報いの刻
核心ゲートがゆっくりと開き、視界に飛び込んできたのは冷徹なサーバー群ではなく、純白で広大、あたかも神殿のような空間だった。空間中央の高台の上には、二つの人影が立っている。
二人は共に黒い長袍を纏い、顔には精巧な彫刻が施された銀の仮面を付けていた。一人は優雅な佇まいの中年女性(W)、もう一人は逞しい体躯の男性(VN)。彼らはまるで衆生を俯瞰する神のごとく、冷酷かつ平穏であった。
「ついに来たか、特級執行官たちよ」
Wの声が仮面越しに響く。そこには何とも言えない磁性が宿っていた。
彼女がゆっくりと手を挙げると、背後の閉ざされていた隔壁が轟音と共に開き、無数の改造兵、生体獣、そして見たこともない戦闘ロボットが溢れ出し、空間を埋め尽くした。
『全執行官! 作戦開始! 湊と曉のために時間を稼げ!』
**零(ZERO)**の声がチャンネル内に響く。その語気はかつてないほど重々しい。
ニューヨークと台北の特級執行官たちは、激流の中の岩のごとく、押し寄せる敵の群れに臆することなく立ち向かった。彼らは知っていた。これが最後の戦いであり、自分たちの任務はこの最強の二人を終着点へと送り届けることなのだと。
特級執行官たちと援軍による決死の抵抗により、敵は一時的に足止めされた。曉と湊は放たれた二本の矢のごとく、周囲の混戦を無視して高台のWとVNへと突き進む。
「――!」
湊の動作は疾風のごとく速かった。彼は高台に躍り出ると、右手の改造拳銃をWの頭部へ突きつけた。暁がそれに続き、手にした長刀を容赦なくVNの心臓へと突き立てようとした。
二人の攻撃がすべてを終わらせようとしたその刹那――。
「湊!」
零の鋭い警告が響いたが、すでに遅すぎた。
VNの右手が、長袍の下から小ぶりながらも漆黒の銃器を、電光石火の速さで引き抜いた。
バン!
純白の空間に、一際高い銃声が突き刺さる。湊の右胸が激しく弾け、鮮血が舞った。凄まじい衝撃に彼はよろめき、その場に崩れ落ちた。
曉は湊を抱き起こすことすら間に合わなかった。彼女の瞳にはかつてない怒りが燃え盛る。立ち止まることなく、手にした長刀が空を切り、刹那の間に二発の乾いた銃声が静寂を切り裂いた。
バン! バン!
WとVNの仮面が撃ち抜かれ、二つの影は銃声と共にゆっくりと崩れ落ちた。
曉はゆっくりと銃を下ろした。長刀に付着した血が、純白の空間に触目驚心な軌跡を描いている。彼女は振り返り、床に倒れ、胸を押さえて吐血する湊を見つめた。
高台の上では、銀の仮面を付けた二つの骸がすでに冷たくなっていた。曉の手にある銃口からは微かな白煙が昇っていたが、彼女の世界はこの瞬間、完全に静止した。
「湊……」
曉は長刀を投げ出し、倒れ伏す湊のもとへ縋り付くように駆け寄った。
湊の右胸は血に染まり、暗紅色の液体が純白の床に急速に広がっていく。それはあまりにも刺々しい光景だった。彼の目は固く閉じられ、呼吸は微かで今にも途絶えそうだ。常に深く、冷静だったその瞳が再び開くことはなかった。
「湊! 私を見て! 眠っちゃダメ!」
曉の声は激しく震えていた。彼女は必死に湊の傷口を押さえたが、鮮血は指の間から溢れ出し続ける。
常に氷のように冷たく、「死神」と恐れられた曉が、今は瞳を真っ赤にし、涙を溢れさせていた。彼女は思い出した。少し前に語り合った「余生」のこと、引退した後の平凡な約束のことを。
絶望が彼女を飲み込もうとしたその時、遠くから急ぎ足の足音が聞こえてきた。
「早く! こっちだ! 特級執行官が負傷している!」
医療班の残部が死に物狂いで高台に駆け上がってきた。医療スタッフが即座に彼を取り囲み、止血、強心剤の投与、酸素マスクの装着を行う。その過程は、反応する暇もないほど迅速だった。
「重傷だ、失血による深い昏睡状態にある!」医療官が叫ぶ。「すぐにキャンプの移動式医療ポッドへ運べ! 急げ!」
曉はその場に立ち尽くし、両手は湊の血で汚れていた。彼女は担架で運ばれていく湊を見つめていた。常に自分の前に立ち、互いに救い合ってきたあの男が、混乱する群衆の中へと消えていくのを。
「……湊」
足音は次第に遠ざかり、医療班と援軍は自爆に巻き込まれないよう、出口へと急いだ。
先ほどまで騒がしかった純白の空間は、わずか数十秒の間に再び死寂へと沈んだ。
最後の一条の光が、チカチカと瞬いた。
曉は独り、高台の中央に立っていた。
数歩先に長刀が転がり、傍らには無惨な姿で息絶えた首領たちの死体がある。
周囲は冷たいハイテクの壁、足元は愛する人の血。
間もなく墓標となる地底の宮殿で、曉はかつてない孤独を感じていた。彼女はゆっくりと顔を上げ、上方で紫の光を放つメデューサの核――巨大な光球を見上げた。
『曉……行かないの?』
零(ZERO)の声が空虚な空間に響き渡り、微かな溜息を含んでいた。
曉は答えなかった。彼女はただゆっくりと腰を屈め、漆黒の長刀を再び拾い上げた。
「終わったの?」曉はうつむいたまま、掠れた声で問いかけた。
『まだよ』
零の電子音が冷たく響く。
『分析結果が出たわ。二人の首領が死亡した瞬間、メデューサ本部の深部で連鎖自爆機構が起動した。これを止めるには、基地が完全に爆発する前に最深部のコアエリアへ突入し、主電源を見つけ出し……「彼女」を撃ち抜くしかない』
零は一瞬言葉を切り、演算処理が数万回閃いた。
『明らかに現実的ではないわ。爆破の導火線にはすでに火がついている。私は全員のために、最速の脱出ルートの策定を開始する』
「私が行く」
曉は振り返った。避難する群衆には目もくれず、長刀を握り締め、紫の光が不気味に漂う基地の最深部へと、迷いなく歩み出した。
『新堂執行官……』
零の声に、溜息のような、あるいは敬意のような微かなノイズが混じった。
『了解したわ。核心部へのルートをマーキングする。……武運を』
【キャンプ避難地点:医療班搬送エリア】
「聞け! 神楽湊は重傷を負い昏睡中だ。緊急搬送車へ送られた! だが、新堂曉が一人でコアエリアに向かったぞ!」
連絡員が怒鳴り声を上げた。
物資を運んでいた**今田**が、激しく足を止めた。彼は振り返り、地響きと火光が絶えず漏れ出す基地の深部を見つめた。その瞳から、いつもの臆病さは消え失せていた。
「僕も行く!」
今田の声は大きくはなかったが、極めて断固としていた。
「今田!」
凜が猛烈に彼の腕を掴み、焦燥を露わにした。
「あそこはもうすぐ爆発するのよ! 私たちのレベルでどうにかできる場所じゃない!」
「曉先輩が死ぬのを見てるつもり? もし彼女に何かあったら……」
今田は運ばれていく湊の方向を見つめた。その口調は明日の天気を話すように平淡だったが、そこには胸を締め付けるような決然とした意志が宿っていた。
「湊先輩が目覚めた時、悲しむよ。彼はもうハリーや司令を失ったんだ。曉先輩まで失わせちゃいけない」
今田は凜の手を振り解き、煉獄へと戻ろうとした。
「今田慎一」
後ろから凜が声を上げた。「通行人先輩」でもなく、いつもの罵倒でもない。この物語が始まって以来、凜が初めてはっきりと、彼のフルネームを呼んだ瞬間だった。
今田の足が止まった。彼が振り返ると、硝煙の中に立つ凜が黒いヘルメットのバイザーを上げ、赤く充血した鋭い瞳を覗かせていた。
凜は深く息を吸い込んだ。人生で最も重要な決断を下すかのように、彼女はサブマシンガンのマガジンを確認し、冷ややかに言った。
「あんたが行くなら、私も行くわ」
「凜、危険すぎるよ。君まで来る必要は……」周りの人間が制止しようとする。
「うるさい!」
凜は猛然と顔を上げた。その瞳には、狂おしいほどの傲慢さと強情さが燃えていた。
「あんたたちはどいつもこいつも勝手なんだから……あんたが一人であんな所で死んだら、私、誰を罵ればいいのよ。行くわよ。爆発で灰になる前に、曉先輩を連れ戻すわ」
【核心深部:紫の回廊】
曉は激しく疾走していた。視界が霞み始める。それは体力消耗と精神的限界の証だった。
その背後では、二つの人影――背の高い者と低い者が、重なる煙の中を狂ったように彼女を追いかけていた。
【メデューサ本部:地下三階 崩落通路 01:58 - 自爆カウントダウン:75秒】
**彩静**は激しく揺れる通路を全速力で駆け抜けていた。激しい運動により左肩の傷が再び裂け、鮮血が防弾ベストを濡らしていたが、無表情なその顔は恐ろしいほどに冷静だった。
「零、自爆を止めるにはどうすればいい?」
彩静は通信チャンネルで性急に問うた。
『あなたも行くの?』
零(ZERO)の声には、電子ノイズの中に微かな遺憾の色が含まれていた。
『曉、凜、今田の三人が自爆機構へ向かっているわ。彩静、彼らと合流しなさい。これが私のマーキングした最後のルートよ』
「私たちが全滅するなんて決めつけないで、零」
彩静は天井から落下した巨大なコンクリートを飛び越え、着地と同時に転がり、梟の遺した電磁狙撃銃を再び構えた。
「今の私一人じゃ世界を救えないけれど……みんながいれば、きっとなんとかなるわ」
『……理解したわ』
零の電子音が微かに高揚した。人間の持つ強靭な意志に感化されたかのようだった。
『自爆を止める唯一の方法。メイン電源が過負荷になる前に、対称に配置された三つの冷却圧力バルブを同時に破壊すること。これには極めて高い精度の同時射撃が必要。誤差は0.05秒以内よ』
「同時射撃、ね……」
彩静の口元に、微かな笑みが浮かんだ。「ちょうどいいわ。私たち、それが一番得意なの」
曉はすでに核心機密室のゲート前まで辿り着いていた。最後の守護者――四体の巨大な重装ロボットが彼女の行く手を阻む。曉は長刀を横に構え、最後の特攻を仕掛けようとしたその時、背後から猛烈な銃火の網が飛んできた。
ダダダダダッ!
「曉先輩! どいて!」
凜の小柄な体が煙の中から飛び出し、手に持ったサブマシンガンをかつてないリズム感で乱射した。正確にロボットのセンサーを制圧していく。その後を今田慎一が追い、彼はいつものように逃げるのではなく、拳銃を構え、凜のカバーに回った。
「あなたたち……」曉は一瞬、呆然とした。
「無駄口叩かないで! 昔話は外に出てからよ!」凜が鋭い眼差しで怒鳴った。「あんたを連れ戻しに来たのよ!」
「まだ終わってないわよ」
冷ややかな声が通路上の通気ダクトから聞こえた。彩静の姿がふわりと舞い降り、狙撃銃のレーザーサイトが瞬時に室内の核心構造をロックした。
「曉、私たちを導いて」彩静は信頼に満ちた目で曉を見つめた。「いつもの、トンネルの中と同じように」
曉は目の前の三人を見つめた。傷ついた戦友、強情な後輩、そしてずっと黙ってついてきた「通行人」。彼女は再び長刀を握り締め、孤独だったその瞳に熱い火が灯った。
「全員、コアエリアへ突入」
曉は簡潔で、力強く、そして絶対的に正しい命令を下した。
「目標、メイン電源冷却バルブ。同時射撃の準備」
四人は最後の火線をくぐり抜け、核心機密室へと突っ込んだ。
周囲は狂ったように駆け巡る紫の電弧。
「余生」のための豪賭は、ついに最終局へと突入した。




