エースとは何か?
【ZERO-DELAY東京本部・地下48階:データ化ホール】
冷徹な蒼い光が空間を流れ、最新のスキャン装置が巨大な発光するプリズムのように、演算コアの周囲にそびえ立っている。本部の設備刷新に伴い、この年一度の身体能力および素質検査は、すべての執行官にとっての重要行事となっていた。
「諸君、スキャン・カプセルへ入れ」
**零**の電子音声は、感情を排した絶対的な響きを帯びている。
「データは嘘をつかない。戦場において君たちが『狩人』なのか、それとも『獲物』なのかを突きつけるだろう」
五人は順に円柱状の装置へと足を踏み入れた。光の波が下から上へと全身をなぞり、神経接続、筋肉強度、そして言葉では言い表せない心理的レジリエンスのすべてが、跳ねる数字へと変換されていく。
数分後、巨大なホログラムスクリーンに五人の詳細な成績表が映し出された。上位三項目のデータは太字で強調されている。
• 神樂 湊
• 適応能力:S
• 情動知能(EQ):S
• リズム掌握:A+
• (零の備考:最も混乱した現場で微笑みを絶やさず、最適解を見つけ出す者)
• 新堂 曉
• 瞬発力:S
• 身体素質:A+
• 精神素質:A+
• (零の備考:極致の利刃。意志と肉体の同期率が完璧に近い)
• 白鷺 零次
• 射撃:SS
• 20項目中14項目がS
• 総合評価:測定不能
• (零の備考:組織の最終防衛線。現世を歩む死神)
• 九條 凜
• 知能:S
• 射撃:SS
• 速度:A+
• (零の備考:天賦の才を持つ毒舌家。脳の演算速度は人類の90%を凌駕する)
• 今田
• 各データ:C+ ~ B
• 総合評価:すべてにおいて平々凡々
• (零の備考:平凡ではあるが、異常なほど安定した平均値を持つ。それもある種の才能……だろう、おそらく)
それぞれの成績表を見つめるメンバーの雰囲気は様々だ。凜は不満げに唇を尖らせ、自分の速度データに納得がいかない様子を見せ、今田は肩を落としていた。この「怪物」たちの中で、彼のデータは戦場に迷い込んだ一般人のようだった。
その時、スクリーンの中心に零の仮想投影が現れ、語気が一変して厳かになった。
「データはあくまで基礎に過ぎない。新システムの『特級戦力』に対する上限記録を校正するため、私から一つ提案がある」
画面が切り替わり、数字で構成された無限の仮想戦闘空間が映し出された。
「白鷺 零次。シミュレーション空間に入り、制限なし、手加減なしの攻撃を行え」
零は残りの四人に顔を向け、電子の瞳に冷酷な光を宿らせた。
「湊、曉、凜、そして今田。君たち四人は『敵対勢力』として、連携して零次を阻止せよ。これは演習ではない。システムは最もリアルな死の痛みと恐怖を再現する。君たちが完全に『殺害』されるか……あるいは、零次の影に触れるまでな」
現場は一瞬にして静まり返った。凜は拳を握りしめ、曉と湊は視線を交わした。その瞳から余裕は消え失せ、代わりに「戦力の天井」に対する絶望的な圧迫感が宿った。
「全力の攻撃、か」
零次は淡々と言い放つと、白いスーツのジャケットを脱いで隣の今田へ無造作に放り投げ、中から現れた機能的なタクティカルベストを露わにした。その氷のように深い瞳に、初めて寒気のするような狂暴な戦意が宿る。
「なら、始めよう。一年半かけて面倒を見てきたお前たちが、どれほど成長したか見せてもらう」
【仮想戦闘:デジタル・ディストピア】
演算システム「零」が起動し、周囲の景色が瞬時に組み変わる。そこは月光に照らされた廃墟都市。崩れた壁と跳ねるデジタルコードが交錯し、息詰まるような電子的緊張感が漂っている。
戦場へ投入される直前の十秒間、四人は円陣を組み、湊が零次に対する「段階的リズム干渉戦術」を即座に決定した。
1. 遠距離突撃(凜): 射撃の天賦を活かし、数キロ先から絶え間ない火力圧制を行い、零次の移動速度を強制的に遅らせる。
2. 戦術指揮および干渉(湊): 中距離に位置し、地形と変化に富んだ射撃リズムで、零次の防御ルートを乱す。
3. 近接決戦(曉): 最終的な「切り札」として、湊と凜が作り出す死角を利用し、隙が生じた瞬間に爆発的な攻撃で一撃を加える。
4. 動態観測(今田): 最も安全な位置に留まり、零次の移動パターンを分析して三人にリアルタイム・データを提供する。
「作戦開始!」
白鷺 零次は廃墟の中央にある円形広場に一人立ち、両目を微かに閉じていた。まるで周囲の混乱から完全に切り離されているかのようだ。
――パァン!
鋭い銃声が幕を開けた。二キロ離れたビル屋上から凜が放った弾丸が、零次の耳元を正確にかすめる。零次は足元をわずかに動かし、幽霊のように身を翻すが、間髪入れずに放たれた二発目、三発目がすべての退路を封じた。
「アタシのリズムについてきなさいよ、白髪オヤジ!」凜がイヤホン越しに毒づく。
同時に、湊がサイドから姿を現した。いつもの不敵な笑みは消え、極限の集中が宿っている。彼の手にある二丁拳銃は、極めて不規則なリズムで点射を繰り返し、凜の狙撃とともに「遠近交錯」の火力網を形成した。
零次の動きは確実に鈍った。いつものように自由に歩くことはできず、姿勢を変え続けてこの二重の精密打撃を捌くしかない。
「今だ! 曉、行け!」湊が叫ぶ。
計画通りなら、今こそが零次の干渉が限界に達し、防御が最も薄くなった瞬間のはずだった。
曉の姿が深藍色の稲妻となって、零次の背後の崩れた壁から飛び出した。彼女の速度はS級の極致に達し、拳銃の火を吹く音と空気の摩擦音は、凜の狙撃音にほぼかき消されていた。完璧な奇襲、そして爆発力に満ちた動線。
しかし、曉が零次を強襲しようと身を乗り出した瞬間、それまで「受動的防御」に徹していたはずの零次の口角が、わずかに吊り上がった。
彼は振り返ることさえしなかった。
「リズム感は悪くないが……」零次の清冷な声が銃火を突き抜ける。「曉、お前の殺気は正直すぎる」
零次の右手は既に曉の突入地点を予読していた。手に持った特注の黒い拳銃は照準を合わせることさえせず、ただ無造作に後方へと引き金が引かれた。
――ドォォン!
その銃声は、凜と湊の全火力をかき消すほど重かった。
曉の両眸が大きく見開かれた。万分の一秒の間、彼女は弾丸が自分の銃を正確に貫通するのを見た。続いて放たれた二発目の弾丸が、胸のセンサーに直撃した。
『システム警告:執行官 新堂 曉、死亡判定。シミュレーションより脱落』
曉の姿が宙で無数のデジタル粒子となり、瞬時に霧散した。
「曉!?」
湊の瞳孔が激しく収縮した。精密な歯車のように機能していた戦術が、最強の核心を失ったことで、致命的な空洞を露呈した。
零次は彼らに哀悼の時間を与えなかった。氷のように冷たい瞳の中で、戦闘は「掃除フェーズ」に入ったばかりだ。
「注意を逸らすのは戦術だが、怒りにリズムを奪われるのは敗策だ」
零次の声は冷酷だった。手に持った黒い拳銃は腕と一体化しているかのようだ。曉が消滅してから0.5秒後、彼は身を躍らせ、銃口から三発の精密な点射を放った。二発が飛び出そうとした湊を退かせ、一発が遠方の凜の狙撃ポイントの縁を正確に射抜いた。
「チッ!」
凜は弾丸が跳ね上げた瓦礫に怯み、掩体壕へと引っ込んだ。遠近からの圧制リズムが完全に断ち切られた。
零次は二人のエリートを追撃せず、幽霊のように身を転じると、戦場の端で観測を担当していた今田をターゲットに定めた。
「最も弱い環こそが、突破口だ」
零次の速度は信じがたいほど速い。廃棄された変電箱の影に隠れていた今田は、背筋に走る悪寒を感じた。顔を上げた時、その白い影は既に数十メートルの距離を詰め、拳銃の照準は彼の眉間を捉えていた。
「た、助けてくれぇ――!」今田は悲鳴を上げながら、転がるように後退した。
「させるか!」
その絶体絶命の瞬間、湊がS級の適応能力を見せた。彼は遮蔽物を捨て、限界のスライディングで狭い路地へと突っ込み、二丁拳銃を連射して零次の動線を火力で強引に遮断した。
湊は今田の前に立ち塞がり、零次との至近距離での肉弾戦および銃撃戦を開始した。
――ガガッ! バァン!
五メートルに満たない狭い路地裏で、湊は「リズム掌握」を極限まで発揮した。壁の跳ね返りやフェイント、さらには小石を投げつけることで零次を撹乱しようとする。しかし、打ち合いが続くにつれ、湊の額からは冷や汗が滲み出た。
これが「戦力の上限」の真実の重みだ。
この純粋なタイマン勝負の中で、湊は曉のように正面から零次の攻勢を受け止める「力対力の解答」を欠いていることを痛感した。曉の不在は、零次という絶対的武力に対抗する唯一の手段を失ったことを意味していた。
零次は右手一本で湊のすべての近接攻撃を捌き、その動きは簡潔で力強く、無駄な揺らぎが一切ない。その一挙手一投足が湊の防御の死角を突いていた。
「リズムが早くなっているぞ、湊」零次は冷ややかに言った。「恐怖しているからだ」
零次の重い一撃が湊の脇腹にめり込み、彼をレンガ壁に叩きつけた。湊はデジタル血痕を吐き出し、零次の銃口が再び持ち上がるのを見た。
「リーダー! 援護しろ!」湊はイヤホン越しに咆哮し、腰を抜かした今田を掴み上げた。「退却だ! 逃げるぞ!」
遠くから凜が決死の覚悟で放った数発の圧制射撃に守られ、湊は今田を連れて壁を乗り越え、路地の闇の中へと姿を消した。
「くそっ!」
遠くの屋上で、凜が低く唸った。引き金を引く直前、零次は後ろに目がついているかのように振り返りもせず、適当に後方へブラインドショットを放った。弾丸は正確に狙撃スコープを貫通し、砕けるガラスの音がイヤホンを通じて凜の鼓膜を震わせた。
「狙撃手は沈黙」零次は淡々と判断を下した。
彼はもはや後方を顧みず、白い残像となって逃走する湊を追撃した。彼の精密な演算において、スコープを失った凜の脅威度は90%以上低下しており、体力を消耗した湊の先は行き止まりだった。
湊は閉ざされた袋小路へと逃げ込み、背中を鉄の扉に激しく打ち付けた。
「ここまでだ、湊」
零次がゆっくりと路地の入り口に現れた。月光を浴びた白い姿は冷酷で優雅だ。彼は銃口を上げ、照準を湊の眉間に固定した。「解決策を欠いたお前たちのリズムは既にバラバラだ。脱落しろ」
零次が引き金を引こうとした万分の一秒、変数が起きた。
――ズドォォン!!
左側のレンガ壁が何の前触れもなく爆破され、穴が空いた。一発の弾丸が空気を切り裂く咆哮を上げ、零次の銀髪をかすめて反対側の壁にめり込んだ。
この弾丸のタイミング、角度、そして狂暴なまでの殺気。零次の波立たない瞳が、初めて激しく揺れた。
彼が首を巡らせると、そこにはいつの間にか三十メートル足らずの距離まで接近していた九條 凜がいた。黒いキャップを深く被り、その瞳はナイフのように鋭い。彼女の手にあるのは重い狙撃銃ではなく、一丁の特製短銃だった。
同時に、遠くの屋上からも断続的に狙撃音が聞こえる。精度は低いが、牽制としての役割は果たしていた。
「……入れ替わりか」零次は瞬時に理解した。
狂気とも言える大胆な戦術だ。退却の混乱の中、煙幕と死角を利用して今田を屋上へ走らせ「壊れたスコープ」の狙撃銃を引き継がせ、戦力の要である凜を近中距離へと潜伏させていたのだ。
「零次師匠の目には、スコープを失った狙撃手はただのゴミに映る……だが忘れたのか? 凜はスコープがなくたって、直感だけで弾道モデルを構築する怪物なんだよ!」湊は壁に寄りかかって笑った。雅痞な微笑に狂気が混じる。「それに、あの『路人』の今田が撃つのと、スコープの壊れた銃を持つ凜とじゃ、精度なんて大して変わらねぇだろ!」
「あんたの脳みそ、アタシのリズムと断線してんじゃないの? ジジイ!」
――ババババン!
凜が猛烈な連射を開始した。彼女のS級の速度と射撃才能が、この近中距離でいかんなく発揮される。一発一発が零次の湊への接近ルートを正確に封鎖し、「戦力の天井」を路地口から強引に退かせた。
零次が初めて、連続したタクティカル・ロールによる回避を強いられた。
「今だ! 退け!」
湊はチャンスを逃さず跳ね起き、凜と合流した。局勢はリセットされた。最強の切り札である曉は失ったが、彼らは「影の交換」によって、最弱の駒を遠方の囮として残し、最強の殺し屋を零次の背後へと送り込むことに成功したのだ。
「面白い……」
零次は通りの中央に立ち、再び構えを整えた湊と凜、そして屋上で必死に引き金を引く今田を見つめた。
「それがお前たちの限界か?」
零次は淡々と言い放つと、右手で黒い拳銃を保持したまま、左手でゆっくりとスーツの内側から別の武器を抜いた。それは凜の愛用するものと同モデルの、冷たく銀色に輝く特製短銃だった。二丁拳銃を構えた零次から放たれる圧迫感は、瞬時に数倍へと膨れ上がった。
彼はもはや回避しなかった。自ら戦場の中央へと切り込んだのだ。その行動は戦術的に極めて傲慢であり、自らを遠・中・近の三方向からの挟撃に晒すことを意味する。だが、零次の目には、それは「掃除時間」を短縮するための必然的なルートに過ぎなかった。
「戦術の核心は変数にある。だが、変数を見破られれば、それはただの足掻きだ」
零次は高速の円周運動を開始した。湊の戦術ロジックは見破られていた。遠方で無秩序な干渉を行う今田、横移動と後退で距離を保ち精密射撃を行う凜、そして影から隙を伺う毒蛇のような湊。
――ババババン!
零次の銀色の拳銃は凜の後退ルートを正確に予読し、一発ごとに彼女の移動方向を強制的に変えさせた。同時に、右手の黒い拳銃が湊の突入動線を絶えず圧制する。
わずか十秒。別々の方向にいた三人は、零次の鋭く誘導的な攻勢によって、一つの場所へと「追い込まれて」しまった。零次の視界は完全に開け、湊と凜のスペースは極限まで圧縮された。かつての「相互援護」は、今や互いの足を引っ張り合う重荷へと変わった。
「凜! 散れ!」湊が異変に気づき、咆哮した。
零次の姿が突如として白い稲妻となり、凜の眼前へと迫った。銀色の拳銃の照準は既に凜の胸を捉えている。この距離では、どれほど天才的な直感を持つ凜であっても、必殺の一撃を避けることはできない。
「終わりだ」
凜が脱落を覚悟し、湊が背後から相打ち覚悟の特攻を仕掛けようとしたその瞬間、零次の身体が絶望的な戦術動作を見せた。
右手の銃口を凜に向けたまま、左手だけを振り返ることもなく真後ろへと向けたのだ。まるで脳内に全天周囲モニターを搭載しているかのような動きだった。
――ドォォン!
鈍い銃声。弾丸は、湊と再び「影の交換」を行おうと潜伏していた今田を正確に射抜いた。
「え……?」
今田は呆然と胸から溢れ出す赤いデジタル光を見つめた。悲鳴を上げる暇さえなく、彼の身体は無数の破片となって空気中に霧散した。
『システム警告:執行官 今田、死亡判定。シミュレーションより脱落』




