片付け
「クリーニング完了だ」
湊はライフルを収め、壁際で震えている少女たちを一瞥すると、倉庫の隅にある黒い物資箱を指差した。
「凜、曉。こんな場所で正装ってのも違和感があるが、下着姿で戦うよりはマシだ。三分で着替えろ、強行突破するぞ」
凜と曉は視線を交わすと、素早く遮蔽物の影に身を隠した。
わずか二分。凜は低く被った黒いキャップを整え、機能的なタクティカルパンツとジャケットに着替えた。曉もまた深藍色の制服に身を包み、長銃を背負い直すと、その瞳には絶対的な冷静さが戻っていた。
『諸君、支援部隊が外周に到着し、敵主力の退路を断った』
零の声に、再び完璧な掌握感が宿る。
『だが、二台の重装甲車が封鎖線を突破し、そちらへ向かっている。接触まで残り45秒だ』
「45秒……十分だな」
湊は廃墟の重い扉を押し開けた。外では夕陽が地平線に沈みかけている。彼は一本の煙草に火を点け(曉は眉をひそめたが)、軽薄な口調で凜を見た。
「小さなリーダー。あの鉄の缶詰、少し動きが早くて俺たちじゃ追いつけないんだが、どうする?」
「つべこべ言わないで、耳の穴かっぽじって聞いてなさいよ」
凜は深く息を吸い込んだ。彼女は遮蔽物を探すことなく、廃墟の最上部にある鉄骨の上に毅然と立った。風が彼女の髪を乱すが、帽子の影に隠れた双眸は驚くほど鋭く光っている。
凜の視界の中では、空気の湿度、風の偏り、そして二キロ先を走る装甲車の振動周波数が、瞬時に無数の金属色のラインとなって交差していく。彼女に演算システムは不要だ。彼女自身の「リズム感」こそが最高のレーダーなのだ。
――ドォォン!
第一射。特注の徹甲弾が空を切り裂き、一台目の装甲車の左前輪アクスルを正確に貫いた。制御を失った巨獣は路面で激しい火花を散らし、横転しながら岩壁へと激突した。
――ドォォン!
第二射。一台目が転倒した瞬間、凜は二台目のボンネットが跳ねた微かな隙間を捉えた。弾丸は鋼板を突き抜け、冷却システムと燃料管を直接誘爆させた。
「あんたたちの番よ、どん亀先輩!」凜は颯爽と銃を収め、キャップを深く被り直した。
【収穫と終焉】
装甲車が横転し、生き残った兵士たちが這い出してきた時、待ち構えていたのは既に肉薄していた湊と曉だった。
曉の長刀が夕陽の下で藍色の弧を描き、一振りごとに敵の武装を正確に断ち切る。湊は戦場を散歩するかのような足取りで、雅痞な微笑を浮かべながら、一発ごとに確実に脅威を消し去っていく。
「クリーニング……確かに完了だ」
最後の武装兵が二人の連携の前に倒れ、廃墟は再び死寂に包まれた。夕陽は完全に沈み、代わりに冷たい月光が辺りを照らし出す。
曉と凜は武器を収め、陰に隠れていた少女たちへゆっくりと視線を向けた。彼女たちの年齢は曉と同じくらいか、凜よりも幼い子さえいる。少女たちは互いに身を寄せ合い、恐怖と麻痺の混じった瞳でこちらを見ていた。
その光景に曉は刀の柄を強く握りしめた。細い指の関節が白くなるほどに。内側から湧き上がる怒りは、人間の命を「素材」として扱う行為への許しがたい嫌悪だった。凜はキャップを深く被り、その瞳に同病相憐れむような哀しみを宿らせた。
そこへ、トンネルの奥から重い足音が響いた。ZERO-DELAYの**掃除部門**だ。灰色の制服に呼吸器をつけた彼らは機械のように効率よく死体を運び、サンプルを採取し始めた。同行した医療チームが少女たちを優しく介抱し、保護していく。
「任務……終了だな」湊は長く煙を吐き出し、いつもの気怠そうな表情に戻った。
【歸路の列車にて】
帰還する列車が暗いトンネルを疾走する。
「ムカつく! 思い出すだけで腹が立つわ!」凜はシートに座り、ウェットティッシュで汚い守衛に触れられた腕を執拗に拭きながら、怒りをぶちまけた。
「何であたしみたいな射撃天才が、あんな脂ぎったデブのセクハラを受けなきゃいけないのよ! どん亀先輩、あんたの作戦は最低最悪よ!」
「悪い悪い、リーダー。今回は本当に苦労をかけたな」湊は降参するように両手を上げ、真摯な謝罪を口にした。「戻ったら、零次師匠に二倍のスイーツを用意させる。それで手を打ってくれないか?」
「三倍よ! それも一番高いやつ!」凜はフンと鼻を鳴らしたが、極限まで消耗した精神と体力のせいで、その声は次第に小さくなっていった。
やがて車内は静まり返った。今田はタブレットを抱えたままいびきをかき始め、凜も窓に頭を預けて深い眠りに落ちている。
湊は背もたれに寄りかかり、窓の外を流れる光を見つめていた。その瞳には疲労の色が滲んでいる。
「お疲れさん、曉」
「それはこちらのセリフよ」曉は湊の少しやつれた、だが相変わらず不敵な横顔を見つめ、語気を和らげた。「あんな無茶な計画を立てて、戦って、運んで……。あなただって疲れたでしょう」
湊が軽口で返そうとした瞬間、肩に重みを感じた。
曉が手を伸ばし、優しく、しかし拒絶を許さない力で湊の頭を抑え、自分の胸元へと寄りかからせた。深藍色の制服越しに、彼女の穏やかで力強い鼓動が伝わってくる。
「……曉?」湊は呆然とした。鼻先をくすぐるのは、血生臭い戦場とは無縁の、生活の匂いがする淡い香りだ。
「黙って、寝なさい」曉の声は非常に静かだが、特級執行官としての絶対的な威厳に満ちていた。
湊はその柔らかさと温もりを感じながら、無意識に口元を綻ばせ、ゆっくりと目を閉じた。この瞬間、組織のプロトコルも、N組織の陰謀も、すべてが鼓動の共鳴の中に消えていった。
それは、冷酷なZERO-DELAYの体制下で彼らに残された、唯一の「私心」だった。
【本部帰還:師匠の迎え】
自動ドアが微かな音を立て、疲れ切った四人が本部へと足を踏み入れた。迎えたのは冷たいタクティカルライトではなく、ロビーのソファ脇にある暖色のランプと、その下に座る雪のように白い人影だった。
**白鷺 零次**は、汚れ一つない白いスーツに身を包み、本を捲っていた。テーブルには銀座の限定スイーツの箱が並び、イチゴとクリームの甘い香りが漂っている。
「師匠!」
不機嫌そうに愚痴をこぼしていた凜の瞳が、零次を見た瞬間に輝いた。彼女は真っ先に駆け寄った。もし周囲に他人がいなければ、この強気な17歳の少女は、今すぐ子供のように師匠の胸に飛び込んで泣きじゃくっていただろう。
凜は埃のついたキャップをソファに放り出すと、項垂れて肩を震わせた。零次が本を置き、その白く細い指で凜の頭を優しく撫でる。怯えた子猫をあやすかのように。
「酷い目に遭ったな。さあ、食べなさい」零次の声は冷ややかだが、不思議な安らぎに満ちていた。
「……あんた、少しは良心があるのね」
凜は鼻をすすり、ソファの隅で行儀よく座ると、フォークを手に取ってケーキを頬張った。廃墟で受けた屈辱を甘さで上書きしようとするかのように。
零次は顔を上げ、並んで入ってきた湊と曉を眺めた。
「一年半か」零次は本を閉じ、微かな、だが確かな欣慰を込めて口角を上げた。
「世話を焼かれる側だった二人が、今では後輩を守り、誰かを世話する立場になったわけだ」
湊が笑って返そうとすると、零次は二人を見つめ直し、茶化すように続けた。
「それに、二人の雰囲気だが……死線を越えてきた執行官には見えないな。その呼吸とリズム感は、同僚というより、結婚して十年経った老夫婦のようだ」
「……老夫婦!?」曉の頬が瞬時に赤く染まる。「零次先輩、根拠のない冗談はやめてください。私たちはただ、戦術的に最適化された……」
「俺のリズムは、いつでも曉に合わせられるからな」湊は平然と笑い、テーブルのコーヒーを曉に手渡した。
最後に、零次は隅で縮こまっている今田に目を向けた。
「今田」
「は、はい! 先輩!」
「今回、敵の装甲システムをハックしたそうだな。よくやった」零次は頷き、プリンの箱を差し出した。「『拾われっ子』なんて言われることもあるだろうが、私の二番目の弟子として、その『普通』さこそが時に最大の安定感になる。休みなさい」
「ありがとうございます、先輩……!」今田は泣きそうになりながら、プリンを抱えて凜の向かいに座った。
ロビーにはスイーツの香りが広がり、硝煙の臭いを消し去っていく。凜は零次に舌を出しながらケーキを食べ、今田は隣で照れ笑いを浮かべ、湊と曉は微笑み合う。その短い静寂の中で、彼らは「家族」のような温もりを感じていた。




