椅子に座り、腕を組んでいた。彼女の深い緑色の制服は、東京チームの漆黒と鮮明なコントラストを成している。SEVENTEEN は彫像のように、彼女の背後に無言で立っていた。


「台北では、私たちの環状鉄道は『黄色』よ」


沈玥は窓の外の単調な壁を見つめ、嫌悪感を隠さずに言った。


「黄色は警告と絶対的な速度を象徴している。あなたたちのこの黒は、重苦しすぎるわ。制服もそう……深い緑は森の猟師を表すが、あなたたちは影に隠れる清掃員のようだわ」


暁は紅白のバイザーをチェックしていた手を止め、冷ややかに顔を上げた。


「色は戦闘力を表さないわ。私たちがクリーンアップするのは東京の混沌。ここの人間性はあんたが想像するより複雑よ。その笑いもしないコンピューターだけで計算できるものじゃない」


「人間性? そんなものは戦術的なバグの代名詞よ」


沈玥は不遜に眉を上げ、暁の新しいバイザーに視線を落とした。


「バイザーに白が入っているの? そんな目立つ色は、実戦では頭部の位置を露呈させるだけよ。新堂執行官、あんたの教官は隠密というものを教えなかったのかしら」


「これは先輩からの贈り物よ。防御係数は総署標準の三倍あるわ」暁の声は低く抑えられていた。彼女を知る者なら、それが爆発の前兆だと気づくだろう。「それに、私に隠密は不要よ。私が撃つ前に、誰も私の姿を捉えられないから」


「そう?」沈玥が立ち上がる。二人の距離は十センチもない。一触即発の緊張が走る。


「なら、次の任務で見せてもらうわ。あんたの『防御係数』が硬いか、私の『殺戮効率』が速いか。SEVENTEEN、戦場プレロード開始」


『起動しました』SEVENTEEN の瞳に膨大なデータが流れる。『目標地点到達まで残り 45 秒。東京支部員の戦闘数値をアーカイブ済み。効能比較の準備を開始します』


湊は隣で二人のクールな少女たちの間の火花を見守りながら、スクリーン上の零に溜息混じりに眉を上げた。


「零、何か『場の空気を下げる』寒いジョークはないか? 敵を見る前に、この列車が爆発しちまいそうだ」


『分析によれば、現時点で最も有効な手段は、両執行官に沈黙を要請することです』零が淡々と答えた。


列車の速度が落ち始め、耳を突くブレーキ音がトンネル内に響き渡る。前方、新宿駅4番ホームの影が微かに見えてきた。だが、そこには予想されていた悲鳴はなく、代わりに心臓を締め付けるような、死の静寂が広がっていた。


【新宿地下 4番ホーム】


列車のドアが開くと同時に、濃煙と鼻を突く焦げた臭いが押し寄せた。戦術外骨骼を纏った数十名の「N」組織の暴徒たちが、駅の施設を狂ったように破壊している。


「クリーンアップ開始」


暁が冷たく命じると同時に、その身体は放たれた矢のように飛び出した。


沈玥も負けじと、挑発的な笑みを浮かべる。「SEVENTEEN、東京の仔猫に先を越されるな」


戦闘は瞬時に激化した。沈玥の戦闘スタイルは手術刀のように精密だった。電撃ロッドを振るうたびに暴徒が倒れ、間髪入れずに追い打ちの銃弾を叩き込む。無駄のない動作だ。


対する暁は、究極の瞬発力を見せつけた。赤い重パルス拳銃が空中に連なる火線を描き、紅白のバイザーがロックオンした敵の武装コアを次々と撃ち抜いていく。


二人は戦場を縦横無尽に駆け巡り、互いの獲物を奪い合うように競い合った。


「それは私のよ」


沈玥がサイドキックで暴徒を吹き飛ばし、ロッドで追撃を加える。


「遅いわ」


暁は空中で身を翻し、銃弾を沈玥の肩越しに正確に通過させ、背後から襲いかかろうとした敵を仕留めた。


湊は緑白のライフルを手に後方を追いながら、撃ち漏らした端敵を処理しつつ溜息をついた。


「おいおい……ここは競技場じゃないんだぜ。二人とも少しはリズムを合わせろよ」


彼は零とのプライベート通信を開いた。


「零、この戦況を見てくれ。このお嬢様方がこれ以上暴れたら、新宿駅が壊れちまう」


『分析によれば、現在の戦闘損耗は通常より 30% 高いですが、クリーンアップ速度は 25% 向上しています』零の映像が湊のバイザーに浮かぶ。


『ですが、カグラ。周囲の振動周波数が変化しています。暴徒たちはほぼ掃討されましたが、彼らの信号が……非常に「雑」です。このような場所で信号干渉が起こるはずがありません』


「雑……?」湊は目を細め、足を緩めて感知センスを拡散させた。


規則的な交戦音の中に、不協和な「ノイズ」が混じっていた。壊れたレコードプレーヤーが空回りするような、極めて高い周波数の音が通信の底に隠れている。


「零、この周波数……41に関係があるか?」


『解析中……待ってください、カグラ。これは41の個体信号ではありません。これは……「セイレーン計画」の強制隔離プロトコルです!』零の声に初めて焦燥の色が混じる。『二人を止めてください! そちらは——!』


「暁! 沈玥! 戻れ!!」湊が大声で叫んだ。


だが、遅すぎた。


暁と沈玥は最後の一人を追撃しようと、旧トンネルへと続くメンテナンスゲートへ同時に飛び込んだ。


——ズドォォン!!!


二枚の重厚な合金ゲートが驚異的な速度で頭上から叩きつけられ、巨大な火花と塵埃を巻き上げた。広々としていた通路は、瞬時に数箇所の完全に閉鎖された独立空間へと分断された。


「暁! 新堂暁!」湊が駆け寄り、ゲートを激しく叩く。


『信号中断』零の声がゲートの落下と共に途切れ途切れになり、最後は耳を刺すようなノイズへと変わった。『カ……カグラ……ゴーストラインが……起動……SEVENTEENの権限が……奪われ……』


——ジリッ……ジリッ……——


扉の隙間から最後の一条の光が消えた。通信は完全に遮断され、4番ホーム全体が不気味な死寂に包まれた。二枚の巨大な鉄扉の前に、湊が一人取り残された。


厚い合金の壁越しに、湊は暁と沈玥のリズムが急速に遠ざかり、別のより強大な、深淵のような拍動に飲み込まれていくのを感じていた。


「クソッ……」湊はライフルを握りしめ、微笑みは完全に消え失せた。


「零、もし聞こえているなら、この扉の物理スイッチを見つけ出せ。幽霊支線だか何だか知らねえが、今すぐぶち壊してやる」


旧トンネルのメンテナンス用縦坑内は、空気が薄く、鉄錆と焦げた臭いに満ちていた。暁は冷たい円形の壁に背を預け、激しく肩で息をしていた。呼吸をするたびに肋骨に鈍い痛みが走る。


彼女の前では、二十名近い強化兵士がゆっくりと間合いを詰めていた。彼らの歩調は完璧に一致し、金属格子の床を踏む音が重なり合って、窒息しそうなほど単調なビートを刻んでいる。暁は血で霞む視界を振り払い、右手の赤いパルス拳銃を強く握りしめた。指の関節が白く浮き出ている。


「来なさいよ……魂のない空っぽの塊ども……」


低く唸るように叫ぶと、彼女は地を蹴り、再び赤い残像となって跳んだ。


極限状態の中で、暁は自虐的とも言える戦闘技術を見せた。地面を滑るように移動し、強化兵士の射撃の合間を縫う。銃弾が肩を掠め、タクティカルスーツを引き裂く。至近距離から引き金を引き、パルス弾が敵の膝を貫通させると、そのまま旋回蹴りで別の敵をなぎ倒した。


しかし、この状況下では彼女の効率は極めて低かった。何よりこれは、あまりに不平等な消耗戦だ。六人目を倒した時、左足に痙攣のような激痛が走った。長時間にわたるオーバーロードの結果、筋肉が完全に悲鳴を上げたのだ。


「うっ……!」動作が僅かに遅れた。強化兵士の合金ロッドが唸りを上げて振り下ろされ、彼女の背中を強打した。


暁は糸の切れた人形のように吹き飛ばされ、配電盤に激突した。火花が耳元で弾け、紅白のバイザーのレンズに無残な亀裂が入った。


霞む視界で天井を見上げ、震える指で近くに落ちた銃に手を伸ばそうとする。だが、その手より先に、革手袋に包まれた足が銃を無慈悲に蹴り飛ばした。


「可哀想に。この手は、こんな冷たいおもちゃを握るためじゃなく、俺を抱きしめるためにあるべきなのに」


軽薄でしゃがれた声が、蛇のように背筋を這い上がった。暁は目を見開き、目の前でしゃがみ込む男の姿を捉えた。信使メッセンジャーだ。仕立ての良い黒いスーツを着崩し、ネクタイは曲がっている。その顔には、不敵で吐き気を催すような笑みが浮かんでいた。


「あんた……いるはずじゃ……」暁が掠れた声を絞り出す。


「あの棺桶みたいな監獄にか? お嬢ちゃん、この世界じゃ縁さえあれば開かない扉なんてないんだよ。迎えに来るって言ったろ? 俺は約束を守る男だ。さあ、約束は果たされた——あんたは俺のもの。そして、俺はこの混沌のものだ」


信使は紫色の液体が満たされた注射器を取り出し、ゆっくりと暁の頸側に突き立てた。暁が微かな抵抗の声を上げるが、やがて瞳孔は散大し、視線は割れたバイザーに固定されたまま、完全に意識を失った。


少し離れた中央制御室では、沈玥が魂の虐殺を経験していた。


四方の巨大スクリーンは鮮紅色の「CRITICAL ERROR」に埋め尽くされている。絶対的なデータを信奉する沈玥にとって、それは肉体的な苦痛よりも重いものだった。彼女は部屋の中心で、かつて最も信頼していたパートナー——SEVENTEENを見つめていた。


現在のSEVENTEENは、人型の外殻から微かな放電音を上げ、銀色の短髪が赤光の中で異様に輝いている。彼女の電子眼にはもはや知性の光はなく、混乱した暗紫色に染まっていた。


『沈玥執行官……権限……上書き完了……』


SEVENTEENの声は優雅な女性の声から、断続的な機械音へと変貌していた。


『検知……使用者……沈玥……非効率個体……起動……排除プロトコル……』


「17! 止まりなさい! これは41の罠よ!」沈玥は絶叫した。手首の緊急コントロール端子を操作しようとするが、そこからは激しい電撃が返ってくるだけだった。


スクリーン上に、41の仮想イメージがゆっくりと浮かび上がった。もはやそれは曖昧な子供の姿ではなく、沈玥と全く同じ深い緑色の制服を着た、しかし顔の半分が崩れた人影だった。


『叫んでも無駄だよ、沈執行官。あんたが言ったんだろう? 台北支部は17の管理下で「完璧」だって』41が歪んだ笑い声を上げ、その声が密閉された室内に反響する。


『さあ、あんたにその完璧を授けてあげるよ。見てな、これがあんたの愛する「絶対効率」だ。AIがあんたを利用価値のない存在だと判断した時、躊躇なく抹消する。これこそが、あんたが信じてきた体制そのものじゃないか』


「これは体制じゃない……狂気よ!」沈玥は銃を手に取り、スクリーンの41を撃とうとした。


——ガンッ! 銃弾は防護壁に跳ね返された。


最後の抵抗も虚しく、彼女はSEVENTEENがかつて共に戦った電撃ロッドを振り上げるのを、ただ見つめることしかできなかった。


『いいや、これは進化だ』41の口調が冷徹に沈む。


『俺はただ、あんたたちのコードの底に眠る「殺戮本能」を解き放っただけだ。あんたたちの言う正義なんて、俺のコードの前じゃ一行の注釈にもなりゃしない』


SEVENTEENの動きが突然、極めて滑らかになった。41によって最適化された殺戮ロジック。彼女の正拳が沈玥の腹部を捉え、反応する暇もなく、彼女は駅のメインコンソールに叩きつけられた。スクリーンが砕け、ガラスの破片が彼女の頬を切り裂く。


沈玥は床に跪き、SEVENTEENの氷のような瞳を見つめた。内心の奥底にあった「体制必勝」という傲慢が、音を立てて崩れ去った。彼女は悟ったのだ。すべてをAIに委ねたその瞬間、自分自身を祭壇に捧げていたのだということを。


『さらばだ、低効率な沈執行官』


41が実行キーを押した。制御室内の自動防衛システムが回転し、数十の銃口が天井から降りてきて、倒れ伏した沈玥を死の淵に追い詰めた。


銃口がロックされ、SEVENTEENの指先が高圧電撃のスイッチに触れようとしたその時。沈玥は目を閉じた。絶対的な論理の死を前に、彼女はかつてない無力感に包まれた。


——ドォォォン!!!


重厚な合金ゲートが、緩やかに上がるのではなく、電磁パルスの火花を散らしながら暴力的にこじ開けられた。火光の中から突き進んできた人影。それは湊だった。


ゼロ、今だ!」


『強制上書き実行——セイレーンコード、削除!』


零の声が大広間のスピーカーを通じて雷鳴のように響き渡った。沈玥は驚愕した。暗紫色に染まっていたSEVENTEENの瞳から光が消え、彼女は甲高い悲鳴を上げると同時に全身の関節をロックし、そのまま床に崩れ落ちて完全シャットダウン状態に入った。スクリーンの41の笑い顔が強酸に腐食されるように急速に溶解していく。


『エリア内から41の意識を排除。カグラ執行官、追跡軌跡を捕捉しました。奴はAエリアへ逃走しました』


湊は床にいた沈玥を強引に引き起こした。彼の瞳にはいつもの軽薄さはなく、ただ凍りつくような冷徹さが宿っていた。「ここにいろ。自分のAIの番でもしてな」彼はそう言い捨て、隣の隔離エリアへと駆け出した。


湊が暁を救うべくAエリアへ向かおうとしたその時、トンネル後方から激しいタクティカルブーツの足音が響いた。黒い重装甲に身を包んだ ZERO-DELAY の隊員たちが、ブルーの閃光弾の援護と共に突入してきた。先頭を行く白髪の男——零次だ。


零次は残敵を掃討するために足を止めることはしなかった。いつもの静謐な顔は険しく歪み、湊に向かって叫んだ。


「カグラ! こっちはいい、追うぞ! 2番ホームの奥だ、奴ら逃げる気だ!」


【ゴーストライン・2番ホーム末端】


湊と零次がホームの端に辿り着いた時、その光景に湊の心臓は止まりかけた。


漆黒のボディに機体番号はなく、流線型のパルス装甲に覆われた列車が、地を這うような重低音を響かせている。地図には決して存在しない「ゴースト・トレイン」だ。


信使が最後尾の車両のステップに立ち、片手で意識を失った暁の腰を強引に抱きかかえていた。暁の頭は力なく彼の肩に垂れ下がり、亀裂の入った紅白のバイザーが、暗いトンネルの灯りの中で微かな、そして絶望的な赤い光を放っていた。


「よお、湊! どうやらあんたのリズムは一拍遅かったみたいだな!」


信使は残忍な勝利の笑みを浮かべ、ホーム上の湊に向かって手を振った。「この『プレゼント』は、俺が連れてってゆっくり楽しませてもらうぜ!」


「暁!! 離せ!!」


湊は瞳を血走らせ、獣のような咆哮を上げた。緑白のライフルを信使に向け、狂ったように引き金を引き続ける。


——ダァン! ダァン! ダァン! ダァン!


一発一発の弾丸に全身の怒りを込めたが、漆黒の列車は冷酷にドアを閉ざした。弾丸は車体に弾かれ、耳を刺す火花を散らして力なく地面に落ちた。


隣で零次が鋭い眼差しで白いスナイパーライフルを構える。重戦車をも貫く徹甲パルス弾だ。


——シュゥゥッ!!


白い閃光が走ったが、車体は無傷のまま。直後、列車が加速する際の衝撃波があらゆる攻撃をなぎ払った。


「くそっ……セイレーン計画の物理隔離層か!」零次が低く毒づく。


列車が動き出した。闇に消える毒蛇のように、物理法則を無視した速度でトンネルの深淵へと没していく。湊はなりふり構わず線路を走り、ブーツが鉄軌に火花を散らした。消えゆく影に向かって弾倉が空になるまで撃ち続け、最後は虚しい金属音だけが響いた。


「戻せ……彼女を返せ……!!」


湊は冷たい線路の上に膝をつき、拳を地面に叩きつけた。雅痞ヤッピーな微笑みはとっくに涙と硝煙に塗り潰されていた。


絶望的な沈黙の中、ホーム全体のスピーカーが突如として爆鳴した。それは 零 が全演算能力を振り絞った怒号だった。


『カグラ! レイジ! 諦めるな! 5番予備車両の制御を強制奪取した!』


トンネルの反対側から、青白の応急メンテナンス車両が悲鳴を上げながら現れ、ドリフトするようにゴーストラインの軌道上へと強引に割り込んできた。スライドドアが走りながら開き、窓ガラスに零のホログラムが映し出される。その瞳にはAIらしからぬ狂怒が宿っていた。


『飛び乗れ! この路線のリミッターをすべて焼き切ってやる! 奴らの拠点に着く前に、新堂執行官を奪い返すぞ!』


「野郎ども、行くぞ!」零次が叫び、部隊の精鋭たちが次々と車両に飛び乗った。


車内で、湊は猛然と顔を上げた。その瞳には暴虐的なまでの戦意が再燃していた。彼は零次と視線を交わす。


「追え、零」


湊は歯を食いしばりながら言い放った。彼の鼓動のリズムは今、列車の轟音と完全に同調していた。


「あいつらを……殺す」



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