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ZERO-DELAY  作者: WE/9
トレンド

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51/102

RA-TIO

【ZERO-DELAY 東京本部:戦略情報局】


それは極めて異常な朝だった。普段は弾道データや熱源感知図しか映し出さない中央メインスクリーンに、あろうことか YouTube の人気ショート動画が数本流れていたのだ。


「……世界が狂ったのか、それとも俺が狂ったのか?」


ミナトはトレードマークのカジュアルスーツに身を包み、雅痞がっぴな笑みの裏に珍しく困惑を滲ませていた。彼は隣に立つ司令と、画面の中の AI『ゼロ』に顔を向けた。


「近頃、世界中でランダム襲擊事件が増加し、大衆のパニックは臨界点に達しています」零の声は相変わらず冷静だ。「計算によれば、ZERO-DELAY の存在が社会に正式に露見するのはもはや時間の問題です。その日が来た時の暴動や、我々が『非人道的な武装組織』と見なされるのを避けるため、司令部は――『シャドウ・ライト計画(Project Shadow-light)』の始動を決定しました」


計画内容はシンプルだった。現在のネットトレンドを利用し、公式の安全知識チャンネルを開設すること。


ミナトがこの「芸能任務」を中核メンバーたちに伝えた瞬間、現場の空気は凍りついた。


「あんたたち、脳みそがネットから断線してんじゃないの?」


凛の第一反応は、タブレット端末を机に叩きつけることだった。鋭い眼光を放ち、帽子のつばを深く下げ、その小さな体から恐ろしい低気圧を漂わせる。「カメラの前で腰を振るバカみたいに愛想を振りまけって? そんなのやるくらいなら、メドゥーサで満杯のトンネルを三つ掃除しに行く方がマシよ」


『あ、あの……』画面の端で、大阪拠点からリモート参加していた彩静アオも顔を真っ赤にしていた。両手で長いポニーテールをいじりながら、おどおどと話す。『私……人と話すのもワンテンポ遅れるのに……カメラに映るなんて……無理です、そのままフリーズしちゃいます……』


「冗談を言っているんじゃないわ」アキラは腕を組み、険しい表情で凛を見つめた。アキラ自身は顔が割れすぎているためリスト外だが、事の重大さは理解していた。「これは布石よ。将来、私たちが銃を持って現場を制圧する姿を市民が見た時、少なくとも『あの避難術を教えてくれた人たちだ』と思わせるため。怪物の集団だと思われないためのね」


「それに、これは強制任務だよ」ミナトはニヤリと笑い、計画書に記された代号を指差した。「凛、君の名前は Rアール。彩静、君は 小Aエーちゃん だ」


「……私、シイタケは食べないから」凛が突然、脈絡のないことを口にした。


「は?」今田が呆気に取られる。


「言ったでしょ……もし弁当にシイタケが入ってたら、カメラを爆破してやるってことよ!」凛は苦虫を噛み潰したような顔で妥協したが、口調は相変わらず刺々しい。


「やった! そうと決まれば!」横でサポート役を務める今田が興奮気味に手を挙げた。「ここ数日、プロのカメラワークとライティングを研究してたんだ。Rちゃんとエーちゃんを最高にプロっぽく撮ってみせるよ!」


「通行人先輩。次その名前で呼んだら、あんたのスマホを鼻の穴に突っ込んでやるから」凛は冷たく今田を睨みつけたが、握りしめた拳は彼女の焦燥と不安を物語っていた。


【エレベーター生存戦、Action!】


(動画開始:アップテンポな電子BGMが流れ、幾何学的なグラフィックが重なる。最後に『RA-TIO:生存比率』のロゴが固定される)


カメラ: 模擬エレベーターホールの前。


R(凛): 肩の出た黒いテックウェア風のベストに、特注の黒いゴーグルを着用。黒のキャップを深く被っている。片手をポケットに入れ、態度は挑発的で苛立たしげだ。


小A(彩靜): Rの斜め後ろに立ち、オーバーサイズの白いパーカー姿。両手で指示棒をぎゅっと握りしめ、怯えた子ウサギのように縮こまっている。


R: 「どうも! 初めまして、Rアールちゃんよ。隣にいるテンポの遅いのは、助手の 小Aエーちゃん


小A: (カメラに向かってぎこちなく手を振り、声を震わせる)「は……はい! 小Aです……よろしくお願いします……」


(Rはあからさまに嫌そうな顔をしながらも合わせ、小Aは必死にリズムについていく)


二人: 「RA-TIO:生存比率へようこそ!」


【シーン:模擬エレベーター内】


R: 「いい、あんたたちみたいに普段スマホばっかり見てる連中。エレベーターは都市で最も狭く、最も危険な密閉空間よ。もしこの鉄の箱が暴走して落下したり、凶悪犯が乗り込んできたりしたら、あんたたちの生存率は10%以下ね」


小A: (小さな声で補足)「だ、だから……正しい姿勢を覚えることで……生存比率を高めることができます……」


R: 「小A、エレベーター故障時の対応をデモンストレーションしなさい!」


カメラ: 今田が担当するサイドからの特写に切り替わる。


小A: 「まずは……全部の階のボタンを素早く押します。そうすればエレベーターが……どこかの階で……止まってくれるかもしれません……」(正確だが、ゆっくりとした動作でボタンを一巡する)


R: 「遅すぎ! 押し終わる前に地獄まで真っ逆さまでしょ!」


(Rが猛スピードでフレームイン。残像が見えるほどの手捌きで、一瞬にしてボタンの壁をスキャンするように押し切る。整然としたビープ音が響く)


R: 「次に、衝撃を感じたら――」


(Rがいきなり手を伸ばし、小Aを「ドン!」とエレベーターの隅に押し付けた)


小A: 「ふぇっ!?(可愛い悲鳴)」


R: (カメラに向かって、冷淡だがプロフェッショナルな口調で)「背中と頭を壁に密着させて一直線にする。膝は軽く曲げる。これは衝撃を和らげるため。手が空いているなら首を守りなさい。小A、何を縮こまってるの。顔を上げなさい!」


小A: (顔をパーカーの中に埋め、こもった声で)「……Rちゃん……力強すぎ……肋骨が痛い……」


【動画エンディング:豆知識カードタイム】


R: 「最後に、エレベーターで不審な奴に会ったら、顔じゃなくて手を見なさい。もし手にシイタケを持ってたら……」


小A: (小声でツッコミ)「……それ、安全知識じゃないですよね?」


R: (無視)「あんたの命はないわ。今日の授業はここまで。これくらい覚えられないなら、私の視界から消えなさい! 高評価とチャンネル登録、しなさいよね。じゃないと次にエレベーターで事故った時、誰も助けてくれないわよ」


小A: 「み、皆さん……安全に帰ってくださいね……」


(画面がフェードアウトし、黒い列車がトンネルに入るシルエットアニメーションが流れる。ハリー特製のウォーターマーク入り)


「カット! 完璧だ! Rちゃん、最後の殺気立った締めはまさに神来の筆だよ!」


今田はモニターの後ろから興奮して飛び出し、熱狂的なファンさながらに猛烈な拍手を送った。


「……そのカメラを遠ざけろ、通行人先輩」凛は即座にゴーグルを剥ぎ取り、顔を土色にして瞳に怒りの炎を宿した。「二度とこんな恥ずかしいもの撮らないから! あの『Rちゃん』なんて吐き気のする呼び名、誰が考えたの? それに、なんで私がこのバカ猫(彩静を指差す)に合わせて生存比率なんて叫ばなきゃいけないわけ?」


「でもデータによると、こういうバイオレンス教官スタイルはネットで受けるらしいよ」ミナトがドアの横に寄りかかり、淹れたてのコーヒーを二つ手にしながら、ニヤニヤと凛に一つ差し出した。「彩静も良かったよ。あの緊張感が逆にリアリティを出してた」


床に座り込んだ彩静(小A)は、魂が抜けたような顔で爪先を見つめていた。サングラスが片方に傾き、口の中でブツブツと呟いている。「……壁ドンされるところが撮られた……日本中の人が、私が壁に押し付けられるところを見るんだ……もう大阪に帰れない……合わせる顔がない……」


「シャキッとしなさいよ!」凛は苛立たしげに彩静の靴の先を小突いた。「あんた、スナイパーでしょ。これくらいの修羅場で崩れてどうすんの?」


アキラは横で騒がしい連中を眺め、無意識に口角をわずかに上げた。


【ZERO-DELAY 東京本部:ポストプロダクション・スタジオ】


一本目の動画は、ハリーと零の共同編集によって正式にアップロードされた。二人の最高峰 AI は画質を整えるだけでなく、アルゴリズムを駆使して「社会不安を抱える層」へ優先的に動画を拡散させた。動画の説明欄には、ZERO-DELAY らしい冷徹な一言だけが添えられていた。


『もし生きているなら、高評価を。』


しかし、動画公開から一時間後。ハリーが突然凛の通信画面に現れた。少年の姿をした彼は、計画通りの笑みを浮かべていた。


『Rちゃん、データモデルによると、動画の維持率が最後の方で15%低下しました。原因は「教官が怖すぎて、視聴者が生命の危険を感じたから」です』ハリーはもっともらしくグラフを並べる。『チャンネルの長期的な発展のために、「甘いギャップ」のあるエンディングを撮ってファンを繋ぎ止める必要があります』


「失せろ」凛は拳銃のメンテナンスに没頭しており、顔すら上げない。


『これはスタック司令とミッチェル(Jr.)が共同署名した補充指令です』ハリーは最後通牒を突きつけた。『もし協力しないなら、来月の配給品のうち、すべてのスイーツをパサパサの干しシイタケに変更します』


ガシャン! 凛が手にしていたパーツを握り潰しそうになった。彼女は顔を上げ、殺意に満ちた瞳を向けたが、「スイーツ」と「シイタケ」の天秤に、17歳の天才狙撃手は完敗した。


「あの……凛、準備はいい?」今田はカメラを構え、手が震えていた。活火山のエッジに立たされ、いつ溶岩に飲み込まれてもおかしくない気分だった。


「……黙れ、通行人先輩」凛は少し柔らかい印象のピンクブラックのテックジャケットに着替えていた。彼女は目を閉じ、三回深呼吸をして、脳内で自己暗示をかけた。これはプリンのため、これはショートケーキのため、これはシイタケを絶滅させるため……。


「三、二、一……アクション!」


その瞬間、凛に何かの神秘的な力が取り憑いた。彼女は勢いよく顔を上げ、鋭かった瞳は瞬時に「100%アイドルモード」に切り替わった。口角は、見ている側の背筋が凍るほど甘く吊り上がっている。


R(凛): (カメラに向かって首を傾げ、頬の横で両手を広げて元気にポーズ)「それじゃあ! 今回の授業はここまでだよ! みんな、ちゃんと覚えられたかな? 私たちの動画が気に入ったら、絶対チャンネル登録と通知オンにしてね! ありがとう! チュッミ~☆」


「カットォォォ!!」


今田が絶叫し、そのまま膝から崩れ落ちた。今、自分は何を見たのか? 普段「視界から消えろ」と吐き捨てる毒舌教官が、今「チュッミ」と言ったのか?


カメラが止まった次の瞬間、凛の笑顔は霧散し、死人のような青白さに戻った。彼女はゆっくりと蹲り、両手で膝を抱えて帽子のつばを目元まで下げ、全身から「私を埋めてください」という絶望のオーラを放った。


「私……自分を殺した……」凛は放心状態で呟いた。「今の生物……絶対、私じゃない……」


『データが爆増しています!』スピーカーからハリーの興奮した声が響く。『Rちゃん、見てください! このエンディングを差し込んだ途端、シェア数が三倍になりました! コメント欄がお祭り騒ぎですよ!』


【コメント欄の実況】


• 「今のRちゃん!? 私、幻術にかかってる?」


• 「このギャップ……助けて、甘すぎて虫歯になった」


• 「最後の『チュッミ』を50回ループしてる。これ軍事級の誘敵術か何か?」


遠く大阪でスマホを見ていた**彩静(小A)**は、サングラスを落としそうになりながら、震える手で凛に電話をかけた。


「……凛、もし誘拐されて無理やりやらされてるなら瞬きして。あ……あんた、大丈夫?」


「……彩静、黙りなさい」凛はスマホに向かって悪鬼のような低い声を出した。「次の動画……あんたに猫耳つけてオープニングダンス踊らせるから。じゃないと大阪に行って、あんたの狙撃鏡を全部真っ黒に塗りつぶしてやる!!」



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