お互いの確認
深い地下トンネル内、黒い列車のエンジンが重低音の唸りを上げている。
**曉と湊**は対面に座り、手慣れた動作でタクティカルベストのバックルを確認していた。かつて東京の街を席巻した「伝説のコンビ」も、それぞれ隊長へと昇進し、管理・指揮層に移ってからは、こうして並んで出撃の列車に揺られることは久しくなかった。曉の動作は相変わらず簡潔で無駄がなく、マガジンが収まるたびに硬質な金属音が響く。一方、湊はいつもの雅痞な微笑を湛えてはいるが、ガンベルトを調整する頻度は普段より明らかに高かった。
列車の反対側では、全く異なる空気が流れていた。
**星玲が明**の肩に無造作に寄りかかり、明は彼女の手を優しく握りながら手首のマイクロ端末を調整し、低い声で戦術の詳細を言い聞かせている。二人の距離はとうに普通のチームメイトの境界を越えていた。「友達以上、恋人未満」という特有の親密さは、殺伐とした車内では場違いに映るが、同時に確かな心の支えにもなっていた。
列車が静かに動き出し、速度が瞬間的に跳ね上がる。
「なあ、曉」湊が沈黙を破った。飛んでいくトンネルの灯りを見つめ、苦笑しながら口を開く。
「今回は後ろで構えてくれる彩靜も、凜のような理不尽な突進力もない。なんだか入隊したばかりの頃に戻った気分だよ」
狙撃手を欠いた混成チームの任務は、「強行突入と近接掃討」へと修正された。正面戦闘能力がチーム内では相対的に平庸で、戦術立案や意思決定に特化した湊にとって、この重圧は計り知れない。
「手が震えてるわよ」曉は振り返りもせず冷ややかに言ったが、その声に責める色はなく、ただ馴染み深い信頼だけがあった。
「はは、バレたか」湊は自分の指先を見つめ、おどけて笑った。
「正直に言うと、こんなに緊張するのは、君と初めてキスした時以来かな」
星玲と明が同時に顔を向け、驚きと野次馬根性に満ちた表情を見せる。
「黙りなさい、神楽」曉の耳たぶが僅かに赤らんだが、語気は強硬なままだった。「緊張のせいで0.1秒でも遅れたら、美杜莎に食われる前に私が撃ち殺してあげるわ」
「それはまた、優しい死に方だ」湊は銃のグリップを握りしめた。冗談の中に隠していた眼差しがようやく指揮官の冷静さを取り戻す。
「いいか、明、星玲。俺たちが正面から切り込む。俺が信号干渉とルート誘導を担当し、曉が主攻だ。二人は両サイドの掃討を頼む。東京と台北の初の共同戦線だ、故郷に泥を塗るなよ」
「了解」明は優しく微笑んだが、その瞳はハヤブサのように鋭くなった。
「任せておいて!」星玲は腰の特製爆薬ポーチを威勢よく叩いた。
列車の放送が流れる。「まもなく新宿地下ノードに到着。全隊員、戦闘用意」
黒い列車のハッチが跳ね上がった瞬間、火線と金属の破砕音だけが彼らを迎えた。
「突入!」曉の声が、切り裂く稲妻のように鋭く響く。
Aチームは驚異的な速度で戦場の深部へと突き進んだ。試索など一切ない死闘。美杜莎の兵士たちが影から潮のように湧き出したが、この四人の前では数の優位など瞬時に崩壊した。
曉が指揮官の座に就いて以来、これほど徹底的に殺意を解放したのは初めてだった。激しい動きの中で深紺色の長髪が舞い、両手の双銃はまるで身体の一部のように振るわれる。敵陣を縫うように進む彼女の動作には一切の淀みがなく、引き金を引くたびに確実に命を奪っていく。
極限状態にあっても全弾の着弾点を計算し尽くす、息を呑むような個体能力。
それはモニター越しに観戦するすべての者に思い知らせた。白鷺零次亡き後、新堂曉こそがZERO-DELAYの戦力的な天界(最高到達点)であると。彼女はもう守られるべき孤児ではなく、組織の意志を体現する究極の兵器だった。
その後に明と星玲が続く。台北から来たこのコンビは、「魂レベル」のコンビネーションを見せつけた。
星玲が跳躍し、特製の震盪弾を通風管へと正確に放り込む。明はその爆発によって逃げ出す敵の進路をすでに読み切っていた。しなやかな体躯を優雅に捌きながら側方射撃を行い、左手でのリロードは残像しか残らないほど速い。二人は前後左右に入れ替わり、言葉を交わさずとも互いの視界を共有しているかのように援護し合う。その親密な戦闘スタイルは、殺伐とした新宿の地下に独特のリズムを刻んでいた。
そして小隊の潤滑剤として、湊は元エリート警察官としての戦術センスを発揮した。
彼は自分の体力や瞬発力が曉に及ばないことを熟知している。だからこそ、自分に最も適した位置を選んだ。中距離からの火力制圧とリズムの調整だ。戦域全体の敵の分布を観察しながら、正確な点射で曉の死角を掃除していく。
高強度の連続撃破によって曉の呼吸が乱れる僅かな隙間を、湊の弾丸が正確に埋めていく。
「いいリズムね、湊」転回しながら回避する合図の合間に、曉が通信チャンネルで低く呟いた。
「はは、気楽な生活を追い求めるための、唯一の特技だからな」湊はトレードマークの微笑を見せ、ライフルの反動を安定して制御する。彼の射撃は単に敵を倒すためではなく、曉が何ら躊躇することなく突き進めるためのものだった。
それは完璧な二重の円舞曲だった。死線を越え互いの背中を預け合う伝説のペアと、友達以上で魂が共鳴し合う親密なパートナー。
曉の銃口の下で最後の守衛が倒れ、核心エリアの外郭は束の間の、そして死のような静寂に包まれた。
「第一段階の清掃完了。曉、大丈夫か?」湊はマガジンを交換しながら、少し息を切らせて尋ねた。
「問題ないわ、続けて……」
曉の言葉が終わる前に、ドン――! という耳を裂くような轟音が側面から響いた。
湊の隣にある重厚な合金の扉が暴力的にこじ開けられ、舞い上がる煙の中から密集した足音が潮のように流れ込んできた。美杜莎が側面に伏せていた予備隊だ。その数は先ほどまでの散兵を遥かに凌駕していた。
「まだ伏兵がいたか! 連中の物資備蓄は想像以上だな!」湊は素早く掩体へと下がり、ライフルの火線を噴き上げ、第一波を正確に抑え込む。
「明、星玲、左右に散れ! 湊を包囲させるな!」曉の姿が再び残像となり、新宿突襲は順調ながらも、美杜莎の執拗な抵抗が伝説の小隊の体力を確実に削り取っていく。
【東京本部:医療復健室】
地下の硝煙とは対照的に、ここは消毒液の臭いと静寂に満ちていた。
**今田**は奥歯を噛み締め、看護師に支えられながら一歩ずつ歩を進めていた。腹部の傷が動くたびに裂けるような痛みを発するが、彼は止めなかった。凜は戦闘服に着替え、腕を組んで壁に寄りかかりながら、黙って今田を見守っている。その瞳には複雑な感情が揺れていた。
その時、隣の特別病室から機器の激しいアラーム音が響いた。
「は……はぁっ!」
彩靜がベッドから跳ね起き、胸を激しく上下させた。冷や汗が青い病衣を濡らしている。その瞳にはまだ混乱と恐怖が混じり、終わりのないシミュレーション空間に囚われているかのようだった。
「今は、何月何日……? 私は……どうしたの?」彩靜はパニック状態で周囲を見渡し、点滴を強引に引き抜こうとする。
「後藤執行官、落ち着いてください! まだ血圧が不安定です!」年配の看護師が慌てて彼女の肩を抑えた。
「だめ……だめ! 新宿の戦闘が……行かなきゃ……みんなが私の座標を待ってる……」彩靜は抗おうとするが、いつも冷静な彼女の瞳は今、自責の念で溢れていた。
「戦闘はもう始まってるわよ、彩靜」
冷静で聞き慣れた声が入り口から響いた。彩靜は呆然とし、顔を向けると、そこにはゆっくりと歩み寄る凜の姿があった。帽子を被らず、整えられた黒い長髪が肩に垂れている。その瞳は鋭く、そして穏やかだった。
「えっ?!」彩靜は動きを止め、手が宙で固まった。
「零からこっそり聞いたわ。過労による心不全で倒れたんだって」凜はベッドサイドに歩み寄り、有無を言わせぬ力強さで言った。「しっかり休み極めなさい、後藤彩靜。『青』がここで倒れちゃダメ。あんたまでいなくなったら、最終決戦で誰が私たちの『眼』になるのよ?」
彩靜は凜を見つめ、そして入り口で傷を抱えながらも自分を待っていた今田を見た。張り詰めていた肩の力が、ようやく解けていく。
「私……そんなに長く意識を失っていたの?」彩靜はうなだれ、声を落とした。「ごめんなさい……一番必要な時に……」
「だから、今のあんたの任務は寝ること」凜は珍しく手を伸ばし、彩靜の冷たい手の甲を軽く叩いた。
「これからの戦場は、あの『大人たち』と台北から来た連中に任せておきなさい。あんたは夢の中で精神を整えることだけ考えればいい。そして――最終決戦の時に、美杜莎の首を一つずつマークするのよ」
凜の強情で優しい顔を見つめ、彩靜は目尻を赤くして、静かに頷いた。
【新宿地下:核心大門前】
「湊! 門が開いたわ!」曉の鋭い叫びが、物資中枢の陥落を告げた。
苦戦を強いられたものの、湊の巧みな指揮と曉の圧倒的な戦力により、この「前哨戦」は予定通りの勝利へと向かっていた。物資ラインの切断は、美杜莎を最後の狂気的な反撃へと追い込むだろう。それこそが本当の死闘となるのだ。
最後の銃声が空虚な地下施設に幾重にも反響し、物資備蓄庫が完全に破壊された。立ち昇る濃煙が「断脈行動」の最終的な勝利を宣言した。
「任務完了。撤退準備」曉は銃を収めた。胸の鼓動はまだ荒く、深紺色の髪の先には灰が散っているが、「最強の執行官」としての威圧感は微塵も揺らいでいなかった。
「ふぅ……楽な勝ちじゃなかったな」
星玲が明の身体に飛びつき、勢いよく抱きしめた。「明! さっきのサイド援護、完璧だったよ! 台北チーム、マジで最高にカッコよかった!」
明は照れながらも彼女を優しく受け止めた。戦場を冷静に観察し続けていたその瞳には、今、星玲への愛しさが満ち溢れている。大戦後の甘い一瞬が、冷え切った廃墟の中で眩しく輝いていた。
【帰路:黒い列車内】
列車がトンネル内を疾走する車内、空気は人によって異なっていた。
湊は一人離れて座り、硝煙の汚れがついた手で銃身を拭いていた。頬には流弾がかすめた血の跡がある。それは、先ほど包囲に陥った時に刻まれた傷だった。
行動は成功した。だが、湊の心は底知れぬ深淵へと沈んでいた。
先ほどの戦場の最前線。もし曉が決定的な瞬間に包囲を強行突破し、致命的な近接攻撃を打ち払ってくれなければ、自分は今頃新宿の泥になっていただろう。
「高強度の近接戦闘に対応できない」という弱点は、ZERO-DELAYに入隊した初日の個人レポートからずっと記され続けている。
『神楽 湊:戦術意識は極めて高く、リズム感も卓越しているが、身体機能および近接瞬発力は頂点に達していない』
その評価は、数々の死線を越え、隊長の座に就いてなお、決して越えられない赤い線のように立ちはだかっていた。
彼は顔を上げ、隣で目を閉じて休んでいる曉を見た。戦場で輝いていた彼女の姿、あの圧倒的な力と速度。湊は、目の前の女性がもう自分の触れられる「平凡な帰宿」ではなく、戦場に住まう「戦乙女」であるかのような強烈な錯覚に襲われた。
(曉は銃火の中で進化した天才だ。なのに俺は……タクティカルボードの後ろで数字を弄ぶだけの、元警官に過ぎない)
湊は自嘲気味に口角を上げた。アパートで二人、平凡について語り合い、引退後のレモンティー・ショップについて話した時のことを思い出す。あの瞬間、二人は対等で、体制から逃げ出す共犯者だったはずだ。
だが銃声が鳴り響き、曉の替えの利かない背中を見た時、**「自分は彼女に相応しくないのではないか」**という卑屈な思いが、新宿の地下の冷気のように背骨を這い上がってきた。
夜の新宿は依然として光に満ちているが、地底の硝煙は霧散した。本部のロビーからは歓声が聞こえてくる。「断脈行動」に携わった後方支援と前線の隊員たちが、この貴重な勝利を祝っていた。
曉と湊はテラスに並び、階下で祝杯をあげる同僚たちを見つめていた。
「あと二週間ね」曉は遠い地平線を見つめた。その声は夜風に混じってどこか儚い。「美杜莎は補給を絶たれた。これからは今まで以上に狂気的な動きを見せるはずよ」
「ああ、そうだな」湊は同意したが、その微笑みは瞳の奥まで届いていなかった。
戦場でのあの「無力感」が今も胸の奥にわだかまり、吐き出せない異物のように残っている。月光に縁取られた、力強い曉の輪郭。自分は相応しくないという考えが再び鎌首をもたげる。この負の感情を彼女に伝えたくない湊は、軽く曉の肩を叩いた。
「先に部屋に戻って休むよ。曉も早く寝なよ」
湊が背を向け、一人で廊下の奥へ歩き出そうとした時、微かな力が伝わってきた。
足を止めて振り返ると、驚いたことに、曉がうつむいたまま、細い指先でぎゅっと彼のジャケットの裾を掴んでいた。それは、彼女が見せることの極めて稀な、依存を孕んだ仕草だった。
「湊……中に入ってもいい?」曉の声は小さく、喧騒の中では消えてしまいそうだった。
湊は一瞬呆然としたが、すぐに温かな微笑みを浮かべ、瞳の奥の沈鬱を隠した。「ん? ああ、どうぞ」
ZERO-DELAYにおいて、曉の部屋は簡素で寒々しく、戦闘員の合理性に満ちている。だが、湊の部屋は全く別の次元だった。
そこは「神秘性」に満ちた空間だった。三方の壁は巨大な本棚で埋め尽くされ、古い刑事事件のファイルや心理学の著作、そして色褪せた建築雑誌が積み上げられている。部屋の隅には古いレコードが置かれ、空気には微かな白檀の香りと、クラシックなコーヒー豆の匂いが漂っていた。戦闘員の宿舎というよりは、隠遁した学者の研究室か、あるいは時代に忘れられた私設図書館のようだった。
曉がここに入ったのは、付き合い始めた頃に数回あるだけだ。入るたびに彼女は、湊だけの、あまりに繊細な精神世界へと迷い込んだような感覚に陥る。
「適当に座ってて。お茶を淹れるから」湊はキッチンコーナーへ向かい、曉に背を向けて慣れた手つきで茶道具を扱った。
曉は座らず、本棚の傍に立って、忙しなく動く湊の背中を見つめていた。自分だけの最もプライベートな空間にいてもなお、湊の背中には隠しきれない疲弊が滲んでいる。
「湊」曉が突然、湯の沸く音を切り裂くように口を開いた。
「ん?」
「帰りの列車で、あなた一言も喋らなかったわね」曉は彼の後ろに歩み寄り、静かだが真っ直ぐな口調で言った。
「自分に腹を立てているの? さっき、サイドで兵士たちを単独制圧できなかったから?」
湊の手が震え、熱湯がこぼれそうになった。彼はしばし沈黙し、急須を置いて振り返った。自嘲気味に笑う。
「やっぱり隠せないか。君は戦場であまりに眩しすぎるんだよ、曉。眩しすぎて……脳内の演算だけで、近接戦闘はからっきしな俺のような指揮官が、君の隣にいるのは足手まといなんじゃないかって思えてくる」
彼は深く息を吸い、自分の「平凡な趣味」が詰まったこの部屋を見渡した。「時々思うんだ。俺のような人間が、本当に君と一緒にあの『平凡な余生』まで辿り着けるのかなって」
曉はすぐには答えなかった。彼女は湊を見つめた。その瞳にはいつもの冷徹さはなく、女性としての、深く静かな慈愛が宿っていた。彼女は一歩踏み出し、二人の間の最後の距離を詰めた。
茶の香りが、薄暗い灯りの中で漂う。湊は本棚に寄りかかり、温かい湯呑みを手にしながら、自分の部屋で少し窮屈そうに、それでいて無防備に佇む曉を見ていた。
深夜の静寂が心の奥底にある感情を増幅させたのかもしれない。湊は、戦場で冷酷に命を奪う「戦乙女」を前に、ずっと抱いていた自嘲混じりの疑問を口にした。
「ねえ、曉……ずっと不思議だったんだ。俺がZERO-DELAYに入ったばかりの頃、君は氷みたいに冷たくて、俺のことを見向きもしなかった。なのに、知り合って三ヶ月も経たずに付き合い始めて……それどころか、君の方から俺と寝てくれた」
彼は言葉を切り、後輩たちの姿を思い出して笑いながら首を振った。
「今田と凜を見てみなよ。あいつらもう一年近く一緒にいるのに、互いに好意があるのはバレバレなのに、あんなにグダグダやってる。告白すらゲリラ戦みたいだ。どうして俺たちは、あんなに早かったんだろう。自分でも不思議なくらいだ」
曉は湊のベッドの、濃いグレーのシーツの上に腰を下ろし、自分の指先を見つめていた。いつもは冷たい彼女の頬が、白檀の香りに包まれて赤らんでいく。
「三ヶ月って、短いの?」曉の声は細く、だが重みを湛えていた。「トンネルの中じゃ、三ヶ月あれば何十回も死ねるわ」
彼女は顔を上げ、湊を深く見つめた。それは、彼の前でしか見せない、防壁を全て取り払った魂の姿だった。
「あなたは自分が私を『手なずけた』と思っているかもしれないけれど、違うわ。あなたが入ってくるまで、私の世界には『体制』と『任務』しかなかった。最初の任務で失敗した時、損害を問い詰めるんじゃなく、温かい缶コーヒーを差し出してくれたのはあなただった。みんなが冷静を装っている時に、通信越しに寒いジョークを言って私の心理状態を整えてくれたのも」
曉は立ち上がり、ゆっくりと湊の前に歩み寄ると、平凡な知識が詰まった本棚にそっと触れた。
「今田と凜は、まだ若いのよ。『どっちが先に折れるか』なんて遊びをしてる。でも私にとって、あの三ヶ月の毎秒が、ある一つのことを確認するための時間だった――この世界に、私が何人殺したかなんて気にせず、仕事の後にちゃんと眠れたかだけを心配してくれる人がいるんだって」
彼女は振り返り、驚きを隠せない湊の瞳を真っ直ぐに見つめ、強い決意を込めた。
「だから、待ちたくなかった。ZERO-DELAYに明日なんてない。半年も一年もグダグダするくらいなら、あの三ヶ月の間に、私を『人間』として扱ってくれたこの変人を、完全に手に入れてしまいたかった。寝ることも、付き合うことも、余生を計画することも……私にとって、それは快楽じゃない。それは『救済』だったのよ」
湊は彼女を見つめた。心の中にあった「相応しくない」という自卑感は、曉の熱い告白の中で溶けて消えていった。彼は湯呑みを置き、手を伸ばして曉を抱き寄せた。それは強者と弱者の結合ではない。滅びの淵で寄り添い合う、二つの孤独な魂の温め合いだった。
「そうか……救われていたのは、俺の方だったんだな」湊は低く呟いた。
曉は彼の胸に顔を埋め、少し速まった鼓動を聴きながら、口角を僅かに上げた。
「だから、あのアホな後輩と自分を比べないで。三ヶ月で私の防衛線を陥落させたんだから、あなたは私にとって、どの最強執行官よりも強いのよ」
【台北チーム専用宿舎】
湊の部屋の知的な雰囲気とは対照的に、明と星玲の臨時宿舎は活気と生活感に溢れていた。テーブルには食べかけの台北のカップ麺が置かれ、隅には星玲の鮮やかな黄色のタクティカルウェアが脱ぎ捨てられている。
窓の外では、東京のネオンが半開きのブラインドに反射していた。
明はベッドのヘッドボードに背け、スマートフォンの微かな光が彼の整った顔を照らしている。彼は台北支部の同僚たちからの見舞いメッセージに、指を軽快に動かして返信していた。そしてその隣には、星玲が無防備に布団の中で丸まっていた。
誰も想像しなかっただろう。人前では常に「友達以上」を演じているこのコンビが、東京での高圧的な日々の間に、これほどの速度で親密度を増し、**「共に眠る」**段階にまで至っていたとは。
異郷での孤独感ゆえか、あるいは新宿の一戦を経て、互いの「生存」を深く確信したからか。彼らは自分たちの間にある薄い壁を、もう守らないことに決めたのだ。
「んぅ……明……」
寝言を言いながら、星玲は隣の熱源を求めるように、明の太ももに無意識に顔を寄せ、細い腕で彼の腰を抱きしめた。
明は隣から伝わってくる重みと体温を感じ、指を止めた。枕に散る星玲の黄色い髪を見つめる。戦場で見せるあの機敏で口の悪い姿は消え、今は小さな動物のように彼に寄り添っている。
彼はスマートフォンの電源を切り、とろけるような優しい微笑を浮かべた。
「全く……戦場であんなに勇ましいのに、寝る時はこんなに大人しいんだから」
明は枕元の小さなランプを消し、静かに布団の中へと滑り込んだ。宝物を慈しむように、星玲を愛おしげに腕の中に引き寄せ、彼女の顔を自分の胸に預けた。星玲は眠ったまま満足げに鼻を鳴らし、その呼吸は次第に明の心拍と重なっていった。
明は目を閉じ、星玲の髪から漂う微かな香りを深く吸い込んだ。
彼らにとって、この感情は湊と曉のような重苦しい「救済」でも、今田と凜のような青臭い「葛藤」でもない。それは、**「君が隣にいれば、世界が終わっても構わない」**という絶対的な信頼だった。
「おやすみ、星玲」明は心の中で囁いた。
冷たく、今にも崩れ去りそうな鋼鉄の基地の中で、この小さな宿舎だけが、彼らに残された最後の避風港だった。




