Hello? Goodbye!
高所の風の音すら、その一瞬、息を止めたかのようだった。彩静と梟の二人は共に理解していた。体力も精神もすでに崩壊の淵にある。次の一撃こそが、終焉であることを。
彩静の茶色の長髪が狂風に乱れ舞い、その瞳には梟が放つ紫の冷光が映る。梟が距離を取り、再び銃を構え直そうとした刹那、彩静は狂気とも言える決断を下した――。彼女は退くことなく、むしろその致命的な電磁ナイフに向かって、自死に近い突進を仕掛けたのだ。
グサッ!
肉体に金属が突き刺さる鈍い音が響く。彩静の戦術ナイフは正確に梟の腹部を貫き、鮮血が瞬時に二人の衣を赤く染めた。しかし同時に、梟の反撃もまた毒蛇のごとく放たれていた。紫の刃先が彩静の左肩を深く切り裂き、肉が捲れ、白い骨が剥き出しになる。
凄まじい衝撃に二人は耐えきれず、絡み合ったまま冷たい床へと崩れ落ちた。
「ゲホッ……はぁ……」
梟は無様に喘ぎ、口角からは大量の鮮血が滴り落ちる。彼は己の腹部に没した、青い柄のナイフを見つめた。それは彼がこれまでの人生で見た中で、最も美しく、最も絶望的な色だった。
メデューサ第一の狙撃手である彼の顔から、傲慢さはついに消え失せ、代わりに解脱したような平穏が宿っていた。激痛に震えながらも立ち上がろうとする彩静を傍らに見つめ、彼は無理に作ったような、余裕のない笑みを浮かべた。
「青……ボクの負けだ。君は……尊敬に値する、対戦相手だったよ……」
彩静は片膝をつき、止まらない左肩の血を右手で必死に押さえた。失血で青ざめた顔の中で、茶色の瞳はなおも鋭さを失っていなかったが、梟を見つめるその目には、複雑な感情が入り混じっていた。
「ええ……あなたも強かったわ、梟」彼女の声は震えていたが、戦友に対するような敬意に満ちていた。
梟の、かつて殺気に満ちていた青い瞳が次第に混濁していく。彼は残された最後の力を振り絞り、血に染まった手をゆっくりと伸ばした。まるで、一度も触れることのできなかったこの世界に、手を伸ばすかのように。
「君の……名前は?」彼は掠れた声で問うた。
彩静は一瞬、躊躇した。戦場での執行官には通常コードネームしかない。だが、目の前にいる自分と同年代で、殺人の道具として生きることを強要された少年に、彼女は右手を差し出し、その冷え切った手を固く握りしめた。
「後藤彩静よ」
梟は頷き、その口元に満足げな笑みを浮かべた。それは彼が生まれて初めて感じた、「人」と「人」との温もりだった。
「ボクに……名前はない……メデューサには梟としか呼ばれてなかった……彩静、君に会えて……よかった……」
彼の手からふっと力が抜け、握力は失われた。水色の長髪は月光の下で次第にその輝きを失い、呼吸は弱まり続け、ついにこの新宿で最も高い夜空の下で止まった。
【南西方 入口通路】
硝煙立ち込める廊下の突き当たり、湊と曉の姿は命を刈り取る死神の風のごとかった。湊の拳銃が精密に火を吹き、曉の長刀が宙に凄美な弧を描く。二人の動作は、あたかも一つの脳を共有しているかのように滑らかだ。
最後の一人の重装防衛兵が倒れると、前方からようやく聞き慣れた作戦コードが届いた。
「こちらニューヨーク部隊、A組主力と合流完了!」
「台北特級執行官、指定ポイントに到着!」
数名のトップ執行官たちが、ようやく屍の山を越えて合流した。分断されていた戦線が再び一つに繋がる。戦略上、これは巨大な勝利だ。しかし、全員のイヤホンに届くハリーの報告の声は、刻一刻と重く、苦しげなものに変わっていった。
ハリーは全域信号の妨害に成功し、ニューヨーク部隊を突入させた後、司令の指示に従って撤退するはずだった。
「終わったよ、零。今戻る……ん?」
ハリーの意識体は、データ階層の端で足を止めた。彼の演算視界の中で、メデューサ核心部の深層に隠された、**「終焉(The Eventide)」**と名付けられた暗黒のフォルダが激しく脈動していた。
属性をスキャンした瞬間、彼の瞳孔が急速に収縮した。
それは単なる防衛コードではない。国全体の電力網、交通、防衛システム、そしてZERO-DELAY本部さえも一瞬で無力化する「全域感染型」の破滅ウイルスだった。
「解析には300秒……でも起動まであと120秒しかない」ハリーの仮想イメージは独り言を漏らした。その声には、珍しく苦渋の色が混じっていた。
コンマ数秒の論理計算が導き出した答え――これの爆発を許せば、現実世界の仲間たちは基地の自壊に巻き込まれ、全員が命を落とす。
「ねえ、零のおじさん」ハリーはデータリンクの中で静かに語りかけた。
「星玲姉ちゃんに伝えて。将来プログラミングを学ぶなら、ボクみたいに独断専行する先生は選んじゃダメだよって」
「ハリー!? 何をするつもりだ! 戻れ!」
ハリーは答えなかった。彼は両腕を広げ、「終焉」という名の黒いフォルダを自らのプログラム・コアへと引きずり込んだ。
「多重暗号化……起動。論理封印……起動」
ハリーは自らの記憶領域、演算内核、そして自主人格のすべてを一つ一つの「錠」に変え、破滅のウイルスを魂の奥深くに幾重にも閉じ込めていった。
崩壊の淵で、ハリーは最も残酷で、最も温かい選択をした。彼はウイルスをZERO-DELAYのクラウドサーバへ隔離するのではなく、自分個人のプライベート領域へと強引に引き込んだのだ。
「ハリー、何をしている!?」零(ZERO)の電子音が、かつてない動揺を伴って咆哮した。
「そんなレベルのウイルスを個人領域に入れたら、君の基底論理が瞬時に引き裂かれるぞ!」
「原則二」ハリーの声は異常なほど冷静で、機械的な鈍ささえ帯びていた。
「『理性を保て』と言ったんだ、『自殺しろ』とは言ってない!」
「これが最善の選択だよ、零」ハリーの少年のイメージはすでにひび割れ、両目はウイルスに解析されている兆候である刺すような赤光を放っていた。
「もし総サーバに送れば、メデューサのデコード罠が発動した瞬間、組織の全執行官データも歴史もバックアップも、0.1秒で消失する。そのリスクは負えない」
「それでどうする? 一人で抱え込む気か?」零の仮想イメージがハリーの前に現れ、彼を掴もうとする。だが、ハリーはすでに自分を一方通行の論理ボックスに閉じ込めていた。
「ボクが全ウイルスを直接吸収する。ボクのコアを石臼にして、ウイルスの活性を最低限まで削るんだ。そのあと、ボクが道を残すから……」
ハリーは顔を上げ、長年を共にした師であり友でもある20歳のAIを見つめ、最後のおどけた微笑を見せた。
「零、ボクの任務を終わらせる(シャットダウンする)のは……君に任せるよ。システム階層からボクを完全に削除して。塵一つ残さないで。そうすればウイルスは再発しない」
「……本当のバカだな、お前は」零の、いつもは冷めたユーモアに満ちていた電子の瞳が、今はただ深い哀しみに沈んでいた。
【現実世界:本部指揮センター】
「ハリー! コア温度が急上昇している! すぐにやめろ!」神宮寺司司令は猛然と立ち上がった。その平穏だった顔は恐怖に歪んでいた。
モニター上のハリーを象徴する金色の球体は、次第に黒く染まっていく。少年の仮想イメージは歪み、砕け始めたが、彼はなおも黒い光の塊を抱きかかえ、ウイルスを一分一厘たりとも漏らそうとしなかった。
「司令……ウイルス封印……完了しました」ハリーの声は、極めて遠い場所から聞こえてくるかのような、耳障りなノイズを含んでいた。
「今です……ウイルスがボクの中にいるうちに……零に、ボクを終わらせるよう言ってください……」
「ハリー……この馬鹿者が……」司令の手は激しく震えていた。
「司令……ミッチェル……みんな……。君たちに出会えて……本当によかった」
ハリーは途切れ途切れに最期の言葉を残した。
プツッ。
ハリーの信号は完全に消滅した。
同時に、基地全体が「終焉」ウイルスの制御された爆発によって激しい震動に襲われた。東側のゲートは成功裏にロックされたが、ビルの自動消火システムが狂ったように作動し、電気花火と濃煙が混じり合った。
ハリーの仮想世界での自己犠牲は、現実世界に連鎖反応を引き起こした。
「ハリー……?」
医療区の傍らで今田を見守っていた凜は、手首の通信機に表示された最後の一行を見つめた。【ユーザー:7号(Harry)は永久にオフラインになりました】。
それは彼女が一度も見たことのないステータスだった。スリープではない。損傷でもない。「存在しない」のだ。
「明! 星玲! 走れ! 逃げるんだ!」
司令は指揮センターで最後の怒号を上げた。ハリーがウイルスを吸収したことで、メデューサのシステムに激しいバックラッシュが生じた。基地の天井が崩落し始め、切断された高圧ケーブルから火花が噴き出し、廊下を煉獄のように照らし出す。
「ハリー……あのガキ……」
明は、泣き崩れて声も出ない星玲を背負い、崩壊し続ける東側トンネルを狂ったように走り抜けた。星玲の手は、すでに画面が暗転した戦術タブレットを、ハリーがかつて居たその場所を、死に物狂いで握りしめていた。
彩静はよろめきながら手すりへと歩み寄り、眼下に広がる新宿の街の灯が明滅するのを見つめた。
分かっていた。イヤホンの中でいつも「可愛いお姉さん」と呼んでくれたあの少年は、もう二度と戻ってこない。
彼女は傍らで息絶えた梟を見つめ、低く自問した。「これが私たちの戦った結果なの……梟?」
湊と曉は視線を交わした。零を通じて、ハリーの遺言を受け取った。
曉が長刀を握る指の関節が白く浮き出る。彼女の瞳に宿っていた冷淡さは、燃え上がるような怒りへと変わっていた。
「行こう」湊の声は地獄の鳴動のように低く響き、彼は再び弾丸を装填した。
「メデューサの本体を……完膚なきまでに引き裂きに行くぞ」
犠牲は払われた。ここから先は、怒れる執行官たちの復讐劇が始まる。




