秒読みの指針
東京の雨の夜。空気中には、焼け焦げた電子回路と血の入り混じった刺すような臭いが漂っていた。
任務はたった今、終了を告げた。メドゥーサ外縁組織への急襲。戦闘は三分にも満たなかった。現場には意識を失った、あるいは息絶えた兵士たちが折り重なるように倒れ、ZERO-DELAYのメンバーたちが迅速に後始末を進めている。
ミナトは拳銃を収め、顔に付いた雨水を拭った。装備を点検している凛と今田を通り越し、彼の視線は瓦礫の真ん中に立つ**零次**に止まった。
零次は依然として直立していた。その白いスーツは薄暗い瓦礫の中でひどく目に付き、相変わらず塵一つ付いていない。しかし、ミナトは鋭く異変を察知した。
任務が終わってから、すでに丸五分が経過している。周囲には雨音以外に何の脅威もない。だが零次の身体は、いまだ極限の死線の縁に置かれているかのようだった。胸は激しく上下し、一つ一つの呼吸は古びたふいごを引くように重い。何もない前方を見つめるその瞳は針の先ほどに収縮し、狂気に近いほどの集中を湛えている。
あたかも、彼の中の戦場はまだ続き、敵が次から次へと現れ続けているかのように。
ミナトは微かに眉をひそめ、教え子たちの視線を避けるように音もなく零次の傍へ歩み寄った。彼は手を伸ばして叩いたりはしなかった。今の零次の反応速度がどれほど危険かを知っているからだ。
「おい、先輩」ミナトは声を抑え、二人だけに聞こえる周波数で語りかけた。「リズムが速すぎる。戦闘はとうに終わったんだ。あんたの『振り子』はまだ全速で揺れてるぞ」
ミナトは零次のこめかみを流れる汗を見た。その汗は、異様なほどの熱を帯びている。
「あんたの脳みそ、止まらなくなってるんじゃないか?」
零次はぎこちなく首を回した。彼の視線は一秒かけてようやく焦点を結び、目の前のミナトを捉えた。極限の周波数から強制的に着陸させられたような亀裂感が、その眼底に細かい血走りを浮かび上がらせる。
零次はすぐには答えなかった。彼は目を閉じ、湿った空気を深く吸い込むことで、神経を焼き切りそうな脳内の振動を抑え込もうとした。
やがて彼は目を開け、顔にはいつもの温度のない静寂を取り戻したが、声はひどく掠れていた。
「……本部に帰って話そう」
本部に到着し、黒い列車のエアバルブがゆっくりと開き、冷たい霧を放出した。
「師匠、一緒に甘いものでも食べに行きませんか? 渋谷の方に新しい店ができたって……」
凛はヘルメットを脱ぎながら、いくぶん期待を込めて零次の方へ歩み寄った。外では強がっていても、任務の後は無意識にこの白髪の男に寄り添おうとする。
零次は足を止めた。普段は剃刀のように鋭いその瞳は、今は底の見えない疲労に沈んでいる。彼は手を上げ、凛の頭を軽く叩いた。それは極めて珍しい親密な動作であり、凛の心臓を不意に跳ねさせた。
「凛、ありがとう。俺は神楽と野用がある」
零次の声は冷静だったが、いつものような金属がぶつかり合う質感が欠けていた。凛はエレベーターへ向かう二人の背中を見送り、「なんでまたあいつと……」と抗議しようとしたが、零次の微かに強張った肩を見て言葉を飲み込んだ。その瞳には、自分でも気づかない不安が滲んでいた。
屋上の風は強く、二人の衣の裾を激しくなびかせた。東京の夜景が足元に広がり、無数の基板で構成された発光する海のようだ。
ミナトは手すりに寄りかかり、煙草に火をつけた。依然として無意識に呼吸のリズムを微調整している零次を見つめ、単刀直入に切り出した。
「長期的な観察から言わせてもらえば、あんたの状況は悪化する一方だ。さっきの現場、あんたは息絶えた標的に対して追い打ちをかけようとした。零次、医者には診てもらったのか?」
「当然だ。任務に就いた初日からな」零次は遠い地平線を見つめ、他人の体のことを話すように淡々と言った。「だが俺の主治医は医学博士じゃない。コンピューターエンジニアだ」
零次はミナトの方を向き、極めて冷酷で正確な比喩を用いた。
「神楽。仮に、性能の極めて良い飛行機があるとする。設計寿命と燃料の備蓄は七十年間の航行に耐えうるもので、全ての部品は世界最高峰だ。完璧に聞こえるだろう?」
ミナトは何も言わず、ただ静かに聞いていた。
「だが、もしその飛行機が離陸した瞬間から、システムの再設定によって永遠に着陸できなくなったら?」
零次の瞳に自嘲の色がよぎる。
「永遠に超音速で巡航し続け、エンジンは常にレッドゾーン。脳――つまり中央演算装置は、毎秒数億もの戦略データを処理し続けなければならない。燃料が尽きて墜落することはない。燃料を使い果たす前に、部品の極限摩擦によって自ら燃え上がるからだ」
零次は自分のこめかみを指さした。
「機長は操縦席で先に力尽き、そしてこの飛行機は、最終的に守るべき街へと墜落する」
ミナトは長く煙を吐き出した。煙草の火が暗闇で点滅する。彼は理解した。零次の超高速反応と決断能力は、本質的に普通の人間の七十年分の「生理的帯域」を、わずか三十年という時間に圧縮して燃やしているのだ。彼の脳は休むことがない。たとえぼんやりしている時でも、その「エンジン」は空転し続けている。
「零次先輩」ミナトは正式な敬称を使い、声には気づかれないほどの苦悶を込めた。「この飛行機は……本当に修理する方法がないのか? せめて、着陸を試みることは?」
零次はゆっくりと首を振った。
「着陸する唯一の方法は、エンジンを停止させることだ」
彼は塵一つない自分の白いスーツを見下ろした。まるで、期限の記された借り物を見つめるかのように。
屋上の風はさらに冷たさを増し、零次の銀髪を揺らした。二人の間の空気は長く凍りつき、ミナトの指先を煙草の熱が焼いて初めて、彼は我に返って灰を振り落とした。
「あと、どのくらいだ?」ミナトの声は乾いていた。
「一ヶ月、というところか」零次は、それが寿命ではなく単なる任務の期限であるかのように事も無げに答えた。「運が良ければ、あるいはあまり脳を使わなければ、来月末までは持つかもしれない」
ミナトは弾かれたように顔を向け、複雑な視線でその男を見つめた。ZERO-DELAYにおいて零次は神のごとき存在であり、全員の盾だった。今、その盾が、壁はもうすぐ崩れると言っているのだ。
「なぜ……俺だけに話した?」
零次は微かに微笑んだ。その笑みには世の理を見通したような透明感があった。「暁は必ずお前に相談しに行くだろう。若い二人(今田と凛)には、耐えられないと思ってな。こういう重い話は、かつて壊れた男たちで処理しよう」
ミナトは初めて言葉を失った。彼はうつむき、冷たい手すりを掴む指が白くなるほど力を込めた。情報を消化しようと必死だった。あの戦場を稲妻のごとく駆け、白衣を汚さぬ死神が、ついに最後へのカウントダウンに入ったという情報を。
零次は遠くを見た。東京の灯火は相変わらず煌びやかだ。それは彼らが幾度となく命を賭して守ってきた繁栄だった。
「残念だよ……」零次の口調に、隠しきれない遺憾が滲む。「引退した後のこと……俺の分はもうなさそうだ」
その言葉を口にした瞬間、保たれていた冷静さに一筋の亀裂が入った。零次は深く息を吸い、目を閉じ、その掌を微かに震わせた。
「ミナト、わかるか? 俺はこの人生で幾度となく銃口に晒され、死地を潜り抜けてきた。だが、これほど何かに怯えたことはない」
零次の声は低く沈んでいた。「俺の火が消えた瞬間、この街が俺と一緒に墜落することを恐れている」
ミナトは心を落ち着かせ、零次の横顔を見上げた。彼はわかっていた。これは助けを求めているのではなく、遺言を託しているのだと。
「……なら」ミナトは掠れた声で言った。「この飛行機の機長として、あんたは最後の機内アナウンスをどう行うつもりだ?」
零次はしばらく考え込んだ。高速で回転し続ける彼のプロセッサーが、この瞬間だけは穏やかになったかのように、冷徹なデータを濾過し、純粋な執着だけを残した。
彼は再び目を開けた。眼底の血走りは引き、代わりに悲壮なまでの決意が宿っていた。
「最後にもう一度だけ」零次は遠くを見つめ、一文字ずつ刻むように言った。
「お前たちを、目的地まで送り届けてやろう」
その夜、零次は自分の部屋に戻ったが、すぐに横にはならなかった。彼は姿見の前に立ち、この白いスーツを丁寧にかき混ぜた。
このスーツは彼と共に数え切れないほどの生死を潜り抜けてきたが、彼の速すぎる反応速度ゆえに、敵の返り血を浴びたことは一度もない。彼は鏡の中の自分を見た。蒼白で、線が細く、それでいて恐ろしいほどに強い男。
彼は知っていた。このスーツが間もなく真の意義を迎えることを。――それは白鷺零次のものではなく、「継承者」のための信物となるのだ。
本部の廊下の灯りは冷たく、地面に長く伸びていた。
ミナトは糸の切れた人形のように、重い足取りで寄宿舎へ戻った。頭の中には屋上での「一ヶ月」という言葉と、零次の決然とした口調が反響し続けていた。死地を潜り抜けてきた指揮官である彼が、初めて足元のタイルが底のない深淵のように感じられた。
しかし、彼が自室の前に着いたとき、小柄な人影が道を塞いだ。
凛が腕を組み、冷たい壁に寄りかかっていた。淡い色のパーカーはいくぶん頼りなく見え、深く被った野球帽が顔の半分を隠している。だが、そこから放たれる怒りと焦燥は、廊下の空気を切り裂くほどに鋭かった。
「凛……なぜまだ寝ていない?」ミナトは足を止めた。自分の声が自分のものでないほど掠れている。
「ネット切断先輩!」
凛は弾かれたようにミナトの前に詰め寄った。彼女は見上げ、剃刀のような視線でミナトの充血した瞳を射抜いた。
「私の脳みそを飾り物だとでも思っているの? それとも、私の賢さは射撃の時だけだと思ってる?」
彼女はミナトの襟元を強く掴んだ。感情の高ぶりのせいか、声が微かに震えている。
「車の中にいた時から、あんたは死神みたいな顔をしてた。それに零次も……一人で全てを背負い込んで、私たちを部外者扱いするような顔。全部お見通しよ! 隠し事はなし! 何が起きたのか、さっさと話しなさい!」
ミナトは目の前の少女を見下ろした。彼女はまだ十七歳だ。本来なら京都の名門の家で平穏に暮らしているはずなのに、今は死臭の漂うこの組織で、優れた感性によって残酷な真実を捕らえようとしている。
彼は零次から託された言葉を思い出した。
「暁は必ずお前に相談しに行くだろう。若い二人には耐えられないと思ってな」
ミナトは凛の強情で、それでいて必死な瞳を見つめた。一瞬、真実をぶちまけてしまいそうな衝動に駆られた。だが彼は最後、凛の掴んでいた手をゆっくりと解き、視線を逸らした。
「……時が来れば、自然とわかることだ」
ミナトの口調は、残酷なまでに平坦だった。彼は凛を見ることなく、彼女の横を通り過ぎ、自室のドアを開けた。
「ミナト! このろくでなし! 戻ってきなさい!」
バタン!
重いドアが凛の目の前で閉ざされた。凛は閉ざされたドアを力いっぱい蹴りつけたが、返ってきたのはつま先の痛みと、廊下に虚しく響く音だけだった。
彼女はその場に立ち尽くし、両手を固く握りしめた。彼女は誰よりも知っている。「時が来ればわかる」という言葉の裏には、いつも自分には負いきれない代価が隠されていることを。




