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ZERO-DELAY  作者: WE/9
新しい始まり

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31/102

台北は安全です

列車はトンネル内を疾走し、空気は息が詰まるほど重く沈んでいた。ミナトが通信周波数を調整し続けると、耳障りなノイズの向こうから、ようやく十七セブンティーンの再ログインする声が響いた。


『通信復旧。湊執行官、先ほど不明な高周波干渉を受け、システムを再起動しました』


「十七、すぐに台北本部の現況を報告しろ!」


湊は命令を下しながら、冷たく汗ばんだアキラの手を強く握りしめた。


『リアルタイム監視によれば、台北本部はすべて正常です』


十七の声は相変わらず不愛想で淡々としていた。


『林司令は現在コマンドセンターに。基地の物理防御層の整合性は100%です。先ほどの警告信号は新堂弦シンドウ・ゲンによる偽造データの疑いがあります。パニックにならないでください』


「すべて正常だと?」


ミンが眉をひそめ、手首の端末を高速で操作する。


「それが一番異常だ。僕の予備システムでは、外部警察との連絡通路は開いているが、対話ロジックが無限ループに陥っている」


湊は端末を見なかった。彼の視線はずっと、腕の中の曉に固定されていた。


曉は座席の隅で丸まり、深い藍色の長髪は汗に濡れて青白い頬に張り付いていた。瞳は固く閉じられ、呼吸は長い溺水に耐えているかのように荒い。


「曉……」


湊は彼女の髪に手を差し入れ、後頭部を優しく撫でながら、その戦慄を鎮めようとした。


曉が微かな寝言を漏らした。それは最凶の無差別襲撃者と対峙した時ですら見せたことのない恐怖だった。新堂弦の「パパは嬉しいよ」という言葉が、まるでウイルスのように彼女の精神防壁の中で増殖していた。


「十七」湊の声はシベリアの氷原のように冷え切っていた。「お前は正常だと言うが、この街は、このわずか十分間で死んでしまったような感覚がする」


湊は窓の外を見た。トンネル内ではあるが、かつてAIシステムと鉄道が繋いでいたあの微かな鼓動パルスが消え失せたのを感じ取っていた。


「明、星玲ホシレイ。銃を装填しろ。十七が報告した『正常』こそ、新堂弦が僕たちに見せようとしている『罠』かもしれない」


【幽霊基地:洗脳のノイズ】


湊の予感通り、黄色い列車が台北本部の秘密ホームへ滑り込んだ時、目に飛び込んできたのは混乱した戦場ではなかった。


ホームの照明は真昼のように明るく、清掃ロボットが規則正しく巡回している。


だが、ホームには一人の哨兵もいない。


隊員も一人もいない。


普段なら騒がしい補給ステーションさえ、自分の鼓動が聞こえるほど静まり返っていた。


列車のドアがゆっくりと開き、金属の摩擦音が死寂のホームに耳障りに響く。


四人はタクティカルフォーメーションを展開し、足音を極限まで殺した。湊は曉の傍らにぴたりと寄り添い、右手は常に銃のグリップから離さなかった。目の前の基地は光に満ちているが、身の毛もよだつような「清潔感」に包まれている。話し声も、足音も、サーバーの唸り声すら消えていた。


突然、**「パッ、パッ、パッ」**と、ホールの天井灯が遠くから順に消えていった。


一瞬にして基地は圧迫感のある薄暗闇に包まれ、非常用電源のどす黒い赤光だけが、四人の影を壁に長く歪ませた。


「すべて正常だと言ったでしょう。それほど信じられないの?」


林司令の、あの清廉で簡潔、そして威厳に満ちた声がスピーカーから響いた。少し苛立ったようなその口調は、まるで司令席に座って大騒ぎする部下を見下ろしているかのようだった。


星玲が首をすくめ、サブマシンガンを握る手を震わせた。「司令……林司令なの? みんなはどこ? どうして誰もいないの?」


「黙れ! 同僚たちはどこだ!」


湊は監視カメラに向かって怒鳴った。その瞳は刃のように鋭く、声は虚ろなホールに幾重にも反響した。「この声はおかしい……周波数は同じだが、語気の中に『生身の人間』の温度がない。明、これは合成音声だ!」


明が素早く端末を操作し、データが閃く。彼は顔を伏せ、湊に頷いた。


その時、スピーカーから耳を刺すような電子ノイズが流れた。安定していた合成音声が鋭い干渉音に取って代わられ、続いて、十七の声が響いた。それは普段の冷たいユーモアを含んだ声ではなく、録音機が壊れたような、抑揚のない機械的な反復だった。


「親愛なる市民の皆様、同僚の皆様、落ち着いてください。忘れないで。台北は安全です。当局がすべてを処理します」


「台北は安全です。当局がすべてを処理します」


このスローガンは無形のかせとなり、低周波の音波と共に基地内を循環し続けた。繰り返されるたびに曉の顔色は白くなり、彼女は苦痛に両耳を塞いで冷たい壁を滑り落ちた。


「台北は安全です。当局がすべてを処理します」


「台北は……安全……です」


最後の囁き。十七の声には、不気味なほどの空霊感が漂っていた。


「くそっ! 十七までコントロールされたのか!」


湊は歯噛みした。これは物理的な占領ではない。新堂弦は十七の権限を利用し、台北本部そのものを巨大な「洗脳装置」へと変えたのだ。街を守るはずのZERO-DELAYが、今やその守護者たちを精神的に催眠にかけていた。


「行くぞ! この放送を聞くな!」明が叫んだ。「星玲、イヤーマフを物理遮断モードに! 湊、機房に突入して十七の本体を強制オフラインにするぞ!」


無限に繰り返される「安全」の呪文の中、曉は顔を上げた。ゴーグルには幽霊基地の赤い光が反射し、彼女の唇が無意識に放送をなぞるように動いた。


「台北……は……安全……」


【最後の遺言:ハリーへの叫び】


機房内の空調システムは停止し、空気は熱を帯び、焦燥に満ちていた。無数のサーバーランプがエラーを示す赤光を点滅させ、死にゆく心臓のように最後の鼓動を刻んでいる。


「あそこだ!」星玲が中央のメインモニターを指差した。


モニターには複雑な戦術マップなどなく、ただ一つ、孤独なフォルダだけが表示されていた。そのファイル名は、胸を締め付けるほど短かった。


【ごめんなさい。最善を尽くしました】


明が深く息を吸い、震える指で実行キーを叩いた。プログレスバーが読み込まれ、四人のイヤホンにノイズ混じりの、しかし紛れもない真実の声が届いた。それは、先ほどの機械的な反復ではない、十七の真の声だった。


『これを聞いている時、台北本部のメインシステムは既に陥落しているはずです』


十七の声には、電子パルスでは隠しきれない疲弊が混じっていた。


『すべては十分前に起きました。新堂弦は「物理浸透」と「周波数ジャック」を利用しました。市街地で大規模な「無差別襲撃」を同時多発させ、市民に紛れていたNの構成員が一斉に出動。数千のS級アラートが私の処理センターを一瞬で麻痺させました』


モニターには凄惨な監視映像が流れた。煙を上げる街、叫ぶ群衆、そして混乱の中で街の各所へと分散派遣されていく隊員たちの後ろ姿。


『全隊員が出動し、基地の防衛が最低限になった時、Nの精鋭部隊が廃棄されたメンテナンスシャフトから本部に侵入しました。司令はデータ中枢を守るため、最後の衛兵を率いてホールで迎撃を……現在、司令の生死は不明です』


曉の爪が手のひらに深く食い込み、瞳が赤く充血した。


『ニューヨークとパリの本部には最高レベルの支援要請を送りましたが、到着には時間がかかります。この空白期間、本都市の戦術指揮権を「ゼロ」に譲渡します』


録音の最後、声はノイズに埋もれ始めた。意識が消滅し、データがウイルスに呑み込まれる最後の瞬間、十七は最後の予備電力を振り絞り、遥か彼方の大洋の向こうへ、わずか0.1秒の泣き声混じりの信号を投射した。


「ハリー……助けて」


機房は死のような静寂に包まれた。


「十七……」星玲が床に膝をつき、大粒の涙を冷たい床にこぼした。


「ハリーは、まだ眠っているんだったな?」


湊が顔を上げると、その瞳にはかつてない怒りの炎が燃えていた。彼は曉の肩に手を置き、彼女の震えを感じ取った。


「零、聞こえたか? 今からこの街は、お前のものだ」


イヤホンから、相変わらず冷めたユーモア、しかし幾分かの殺気を帯びた零の声が響いた。


「SEVENTEENか……お前もONEと同じ道を歩むのだな」


『了解。後始末は嫌いだが、あの「女子」の遺言だ。執行官諸君、準備しろ。新堂弦に教えてやる。「ゼロ・ディレイ(遅延ゼロ)」の復讐というものをな』


その時、機房の外の廊下から整然とした足音が聞こえてきた。ZERO-DELAYの隊員ではない。Nのマークをつけたマスクを被った暗殺部隊が、生存者の気配を察知したのだ。


【突囲:芝山の火の手】


足音と共に銃のボルトを引く乾いた音が響く。悲しみに浸る時間はない。


「零、遠隔暗号化リンクを起動。目標、東京本部・白鷺零次シラサギ・レイジの個人周波数」湊の声は恐ろしいほど冷静だった。「台北陥落の全データ、新堂弦の襲撃パターン、そして十七の最後のログをすべてパックして同期しろ。零次に伝えろ……台北には『天井(最強)』の援護が必要だ。今すぐに!」


『指令受諾。同期中――45%……70%……完了』


『湊、東京司令・神宮寺司もバックアップを受信しました。東京支部は最高警戒態勢に入り、「信鳩と番犬」への抹殺行動を阻止します』


「まだ足りない」湊はマガジンを叩き込み、別の指令を下した。「ニューヨークを繋げ。ミッチェル・ジュニア(Mitchell Jr.)だ」


零次の出獄を助けて以来、世界最強の計算能力を持つAI「ハリー(Harry)」は深い眠りについていた。通信が繋がり、亡き父ミッチェルに似た、しかし疲弊した表情のジュニアが現れた。


「わかっている。十七の最期の信号は届いた。ハリーの起動シークエンスは極めて複雑だ。大量の人的干渉による感情シミュレーションが必要になる……全力を尽くそう。それまで、生きていろ」


「行くぞ!」


湊の合図と共に、明が仕掛けた指向性爆薬が機房のドアを吹き飛ばした。


四人は深淵から飛び出した豹のように廊下へと躍り出た。明と星玲は台北支部の阿吽の呼吸を見せ、明が中長距離を精密に射抜き、星玲がサブマシンガンで猛烈な制圧射撃を浴びせる。硝煙の中に琥珀色の髪が舞った。


湊は黒い影となって、顔色の白い曉を護りながらエレベーターへと突き進んだ。彼の雅びな微笑は消え失せ、元エリート警察官としての異常なまでの戦闘効率がそれにとって代わっていた。


地上の隠し出口から台北の街へ飛び出した瞬間、四人はその光景に息を呑んだ。


「あれは……」星玲が震える指で北を指した。


台北のスカイライン、遠く芝山シザン駅の方向に、空を覆い尽くすほどの黒煙が上がっていた。火の手が夜空を不気味なオレンジ色に染め、爆発音が微かに届く。そこは士林シーリンの交通の要所であるだけでなく、ZERO-DELAYの重要な補給拠点の一つでもあった。


「新堂弦は本部を麻痺させるだけじゃない。この街に新しい秩序を築こうとしているんだ」


明が惨状を見つめ、眼鏡の奥の瞳を凍りつかせた。


曉は立ち上る煙を見つめ、空虚だった瞳に次第に焦点が戻ってきた。彼女は湊の手を強く握り、決死の覚悟を口にした。


「湊、芝山へ行きましょう。十七が言っていた、最後の手動端末がある。ハリーが降臨するなら、その膨大なデータ量を受け止める物理的なアクセスポイントが必要よ」


湊は彼女を見つめ、ようやく血の匂いのする笑みを浮かべた。


「いいだろう。君の親父さんがこの街を成人のお祝いにくれるって言うなら、そのプレゼント、バラバラに壊して返してやろうじゃないか」


そして、街のスピーカーはまだ流し続けていた。


「市民の皆様、落ち着いてください。当局がすべてを処理します。


台・北・は・安・全・で・す」



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