表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZERO-DELAY  作者: WE/9
引き継ぎ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/102

自信

早朝五時、街がまだ薄霧の中で眠りについている頃、**彩静アヤセ**はすでに瞳を開けていた。


再び東京の基地に身を寄せることになり、ここでの生活ももはや見慣れたものとなっていたが、狙撃手としての警戒心は眠りの中でも彼女に規律を維持させていた。ベッドから起き上がると、茶色の長髪が滝のように肩へこぼれ落ち、その清廉な横顔を隠した。


彼女は手慣れた動作でクローゼットへ向かい、濃色の執行官正装を取り出す。彩静にとって、着替えは神聖な儀式だった。人見知りで平凡な少女としての自分を一時的に封印し、「アオ」という名の仮面を再び被るための儀式だ。


姿見の前に立ち、黒いヘアゴムを器用に外す。細い指が髪の間を泳ぎ、長い髪をまとめ上げて清潔感のある高めのポニーテールを作る。その尾が揺れるたび、彼女の静かな印象はより鋭利なものへと変わっていく。


暑さ寒さに関わらず、彩静の服装には一貫した特徴がある。半袖であろうと短パンであろうと、両腕には必ずタイトな**黒の袖套アームカバー**を装着するのだ。これは狙撃時に皮膚が銃身や地面と摩擦するのを防ぐためだけでなく、視覚的にも極端なコントラストを生んでいた。


袖套の縁を丁寧に整え、肘の上まで引き上げた時、その末端から覗く両手は、黒に引き立てられて驚くほど白く、繊細で、そして長くしなやかに見えた。それは引きトリガーを引くために生まれた手だ。普段はカメラの外で人見知ゆえに微かに震えるその指も、銃を握った瞬間、どんな鋼鉄よりも冷徹に安定する。


鏡で身だしなみを最終確認し、無表情に襟元を整えると、彼女はガンケースを手に取り、騒がしい予習室へと向かった。


「あ? なんで私たちのチームに断線先輩もアキラ姉さんもいないわけ?」


**リン**の不満げな声が、彩静が室内に入った瞬間に響いた。彩静は静かに隅の席へ座り、狙撃鏡スコープの手入れを始める。この「騒がしさ」を嫌うどころか、どこか安心感さえ覚えていた。


「そうだよ、凜」**ミナト**が入り口に寄りかかり、コーヒーを片手に楽しげな口調で言った。「特級執行官にはもっと面倒な『壁の内側』の任務があるんだ。それにミンたちは機動支援、彩静は遠距離火力だ。つまり、最前線の泥沼の中で後ろを振り返って見えるのは、やっぱり今田イマダだけってことだよ」


この世の終わりと言わんばかりの絶望に満ちた凜の表情を見て、今田がついに耐えかねて声を上げた。


「おい、九条クジョウ! その顔はなんだよ!」今田が激しく抗議する。「俺が毎回必死についていって、弾道の死角をカバーしてなきゃ、突っ走るだけのお前は今頃十回は殺されてるぞ!」


彩静はクリーニングクロスでレンズを優しく拭きながら、黒い袖套から伸びる白い指を優雅かつ正確に動かしていた。彼女は俯いたまま、二人の争いを遮るように冷ややかな声を出す。


「九条、騒がないで。今田は確かに『通行人』みたいだけど、今のあなたには一番相応しい盾よ」彼女は手を止め、微かに目を向けた。その眼差しは息を呑むほど冷静だった。「彼に不満があるなら……私が狙撃鏡越しに監視してあげる。もし彼がサボったら、私の弾丸を先にその足元へ叩き込んであげるから」


「おい! 彩静まで俺をいじめるのかよ!」今田が悲鳴を上げた。


二人が言い争い、休息室が再会の喧騒に包まれていたその時、**零(ZERO)**の感情を排した電子音が会議室の全域に響き渡った。


『皆、すまないが、彩静君を一時的に借りる必要がある』


一同が動きを止め、黙々と装備を整えていた彩静に視線を向ける。


『東京湾の埠頭でトラブルが発生した。メデューサの偽装部隊がジャミング信号を使用しており、警視庁の狙撃手では標的を補足できない。当局より正式に「青」の出動要請が出された』


零次レイジ亡き後、ZERO-DELAYの運用スタイルは極めて低調かつ効率的になった。「一発の弾丸ですべてを解決する」という彩静の純粋な技術は、今や高層部が「厄介事の処理屋」として最も頼りにするものとなっていた。


指名任務だと知った彩静の瞳は、むしろわずかに和らいだように見えた。明のような熱すぎる社交に付き合うより、数百メートルの高空でライフルと向き合うことこそが、彼女にとっての本来の居場所なのだ。


「それじゃあ、皆……また午後に」彩静は立ち上がり、重厚なガンケースを軽々と持ち上げた。その所作は無駄がなく優雅だった。


「おー、バイバイ! 私たちの練習台を残しておいてよ!」凜が手を振る。


「彩静、気をつけてな」湊が釘を刺した。


十五分後、黒い武装ヘリが強風の中で激しく揺れていた。


彩静はハッチの縁に座り、暴風にポニーテールを乱されながらも、その両手は岩のように微動だにしない。彼女は俯いて最終調整を行っていた。誇張された長さの銃身が、冷たい金属光沢を放つ。


ヘリが埠頭エリアにそびえ立つクレーンのプラットフォームに接近した時、眼下の戦況は惨泓を極めていた。メデューサの部隊が化学スモークで視界を奪い、その中に自動防衛機銃を配備。警察の特殊部隊はコンテナの影に釘付けにされ、身動きが取れなくなっていた。


『彩静、これより現場指揮チャンネルと回線を接続する』零の声がイヤホンに届く。


「接続確認」彩静は冷静に応じると、低空ホバリングするヘリから飛び降り、数十メートルの高さにある起重機のジブの先端に軽やかに着地した。


彼女は素早く伏射の姿勢に入る。黒い袖套に包まれた細く長い指が、静かにスコープのカバーを開けた。


「こちら、青。狙撃ポイントに到着した」


その声は回線を通じて、苦戦を強いられていた警官たちの耳に届いた。混乱していた通信チャンネルが一瞬で静まり返る。この声が聞こえたということは、この膠着状態が力ずくでこじ開けられることを意味するからだ。


「視覚スキャン開始。零、ジャミング源をマーキングして。掃除を始めるわ」


海風が鼻を突く化学スモークを巻き上げる。冷たい風の中で、彩静の黒い袖套がその腕にぴたりと張り付いていた。彼女は下の混乱した叫びに惑わされることなく、全警員へ冷徹に言い放った。


「同僚の皆さんに告げる。こちらは青。現在の遮蔽位置を維持し、独断での突撃は控えて」


言い終えるや否や、彼女の指がトリガーにかかる。予備動作としての深呼吸さえなく、ただ静かにレティクルを三ミリ動かした。


――ドォン!


眩い火花が分厚い灰色の煙を切り裂き、弾丸はコンテナの陰に潜んでいたメデューサの先鋒を正確に撃ち抜いた。徹甲弾の前では敵の防護服など薄紙に等しく、その体は巨大な衝撃で数メートル弾き飛ばされた。


そこから、戦場は「青のリズム」へと塗り替えられた。重苦しい銃声が響くたび、スモークの中の脅威が一つずつ消し飛ばされていく。


彩静が次の自動防衛機銃を狙おうとした時、スコープの端に二つの見覚えのある影が映り込んだ。彼女は倍率を最大にし、混乱する火光の先を見据えた。


レンズの先には、小柄な体を躍動させ、右手で手際よくマガジンを替えながら左手で銃を構える影――極めて珍しい左利きの射撃フォーム。そしてその後ろに、プロの目にはいささか「不器用」に見えるが、無類に堅実な動きで続く大柄な影があった。


零の声が絶妙なタイミングで響く。『あの二人は君に憧れていてね。中距離戦闘に向いていると判断して、こちらに呼び寄せたんだ』


二人がフルフェイスのタクティカルヘルメットを被っていようとも、その動態とリズムを彩静は目を閉じていても見分けることができた。


「全く……じっとしてられないのね」彩静は独り言を漏らし、その口元にわずかな笑みが浮かんだ。彼女は即座に通信を切り替え、凜とのプライベート回線に繋ぐ。


「ねえ、九条。戦場に紛れ込んだなら、少しは手伝って」


無線から、驚きを含んだ凜の声が返る。「彩静? ちっ、バレたか」


「あなたの左前方三十メートルに負傷した警官が二人孤立してる。敵の制圧射撃が激しいわ。あなたと今田で救出して。あなたたちを狙う銃口は、全部私が片付ける」


彩静は指示を出すと同時に再び引き金を引き、手榴弾を投げようとしていた遠くの敵を仕留めた。


「ふん、言われなくても行くわよ。通行人先輩、遅れないで!」凜の昂揚した声。


「ちょっと! 九条、早すぎるって!」今田の慌てた声も続く。


彩静は視線を戻し、再び全域に集中した。別のボタンを押す。


「零、地上部隊を同期指揮して。前方の警員に伝えて。三秒後に安全ルートを作るから、私の援護に合わせて前進し、包囲網を縮小させて」


『了解、青。地上指揮権を同期。戦場をスキャン中』零の電子音に、稀に見る効率性が宿る。


東京湾の上空、あの冷静な少女は自らの銃で、決戦が本格化する前の完璧な戦場協奏曲を奏でていた。


「ドォン!――ドォン!――ドォン!」


雷鳴のような銃声が頭上を通り過ぎるたび、敵陣地で爆辞と悲鳴が上がる。コンテナの陰に潜む凜は、地面から伝わる微かな震動を感じていた。


「彩静の奴と付き合いは長いけど、何度見ても彼女がいる戦場は鳥肌が立つほど鮮やかだわ」凜は声を潜めて感嘆し、すぐに瞳を険しくして背後の男に合図を送った。「通行人先輩、ぼーっとしないで! あいつが敵の頭を抑え込んでるうちに、行くわよ!」


「お、おう!」今田は黒い銃を握り締め、大口径ライフルの余威に足がすくみそうになりながらも、凜の後ろにしっかりと続き、周囲の死角を警戒し続けた。


二人は閃光のごとく負傷者のもとへ突き進む。地上では零の正確な指示により、警官たちが一斉に制圧射撃を開始し、二人の救出活動に決定的な隙間を作り出していた。


高所の彩静は、二人が無事に負傷者と接触するのをスコープ越しに確認した。


「零、現場の脅威度は15%まで低下。当局に伝え、一般警員を順次撤退させて。ここは私たち執行官で処理する」彩静はそう言いながら、黒い袖套の指先で手際よく排莢、再装填を行う。


『油断しないよう勧告する、青』零の声が警告を発した。『熱源スキャンによれば、敵残党は依然として三十人を超えており、九条執行官のいるエリアへ急速に集結している。そこは埠頭の死角だ』


「分かってる」彩静のレティクルは常に凜の周囲に向けられていた。その声は氷のように冷たい。「私が見ているわ」


「早く! 彼を担いで!」凜が警官の肩を貸し、今田が後方を守りながらもう一人の負傷者を逃がす。


コンテナの角を曲がろうとしたその瞬間、積み上げられた空き箱からメデューサの実験体が突如として現れた。人外の速度で倒れ込みながら、自動小銃の銃口が火を噴く。


「危ない!」


今田は考えるよりも先に動いた。撤退のために少しぎこちなかったその動作が、この瞬間に驚異的な反射神経を見せる。彼は大きく一歩踏み出し、その広い背中で凜と負傷者を庇った。


――ビシュッ!


遮蔽を掠めた一弾が、今田の脇腹にあるプロテクターの隙間に正確に食い込み、鮮烈な赤を撒き散らした。


――ドォン!


高所の彩静は、銃声が響いたほぼ同じミリ秒に引き金を引いていた。不意打ちを仕掛けた敵は、悲鳴を上げる間もなくその頭部を粉砕された。


しかし、戦場はそこで静まり返った。


「今田……?」


凜の目の前で、男の体が微かに揺れ、右手が脇腹を押さえた。指の間から鮮血が溢れ出す。


普段は毒舌の凜だが、今、銃を握る手は微かに震えていた。その瞳からは鋭い刃のような光が消え、代わりに驚愕、怒り、そして信じがたいという激しい動揺が渦巻いた。


「ねえ……通行人先輩、死んでも私についてくるって言ったじゃない」凜の声が震える。直後、彼女は狂ったように背を向け、残敵に向かって連射した。


「彩静! 殺して! こいつらを一匹残らず殺し尽くして!!」


負傷した今田を後方の安全圏へ運び込み、救護班に引き渡した。今田の顔は蒼白だったが、それでも何かを掴もうと手を伸ばした。


「凜……行くな……」


しかし、彼が掴んだのは空気だけだった。凜は振り返りもせず、まだ晴れぬ硝煙の中へと身を投じた。


『九条執行官、任務は達成された。直ちに医療エリアに留まり、心理的な再調整を受けなさい』零の指令が冷たく響く。


「うるさい」


凜の声から感情が消えた。それは彼女が極度の高負荷状態に入った証拠だ。脳内から戦術も命令も消え去り、演算不要の弾道モデルだけが構築される。


彼女は怒り狂った幼獣のようだった。小柄な体躯を活かし、中距離のコンテナ迷路を跳ね、舞う。放たれる一発一発が、敵の頭部や関節に正確に突き刺さる。極限の射撃天賦の解放――そのリズムはもはや跳躍ではなく、狂暴な旋律だった。


狙撃手だけでなく、銃弾の雨の中で踊る死神に、メデューサの残党は恐怖した。


一方、高所の彩静は、機械のように正確だったその掌に、汗をかいていた。


今田が撃たれた瞬間、彩静の思考は空白になった。スコープ越しに見えたあの鮮烈な赤。脳裏に蘇る零の警告――「効率」を追求するあまり軽視してしまった変数。


(もし零の言うことを聞いていたら……もっと慎重になっていたら……)


プロの判断に対する疑念は、狙撃手にとって致命傷だ。眼下で孤軍奮闘し、殺戮に没入する凜を見て、罪悪感が毒針のように彩静の心に突き刺さった。


(私が、この結果を招いた)


「……ごめんなさい」誰もいないチャンネルに小さく謝罪を零し、その瞳の色が変わった。冷静から、極致まで抑え込まれた「決意」への転換。


「零、敵の位置報告はもういい。九条に銃口を向ける者は、すべて私の目で捉える」


姿勢を正し直す。黒い袖套の下の指は、力みすぎて関節が白く浮き出ていた。彼女はもう、スローテンポな掃除屋ではない。咆哮を上げる援護機械だった。


――ドォン! ドォン! ドォン!


銃声が密に、そして狂ったように重なる。彩静は凜の足跡を追うように引き金を引き続けた。凜が死角へ飛び込む寸前、彩静の弾丸が先回りして伏兵を八つ裂きにする。言葉を交わす必要すらない。RA-TIO時代から培われた絆が、血と火の中で極限の形を結んでいた。


「あんたたちの脳みそは……ネットワーク断線でもしてるわけ!」


凜はスライディングで敵の掃射を潜り抜け、左手の銀色の手銃を火を噴かせ、最後の敵を仕留めた。血溜まりと薬莢の中に立つ彼女の肩が激しく上下する。フルフェイスのヘルメットにより、その表情は窺い知れない。


戦場に沈黙が訪れた。遠くの火事の音と、凜の荒い呼吸、そして無線から聞こえる彩静の同じように乱れた息遣いだけが響く。


「凜……」彩静の声が震えていた。「……もういいわ、敵はもういない」


凜は銃を構えたまま動かなかったが、後方から救護班の「今田さんの意識ははっきりしています!」という叫び声が聞こえた瞬間、その肩から力が抜けた。彼女は糸が切れたようにその場に膝をついた。


起重機の上で、彩静は自分の人差し指がトリガーの反動で痺れていることに気づいた。眼下の小さな背中を見つめながら、彼女は悟っていた。戦いには勝ったが、自分たちの中の「完璧なチーム」には、あの一発の弾丸によって、容易には癒えない亀裂が入ってしまったのだと。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ