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ZERO-DELAY  作者: WE/9
新しい始まり

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28/102

風はどこへ吹くのか

ブラックトレインのハッチが跳ね上がると同時に、緑色の化学霧が潮のように車内へ流れ込んできた。鼻を突く苦いアーモンドの臭いを放つその霧は、視界を奪うだけでなく、空気中に微細な蛍光リン粉を撒き散らしている。


「赤外線は無効化、可視距離三メートル」十七セブンティーンの声が全員の通信チャンネルに響く。「これは盲人のゲームです。皆さん、直感とデータに従って生存してください」


星玲ホシレイ、あの『特大のプレゼント』を連中に贈ってやれ」


ミナトは素早く車外へ飛び出し、放棄された鉄骨のプラットフォームに着地すると、即座に狙撃銃のバイポッドを展開した。


「任せて! ソナーパルス、全範囲展開!」


星玲が叫び、空中に浮遊する仮想キーボードの上で両手が優雅な弧を描く。三機の球体ドローンが彼女の背負った装備ケースから射出され、工場の半空に静止した。無形の高周波が工場全域をスキャンし、瞬間、四人のタクティカルゴーグルにオレンジ色の立体的な輪郭が浮かび上がる。


「見えたよ」


湊が危険な色香を孕んだ、雅な微笑を浮かべた。引き金に指をかけ、焦ることなく心の中でリズムを刻む。


ワン、ツー、スリー。


――ドン!


霧を切り裂く鈍い銃声。工場の二階の角で機関銃を据え付けようとしていた「ナイト」の残党が、崩れるように倒れた。湊は止まることなく銃口を調整し、まるで霧の中で優雅なタンゴを踊るかのように次々と狙い撃つ。


「ミン! 三時の方角から四人、近づいてるよ!」星玲がデータを見つめながら叫ぶ。


「了解」


ミンは鼻梁の眼鏡を押し上げ、優雅な動作で三発の小型電磁爆弾を放った。爆弾は錆びついたコンベアに正確に吸着する。「アキラさん、後はお願いします」


「了解」


暁が低く応じた。


彼女は両手で配銃を握りしめ、重心を極限まで低くして霧の中へ突進した。電磁爆弾が炸裂した瞬間、激しい火花が霧の中の敵を一時的な盲目へと陥れる。暁はそのコンマ数秒の隙を突き、深紅の閃光となって緑の霧を切り裂いた。


――バン、バン、バン!


銃声が響くたびに、敵のうめき声と共に倒れる音が重なる。暁の動きは極めて流暢で、かつての教条的な硬さは微塵もない。一発の射撃、一回の回し蹴り、そのすべてが湊と似た、よりしなやかな「リズム」を刻んでいた。


「暁お姉ちゃん、超かっこいい!」星玲は送られてくる戦闘映像を見ながら、興奮気味にキーボードを叩き、次の標的を暁にマークする。「左側の鉄扉の後ろに二人! ミン、援護して!」


「問題ないよ」


明は腰から特製のダークカラーのライフルを抜き放った。弾丸には高圧電流が纏っている。彼は暁が鉄扉を突き抜けた瞬間、背後から襲いかかろうとした敵を正確に迎撃した。


暁がドア枠を抜けた瞬間、背後に鋭い風圧を感じた。


「暁、振り向くな、そのまま突き進め!」耳元で湊の声が、この上なく強く響く。


暁は迷うことなく信頼を選んだ。それと同時に、一発の弾丸が風を切って彼女の髪先をかすめ、背後でナイフを振り上げていた敵に命中した。暁は足を止めることすらなく、放棄された化学槽を飛び越え、空中で立て続けに発砲した。


「目標のクリーニング完了。エリアAを制圧」


暁は着地すると即座に陰に潜み、心拍数が上がるほどに冷静な口調で告げた。


「協力感謝するよ」


明は気絶した敵の中に立ち、スーツの埃を払いながら、高所の湊を見上げて微笑んだ。


しかし、その短い静寂の中で、十七の声にノイズが混じった。


『警告……異常な熱源を感知。目標は工場の最下層。大型の物体が移動されています……非常に厚い黒の防弾ケースです。阻止してください』


湊の笑みが一瞬で消え、階下で星玲と合流した明と暁に鋭い視線を送った。


「遊びは終わりだ、諸君。どうやらあの残党たちが命がけで持ち出そうとしたものを見つけたらしい」


【廃化学工場・地下貯蔵庫】


戦火の硝煙が緑の霧の中にゆっくりと沈殿していく。暁と明は工場の最深部、昇降機の傍らに並んで立っていた。足元には打ち倒された「夜」のメンバーたちが転がっている。目の前には、極めて重厚で表面に錆が浮き、数重の電子ロックが施された合金の箱が置かれていた。


「これが、彼らが死に物狂いで守ろうとしたもの?」


暁は銃を収め、重傷で意識を失いながらも箱の底にしがみついている残党を見つめた。その執着は組織への忠誠を超え、宗教的な狂信に近いものを感じさせる。


「僕がやろう」


明が腰を下ろし、細長い指でパネルを叩くと、十七のクラッキングプログラムが端末を通じて強制注入された。


『ロック解除。バイオメトリクス・バイパス完了』


プシュッという排気音と共に、蓋がゆっくりと開く。湊と星玲も高所のポイントから降りてきて、二人の側に駆け寄った。星玲は好奇心いっぱいに覗き込む。ハイテク兵器か金塊でも入っているのかと思いきや、箱の中に静かに収められていたのは、特殊な樹脂で封印された一枚の大きな実体地図だった。


「地図?」星玲は目を丸くし、少しがっかりした様子を見せた。「今の時代、実体の地図なんて使う人がいるの?」


明が地図をゆっくりと広げると、その内容を目にした瞬間に全員の表情が凍りついた。


それは、恐ろしいほど詳細に描かれた台北市の地図だった。だが、普通の地図とは違い、そこには刺すような蛍光イエローで完璧な円環が描かれていた――現在、台北にある「イエロー・ループ(黄色の環状線)」そのものだった。


「なぜ台北の路線図なんだ?」湊は眉をひそめ、瞳を鋭く光らせた。「『夜』は風前の灯火だ。東京で生き残ることさえ困難な連中が、なぜ異国の鉄道図を命がけで守る? 彼らに攻勢に出る余力などないはずだ」


「これはただの地図じゃない」明は黄色のライン上のいくつかのポイントを指差し、声を沈めた。「ここにあるノードは、我々ZERO-DELAY台北支部が一度も公開したことのない緊急用の予備メンテナンス坑道だ。もしこれが流出すれば、台北の防御システムは剥かれた果実のように脆くなる」


「つまり、彼らが守っていたのは『攻撃の計画』ではなく、『未来の種火』だったということね」暁はその地図を見つめ、鋭く何かを察知した。「たとえ彼らが消えても、この地図が次の組織に渡れば、ZERO-DELAYの神話は崩壊する」


【地下ホーム・帰路のブラックトレイン】


四人は重い箱を抱えてブラックトレインへと戻った。


車内の空気は、行きのご機嫌な甘い雰囲気とは一変し、濃厚な疑念に包まれていた。明が地図をテーブルに広げ、十七と**ゼロ**がデータの同期と照合を行っている。


「一つ、奇妙なことがあります」星玲が明の隣に座り、琥珀色の長い髪を少し乱しながら、地図の隅にある極めて小さな印を指差した。「この地図の紙質とインク、私の分析によれば……二十年前の産物です」


「二十年前?」湊が明を見る。「その頃はZERO-DELAYの環状線すら完全には完成していなかったはずだ」


「ええ」明は厳粛に頷いた。「つまり、システムが構築される前に、誰かがすでにこれを計画していたということです」


列車は東京本部へと続く深いトンネルを疾走し、規則的なレールの衝撃音が催眠的なリズムを刻む。車内の照明はエネルギー節約のために柔らかなオレンジ色へと変わり、先ほどの戦闘の殺気をゆっくりと溶かしていく。


地図は再び封印され、明は十七とデータの異常について低声で話し合っていた。そして後部座席には、静かな温もりが流れていた。


暁はついに、連日の精神的・肉体的な負荷に耐えきれず、頭をわずかに傾けて湊の肩に寄りかかり、深い眠りに落ちていた。眠りの中の彼女はすべての警戒を解き、普段は冷徹な眉目も今は極めて穏やかだ。静かな車内に、規則正しい寝息が響く。


湊はその愛らしい寝顔を見つめた。瞳に宿っていた雅な遊び心は消え失せ、自分でも気づかないほどの、執着に近い優しさがそこにはあった。


彼は片腕を伸ばし、ゆっくりと暁の肩を抱き寄せ、彼女がより安らかに身を預けられるようにした。もう片方の手は、壊れやすい芸術品に触れるように、頬にかかった深紺の髪を指先で優しく撥ね、耳の後ろへと流した。その端正で少し疲れの見える横顔が露わになる。


「お疲れ様、僕の新堂暁」湊は心の中で低く呟いた。


その光景を、斜め向かいに座っていた星玲がすべて目撃していた。


星玲は退屈そうに足をぶらつかせていたが、そのシーンを見た瞬間、琥珀色の瞳がパッと輝いた。モニターに集中している明を盗み見て、誰も気づいていないことを確認すると、彼女は子猫のように息を殺し、タクティカルベストのポケットからそっとスマートフォンを取り出した。


パシャッ。


二人を驚かせないよう、フラッシュもシャッター音もあらかじめ切ってある。


画面の中には、冷酷な湊が深い愛情を持って眠れる暁を見守るその瞬間が収められた。組織の原則を超えた、生活の匂いのするその寄り添いは、この写真にこの上ない価値を与えていた。


「へへへ……これは間違いなく、今年のZERO-DELAY内部で最大のスキャンダルだね」星玲は満足げに写真を見つめ、画面をそっとなぞりながら、小さく自画自賛した。


「これがミンの言ってた『嘘の中に留まるために必死になる』ってことなんだ。超ロマンチック……」


「星玲、何を撮っているんだい?」


明の声が不意に響いた。小さな声だったが、星玲は驚いてスマホを放り出しそうになった。


「な、なんでもないってば! 今回の台北と東京の友好協力の歴史的瞬間を記録してただけだよ!」


星玲は慌ててスマホを懐に隠し、リンゴのように顔を赤くした。誤魔化すように明の方へ寄り添い、話題を変える。


「ねえ、ミン……台北に帰ったら、私たちもあんな風に、あの伝説の紅茶を飲みに行けるかな?」


明は狼狽える星玲を見つめ、それから後部座席で寄り添う二人を一瞥すると、口元を穏やかで深い曲線に歪めた。


「任務さえ順調にいけば、君の飲みたいものは何でも叶えるよ」


十七と零の仮想イメージがメインスクリーンを一瞬よぎった。二人のAIも、この「不法撮影」された写真に対して、暗黙の了解として沈黙を守ることを選択したようだった。


列車がトンネルを抜けると、窓の外から東京の清々しい朝焼けが差し込み、重なり合う二人の影を照らした。余生のために始めたこの「叛逆」は、まだ始まったばかりだ。


【東京本部・司令官室】


重厚な遮音ドアの向こう、照明は極限まで落とされていた。神宮寺司シングウジ・ツカサ司令は両手を組み、前方の巨大なホログラムスクリーンを深く見つめている。スクリーンの向こう側には、台北支部の司令がいた。


東アジア二大都市の安全防線を手中に収める二人の権力者は、あの「イエロー・ループの地図」を巡り、長い沈黙に陥っていた。


「神宮寺、この地図が『夜』の残党の手から発見されたという事実は、実に興味深い」台北司令の声には、疲労と厳しさが混じっていた。「台北の環状線システムには最近、微細なデータ干渉が発生していた。十七が抑え込んでいたが、侵入経路が不明だったんだ。どうやら、答えはこの二十年前の草案の中にありそうだ」


「地図に記されたメンテナンス坑道の中には、現在の開発業者さえ忘却しているものがある」神宮寺は淡々と語り、手元の電子アーカイブに目をやった。「これは敵の進攻図ではない。誰かがこの街のために残した『バックドア』だ」


台北司令は重々しく頷いた。「その地図を東京に置いておくわけにはいかない。あるべき場所へ戻し、深度解析を行う必要がある。地図の電子データを即刻、台北支部のデータベースへ転送し、照合作業に入ることを提案する」


「承諾しよう」神宮寺は立ち上がり、窓際へ歩み寄って朝の東京を見下ろした。「だが交換条件だ。私の最高のコンビ――神楽湊と新堂暁を、明と星玲に同行させ、台北へ派遣する。現在の情勢では、台北のクリーニング戦力だけでは、影に潜むあの男には対処しきれない可能性がある」


「あの『G』のことか?」台北司令の目が鋭く光った。


「誰であろうと、台北のシステムに手を出した以上、目的は単純ではないはずだ」神宮寺は振り返り、その口調は冷酷な決断力に満ちていた。「四人を共に行かせよう。これは単なる支援ではなく、国境を越えた共同作戦だ。危険は未知数だが、真実に近づく唯一の機会だ」


二人の司令は最後に視線を交わし、無言の合意に達した。ホログラムがゆっくりと消え、部屋は再び静寂に包まれた。


【地下ホーム・出発準備】


三十分後、命令が整備エリアに下った。


「ええっ!? 私たちと一緒に台北に行くの!?」


星玲は興奮して飛び上がりそうになり、明の腕を掴んで揺さぶりながら暁を見た。「やったあ! 暁お姉ちゃん、士林夜市シーリンイエシーに連れてってあげるからね!」


明は苦笑しながら姿勢を保ち、歩み寄ってきた湊と暁に頷いた。


「司令部の決定が出ました。この地図が台北の脆弱性を指し示している以上、敵が動く前に防壁を再構築しなければならない。お二人とも、僕のホームへようこそ」


湊は軽装備を整え、雅な微笑に興奮の色を滲ませた。「台北か……。あっちのミンは相当な有名人だと聞いてる。向こうのリズム感がどんなものか、楽しみだね」


暁はどこか沈黙を守っていた。明が持つ地図の入ったケースを見つめ、今回の「交流研修」が単なる名目に過ぎないことを悟っていた。真の目的は、おそらく世界の暗部に潜む人物たちが絡んでいるのだろう。


「暁」湊が側に寄り、自然な動作で彼女のタクティカルバッグを受け取った。「心配するな。台北のレモンティーは東京のより本場だって聞くよ。ただ街を変えてお茶を飲みに行くだけだ」


暁は湊の自信に満ちた瞳を見つめ、胸の不安が温かな潮流に上書きされるのを感じた。彼女は短く頷き、腰の配銃を握り直した。


「……出発しましょう」


ブラックトレインが再び起動した。だが今度の目的地は東京の闇の奥ではない。海の向こう側だ。そこには、湿った空気、賑やかな夜市、そして古い萬華ワンファ地区に隠された真実が、二組のコンビの到着を静かに待っている。



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