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ZERO-DELAY  作者: WE/9
死神の信物

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ラストダンス

「1ヶ月」という期限のカウントダウンは、ついに一桁に突入していた。


この数日間、ZERO-DELAYゼロ・ディレイの空気には奇妙なほど穏やかな温かさが漂っていた。ミナトは度を越した冗談を封印し、黙々と戦術推演の大半を引き受けた。アキラ零次レイジの体力を1ミリ単位で管理し、AIの「ゼロ」でさえ、摩耗しきったエンジンのような彼を1秒でも長く休ませるため、オフィスの照明を落としていた。


しかし、その平穏な静寂は今日、無惨にも引き裂かれた。


本部に赤い警報ランプが点滅する。これは演習ではない。


「メデューサ」が日本に対して大規模な浸透襲撃を開始した。彼らの戦略地図上では、それはおそらく試作的な「小規模な行動」に過ぎないのだろう。だが東京にとって、それは都市を麻痺させるに十分な、致命的な脅威だった。


「ターゲットロック。3つの部隊が外周を突破。5分後には市街地のトンネルへ侵入する見込み」


零の声は冷たく、切迫していた。


戦術ボードの前には、湊、暁、今田イマダ、そして目を覚ましたばかりのリンがすでにフル装備で立っていた。事前の合意通り、この戦闘の指揮は湊が執り、零次は後方で遠隔指導に専念するはずだった。


「先輩、ここは俺たちに任せてください」


湊はタクティカルヘッドセットを装着し、強い眼差しを向けた。


「あんたはそこで、俺たちが『目的地』に辿り着くのを見ていてくれ」


傍らの椅子に座る零次の顔色は、透き通るほどに蒼白だった。呼吸ひとつ取っても、どこか空気が漏れているような重苦しさがある。彼はボード上の密集する赤点を眺め、そして、悲しみを必死に隠して自分を守ろうとする後輩たちの姿を見つめた。


彼の脳裏に、静江シズエの顔がよぎった。オフィスで凛にチョコレートを食べさせた、あの午後の情景が浮かんだ。


自分の時計がもうすぐ止まることを、彼は知っていた。病室で心電図がゼロになるのを待つために最後のエネルギーを浪費するくらいなら、最後にもう一度だけ、狂ってみせるほうがいい。


「零、俺の出撃制限を解除しろ」


零次の声は微かだったが、抗いがたい威圧感を放っていた。


「執行官、それは医療プロトコルに反します……」


「命令だ」


零次はふらつく足取りで立ち上がり、支えようとする湊の手を拒んだ。彼はデジタル戦術ボードの前に歩み寄り、最高リスクかつ最重要の迎撃ポイントである「ターミネーション・ポイント(終結点)」を見つめた。


そこには、敵の自爆ドローンと主力部隊が集結する。誰かがそこで、自殺的な足止めを遂行しなければならない。


零次は震える指で、周囲の驚愕の視線を浴びながら、その実行者欄に自らのコードネームを迷わず打ち込んだ。


[SILENCE - REIJI]


「先輩! 正気か!」


湊は叫び、敬意も忘れて零次の襟を掴んだ。


「あそこは片道航路だ。入ったら二度と戻ってこれない!」


「湊」


零次は彼を見つめ、その口元に、極めて淡く、消え入りそうな微笑を浮かべた。


「機長の仕事は、乗客を無事に届けた後、一人で墜落の残骸を処理することだ」


彼は立ち尽くす凛と暁の方を振り返った。


「これが俺の最後の任務だ。誰もついてくるな。これは命令だ」


零次は少し色褪せているが、今もなおパリッと仕立てられた白のスーツを掴み、黒い列車へと続くトンネルへ大股で歩き出した。それは死神が地獄へと向かう歩みであり、英雄による最期の巡礼でもあった。


漆黒の列車が地下深くのトンネルを疾走し、獣の唸りのような振動を響かせる。


零次は空っぽの車両に一人座っていた。明滅するトンネルの光に照らされたその顔は、異常なまでに白い。その時、車内のモニターが突然点滅し、野球帽を被った10歳ほどの少年のホログラムが現れた。


ニューヨーク支部の最強AI、ハリー(Harry)だ。零による強力な接続によって、孤独であるはずの最終任務に、海を越えた最高峰の演算コアが加勢した。


「零次執行官。最後に会ったのはどっかの孤島だったっけ。『地獄で会おう』って約束したのに、一人で先に行こうなんてずるいじゃないか」


スピーカーから流れるハリーの声は幼い少年のものだが、そこにはいつもの茶目っ気はなく、胸を締め付けるような無力感と惜別の情が混じっていた。ハリーにとって、零次の常人離れした決断速度と脳の周波数は、唯一認めた「人間の相棒」だったのだ。


零次は冷たい背もたれに身を預けた。脳のオーバークロックによる負荷で、目尻からは一筋の血が滲んでいる。彼はハリーの映像を見つめ、微かな苦笑いを浮かべた。


「悪いな、ハリー。予定より早く着陸しなきゃならない航路もあるんだ……。地獄でいい席を確保しておいてやるよ」


彼は戦術リストバンドを締め直し、窓の外を飛ぶように過ぎ去る残像を見つめた。彼の命は秒刻みで燃え尽きようとしており、ハリーはその燃焼を正しく見届けられる唯一の存在だった。


「約束を守れよ、ハリー。お前のエリアを死守しろ。地獄の定員を増やすんじゃないぞ」


それは男とAIの間の誓約だった。零次が東京湾で脅威を終結させ、ハリーはその圧倒的な演算能力でメデューサのデータ流から世界中の防衛網を守る。零次の犠牲がシステム崩壊によって無意味にならないように。


「了解だよ、零次」


ハリーは帽子の庇を深く下げ、声のトーンを落とした。


「データリンク・ロック。僕たちの出番は3分後に始まる」


同時刻、ZERO-DELAY 東京本部。


湊と暁はスクリーンを凝視していた。零次を示す白い光点の隣に、黄金の王冠マークが表示された。ハリーが介入したことを示す最高権限の印だ。


「ハリーが手貸してんのか……」


湊はコントロールパネルを握りしめ、声を震わせた。


「あの二人……東京湾の全データフローを自分たちだけに引き込むつもりか?」


暁は「ターミネーション・ポイント」へと進む白い点を見つめ、赤くなった目から涙がこぼれるのを必死に堪えていた。ハリーの支援があれば、零次はこれからの3分間、真の「神」と化すだろう。だがそれは、彼の命の最後の輝きでもあった。


そして列車の中、凛は零次から渡された古い鍵を掌の中に強く握りしめていた。彼女はスクリーンを見つめ、イヤホンから流れてくる零次の、いつも通り穏やかな機長アナウンスを聞いていた。


「乗客の皆様、こちらは機長です……。本機はまもなく、最後の不安定な気流へと進入します。目的地は……すでに見えています」


列車が戦闘エリアに到着しようとしたその時、強烈な誘導磁界によって車内の電子機器が悲鳴を上げ始めた。


零次はゆっくりと立ち上がり、ボロボロになった白のスーツの襟を正した。モニターの中の少年を見つめ、その瞳に狂気と純粋さが入り混じった光を宿す。


「なあ、ハリー。どうせ死ぬんだ……いっそ、コネクト(接続)してみないか?」


零次は細い指を自分のこめかみに添え、挑発的な笑みを浮かべた。


「俺の脳の状態じゃ、5分も持たないだろうが……モニターの前の後輩たちを、腰抜かさせてやりたいんだ」


それはZERO-DELAYの歴史上、誰も試みたことのない禁忌――「AIと直結した状態での任務遂行」。零次の意識がデータ流へと直接ダイブし、その肉体でハリーの星々のごとき演算量を受け止めることを意味していた。


「君って人は、本当にいたずらっ子だね。いいよ、付き合うよ」


ハリーの声にも遊び心が混じる。ホログラムの少年は帽子の庇をさらに下げ、仮想キーボードを高速で叩き始めた。この「接続」はAIにとってはデータの狂宴だが、人間にとっては魂の燃焼に他ならない。


ハリーは即座に東京本部のAI「零」との最高権限チャンネルを開いた。


「ねえ、零。零次を一人で最高難易度の場所に放り込むから、そこにいた他のチームを撤収させて」


ハリーの口調は幼いが、有無を言わせぬ傲岸さを纏っていた。


「このステージ、彼一人で十分だよ」


「え? ハリー? ちょっと! 無茶苦茶よ! 零次の脳細胞が……」


スクリーンの向こうで「零」が反対の声を上げる間もなく、ハリーは茶目っ気たっぷりの笑顔を見せ、通信回線を遮断した。


「完了」ハリーは零次を見た。


列車のドアがゆっくりとスライドする。目の前には東京湾海底トンネルの入り口が広がり、そこから数千ものメデューサ特攻機がなだれ込もうとしていた。


零次は最後にもう一度愛銃を確認した。いつもは冷徹なその瞳の中で、今はデータ流によって点火された銀色の炎が揺らめいている。


「行こう」


彼は車外へと足を踏み出し、トンネルの深淵へと姿を消した。あとに残されたのは、人間と機械が共謀した「最後の幕引き」を見守る、ハリーの淡い光を放つスクリーンだけだった。



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