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ZERO-DELAY  作者: WE/9
多忙な生活

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43/102

終わり

戦場の空気は息が詰まるほど重い。今田の消滅によって、かつての「干渉システム」は完全に崩壊した。残された二人は、もはや狩場に取り残された獲物に過ぎなかった。


「リーダー、後退を続けろ! アタシが餌になる!」


湊が咆哮し、もはや姿を隠すことなく、自殺行為とも言えるダッシュで零次のサイドから猛烈な点射を浴びせた。彼は賭けていた。零次が後退する凜よりも、自分への「脅威評価」を高く見積もることに。


一時的に、戦場には奇妙な均衡が生まれた。表でフェイントと断続的な射撃で生き延びる湊と、影で精密な牽制を続ける凜。


しかし、その均衡も白鷺 零次にとっては、処刑の時間を二分延ばしたに過ぎなかった。


「新しい手はないのか? お前らしくないな、湊」


零次はしばらくその場に留まっていたが、突如として弾けたバネのように動き出した。彼は湊の射線を無視し、凜のいる位置へと一直線に突っ込んだ。それは特級執行官の直感だ。「精密打撃」の根源を断てば、残された湊など恐るるに足りない。


「っ……来るわよ!」


凜は急速に迫る白い残像を視界に捉え、奥歯を噛み締めて遮蔽物を捨てて応戦せざるを得なかった。湊が後方から全力で援護に駆けつけたが、戦場が零次によって強引に「ゼロ距離格闘戦」へと引きずり込まれた時、悪夢が始まった。


――ガン! ギィィン!


戦闘は一方的な蹂躙へと変わった。零次の姿は二人の間をすり抜け、その格闘術は簡潔かつ残虐だった。湊は優れた適応力を持っていたが、純粋な肉体のぶつかり合いでは零次に遠く及ばない。そして凜は小柄な身体ゆえ、高強度の近接戦において体力と力の差が致命的に拡大した。


これこそが二人の死角だった。相手が絶対的な速度と力を持ち、狙撃手と指揮官を強引に接近戦へ引きずり込めば、すべての戦術は絵空事と化す。


激しい衝突の中、零次のサイドキックが湊を壁際に叩き伏せた。同時に右手の銃が滑らかに回転し、氷のような照準が体力を消耗しきった凜を捉えた。


その絶体絶命の瞬間、九條 凜は人生で最も狂気じみた決断を下した。


彼女は避けるのではなく、鋭い叫び声を上げて、自ら銃口に向かって突っ込んだのだ。155cmの小柄な身体が極限の柔軟性を発揮し、低重心のダイブと不規則なステップが、零次の精密なロックオン・システムに0.1秒の狂いを生じさせた。


「……!?」零次の眉が微かに動く。


だが、凜が突撃する直前、彼女の手から銃は既に瓦礫の山へと弾き飛ばされていた。今の彼女に残された唯一の武器は、自らの身体だけだ。彼女は屈しない小豹のように零次の懐へ激突し、その腕を死に物狂いで抱え込んで、後方の仲間に最後の一瞬を作り出した。


「どん亀先輩! 今よ!!」


壁際で倒れていた湊は、脇腹の激痛に耐えながら、最後の一丁であるグロックを両手で握りしめた。


これは凜が命を賭して作った、二度と訪れない好機だ。湊の視界の中で時間は静止し、零次の防御に初めて本物の空白が生まれた。


――バァン!


湊は引き金を引いた。彼の射撃腕は確かに一流だが、彼は「極限の才能」を持つ凜でも、未来を予読する零次でもなかった。


弾丸は逸れ、零次の頭上の壁に当たって土煙を上げた。


その0.1秒の電光石火の間、零次は「最強」の何たるかを見せつけた。腕を封じられた状態でありながら、凜の衝突の慣性を利用して彼女を振り払ったその刹那、既に左手には銃が握られていた。


――パァン! パァン!


二つの乾いた銃声が響いた。


一発目は、湊の眉心を撃ち抜いた。


二発目は、腕の中にいた凜の背中を撃ち抜いた。


デジタルの光が暗い廃墟で激しく炸裂し、やがて静寂へと帰した。


『システム警告:全員死亡。シミュレーション終了』


仮想空間の景色が潮のように引き、冷たく金属質な地下48階へと戻った。


湊と凜は床に座り込み、肩で息をしながら、冷や汗にまみれていた。本物の「死の感覚」に、心臓の鼓動がいつまでも収まらない。曉と今田も既に傍らに立ち、複雑な面持ちで中央を見つめていた。


白鷺 零次は優雅に二丁の拳銃を収め、汚れ一つない白いジャケットを再び羽織った。その顔は相変わらず冷淡だが、わずかに認めるような色が混じっていた。


「最後の一撃、悪くなかったぞ」零次は凜、そして湊を見た。「だが戦場に『あと一歩』はない。当たらなければ、死ぬのはお前たちだ」


シミュレーション空間のデジタル粒子が完全に消え、ラボの冷たい白光が視界を占拠する。空気にはまだ電子の焼けた臭いと、息詰まるような「死の余韻」が漂っていた。


湊は体裁も構わず大の字に床へ寝転び、胸を激しく上下させ、汗が髪から滴っていた。彼は横に立ち、一部始終を見守っていた新堂 曉を見上げた。


開幕早々に脱落した曉の身体には、埃一つついておらず、制服のシワすらない。彼女はただ静かに立ち、深藍色の瞳に複雑な光を宿らせていた。それは怒り、自責、そして「天井の戦い」への驚愕が入り混じったものだった。


湊は苦笑し、曉に向かって力なく首を振った。


「そんな目で見んなよ、曉……本当に、赤ん坊の時まで遡って力を使った気分だ。あの師匠ってのは、皮を被った怪物だよ」


曉は何も言わず、ただ拳を握りしめた。爪が掌に深く食い込む。彼女のような人間にとって、戦死するよりも早く退場することは、何よりも耐え難いことだった。


一方、凜は膝をついて荒い息を吐き、その小さな身体はまだ微かに震えていた。零次の懐に飛び込んだ瞬間、彼女は実力差の絶望を肌で感じたのだ。それは、どれほど弾道を演算し、どれほど能力を高めようとも越えられない物理的な壁だった。


「はぁ……はぁ……」


凜は俯き、表情を隠していた。いつものように毒舌を吐くことも、今田に当たることもなかった。彼女は黙って落ちていた黒いキャップを拾い上げ、乱暴に深く被り直すと、ナイフのように鋭く、だが少し潤んだ瞳を隠した。


そのまま彼女は一言も発さず背を向けると、廊下の奥にある射撃場へと走り去った。その背中は頑なで、そしてどこか儚かった。


湊は走り去る凜の背中を見送り、力なくため息をついた。上半身を起こし、大画面に残されたデータ分析――凜の最後の突撃の動態モデルを見つめる。


「あいつ……」


湊は凜の決死の一撃を思い出し、口角を少しだけ、愛おしさと切なさが混じった形に歪めて自嘲気味に呟いた。


「リーダー……お前のその157の知能も、結局155の身長からくるリーチの差は埋められなかったってわけか……」


その皮肉には、苦い響きが混じっていた。零次という絶対的な暴力の前では、天才の頭脳さえも時に無力だった。



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