砕けたリズムと
【中野区・放棄された地下配電室・00:30】
そこは都市に忘れられた隙間だった。剥げ落ちた壁には錆びついたケーブルが這い回り、変圧器は経年劣化によって不規則な「ジジッ」という音を立て、焦げたオゾンの臭いが漂っている。
湊は、錆びついた鉄の階段をゆっくりと下りていった。秩序を象徴する執行官の制服は着ていない。代わりに身に纏っているのは、オーバーサイズの黒いパーカーだ。フードがその顔を隠し、冷徹な顎のラインだけが覗いている。
彼は廃墟の中央から5メートル離れた場所で足を止めた。かつて戦闘中にあえて抑え込んでいた、刃のように鋭く正確な**「リズム感」**が、今は彼の周囲に死のような静寂の圧力を形成している。
「ほう? この足音……実に親しみやすいな」
バラックは巨大な金属箱の上に一人で座り、血の付いた折りたたみナイフを弄んでいた。暗い照明の下で、刃が冷たい光を反射する。
「一日中『リズム感』なんて言葉を口にして、ウェイターみたいに愛想振りまいている偽善者の幽霊が来るかと思ったぜ。どうやら今夜は、その仮面を被って俺に会うつもりはないらしいな」
バラックが顔を上げた。野獣のようなその瞳は湊を真っ直ぐに射抜き、残酷な笑みを浮かべた。
「どうだ、あの白い実験室に長く居すぎて、野良犬の戻り方まで忘れたか? ジョーカー」
湊は沈黙を守り、久しく呼ばれていなかったそのコードネームを否定しなかった。彼はゆっくりとフードを脱いだ。いつもなら雅な微笑を浮かべているその顔は、今は大理石の彫像のように冷酷だった。その瞳に怒りはなく、ただ底知れない虚無だけがあった。
「無駄口はやめろ、バラック」湊の声は砂利を噛んだように低い。「俺を呼び出したのは、ただの思い出話のためじゃないだろう?」
「思い出話だと?」バラックは鼻で笑い、金属箱から飛び降りて一歩ずつ歩み寄った。「俺は君が不憫でならないんだ。かつて敵の喉を切り裂くためにあったその手が、今は大企業の尻拭いや一般人の救助に使われている。彼らは知っているのか? スカベンジャーにいた半年の間に、君がどれほどの手を血に染めたかを。あの深紺色の髪の小娘は知っているのか? 君が任務達成のために、自らの手で誰を処刑したかをな」
湊の指先が激しく震えた。その瞬間、死寂を保っていた彼のリズムが一度乱れた。三年前の悲鳴、西新宿の火光、そして佐伯先輩の最期の眼差しが、禿鷹の群れのように彼の理性を狂わせる。
「黙れ」
「図星か?」バラックは湊の目の前まで歩いた。二人の身長はほぼ同じで、空気の圧力が激しく衝突する。
湊の右手が素早く後ろへ走り、改造された黒い銃が瞬時に抜かれた。銃口がバラックの下顎を直接突き上げる。と同時に、バラックの大きな手が鉄の枷のように湊の手首を締め上げた。空中で二人の力が拮抗し、骨が軋む嫌な音が響く。
「焦って撃つなよ、ジョーカー。俺を殺せば、西新宿の真実には永遠に辿り着けないぞ」
バラックは下顎に突きつけられた銃口など気にする様子もなく、むしろ狂気すら感じる称賛の眼差しを向けた。
「今日呼んだのは、君に本当の未来を与えるためだ。今の君を見ろ。かつてのようなマシーンのリズム感を持ちながら、さらに素晴らしいことに、今の君の心には『人間性』がある。それは恐怖であり、自責であり、そしてあの娘に対する病的な守護欲だ」
バラックは手を離し、両腕を広げた。地下室の闇の全てを抱きしめるかのように。
「ZERO-DELAYにおいて、その人間性は致命傷だ。神宮寺 司が去勢しようとしている目標だ。だが俺にとっては、その人間性こそが最高の燃料になる。俺と一緒に来い、湊。スカベンジャーにだけ、君がトンネルの中で芝居をする必要のない場所がある。戻ってくれば、その完全に解放された環境で、以前を遥かに凌ぐ影響力を振るえる。君はもう誰の猟犬でもない。この混沌とした時代の仲裁者になるんだ」
銃を握る湊の手が微かに震えていた。バラックの言葉は毒針のように、彼の魂の最も深い場所にある渇望――「真実」への渇望を正確に刺し貫いた。
彼はバラックの狂気と誠実さが入り混じった瞳を見つめた。そこには体制のルールなどなく、純粋な弱肉強食だけがある。その瞬間、彼の中に眠る「ジョーカー」という怪物が、興奮の咆哮を上げた。
「……あんたの言う通りだ」湊はゆっくりと銃を収めた。声は死んだような平穏を取り戻していた。「確かに、あのトンネルで芝居を続けるのは柄じゃない」
彼はバラックを見据えた。その瞳の奥には、バラックですら一瞬息を呑むほどの冷徹さが閃いた。
「だが俺は今、仲裁者とやらになることよりも、真実を見ることの方に興味がある」
バラックは一瞬呆気にとられたが、すぐに高笑いした。笑い声が狭い配電室に響き渡る。彼はポケットから黒い暗号化ハードディスクを取り出し、無造作に湊へ放り投げた。
「くれてやる。この中にお前の求める答えがあり、そして一生逃れられない悪夢がある。これを見た後でもウェイターを続けたいってんなら……好きにしろ。だが保証するぜ、お前は最後には必ず俺のところへ戻ってくる」
バラックは背を向け、影の中に溶け込むように消えていった。嘲笑と電流のノイズだけを残して。
湊は闇の中に独り立ち、冷たいハードディスクを固く握りしめた。彼のリズム感は再び周波数を見つけ出していた。しかしそれは、破滅の気配を纏った「ジョーカー」特有の周波数だった。
【東京本部・執行官宿舎・01:10】
ドアのロックが解除される小さな音が響いた。湊が部屋に入った時、その肩にはまだ中野区の深夜の湿った冷気と、地下廃墟特有の鉄錆びの臭いがまとわりついていた。
照明はつけなかった。暗闇の中で、いくつかの端末の微かなインジケーターだけが点滅している。湊はよろめきながら数歩進み、無造作にフードを脱ぎ捨てた。いつもなら優雅な微笑を浮かべているその顔は、微光の下で青白く狼狽し、額には汗で数筋の黒髪が張り付いている。全身から崩壊寸前の鋭い緊張感が漂っていた。
「おかえり」
隅の方から低い声がした。暁が冷たい床の上に座り、ベッドの脚に背を預け、膝を軽く曲げていた。彼女は薄いグレーのルームウェア一枚という軽装で、長い髪が乱れて肩にかかっている。傍らにはレモン紅茶のボトルが二本置かれ、表面の結露がフローリングの上に小さな水溜まりを作っていた。彼女がここで長い間、紅茶がぬるくなり、鼓動が狂い始めるまで待っていたのは明らかだった。
湊は答えなかった。彼の手は激しく震えており、ポケットからあの黒い暗号化ハードディスクを取り出した。
「手に入れたの?」暁が立ち上がった。その声には隠しきれない震えが混じっている。
「ああ」湊の声は掠れていた。彼は暁の視線を避け、足早にデスクへ向かうと、ハードディスクをノートパソコンに叩き込むように接続した。
暁は黙って歩み寄り、彼の隣に膝をついた。二人はその小さな画面の前で、互いの乱れた呼吸を感じ合っていた。
【読み込み中...】
画面に突然ウィンドウが飛び出した。前置きは何もない。解像度は極めて低く、濁ったノイズに満ちている。
1. 第一の映像: 激しい揺れ。視点は火の海の中にあった。耳を潰すような爆発音と耳鳴りのような金属音と共に、タクティカルグローブをはめた片手が見え、燃え盛る鉄骨を押し退けようとしている。それは三年前の湊の視点であり、彼の深淵にある悪夢そのものだった。
2. 第二の映像: 画面が切り替わる。鮮紅色のスカベンジャーの制服が壁に釘付けにされており、そこには黒ずんだ返り血がべったりと付着している。それは「ジョーカー」として生きていた証明だった。
3. 第三の映像: クローズアップ。一枚の黒焦げになったトランプ。中央を弾丸が貫通した――「JOKER」。それは血溜まりの中に静かに横たわり、火の光を反射していた。
映像は唐突に終わり、画面は漆黒に戻った。ただ、血のように真っ赤な一行のテキストだけが残された。
『明日 03:00。世田谷区旧地下鉄トンネル。一人で来い。佐伯 航が言い残せなかったことを聞きたいならな』
映像が終わったその瞬間、湊の世界は完全に崩壊した。
「湊……?」暁は異変に気づき、湊の肩に手を伸ばそうとした。
画面が真っ暗になったその一秒、周囲の音が消失した。
湊は、宿舎の床が急速に液化し、粘り気のある鉄錆び臭い黒赤色の液体へと変わっていくのを感じた。踏ん張ろうとしたが、足元に伝わってくるのはフローリングの感触ではなく、無数の焦げた残骸の感触だった。
「リズム感が……狂った」
目の前の壁が古いフィルムのように剥がれ落ち、現れたのはコンクリートではなく、三年前の西新宿で燃えるビルだった。熱波が室内の酸素を一瞬で奪い去り、空気は耐え難い化学薬品の焦げる臭いと……肉の焼ける臭いで満たされた。
「助けて……神楽……警察官じゃないのかよ?」
闇の中から欠損した人影が這い出してきた。それは爆発で腰から下を失ったスカベンジャーの少年だった。顔の皮が半分剥がれ落ち、白い歯が覗いている。湊は知っている。それは彼が「野良犬時代」に口封じのために爆弾を設置し、見捨てたターゲットの一人だった。
続いて、無数の幻影があらゆる方向から溢れ出した。警察官だった時に守れなかった一般人、ジョーカーだった時に処刑した敵。実体はなく、ただ血のように赤い眼球だけが火光の中で狂ったように回転し、震えている。
「ドォン、ドォン、ドォン」
重苦しい足音。それら重なり合う幻影の深淵から、血まみれの警察制服を着た男がゆっくりと歩いてきた。
「佐伯先輩……」湊の声は喉に詰まり、壊れたような喘ぎが漏れた。
佐伯 航の顔は半分が焼き尽くされ、もう半分はあの穏やかで真っ直ぐな微笑みを湛えていた。彼は湊の目前で止まり、胸の巨大な貫通傷からは赤黒い磁気テープとデータが絶え間なく溢れ出している。
「湊、聞こえるか?」佐伯の声は数千人の声が重なったような電流ノイズを帯びていた。「これが君の周波数だ。君の笑い、君の安らぎ、その一秒一秒が俺たちの死体の上でのダンスだ。皮を着替えただけで、まともな人間になれたと思ったか?」
「ああああああああああ!」
湊は苦痛に顔を歪めて膝をつき、両手で耳を強く塞いだ。
彼の視界の中で、湊の部屋は完全に修羅場と化していた。家具の一つ一つが、乾いた腕を伸ばす死体へと変わり、彼を地底へと引きずり込もうとする。幻影たちは耳元で叫び、笑い、その周波数は鼓膜を突き破らんばかりに高まっていく。脳は過負荷の変圧器のように火花を散らし、本来正確だった「リズム感」は、魂を縛り上げる無数の歪んだ黒い線へと成り果てた。
彼は自分の両手が、洗っても落ちない粘り気のある鮮血で汚れているのを見た。いくら床を掻きむしっても、その血はウイルスのように血管を伝って這い上がり、やがて彼の両目を飲み込んでいった。
最後のビジョンは、あの巨大な、燃え盛る「JOKER」のトランプだった。絵柄のピエロが無言で彼を嘲笑い、巨大な火球となって彼の意識を完全に焼き尽くした。
彼は床に無様に倒れ込み、二本のレモン紅茶をなぎ倒した。茶葉の色が混じった液体が床一面に広がり、彼の服をベタベタと汚していった。
「湊! 神楽 湊! 私を見て!」
暁が叫びながら飛びつき、狂乱する男を後ろから必死に抱きしめた。痙攣する彼の身体を全身の力で押さえつけ、冷え切って汗ばんだ彼の背中に自分の顔を強く押し当てた。
暁は涙を流していた。大人になってからこれほど無様に泣いたのは初めてだった。湊に何が見えているのかは分からない。だが、魂を切り裂くような絶望は伝わってきた。彼女は何度も、何度も彼のうなじに口づけを落とし、傷ついた獣のような声を漏らした。
「お願い……戻ってきて……湊、戻ってきて……!」
どれほどの時間が過ぎただろうか。湊の瞳から火の海がゆっくりと引いていった。
現実に戻った時、彼は暁の腕の中にいた。二人は水浸しの床に倒れ込み、紅茶と冷や汗と涙が混じり合い、見る影もなく狼狽していた。
湊は顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった暁の顔を見つめた。彼女の深紺色の瞳に映っているのは、ボロボロに壊れた自分自身の姿だった。
なぜ泣いているのか分からなかった。胸の奥から込み上げてくる、この窒息しそうな酸っぱくて苦い感情が何なのかも分からなかった。彼はただ溺れる者のように、暁の首にしがみつき、その項に顔を埋めて、声を上げて泣き続けた。
体制の秩序を象徴するこの宿舎の中で、二人のトップ執行官は今、嵐の中で寄り添い合う捨て犬のように、互いの涙の中で唯一真実と言える「痛み」を確かめ合っていた。
【東京本部・廊下・06:30】
早朝の冷たい空気が長い廊下を流れている。暁はすでに、糊のきいた執行官の制服に着替えていた。深紺色の長髪は一分の隙もなく束ねられ、昨夜の床での狼狽も、涙も絶望も、冷たい仕事の仮面の下に完全に覆い隠されていた。彼女は再び、体制を信奉し、冗談を言わない新堂 暁へと戻っていた。
その正面で、湊はオーバーサイズの私服ジャケットを羽織り、両手をポケットに突っ込んで、厳粛な周囲の環境に酷く不釣り合いな姿で立っていた。
「どうして今から外出できるの?」暁がすれ違いざまに低く尋ねた。その眉間には、消し去ることのできない不安が滲んでいる。「今は朝の訓練の時間のはずよ」
「ああ、これか……」湊は足を止め、顔を横に向けた。その顔には、昨夜の狂乱などなかったかのように、いつもの雅な微笑が戻っていた。「司令から特別な『長期任務』をもらったんだ。スカベンジャーの内部に潜入しろってさ。だから、今は合法的なサボり中ってわけ」
彼は軽やかに笑った。だが暁は知っている。その笑顔の裏側にあるのは、深淵への片道切符であることを。
湊は、冷徹を装いながらも指先を微かに震わせている目の前の少女を見つめた。腕時計に目を落とす。出発まで、あと最後の15分。
(どうせ今日戻ってきた後は、まともな人間でいられる保証なんてないんだ)
湊は自嘲気味に思った。重苦しい悲劇を背負って別れるよりも、最後の瞬間くらいは「神楽 湊」として――作り物であっても、暁が愛してくれたあの軽薄な男として、もう一度彼女の理性をかき乱しておきたかった。
「おい、ちょっと来い」
「なっ……んっ!?」
暁が反応するよりも早く、湊の手が伸び、彼女の手首を正確に捉えた。拒絶を許さない強引な力で、彼は暁を自分の個人宿舎へと引きずり込み、ドアに鍵をかけた。
重たい音が響き、狭い空間に二人の急な呼吸音だけが残された。
湊は暁に質問の余地を与えなかった。彼女をドアに強く押し付け、片手で両手首を頭上に押さえ込み、もう片方の手で顎を掬い上げると、問答無用で唇を奪った。それは侵略的で、どこか狂気すら孕んだキスだった。体内に渦巻く不安と衝動を、唾液と呼吸を通じて暁の魂に無理やり流し込むかのようだった。
「湊……ん……っ」
抗おうとしていた暁の指先から、次第に力が抜けていく。湊は彼女の身体を知り尽くしていた。その律動感あふれる攻勢は、彼女の敏感な防衛線を正確に射抜いていく。制服の布越しに、彼の手が腰から背中へと這い、押し付けられるたびに震えるような熱を帯びた。
湊の容赦ない攻勢に、暁の身体は激しく震え始めた。普段は体制によって厳重に守られている彼女の理性が、濁流を前に崩壊する堤防のように崩れていく。
ついに、湊が耳たぶを噛み、低く囁いた瞬間、暁の喉の奥から、極めて微かで、甘く、懇願するような吐息が漏れた。
それは、彼女が完全に降伏した合図だった。
暁の膝から力が抜け、骨を失ったかのようにドアに沿って床へ崩れ落ちた。万年床の氷のようだった冷徹な顔は完全に瓦解し、代わりに見たこともないような狼狽と艶っぽさが現れた。瞳は焦点が合わず潤み、顔は血が滴りそうなほど赤く染まり、細かな汗がこめかみを濡らしている。
床に座り込んだまま、彼女の肩は先ほどの余韻で小刻みに震え続けていた。
湊は彼女を見下ろした。その瞳に複雑な愛着の色がよぎる。しかし、彼は手を止めなかった。腰を落とし、ぐったりとした暁を強引に抱き上げると、背後のシングルベッドに無造作に放り投げた。
柔らかいベッドに沈み込み、長い髪が乱れて広がる。暁は呆然とした目で覆いかぶさってくる湊を見つめたが、今度は湊は攻めてはこなかった。
彼は両手を暁の耳元につき、顔を伏せ、自分の額を暁の額に強く押し当てた。
鼻先が触れ合い、互いの睫毛の震えすら感じるほどの至近距離。窒息しそうな距離の中で、湊の瞳からいつもの不敵な笑みが消え、代わりに悲壮なまでの冷徹さが宿った。
「いいか、新堂 暁」
湊の声は極限まで低く、一文字一文字が歯の間から漏れ出す氷の塊のようだった。
「もし、いつの日か俺が馴染みの『神楽 湊』として戻ってこなかったら……その時は、俺を殺せ」
それは願いではなく、最も残酷な命令だった。
言い終えると、湊は驚愕する暁に反論の隙も与えず、弾かれたように立ち上がった。冷たい風を巻き起こし、一度も振り返ることなくドアを開け、廊下の向こうへと消えていった。
室内は再び死寂に包まれた。
暁は乱れたベッドの上で、胸を激しく上下させていた。頬の紅潮はまだ引いていないが、心の奥底には巨大な氷の塊を詰め込まれたような感覚があった。
ぼんやりと天井を見つめ、指先でシーツを強く握りしめた。頭の中は、湊の最後の眼差しで一杯だった――それは自らの破滅を予見した男が、世界に残した最期の遺言だった。
「……バカ」
暁は寝返りを打ち、湊の匂いが残る枕に顔を埋めた。自分にしか聞こえないほど小さな声で。
「そんなこと……できるわけないじゃない」




