命令
『凛、敵の武装に注意して。』ハリーの切迫した声がイヤホンから響き、スキャンデータが流れ込んでくる。
『それは普通の刃じゃない。「高周波共鳴振動刃(HF共鳴ブレード)」だ。超高周波の分子摩擦によって物質を切断する。稼働時には微かな青いプラズマが発生し、極めて不安定な状態になる。共鳴点に一定の衝撃が加われば、電磁崩壊と物理的な爆発を引き起こす。』
「簡単に言えば、歩く火薬庫ってことでしょ?」
凛は静かに応じた。逃げる選択はせず、呼吸を殺し、湿ったコンクリートの上をリズム良く静かに踏みしめる。パン、パン。 彼女はわざと空中に二発放ち、すぐさま位置を変えて壁の影に身を隠した。
暗闇の中を潜行しながら、空気中に漂う微かな唸りを感じ取る。光学迷彩を纏ったメドゥーサの兵士たちは、密かに包囲しているつもりだろうが、凛はすでに「音のリズム」を通じて彼らの位置を特定していた。
廃棄された木箱が積み上げられた角に辿り着くと、凛の目が鋭く光る。左手で懐から重みのある物を取り出した。それは、先ほど買ったばかりのスイーツの箱だった。
「いいものを食べさせてあげるわ。」
彼女は勢いよく箱を宙に放り投げた。精巧なパッケージが微光の中で回転し、瞬時に闇に潜む捕食者を引き寄せる。メドゥーサの兵士の一人がそれを閃光弾か手榴弾だと誤認し、本能的に影から飛び出した。手にした振動刃が鋭い青い光を放ち、空中で箱を真っ二つに切り裂く!
今だ。
凛は遮蔽物から身を乗り出し、刃のように鋭い視線を向けた。指は安定した動作で引き金を引き、弾丸は箱を切り裂いた瞬間の振動刃の共鳴コアを正確に撃ち抜いた。
ドォォォン!!
巨大な電磁爆発が路地裏を席巻した。青白い火花が衝撃波と共に弾け、強烈な光が全員の網膜を一瞬で白く染める。凛に迷いはなかった。衝撃波を突き抜けて戦場の隅へと切り込み、爆発でふらつく兵士の後頭部へ一撃を叩き込んだ。
ハリーの計算では、この連鎖爆発で少なくとも四人の敵を巻き込むはずだったが、マンハッタンの古い建物の厚い壁と不規則な地形が衝撃の多くを吸収してしまった。
『報告。爆発により戦闘不能になった目標は三名。依然として二名が健在、二名が軽傷だ!』
「チッ……計画通りにはいかないわね。」
凛が一人を仕留めた直後、壁の影から二つの黒い影が飛び出してきた。動きは極めて速く、明らかに射手を仕留めるための近接エリートだ。凛は狭い空間で狂ったように引き金を引く。バン、バン! 至近距離からの射撃が二人の胸部を正確に貫いた。
しかし、残りの二人が彼女の回避ルートを完全に封鎖していた。
凛は腕でガードしようとしたが、敵の動きの方が一枚上手だった。一人が彼女の下半身にローキックを叩き込み、バランスを崩した瞬間に、もう一人が影のように肉薄し、重い拳を彼女の腹部に叩き込んだ。
「うっ……!」
強烈な衝撃で凛の意識が一瞬白くなり、胃からこみ上げる不快感に窒息しそうになる。彼女の華奢な体は糸の切れた凧のようにレンガの壁に叩きつけられ、地面にうずくまった。アサルトライフルが数歩先に転がる。
雨水と血の匂いが鼻腔に混じり、凛は必死に立ち上がろうとするが、重いタクティカルブーツが彼女の手首を無慈悲に踏みつけた。
「……くそっ」
そんな状態でも、彼女は歯を食いしばり、低く罵った。
暗闇の中で、二人の兵士が静かに振動刃を収めた。一人がイヤホンを押し、抑揚のない声で、まるで地獄からの宣告のように告げた。
「目標を確保した。回収シークエンスに移行する。」
冷たい風が二つの超高層ビルの間を狂ったように吹き抜け、耳を突くような鋭い音を立てる。
『……申し訳ありません。』イヤホン越しに、ハリーの声からいつもの軽快さが消え、機械的な重苦しさが漂う。
『九条執行官の戦術行動は失敗。バイタルは安定しているが、現在窮地に陥っている。青、ここを死守しつつ、いつでも撤退できるよう準備を。』
「りょ……了解。」
普段は静水のように落ち着いている青の声が、今は明らかに震えていた。彼女は狙撃スコープ越しに、路地裏で凛を示す熱源反応が闇の奥へと消えていくのを目の当たりにしていた。
「凛!くそっ……!」
今田はそのすべてを目撃し、脳内が怒りで満たされた。フェンスを乗り越え、なりふり構わず路地へ飛び込もうとする。しかし、冷たく細い手が猛烈な勢いで彼の襟首を掴み、力ずくで引き戻した。
ガキンッ!
ほぼ同時に火花が散り、重狙撃弾が今田のわずか十センチ先の壁を正確に撃ち抜いた。砕けたコンクリートの粉末が彼の顔に降りかかる。
『今田執行官、落ち着いてください!』ハリーの音量が跳ね上がる。『特級支援が急行中だ。行動論理の分析によれば、敵に殺害の意思はない。目的は「回収」だ。今飛び降りれば、君まで人質になるだけだ。』
「……放せ、青先輩!」今田が焦燥に駆られて振り返ると、息を呑んだ。
青の長い茶色のポニーテールが風に激しくなびき、彼女の頬を叩いている。表情は相変わらず硬く無表情だが、狙撃銃を握る両手は白くなるほど力が入っていた。
「行か……ないで。」青が低く、掠れた、しかし強い意志を込めて言った。
「前を……見て。」
彼女は再び右目をスコープに押し当てた。向かいの貯水タンクの影に、あの深い青色の髪をした少年が狙撃銃を構え、数百メートルの虚空を隔てて冷ややかに青を見つめ返していた。
少年は次の一撃を急がなかった。まるでこの猫鼠ゲームを楽しんでいるかのように、あるいは、青の体力と精神が崩壊する瞬間を待っているかのようだった。
「ハリー……風偏の計算を。」青は深く息を吸い、内面の震えを抑えようとした。
『風速5ノット、北北西の風。湿度が上昇中。』ハリーが迅速にデータを送る。『青、君のリズムが乱れている。落ち着け。相手は君の呼吸を誘導している。』
「わかってる。」
青は目を閉じ、先ほど少年が見せた冷笑を思い浮かべた。アキラに酷似していながら、破滅的な気配を纏ったその容姿が、鎖のように彼女の意識に絡みつく。
「私は……ZERO-DELAYの盾。」
彼女は静かに自己暗示をかけ、再び目を開いた時、瞳の奥に宿っていた内気な表情は消え、代わりに捨て身の鋭さが宿っていた。
ドォォン!!
再び鼓膜を震わせる狙撃音が響く。二つの火線がマンハッタンの夜空に交差した。
今の自分にできる唯一の援護は、この「梟」をここに釘付けにし、下の回収部隊への加勢を許さないことだと、青は確信していた。
「今田君……」青はボルトを引き、熱い薬莢を排出しながら、背後の青年に冷たく告げた。「私の背中の影を、見ていて。」
青の孤独な戦う背中を見て、今田はようやく正気を取り戻した。顔の冷や汗を拭い、防御の姿勢を整え、屋上の唯一の入り口を鋭い眼光で見据える。
「了解しました。背中は任せてください。先輩は、あのクソ野郎を仕留めることに集中を!」
黒いバンのエンジンが低く唸り、メドゥーサの兵士たちが意識の朦朧とした凛を乱暴に掴み、怪物の口のような車内へと押し込もうとしていた。
「回収開始。離脱ルートは——」
ドォォン!!
言葉が終わる前に、路地裏のゴミ箱や廃棄木箱が瞬時に爆発した。深海のように深いブルーの影が空から舞い降りる。ハリーの熱源スキャンに一連の残像だけを残すほどの超スピード。
アキラだった。
彼女の瞳には、普段ミナトに向けるような強気や甘えはなく、代わりに万年氷河のような冷徹さが宿っていた。手にはトレードマークの深紅のショットガン。月光の下、銃身が不気味な赤色に光る。
凛の爆弾で負傷し、立ち上がろうとしていた三名の兵士を前に、アキラは弾丸を浪費することさえしなかった。ショットガンを背中に回し、つま先で地面を蹴る。極限まで洗練された体術で敵陣に切り込んだ。
ドカッ、バキッ、ゴン!
立て続けに三つの鈍い音が響く。アキラの回し蹴りと肘打ちが敵の甲状軟骨や肋骨の間を正確に捉え、三人の兵士は悲鳴を上げる間もなく再び崩れ落ちた。
残された二人の兵士が異変に気づき、人質にしようと地面の凛に手を伸ばしたが、アキラの動きは彼らの思考よりも速かった。
「彼女に触れるな。」
アキラの声は、骨まで凍りつくほど冷たかった。狙いを定めるまでもなく、ショットガンを手の内で半回転させ、正確な二連射——
ドン!ドン!
血飛沫が湿った壁に飛び散る。二人の兵士は悲鳴を上げ、至近距離の衝撃で手首を粉砕され、振動刃が地面に滑り落ちた。劇痛で動きが乱れた一瞬を逃さず、アキラは踏み込み、膝を相手の顎に叩き込み、返す刀の重拳で最後の一人を完全に沈めた。
騒がしかった路地裏は、わずか十秒足らずで静寂に包まれた。
アキラはショットガンを収め、素早く駆け寄って隅に倒れていた凛を抱き起こした。
凛はようやく脳の震盪から回復し、見慣れた深い青色の髪と、厳しいが隠しきれない懸念を湛えた瞳を見つめた。張り詰めていた肩の力がようやく抜け、虚弱な微笑みを浮かべる。
「アキラ姉さん……ありがとう。」
ボロボロになり、痣だらけで手首を踏まれた凛の姿を見て、アキラは深くため息をついた。傷の状態を確認しながら、叱責の中にも慈しみを込めた口調で言った。
「一対八ね……九条凛、あんたって子は、私以上に無鉄砲なんだから。」
アキラの手の温もりを感じながら、凛は悔しそうに顔を背けた。
「私はただ……逃がしたくなかっただけ。」
「バカね。」アキラは軽く彼女の頭を叩き、イヤホンを繋いだ。「ハリー、こちらは制圧完了。屋上で震えてるガキ共を降ろしなさい。」
その時、ハリーの声が安堵を湛えて通信チャンネルに響いた。
『了解。アキラ執行官、戦場へようこそ。君の支援はまさに完璧なタイミングだったよ。』
屋上の対峙は依然として激しさを増していた。青の右目は狙撃鏡に吸い付くように固定され、過度の集中により網膜には血走った血管が浮かんでいた。対面の「梟」も一種のトランス状態に入っているようで、両者の弾丸が空中で幾度も火花を散らす。
『青執行官。データ分析によれば、敵の狙撃手は現在「遅滞戦術」に終始している。』ハリーの声が理性的で冷徹に響く。
『凛執行官は救出され、離脱ルートは完全に確保された。効率学的な観点から言えば、この対決を続ける必要はない。直ちに撤退を。それが最適解だ。』
しかし、普段は内気で控えめな青の表情に、今は偏執的なまでの強情さが滲み出ていた。彼女はハリーの言葉を無視し、黙々とボルトを引き、熱い薬莢を排出した。
「まだ……終わってない。」
彼女は確かめたかった。自分と肩を並べるほどの狙撃技術を持つあの少年が、一体何者なのかを。だが次の瞬間、彼女の狙撃鏡は下の通りを捉えた。
迎えの黒いバンの側で、アキラに支えられて車に乗り込む凛の姿が見えた。高倍率のレンズ越しに、凛の顔の痣、口端の血、そして力なく垂れ下がった左手。
青の心臓が激しく脈打った。自分を証明したいという功名心は、仲間の傷跡を前に瞬時に霧散した。
「ハリー……撤退する。」
青は低く呟いた。声は元の弱々しいものに戻っていた。彼女は最後に向かいの水タンクの影を一瞥し、もう引き金は引かなかった。バイポッドを畳み、今田と共に迅速にその場を離れた。
バンがマンハッタンの通りを疾走する。ミナトは片手でハンドルを握り、もう一方の手でコンソールを素早く操作していた。後部座席では、アキラが凛の応急処置を施している。
屋上から戻ったばかりの今田は、座席で丸まり、傷だらけで顔面蒼白な凛の姿を見て、瞬時に目頭を熱くした。
「凛……凛! なんて……なんて酷い怪我なんだ……」
今田の声は震え、両手は宙で所在なさげに動いている。今すぐにでもこの小さな後輩を抱きしめて安心させてやりたいが、凛の弱りながらも依然として鋭い視線を前に、差し出した手は十センチの距離で硬直してしまった。あまりにも不器用で、どうしていいか分からない様子だった。
凛は背もたれに寄りかかり、今にも泣き出しそうな大男を見つめ、腹部の激痛を堪えながら呆れたように目を剥いた。
「通行人先輩……何その顔? まだ死んでないわよ。」
凛は弱々しく突っ込んだ。声は枯れている。
「抱きたいなら抱けば……そこでタコみたいにウネウネ動いて。あんた、脳みそがオフラインなの……それとも小脳が萎縮した?」
「こ、怖がらせたり痛くしたりしちゃいけないと思ったんだよ!」
今田は赤面して突っ込み返し、涙を無理やり引っ込めたが、最後には勇気を振り絞って、凛の怪我をしていない方の右手をそっと握りしめた。
アキラは横でその様子を冷ややかに眺め、鼻で笑った。「口喧嘩する余裕があるなら、内臓は無事みたいね。」
車内の空気は、ハリーのからかいとミナトの微笑によって、次第に微妙なものへと変わっていった。今田は全身の血が顔に上るのを感じていた。口では抗議しているものの、凛の小さな手を握る力は緩めなかった。
凛の細く、微かに冷たい指先は、今田の大きくて汗ばんだ手のひらの中で、あまりにも脆く感じられた。戦場では冷酷なまでに引き金を引く十七歳の少女も、今は不思議なほど沈黙し、ただその不器用な温もりに包まれるままになっていた。彼女は帽子のつばを深く下げ、瞳に宿る稀な動揺を隠した。
『今田執行官の心拍数が毎分120回を突破。』ハリーが画面上でピンク色の警告灯を点滅させる。『これは軽度の戦闘負荷に相当する。医療チームに鎮静剤を要請するか?』
「ハリー! お前は黙ってろ!」
今田が崩壊寸前の叫びを上げ、後部座席のアキラが思わず短く噴き出した。
車両が本部に到着した。医務室の扉が開くと、プロのナースたちが迅速に引き継いだ。
「平気よ! さっき駐車場の入り口に置いたままの、限定ストロベリームースを取りに行かなきゃ……」
凛は地面に降りようと抗争する。甘いものへの最後の執着だ。
「九条執行官、現実を見てください。」一人のナースが問答無用で彼女をストレッチャーに押しつけた。
「腹部には広範囲の皮下出血、左手首は靭帯損傷です。今食べられるのは流動食だけ。スイーツ? 夢のまた夢ですね。」
「嫌! 放してよ! 限定版なのよ!」
凛の悲鳴は医務室の重い自動ドアの向こうへと消えていった。残された面々は顔を見合わせ、一晩中張り詰めていた神経をようやく緩めた。ミナトとアキラは肩を貸し合いながら休憩室へ向かい、青は黙って皆に別れを告げ、一人で自室へと戻った。
部屋に入ると、青はドアをロックした。一日中結んでいたポニーテールを解くと、茶色の長い髪が滝のように肩へとこぼれ落ちた。彼女は疲れ果ててベッドに倒れ込み、現場で拾った相手の狙撃弾の弾頭を見つめた。
弾頭は冷たく、そこには数字の「0」に似た極小の刻印があった。
「あの目……」
青は静かに呟いた。少年の顔がアキラと重なり、それでいてどこか壊れたような破滅的な気配を纏っていた。あれは人間の目ではない。殺戮のためだけに作られた精密機械の目だ。
一時間後、医務室の照明が柔らかな夜間モードに切り替わった。
凛は左手を包帯で固定し、ゆっくりとドアを押し開けて出てきた。皆すでに休んでいると思っていたが、廊下のベンチに見覚えのある人影が座っていた。今田はうつむき、両手を不安そうに握りしめ、明らかにここで長く待っていたようだった。
足音に気づいた今田が勢いよく顔を上げ、二人の視線が交差する。空気は瞬時にもどかしく、気恥ずかしいものになった。
「君……大丈夫?」今田はぎこちなく立ち上がり、手の置き所に困っている。
「スイーツを食べられなかったこと以外は、まあ大丈夫。」
凛はツンとした態度で顔を背けた。顔にはまだ絆創膏が貼ってあるが、表情はいくらか落ち着いている。
「あの……凛先輩。」
今田は深く息を吸い、何か重大な決意をしたかのように、凛の目を見つめた。その口調からはいつもの気弱さが消え、かつてないほどの強さが宿っていた。
「これからは、君の傍を離れろという命令は、無条件で拒否する。」
凛は絶句した。これが、いつも自分にこき使われ、事あるごとに助けを求めていた「通行人先輩」なのか?
「……はぁ?」
凛の頬が赤く染まり、彼女は背を向け、慌てた足取りで歩き出した。声は蚊の鳴くような小ささだった。
「命令違反よ、バカ。司令に知れたら、またお説教なんだから……」
「説教なら受けるよ。」今田は決然とした足取りで彼女を追いかけた。「どうせ僕の脳みそは、いつもオフラインなんだろ?」
「……通行人先輩、あんた本当にしつこい。」
医務室の外の廊下は静まり返り、足元のインジケーターだけが微かな青い光を放っている。二人の影が月光の下で長く伸びていた。
今田はその重い一言を口にした後、心臓が爆発しそうなほど激しく打ち鳴らされるのを感じていた。前を歩く、あの小さくてどこか危うい背中を見つめ、彼の中の衝動がついに長年の臆病さを凌駕した。
「あの……凛。」彼は初めて「先輩」も「執行官」も付けなかった。
凛は足を止め、振り返りはしなかった。ただ、帽子の影に隠れた耳の先が真っ赤に染まっている。「また何よ? 通行人先輩、今日のアナタ本当にウザいんだけど……」
「抱きしめても……いいかな?」
その言葉は風のように軽かったが、静まり返った廊下に巨大な波紋を広げた。
「はぁ?!」
凛は猛烈な勢いで振り返った。刃のように鋭い瞳が驚愕で見開かれ、混乱が渦巻く。「あんた、本当に脳みそがショートしたの!? 自分が何を言ってるのか分かって……」
彼女のマシンガンのような毒舌モードが全開になる前に、今田は一歩踏み出した。正面からその鋭い視線を受け止めるのではなく、彼女の斜め後ろへと回り込み、捨て身の不器用さで、背後からその華奢な体を強く抱きしめた。
それは、今田の21年の人生において、最も勇敢で、最も「通行人」ではない瞬間だった。
凛は固まった。突然捕まえられた子猫のように、全身の毛を逆立てている。彼女の性格なら、本来は一本背負いか肘打ちが飛ぶはずだった。だが、背後から伝わってくる激しく真実な鼓動、そして震えながらも離そうとしないその力を感じ、彼女の手はゆっくりと力なく垂れ下がった。
「……バカね。」
凛は小さく呟いた。そして、諦めたように深い溜息をつくと、全身の緊張が次第に解け、小さな頭をそっと今田の胸に預けた。
月光の下、いつも喧嘩ばかりしているバディは、ニューヨークの深夜に自分たちのリズムを見つけ出した。
長い廊下の角にある部屋のドアの隙間から、野次馬根性に満ちた二組の目が光っていた。
ミナトとアキラ。すでに「一線を越えた」安定した恋人同士である二人は、今、プライドを捨ててドアにへばりつき、ドアスコープ(覗き穴)を交代で覗き込みながらこの実況中継を観戦していた。
「おいおい、大変だ。小隊長が今田に抱きしめられてるぞ!」
ミナトは声を押し殺して驚嘆し、顔には典型的な遊び人風のニヤケ面を浮かべていた。彼は覗き穴の倍率を調整しながら、新大陸でも発見したかのように観察している。
「やっぱり今田の野郎は、拾われ損じゃなかったな。肝心なところでは根性あるじゃないか。」
「ミナト、静かに。ハリーに音声を拾われるわよ。」
アキラは注意しつつも、彼女も顔を近づけていた。深い青色の長い髪がミナトの頬を掠める。画面の中で、普段は誰に対しても冷たく毒舌な後輩が、あんなに柔和な表情を見せている。アキラの瞳にも、温かな光が宿っていた。
「でも……」アキラは画面を見つめながら、不意に少し不機嫌そうな、危険なシグナルを帯びた口調になった。「あんたが初めて私を抱きしめた時、あの子ほど不器用じゃなかったわよね?」
「それは当然。俺のリズム感は特級だからな。」ミナトは振り返り、薄暗い部屋の中でアキラの瞳を見つめ、微笑みを深めた。「でも、心臓がショートしそうなほど高鳴ったあの感覚は、今でも昨日のことみたいに覚えてるよ。」
アキラは顔を赤らめ、そっぽを向いたが、その心は甘い充足感で満たされていた。
『新しい感情データを記録中。』
ハリーのホログラムが、廊下の隅にある自動掃除ロボットのモニターにこっそりと映し出された。彼はこの若い男女を邪魔することなく見守っていた。
『人間の行動論理というものは、実に矛盾に満ちている。』
彼は黙ってこの映像を「人間性のパラドックス」という名のフォルダに暗号化して保存し、東京のサーバーへと接続した。
『零、見てるかい? 今田が玉の輿に乗る準備を始めたよ。』
遠く東京の零は数秒間沈黙し、その後、冷ややかなユーモアを湛えたコードを返した。
『明日からの訓練で、奴がまともに銃を握れることを願うよ。心拍数の上がりすぎでセンサーを焼き切らなければいいが。』




