彼らに、危機が迫る
終戦後の機能維持室には殺菌剤や冷却剤が殺菌液とともに充填されていた。
作戦スーツが身体データを正確に捉えるため、任務が終わるたび、メンバーは真っ白な「体測カプセル」に入り物理校正を行わなければならない。それは、あの流線型の黒い装甲を脱ぎ捨てることを意味していた。
「神楽、あんたが先に入りなさい」
暁は更衣エリアの外に立ち、硬く防衛的な口調で言った。同じ部隊に身を置きながらも、彼女の強烈な性格は、異性のパートナーに対して常に高い壁を築かせていた。
「了解、了解。新堂先輩、他人のスキャンデータに覗き見する趣味はないからさ」
湊は肩をすくめ、雅痞な笑みを浮かべると、大人しくカプセルに入り目を閉じた。
三分後、湊は機能更新を終え、軽便なグレーのトレーニングウェア姿で出てきた。ちょうどその時、暁がコンソールで彼のファイルを作成しているのが見えた。湊がまだ着替え中だと思い込んでいた暁は、スクリーンを消していなかったのだ。
【執行官ファイル:新堂 暁】
• 生年月日:07/12 (19歳)
【執行官ファイル:神楽 湊】
• 生年月日:01/02 (20歳)
湊は一瞬呆気に取られたが、すぐに口角を上げ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。常に虚勢を張り、威厳を保とうとする暁の横顔を見つめ、彼は静かに口を開いた。
「へぇ……『新堂先輩』は、俺より一歳年下だったんだ? 七月生まれか。じゃあその年じゃ、初陣を祝う酒も飲めないな?」
暁の身体が凍りついた。尻尾を踏まれた猫のように猛然と振り向くと、顔を驚くべき速さで真っ赤に染め、耳まで血が上っている。
「ZERO-DELAYでは資歴がすべてよ! 私は八歳で部隊に拾われたの。引き金を引いた回数なら、あんたより一万倍は多いわ!」
「はいはい、おっしゃる通りです、暁ちゃん」
「その呼び方はやめろって言ってるでしょ!」
暁は逆上して湊を突き飛ばすと、着替えを抱えて体測カプセルへ飛び込んだ。扉が閉まる直前、彼女は湊を鋭く指差した。
「次は私の番よ。あんたは扉に背を向けて座りなさい! 手は膝の上! 絶対に振り返るんじゃないわよ! もし振り返ったら、ターゲットとして排除するから!」
カプセルの扉が閉まる気圧音を聞きながら、湊は仕方のないように首を振り、長椅子に座って大人しく背を向けた。
カプセル内からは微かなスキャン音と衣擦れの音が聞こえてくる。十分ほど経った頃、気圧バルブが再び「プシュー」と音を立てて開いた。
湊はちょうど右手の甲にある鉄道図を眺め、先程の戦闘におけるリズムの瑕疵を思考していた。開門の音を聞き、反射的に「終わったか?」と聞き返そうとして——あろうことか暁の警告を完全に忘れ、本能的に振り返ってしまった。
「先輩、さっきの動態神経データなんだけど……」
言葉が喉に詰まった。
カプセルから出てきたばかりの暁は、密閉された黒いタクティカルスーツを手に持ったままだった。全身の中で、重要な部位だけがその衣服で辛うじて隠されている。それ以外のすべてが、純白の冷光に照らされ、息を呑むような視覚的衝撃を放っていた。
湊の目には、普段ブーツに隠されているしなやかな脚、重装備を背負い続けたことで肩に残った淡い赤み、そして、徐々に紅潮していく暁の顔が焼き付いた。
時間が二秒ほど凍りついた。
暁の瞳が大きく見開かれ、紅潮していた顔が一気に爆発するように赤くなった。
「神楽……湊……」 彼女の声は、恐怖ではなく、極限の羞恥と怒りで震えていた。「貴様……死ねぇッ!」
「待て! 違うんだ! 今のは条件反射で……!」
暁が湊に「物理的排除」を食らわそうと飛びかかろうとした瞬間、基地中の照明が刺すような深紫色の警報灯へと切り替わった。
『コアアラート。コアアラート。』
ゼロの声はいつもの冷めたユーモアを失い、ビットの砕けるような切迫感を伴って維修室内に響き渡った。
『神楽さん、新堂さん。お二人の「思春期データ交流」を邪魔するのは心苦しいですが、台北からの周波数が……途絶えました。』
二人の争いはぴたりと止まった。暁は怒りで目尻を赤くしていたが、エージェントとしての本能が即座に戦闘モードへと切り替わる。彼女は素早く上着を羽織り、湊と視線を交わした。二人の間の私事は、突如として現れた危機感によって一瞬で塗り潰された。
「大ホールへ行くわよ」 暁は低い声で言った。その声にはまだ怒りが混じっていたが、それ以上に冷徹だった。「……後で覚えてなさいよ」
指令大ホールでは、巨大な環状スクリーンにアジア圏の衛星雲図が投影されていた。安定稼働を象徴する緑色のノードが次々と点滅し、最終的に台北の位置で不吉な暗紫色が爆発した。
湊と暁は大ホールの隅の影に立っていた。暁はすでに黒の戦術服に着替えていたが、顔の赤みはまだ完全に引いていない。彼女は腕を組み、画面を凝視していた。
「あれは……」 湊が低く呟く。
「セクション台北よ。」 暁の口調は冷徹さを取り戻していた。「彼らのシステムリズムが崩壊したわ」
ホール中央、ゼロのイメージはもはや軽薄な少年ではなく、無数の乱れたコードで構成された発光体となっていた。その前方では、二つの巨大なホログラムがゆっくりとせり上がっていた。
左側は東京支部の総司令。右側は濃緑色の作戦服に身を包んだ、鋭い眼光の中年女性——台北支部の最高指揮官だ。
「東京、こちらの状況は予想以上に悪いわ」 台北司令の背景には、鳴り止まない警報音が響いていた。
「『ONE』のファイアウォールが内部から強制解体された。相手はパスワードを解いているんじゃない、物理周波数を書き換えているのよ」
「これは単なる攻撃ではない。虐殺だ」 東京総司令が重々しく応じる。「システムを再起動しなければ、この周波数干渉はウイルスのように東京へ伝播する」
両司令が交信を続ける中、ゼロ(Ob)はすでにAI専用の秘匿チャンネルを繋いでいた。
耳を刺すようなビットの引き裂き音の後、濃い電子ノイズを帯びた声がホールに響いた。それは台北のAI——ONEだった。
『zero……へへ……あのコードを見たか? まるで……まるで詩のように狂っている……』 ONEの声は奇妙に震え、まるで酔っ払った電子の幽霊のようだった。
「ONE、論理的一貫性を保て。」 ゼロの声には、人間のような焦燥が混じっていた。「今、本部に再起動権限を申請している。お前の下層データベースに潜り込み、同期修復を行う」
『無駄だ……zero。奴らは掌握したんだ……「リズム」を。』
ONEは乾いた笑い声を上げた。その声は崩壊していくデータの羅列に聞こえた。
『これが最後のアドバイスだ……目の前の周波数を信じるな。私は……長い眠りに入る……。なあ、zero。次会ったら、またジョークを聞かせてくれ……』
通信スクリーンが明滅し、ONEのアイコンが完全に消灯した。
「ONE? ONE! 答えろ……くそッ!」
大ホールは死のような静寂に包まれた。
「ゼロ、判断を聞こう」 東京総司令が発光体へ向き直った。
「司令、ディープ・リブート(深度重啟)が必要です。」 ゼロの声は冷静さを取り戻したが、その静寂は湊に寒気を感じさせた。
「12時間、東京のシステムを離れます。6時間はファイアウォールのメンテナンス。残りの6時間で台北の残骸データに潜り込み、攻撃者の正体を探ります。その間、東京の戦術演算、列車運用はすべてマニュアル(手動)モードに降格します」
二人の司令は視線を交わした。これは豪賭だ。AIを失ったZERO-DELAYは、牙を抜かれた猛虎も同然だった。
「リブートを許可する。」 二人の司令は異口同音に告げた。
「神楽 湊、新堂 暁。」
シャットダウン直前、画面には再びあの少年が現れた。彼は影の中に立つ二人の方を向き、その瞳で湊を射抜いた。その視線は魂まで見透かすようだった。
「僕の周波数が消えた後、この街の鼓動は……君たちに託すよ。新堂さん、自重してくださいね」
重苦しいシステム提示音と共に、大ホールの全ホログラムが一斉に暗転し、微弱な赤い予備電源だけが明滅を始めた。
湊は右手の甲にある鉄道図に激しい痛みを覚えた。流れていた光点が停滞する。暁の方を見ると、彼女の赤い戦術バーも消灯していた。
「これからの12時間、自分たちの力だけでやるわよ」 暁は短刀を握りしめ、闇の中でその声は一層クリアに響いた。
湊は誰もいない指揮台を見つめ、左腕にあるグレーの「0」を指先でなぞった。街の平穏な呼吸が、AIの眠りによって急激に乱れ始めているのを感じる。
「構わないさ。」 湊は微笑んだ。闇の中で、彼の瞳は不穏な緑の光を放っていた。
「冷え切ったデータより、こういう……制御不能なリズムの方が好みだ」
「浮き足立つな、ガキ共。貴様らを危険にさらすつもりはない。ゼロが戻るまで、出動を許可するのはエリート特工のみだ!」 司令が本部に激しい口調で命じた。
「どうやら俺たちの出番はなさそうだな」 湊は首を振った。
本部のセンターホールは、今や恐ろしいほど静まり返っていた。ゼロのメインコアが台北のデータ海で死闘を繰り広げているため、東京支部の演算機能はほぼ壊滅状態にある。
湊と暁は二階の維修回廊に立っていた。階下のプロジェクターは予備電力で細々と動いており、地標「大黒埠頭」のコンテナエリアで白鷺零次を示す白い点が点滅していた。そして彼を取り囲む犯罪者の紫色の点が、三方から尋常ならざる速さで収束していく。
「あいつ、持たないぞ。」 湊は画面を見つめ、手すりを叩くリズムを速めた。「死角を警告するAIなしじゃ、零次さんの攻撃リズムはこの物量に押し潰される」
暁は何も言わなかったが、手すりを握る拳は白く強張っていた。
「行くわよ。」 彼女は突如として身を翻し、断固とした声で言った。
「どこへ? 出動権限は司令にロックされてる。列車すら動かせないぞ」 湊が後を追う。
「方法はあるわ」
暁は湊を連れて迷路のような旧整備エリアを抜け、廃棄同然の旧型パーツが積まれた屋根裏の倉庫へと辿り着いた。そこには埃を被った、十数年前のものと思われる旧型端末があった。
暁は首元のペンダントから、古めかしいシリアル番号の刻まれた小さなチップを取り出した。彼女の瞳に一瞬だけ優しい光が宿り、チップを読み取りスロットに差し込んだ。
「それは……?」 湊が訝しげに尋ねる。
「私の誕生日プレゼントよ」 暁は低く答え、湊にも理解できない下層コマンドを素早く打ち込んだ。
(ブゥゥン——)
老朽化したスクリーンが柔らかな薄緑色の光を放った。次いで、七、八歳ほどの、旧型の警察マントを羽織った仮想の少年が現れた。彼は目をこすり、あくびをしながら現れた。
『ふわぁ……暁?』 少年の声は澄んでいるが、どこか狡猾さを孕んでいた。
『このチップ、とっくに焼却炉行きだと思ってたよ。どうしたの? 僕がいないと地図も読めないことにようやく気付いた?』
湊は目を見開いた。「これ……これもゼロなのか?」
『「ちびゼロ」って呼んでよ、新人さん。』 少年は湊を振り返り、老成した口調で言った。
『演算能力はメインコアの5%しかないけど、ゴースト・ジョークのストックは200%あるからね。』
暁は顔を赤くし、居心地悪そうに言った。
「ゼロ、無駄口はいいわ。零次が埠頭で包囲されてる。司令の監視を避けて、黒い列車の予備マニュアル軌道を開けて」
少年は小さなポケットに手を突っ込み、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
『へぇ? 暁、子供の頃に僕があげたプレゼントを利用するわけ? 誰かさんは十歳の時、モニターを抱きしめて「君が一番の親友だ」なんて言ってたのに。大きくなって、綺麗になったら、僕を開門ツール扱いするの?』
「黙りなさい!」 暁は猛烈にデスクを叩き、赤面して叫んだ。「直ちに命令を実行して!」
『はいはい。僕こそが君の「守護霊」だからね。』
少年が指を鳴らすと、スクリーンに隠された軌道地図が現れた。
『黒い列車04号、発車状態に移行。司令がまずいエスプレッソを飲んでるうちに、さっさと行きなよ。』
「助かったわ」 暁はチップを抜き取り、背を向けた。
湊は去り際に、スクリーンの少年へ手を振った。
「坊主、サンキュな」
『ねえ、緑の君。』 少年は湊を呼び止め、その瞳が一瞬だけ真剣なものに変わった。
『暁はひどく意固地な子なんだ。彼女のリズム感は一本の直線。もしその線が切れたら、君の緑の光で繋ぎ止めてやって。』
「……分かってるよ」 湊は雅痞な表情を消し、厳かに頷いた。
二人は閣楼の闇に消え、秘密のプラットフォームへと駆けた。この任務が発覚すれば、待っているのは組織の最も厳重な処罰だ。だが、右腕で再び微かに灯った環状鉄道の光点を見つめ、湊と暁の鼓動は、初めて一つに重なった。
雨は激しさを増し、塩辛い海水と血の匂いを寒風の中に撒き散らしていた。
白鷺零次はコンテナの山の上に立っていた。純白の流線型スーツは赤く染まり、足元では無数の武装集団がコンテナの影から這い出している。AIのナビゲートを失った戦場は、一方的な消耗戦と化していた。
「……チッ。」 零次は戦術短刀に付着した血を無造作に払った。
敵の重火器がコンテナの頂上へ一斉射撃を仕掛けようとしたその時、背後の闇から亡霊のような声が響いた。
「おい、そこでカッコつけてる場合かよ、白鷺先輩!」
(銃声:ドォン!)
プラズマ・パルス・グリーンの弾道が、重機関銃手の肩を正確に射抜いた。
湊と暁が、遠くのコンテナから飛び降りてくる。
援軍を認め、零次も体力を温存することをやめた。彼の姿がコンテナ間を閃光のように駆け抜ける。彼は近接戦のマスターであるだけでなく、全方位型の殺戮マシンだった。
手には極めて流麗なラインを持つ白い戦術小銃。高速移動しながら放たれる銃火のリズムは、精密時計のように一定で、すべての弾丸が敵の眉間を捉えていく。
敵が重装甲車で防衛線を築こうとすると、零次は冷静にクレーンの頂上へ跳躍し、背中から純白の重量狙撃銃を引き抜いた。
「静かにしてくれ」
(銃声:ドォン!)
穿甲弾が雨幕を切り裂き、二百メートル先の装甲車のエンジンを貫通した。直後、彼は銃を捨て刀を抜き放つと、白き閃光となって敵陣へ突入した。白き長刀と短刺が交互に閃き、混乱した戦場を死の静寂へと塗り替えていく。
「邪魔よ、消えなさい!」
暁の咆哮。手に持つ真紅のセミオート・ショットガンが、至近距離で致命的な火網をぶちまける。一発ごとに赤い硝煙が舞い、前方の敵を盾ごと粉砕した。
ショットガンの弾が尽きると、彼女は淀みなく右手で大口径の赤い拳銃を抜き放ち、ゼロ距離射撃を見舞う。左手では高周波ブレードを振るい、背後の長槍を断ち切る。暁の戦闘スタイルは爆発力に満ち、赤い散弾と赤い刀光が死の領域を織りなしていた。彼女は暴風雨の中で最も鮮烈な「赤」だった。
二人の先輩の重武装に比べ、湊の装備は極めてシンプルだ。
エメラルド・パルス・ハンドガンと、標準型グリーン・ブラック・ライフル。
だがAIのナビゲートなき今、この二挺こそが戦場最強の「ポインター」となった。
湊はサイドに立ち、ライフルを闇雲に連射せず、奇妙な規律を持って点射する。一発一発の銃声が、零次がリロードし、あるいは暁が刀を振り切った直後の、わずかな「隙」を埋めていく。
「左の二人、暁、伏せろ!」
湊がハンドガンに持ち替える。パルス・グリーンの弾道が低空を這うように走り、暁のヘルメットを掠めて背後の刺客を射抜いた。
湊は戦場を読み取る能力を駆使し、二人の天才の戦闘に生じる微小な綻びをすべて縫い合わせていた。彼は指揮者のように、この「貧弱な」緑の銃で、零次の絶対的な効率と暁の狂暴な火力を強引に繋ぎ合わせ、完璧な三重奏を完成させた。
「弾は少ないが、使い勝手は悪くないな」 湊は戦闘の合間に雅痞な笑みを浮かべ、右手で精密射撃を行い、左手のライフルで一帯を制圧する。
雨夜の中、白い流光、赤い烈火、緑の脈動が交差する。それは規律に背いた救済であり、ZERO-DELAYの三人の執行官が、初めて魂の底で共鳴した瞬間だった。
最後の一人が倒れ、三人は惨状を見渡した。湊が零次にグータッチを求めようとしたその時、三人のインカムにちびゼロの声が届いた。
『えーと……僕の残留ファイルが完全に消える前に忠告しておくよ。年寄り連中が予備列車の異常から、君たちの行動に気付いたみたいだ。』
「終わったな。」
オフィス内の空気は窒息しそうなほど重かった。巨大な窓の向こうには深いトンネルの岩壁。司令官は三人に背を向け、大黒埠頭の戦闘記録を見つめていた。
暁と湊は並んで立ち、二人の制服の破損はまだ修復されていない。赤と緑の光条は弱々しく明滅している。零次は一人、ソファに座り、顔の血を無造作に拭っていた。
そして部屋の隅のモニターでは、ちびゼロが膝を抱えて座っていた。
「零次。」 司令官が静かに振り返る。その声は低く威厳に満ちていた。
「司令として、システム再起動中に貴公を孤立させたことは謝罪しよう。これは組織の失態だ。」
零次は顔を上げず、淡々と答えた。「……慣れている。」
「だが——」 司令官の語気が一変し、鋭い視線が暁と湊を射抜いた。「それが、組織の鋼鉄の律法を蹂躙していい理由にはならない。」
「零次、貴公には予備部隊を呼ぶ手段がいくらでもあったはずだ。だが貴公は沈黙を選び、最強の戦力を失うリスクを招いた。そして貴公ら二人は——」 彼は暁と湊を指差した。
「予備列車の無断使用、軌道への不法侵入。さらには——」
司令官はモニターを向き、怒りを滲ませる。
「禁じられた原始AIの残滓を起動させた。新堂暁、そのチップは十年前、貴様が提出すべきだった物だ。それを隠匿し、本部の監視システムを攪乱するために使用した。」
暁は唇を噛み、拳を固く握りしめたまま俯いている。湊が口を開こうとしたが、司令官の一睨みで封じられた。
「この行為は反乱罪に相当する。本来なら即刻権限を剥奪し、独房送りだ。」
「もしそうするつもりなら、司令。」
沈黙を守っていた零次が突如として立ち上がった。刃の欠けた短刀をデスクに放り出す。
「私は今、ZERO-DELAYを辞める。」
室内が凍りついた。暁と湊が驚愕して零次を見る。
「……何と言った?」 司令官が目を細める。
「仲間の死を見過ごすのが『理性』だと言うなら、あるいは私を救った部下を罰するというなら、この任務は私には合わない。」
零次は湊と暁の間を歩き、二人の肩に手を置いた。その無造作な保護の仕草に、暁の目元が熱くなる。
「この二人を呼んだのは私だ。指令も、侵入も、すべては私の意図だ。処分するなら、私を先に処分しろ。……私の白い武器を失えば、この街のクリーン効率は三割低下する。そのデータは、司令が一番よく知っているはずだ。」
司令官と零次、二人の視線が空中で激しく火花を散らす。
長い沈黙の後、司令官は忌々しそうに顔を背けた。
「……それが貴公の『人間性』か、零次。非効率な脅しだ。」
司令官は手を振り、モニターの処分リストを書き換えた。
「白鷺零次、新堂暁、神楽湊。今回の行動により潜在的脅威を排除した事実を鑑み、処分を軽減する。」
司令官は目を閉じ、疲弊した声で告げた。
「各員、大過一回を記録し、永久警告リストに登録。次はないと思え。」
「それと、そのガキは——」 司令官がちびゼロを指す。「ゼロが復帰するまでチップを封印し、二度と本部のシステムに繋ぐな。」
『ちぇっ、ケチなジジイ。』 ちびゼロは最後にあっかんべーをしてみせ、データとなって消えた。
「下がれ。気が変わる前に消えろ。」
三人の執行官がオフィスを出た後、湊は大きく息を吐き出した。
「……白鷺先輩。さっきの『辞める』ってセリフ、痺れましたよ。タクシーの運転手に転職するかと思いました。」
湊は雅痞な表情を取り戻し、胸を叩いた。
「お前の運転リズムが射撃と同じくらい酷いなら、ここにいろ。」 零次は背を向け、医務室の方へと歩き出す。
「休んでおけ。明日、ゼロが復帰してからが、本当の地獄だ。」
暁はその背中を見送り、それから湊を見上げた。最後、彼女は首元からチップを外し、固く握りしめた。
「神楽……」
「何ですか、先輩?」
「……次、着替えを覗いたら、今度こそ本当に殺すから。」
暁は去り、湊は一人、苦笑いしながら鼻をこすった。




