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ZERO-DELAY  作者: WE/9
多忙な生活

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40/102

誘餌

早朝の陽光が東京の薄い霧を突き抜け、ZERO-DELAY総部の近未来的なメタリックテラスに降り注いでいた。


ここは地下道の機械的な轟音や監獄エリアの冷気から遠く離れ、ただ微風が吹き抜ける場所だ。**ミナトは、ネクタイを締めず襟元を少し開けた、カジュアルな黒いシャツに着替えていた。彼はトレードマークであるレモンティーの缶を二つ手に持ち、手すりに寄りかかるアキラ**へと歩み寄った。


「ほら、『特級執行官』限定の酸素補給だ」


湊はおどけて、冷えたアルミパックを曉の頬にぴたっと押し当てた。


「……幼稚ね」


曉は短くそう漏らしたが、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。彼女はレモンティーを受け取り、深藍色の長い髪を風になびかせた。


特級執行官になってからの数日、生活のリズムは劇的に変わった。組織のコア・プロトコルに従い、彼らは日常的なランダム襲撃の警報に即座に反応する必要はなくなった。街のゴミ掃除や小悪党の追跡は、今田のような下堅の隊員や自動クリーニング・ロボットに任されている。


今の彼らは、白鷺零次と同じく、組織の「最終手段」なのだ。局勢が制御不能に陥るか、あるいは外科手術のような精密な「終結点フィニッシュ・ポイント」が必要な時にのみ、この二振りの刃は鞘を払われる。


「いつでも出動できる状態でなくていい感覚、慣れたか?」


湊は手すりに寄りかかり、眼下の賑やかな東京の街並みを眺めながら、雅痞がぴな気怠さを漂わせた。


「俺は、耳元でゼロが『カウントダウン3秒』なんて叫ぶのを聞かなくて済む日々も、悪くないと思ってるけどな」


曉はレモンティーを一口飲み、遠くを見つめた。


「以前は、戦場が私のすべてだと思っていた。警報がなければ、自分が何のために生きているのかさえ分からなかった」


彼女は湊の方を向き、言葉を続けた。


「でも今は、この平凡な通りを眺めながら、つい考えてしまう……戦っていないとき、私たちは何をすべきなのか、と」


それは、ZERO-DELAYでは本来禁忌とされていた「未来への想像」だった。だが今、頂点に立つ戦力である彼らには、その平穏を享受する特権があった。


「何だっていいさ」


湊は微笑み、眼差しを和らげた。


「台北で違う飲み物を試すのもいいし、誰も知らない場所で店を開くのもいい。君が望むなら、俺のリズムはいつでも君に合わせるよ」


曉の頬が微かに赤らみ、何かを言いかけたその時、通信機から零の声が響いた。


『――お二人の休暇を邪魔して悪いが、可愛い後輩が支援を必要としているようだ』


【路地裏:天才の苛立ち】


繁忙な東京の街角、喧騒から切り離された狭い路地裏には、熱せられたアスファルトと電子ゴミの臭いが混じり合っていた。


**リン**はグラフィティの描かれたレンガ壁の後ろにしゃがみ込み、黒いキャップのひさしで顔を半分隠しながら、鋭い瞳で物流センターの側門を睨みつけていた。**今田イマダ**は反対側で所在なげにしゃがみ、戦術タブレットを握りしめている。モニターの監視画面は、もう三十分も静止したままだ。


「退屈すぎる……」


凜は不機嫌そうに呟き、爪先で地面の石を蹴った。


「こ、これも任務っすから……」


今田は額の汗を拭い、爆発寸前の天才射手をなだめようとした。


「標的は非常に慎重だ。零の計算によれば、物流のピーク時の隙を突いて手続きを切り替えるはずだ」


「ちっ、どん亀な連中は言い訳ばっかりね」


凜は真面目な顔の今田を振り返り、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ねえ今田、あんたみたいなパッとしないモブ男が、毎日あたしみたいな超絶美少女と『デート』できてるんだから、もっと光栄に思いなさいよ?」


凜はあざといアイドルポーズを決め、キャップの陰から狡猾な視線を送った。


「だ、誰がこんな場所でデートなんて……。デート未経験の僕でも、普通は遊園地とかに行くもんだって知ってますよ。誰が快送ボックスの山を見張らなきゃいけないんすか……」


今田は顔を真っ赤にして、慌ててタブレットに目を落とした。凜はその様子を見て鼻を鳴らし、少しだけ声を和らげた。


「そうね、確かに油臭い場所でロマンチックじゃないわ。……ねえ、今度休みができたら、東京のユニバーサル・スタジオにでも行きなさいよ。零次師匠も連れてね。あの人、暗い所にばっかりいるから髪が白を通り越して青白くなってるでしょ。日光浴させなきゃ」


「えっ? 零次先輩をUSJに!?」


今田の脳裏に、白いスーツを着て真顔でメリーゴーランドに乗る零次の姿が浮かび、思わず震え上がった。


「その光景、衝撃的すぎて……路上の人が『国際犯罪者の護送中』だって勘違いするんじゃ……」


「うるさい! 行くって言ったら行くの!」


凜は彼を睨みつけ、再びキャップを深く被り直した。


「……準備しなさい、反応があったわ。門が開く」


側門から重苦しい油圧音が響き、数人の男たちが黒い貨物箱を運び出してきた。


「今田、ナビシステムをハックしてあのトラックをオフラインにしなさい。運搬人はあたしが片付ける」


凜の瞳は一瞬で「少女」から「執行官」へと切り替わった。


「了解!」今田の手指がタブレットの上で電光石火のごとく動く。


同時に、屋上の湊と曉にも零からの信号が届いた。


「凜ちゃんの方が始まったみたいだな」湊はレモンティーを飲み干し、曉を振り返った。「『サプライズ・ゲスト』として行くか? それとも彼女の独奏ソロを見届けるか?」


曉は立ち上がり、遠くに見える微かな煙を見つめた。「特級執行官でも、たまには後輩の尻拭いが必要ね。行きましょう。彼女の『デート』を台無しにさせないように」


【急轉:張り巡らされた罠】


「待て、凜」


凜が壁を蹴って跳躍しようとした瞬間、イヤホンから零の無機質な警告が入った。


『私のシミュレーションによれば、この貨物とルートは三ヶ月前の失敗任務「09-A」と94.2%一致する。追えば87%の確率で伏兵に遭う。戦略を変更し、拠点を直接叩く』


凜は不満げに舌打ちしたが、零の計算結果への本能的な信頼から、強引に動きを止めた。


「ちっ……どん亀な連中、今回は運が良かったわね」彼女は銃を収め、今田を振り返った。「おいモブ男、ぼーっとしないで。黒い列車を呼びなさい。迂回ルートで行くわよ」


五分後、特勤列車が秘密軌道を疾走していた。車内には、湊と曉もすでに待機していた。


「お疲れさん、小さなリーダー」


湊は相変わらずの調子で、凜に清潔なタオルを差し出した。


「さっきは危うく罠に飛び込むところだったって? 零に命を救われたな」


「あたしの直感が『引け』って言っただけよ! 零はたまたま喋っただけ!」


凜は傲嬌ツンデレな態度で反論しながら、ふと表情を曇らせた。


「曉姉さん、どう思う? あの貨物の梱包……」


「N組織の初期の暗号化手段ね」曉はスキャン画像を見つめ、瞳を凍りつかせた。「特定の場所へ私たちを誘き寄せようとしている。なら、その意図に乗ってあげましょう。そこに何が隠されているのか、突き止めるために」


列車は深淵のようなトンネルを抜け、地図にない臨時拠点へとたどり着いた。


【地獄の光景】


ハッチが開くと、錆とカビの混じった冷気が流れ込んできた。


そこは枯草に覆われた廃墟だった。遠くに見える化学工場跡の断裂した鉄筋は、巨獣の残骸のように突き刺さり、夕陽がその影を不気味に長く伸ばしている。


「本当にクラシックな光景だな……」


湊が先に降り、皮肉めいた笑みを浮かべた。「悪党ってのは、ナビにも載らないような場所でパーティするのが好きらしい。凜ちゃん、USJデートはお預けだ。あそこにはジェットコースターはない。あるのは爆発寸前のガラクタだけだ」


「うるさい! 片付けるわよ!」


凜は黒い拳銃を握りしめ、戦闘態勢に入った。


「……待って。あの貨物は、伝統的な『貨物』じゃない」


曉が狙撃スコープの先で見た光景に、その瞳が怒りで震えた。


凜と同じくらいの、あるいはさらに幼い少女たちが、鉄檻へと粗暴に押し込まれていた。弱者への蹂躙が、彼女の防衛本能に火をつけた。


零の声が重く響く。


『諸君、状況が変わった。敵の武装兵力は予想を遥かに上回る。輸送列車のエンジン音も感知した。彼らは撤退を開始する。強行突破の勝率は15%以下だ。撤退を推奨する』


「……撤退?」曉は歯を食いしばり、指関節が白くなるほど拳を握った。「彼女たちを見捨てろと? 私にはできない」


「いや、策がある」


湊が零の声を遮った。その表情は、いつもの余裕を失い、冷徹な決意に満ちていた。


「今田、来い。二分で北西の巡邏兵を無力化する。血を流さず、警報も鳴らさずにな」


【極限の変装:獲物としての潜入】


二分後、湊と今田は守衛の黒い作戦服を奪い、ヘルメットで顔を隠した。


「凜、曉、ジャケットと帽子を脱げ」


湊は低声で命じ、地面の土を掴んで二人の顔や腕に塗りつけた。


「ちょっと! どん亀先輩、手が汚いんだけど!」


凜は小声で叫んだが、檻に入れられる少女たちの姿を見て、その怒りを飲み込んだ。


数分後、ZERO-DELAYの精鋭たちは姿を消し、代わりに二人の屈強な兵士が、捕らえた少女を一人ずつ引きずって歩く光景が現れた。曉と凜は薄い白のインナー姿のまま裸足で、髪を乱し、恐怖に震える犠牲者を演じた。


「頭を下げてろ、凜」


湊の声は、敵軍に疑われないための冷酷な「殺戮マシンの声」だった。


「……分かってるわよ」


凜の声は小さく、帽子のない顔は影に隠れていたが、その足指は冷たい地面を強く掴んでいた。


拠点深く進むにつれ、吐き気のするような腐敗臭が濃くなる。


「おい、この二人は上玉だな。三号収容区へ連れて行け」


軍官の卑俗な視線が曉と凜をなめる。湊と今田は沈黙を貫き、二人を引きずって奥へと進んだ。


収容区の角で、湊が曉の手のひらに素早く符号を記した。


――『三分後、全員配置完了』


【籠の中の屈辱:限界の忍耐】


曉は「質の高い素材」として別の部屋へ、凜はゴミのように埃まみれの鉄檻へと放り込まれた。


「へへ、このガキ、なかなかいいツラしてるじゃねえか」


三人の守衛が檻を叩き、不快な笑い声を上げた。凜は冷たい地面に座り、裸足は土に汚れ、キャップのないその幼くも強気な顔は昏い光に晒されていた。


「おい、ツラを拝ませろよ」


一人の男が凜の顎を強引に掴み、上を向かせた。凜の瞳には偽りの恐怖が浮かんでいたが、その奥底には極限まで抑圧された火光があった。


「おや、肌もすべすべじゃないか……」


別の男が卑猥な笑みを浮かべ、凜の剥き出しになった華奢な腕に手を伸ばした。粗い指先が、彼女の冷えた肌をねっとりと這い回る。


「やめて……」


凜の声は微かに震えていた。


「やめて? 命令してるのかい、お嬢ちゃん?」


男の手はさらに放縦になり、肩から薄い襟元へと指をかけた。「ここではお前に喋る権利なんてないんだよ、分かったか?」


汚らわしい手が触れるたび、凜は毒蛇に這われるような嫌悪感に全身を震わせた。


涙が零れそうになりながらも、彼女は手出しも口出しも、そして執行官としての殺気も見せるわけにはいかなかった。ただ奥歯を噛み締め、その執拗で汚らわしい蹂躙を耐え忍んだ。


『冷静に……九條凜……理性を保つのよ……』


その時、曉の列に順番が回ってきた。太った守衛のリーダーが、曉の白皙の頸筋に手を伸ばし、その髪を掴もうとした。


檻の側でも、男の手が凜の服の奥、その細い腰へと食い込み、少女の最奥の防線へと野蛮に伸びた。


「へへ、こいつはやっぱり極上だぜ……」


「――やって」


曉の氷のように冷徹な声が、死寂の廊下に炸裂した。


【00:00:節奏リズムの逆転】


その瞬間、項垂れていた曉の瞳に、特級執行官の絶対的な殺意が宿った。彼女は割いた裏地から、肉眼では捉えられない速度で隠し持っていた小型自動拳銃を引き抜いた。


――ドォォン!


精確な一発。守衛リーダーの眉間に血の花が咲き、巨体は悲鳴を上げる間もなく地面に崩れ落ちた。それが死神の宣告だった。


「このゴミクズ共……地獄へ落ちなさい!」


偽装を解いた湊と今田が突撃銃の火を噴く。溜め込んできた怒りが弾丸となって、無防備な守衛たちを次々となぎ倒していく。


【00:02:籠の中の死神】


凜に触れていた男が銃声に怯んだその一瞬。


凜が動いた。


虚ろだった瞳は死神のような鋭さを放ち、その華奢な腕を猛然と捻り、男の手首を制圧した。同時にもう一方の手で、男が「何も隠していない」と思い込んでいた背後の腰元から特注の黒い拳銃を引き抜いた。


「あんたの脳みそ……地獄とオフラインなの?」


凜の声は掠れ、凍りついていた。それは極限まで達した怒りの奔流だった。


――バン! バン! バン!


至近距離での三連射。男の胸を撃ち抜いた凜は、鍵を奪い、檻を蹴り開けて血の海へと踏み出した。


【戰術聯動:零延遲清理ゼロディレイ・クリーン


四人の連携は完璧だった。


曉は深藍の幻影のごとく敵の長刀を振るい、湊と今田は背中合わせで銃火の網を張る。そして凜は裸足のまま軽やかに舞い、自分を辱めた男たちを一人ずつ確実に仕留めていった。


「あたしの人間に触れた奴……一人も生かして帰さないわよ!」


わずか三分。淫らな喧騒に包まれていた取引所は、静寂の修羅場へと変わった。


【血色の匯合】


凜は死体の山の中に立ち、返り血を浴びた白いインナー姿で荒い息を吐いていた。


湊が歩み寄り、自分のジャケットを彼女の肩にかけ、予備のキャップをその頭に被せた。


「掃除完了だ」


湊の声は相変わらず優しかったが、隠しきれない殺気が滲んでいた。


「……遅すぎ」


凜は帽子の庇を下げ、瞳に溜まった涙を隠した。


「次あたしを囮にしたら、あんたたちのオフィス、マジで焼き払うから」



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