N (上)
車内には湊と暁の他に、8人のコアメンバーが最後の補給を確認していた。
「おい、新人。装備チェックは3回済ませたか?」
声をかけたのは、山のような体躯の男、**大門 剛**だ。彼は無造作に巨大な弾帯を背負い、右手の重機型義肢がライトの下で冷たい油光を放っていた。彼は湊を一瞥し、野太い声で言った。
「明日のリズムについてこれねぇなら、足手まといのルーキーを助けるために弾丸は使わねぇからな」
「大門、あまり脅さないであげて。湊の反応速度は零のお墨付きよ」
傍らで優雅にスナイパースコープの電池を交換していた女が静かに言った。彼女は電子タバコのミントの煙を吐き出し、湊と暁に頷いて見せた。瞳は水面のように穏やかだ。
「私はソフィア。高所からあんたたちの後頭部を見守るわ。私がいる限り、A組の背後を突かせることはさせない」
彼らの背後では、6人の精鋭メンバー(A3-A8)が沈黙の黒影となり、一糸乱れぬ動作でタクティカルヘルメットを装着した。装甲に刻まれた「A」の文字が、幽かな白光を放っている。
その時、アナウンスが流れ、零の声が車内に響き渡った。
『エグゼクティブ神楽、新堂、大門、ソフィア、聞きなさい。タクティカルプランの更新よ』
『目標「サイレンの繭」の外周防御は白鷺エグゼクティブが先行突破する。A組の任務は、最強火力で敵の装甲層に穴を開け、白鷺の核心部突入を援護すること。クリーンアップ率50%に達した後、戦場を白鷺に引き継ぎ、我々は深部へと前進。台北A組と合流する』
零の声が一瞬途切れ、冷徹な誇りを帯びた響きに変わった。
『忘れないで。今この瞬間も、何万人もの同僚たちが街の治安を維持している。彼らの働きを無駄にしないで』
「零延遲、零寬恕。―― 混沌を、今ここで終わらせる」
アナウンスが切れた瞬間、車内の緊張感は頂点に達した。
大門が前に進み出、巨大な機械の右拳を突き出した。ソフィアも電子タバコを置き、手を伸ばす。湊と暁は見つめ合い、揃って拳を突き出した。
後方の6人も同時に加わり、10人、10個のタクティカルグローブをはめた拳が、車内中央で重々しくぶつかり合った。
「ONEのために」大門が低く唸る。
「ミッチェルのために」ソフィアが呟く。
「待っている人たちのために」暁の声に、もう震えはなかった。
「それから……生きて帰るために」湊の口角に、いつもの不敵な笑みが浮かんだ。
【ゴォォォォー!!】
巨大な爆発音と共に、黒い列車が海面上へと飛び出した。バイザーの視界の先、遠方の鋼鉄の繭が命を奪う火を噴いていた。
「A組、突撃!」
ハッチが開き、死を覚悟した10の黒影が、公海の硝煙の中へと消えていった。
A組の喧騒とは対照的に、特等車両は針が落ちる音すら聞こえるほど静まり返っていた。余計な補給品はなく、冷たい金属の壁と、ラックに置かれた純白の長銃があるだけだ。
**白鷺 零次**は一人座っていた。彼は装備のチェックすらしない。彼にとって、肉体と武器はとうに一体化しているからだ。
その時、プライベート通信チャンネルが点滅した。**零**の事務的な声が、今は少し低く、稀な人間的知的好奇心を帯びて響く。
『白鷺』
零は零次のイヤホンに音声を切り替えた。流れてきたのはA組の会話だ。暁や湊、ソフィアたちが自分たちを支える理由について語っている。
『聞こえる? あれが彼らの「理由」よ』零が淡々と問いかける。
『部隊の戦力天板であり、誰もが「殺戮マシン」と見なす貴方を、今日まで支えてきた理由は何? 貴方のデータには、「復讐」のような低効率な動力は存在しないけれど』
零次はイヤホンから漏れる湊の軽妙な笑い声と、暁の力強い声を聴き、凍りついた湖面のような瞳に極めて微かな漣を立てた。
彼はゆっくりと立ち上がり、開き始めたハッチへと向かった。海風が狂暴に吹き込み、白い髪を乱舞させる。
「理由、か……」
零次は純白の長銃を握り、金属の温度を指先で感じた。
先ほどのA組の若々しい顔、湊の型破りなリズム、そして暗闇でもがきながらも光を求める暁の姿を思い出す。
「おそらく……彼らを守るためだろうな」
零次が囁いた声は風にさらわれたが、零のプロセッサにははっきりと届いた。
「この、冷え切った体制の中で、それでも『人間』であろうとする馬鹿共をな」
零次は零の答えを待たず、一歩踏み出した。その体は折れた白鶴のように墜落していく。
海面上では、巨大な鋼鉄要塞「サイレンの繭」が眠れる怪物のように横たわっていた。警報と共に数百の砲塔が回転し、未明の闇に火を噴く。
だが、その狂火の網を、一条の白い影が波間を飛び跳ねていた。
白鷺零次は漂流するコンテナの残骸に片膝をつき、無骨な重対物電磁スナイパーライフルを構えていた。白髪が風に舞い、瞳は死水のように静まり返っている。
『上陸ポイントまであと800。白鷺、北側の防御砲塔を排除して』零の声が響く。
「了解」
零次が引き金を引き、**【ドォォォォン!】**という閃光が硝煙を貫いた。要塞左翼の巨大レーザー砲台が瞬時に火球と化す。零次は止まらない。常人離れした速度で次弾を装填し、狙い、放つ。
轟音のたびに防御塔が一つ、また一つと崩壊していく。
3秒間で5連射。彼は要塞の密な火網の中に、強制的に弧状の空白地帯を作り出した。
直後、彼は空になった重狙撃銃を投げ捨てた。重い武器が海に沈む瞬間、背中の武装ラックから白の特製アサルトライフルを抜き放ち、腿から銀白のハンドガンを抜いた。
この戦い、彼は最も純粋で暴力的な火力をもって、後輩たちのために道を切り開く。
【上陸装甲プラットフォーム・北側】
要塞の火力が零次に引きつけられた瞬間、海面下の秘密軌道が激しく震動した。
【ゴォォォォン!!】
全身黒ずくめで焦げ跡だらけの列車が、地底から現れた悪龍のように水飛沫を上げてプラットフォームに突っ込んできた。制動システムが火花を散らし、要塞の壁までわずか10メートルの地点で停止する。
「ハッチ開放! 総員、突撃!」大門の怒号が響く。
ハッチが爆開し、スモーク弾が電磁スモークを周囲に展開した。
大門が先陣を切り、巨大な機械義肢を盾にして銃弾を弾き飛ばす。
その後ろから、神楽湊と新堂暁が同時に飛び出した。
湊は指を引き金にかけ、緑のバイザーで敵のリズムをスキャンする。暁はしなやかな豹のように姿勢を低くし、紺色のポニーテールを風になびかせた。
ソフィアが列車の屋根に飛び乗り狙撃ポイントを確保。6人の精鋭が扇形に散開し、正確な点射を浴びせる。
「白鷺先輩!」暁が前方に立つ白い影に叫んだ。
零次は背を向けたまま、両手の銃で接近する強化兵の頭を次々と撃ち抜いていた。彼は少しだけ顔を向け、白い髪の間から冷徹だが頼もしい声をかけた。
「遅い。A組、突入するぞ」
東京最強の「矛」と「盾」が合流し、要塞の核心部へと牙を剥く。
要塞内部の警報は鼓膜を裂くほど鋭く鳴り響き、重厚な防弾シャッターが侵入者を閉じ込めようと閉鎖を開始する。
湊は銃弾を回避し、ゲートのコントロールパネルに背を預けた。戦術ポケットから、**【7】**と刻まれた黄金のチップを取り出す。
「このプレゼントを受け取りなよ」湊は通信に繋ぎ、チップをスロットに叩き込んだ。「ハリー、ここを頼む!」
挿入された瞬間、パネルの赤光が琥珀色に変わった。後方のAIハリーがこのチップを踏み台にして、要塞のファイアウォールを強引に焼き切る。
『接続成功。エリアを分割します……』ハリーの電子音には復讐の冷たさが宿っていた。
『戦場を4つのセクターに区分。東京A組は北側回廊です。自動機銃は一時オフライン。カウントダウン8分。さあ、貴方たちの「パフォーマンス」を始めて』
「サンキュー、ハリー」
湊が立ち上がる。緑のバイザーが、前方から押し寄せるN組織の強化兵を捉えた。
「全員、俺のリズムに合わせろ!」湊が叫び、地面をリズム良く叩く。敵の鼓動、ボルトを引く音、空気の震えが全て「音符」へと変わる。
「三、二、一……行け!」
湊の指示と共に、A組が幻惑的な攻勢を仕掛ける。
大門が先頭を走り、湊の導きに従って機械義肢で敵の重火力を的確に防ぐ。隊員がフラッシュバンを投げ込み、視界を奪う。
「暁、今だ!」
暁が紺色の稲妻となって飛び出した。湊が構築した「安全なリズム」の中を高速移動し、敵の弾切れや隙を突いて散弾銃を叩き込む。
残りの隊員も湊の誘導に合わせて死角を補い、一糸乱れぬ連携を見せた。
「北側回廊、突破率45%!」ソフィアの狙撃弾が湊の肩越しに敵を貫く。
「最高のノリだ……」湊が不敵に笑う。「暁、ついてこい。この繭をぶち抜くぞ!」
「御託はいらないわ! このリズムなら、絶対に遅れない!」
クリーンアップ率が**[50%]に達した時、北側回廊は瓦礫の山と化していた。だが、エレベーターへ突入しようとした瞬間、重厚な防爆門が激しい音を立てて開いた。
現れたのは4人の巨体――N組織の最終兵器「深淵強化兵」**だ。痛覚を遮断され、外骨骼装甲に包まれた彼らの目が赤く光る。
一人が異常な速度で暁に突進し、空気を引き裂く重拳を放った。
「暁! 避けろ!」湊が叫ぶ。
距離が近すぎる。暁の瞳が見開かれた瞬間、後ろにいた隊員A5が彼女を突き飛ばした。
【グシャッ……!】
骨が砕ける音が響く。強化兵の拳はA5の胸部を貫通していた。A5は木の葉のように壁に叩きつけられ、鮮血が暁の赤いゴーグルに飛び散った。
「……っ!」暁が膝をつく。ゴーグルの下の瞳が激しく動揺していた。共に訓練してきた仲間が、目の前で物言わぬ肉塊に変わった。
その時、**SEVENTEEN(台北AI)**の警告が響く。
『警告:台北A組が南側で包囲されました。エネルギー残り14%。合流できなければ作戦は失敗します』
零のプロセッサが狂ったように演算する。
ハリーがデータに割り込み、震える声で告げた。
『零! 今内部権限を開けば、外部組への圧力が400%増加し、生存率は5%を切るわ! でもニューヨーク組も限界よ、援護は出せない!』
冷酷な算術。外の仲間を捨てるか、任務を捨てるか。
零は演算という名の「苦痛」の果てに、残酷な命令を下した。
『権限解除。神楽湊、新堂暁、A8、A6は直ちにエレベーターへ。これは最終通告よ』
「クソったれが!」
大門が咆哮し、機械義肢で強化兵の突進を受け止めた。彼は血の海に沈み、肩を撃ち抜かれたソフィアを振り返る。
ソフィアは顔面蒼白になりながらも、震える手で引き金を引き、湊たちを援護していた。彼女は湊に、弱々しくも美しい微笑みを向け、血混じりの煙を吐いた。
零次がゆっくりと大門の横に並ぶ。白い銃が唸りを上げた。二人は視線を交わす。
「よぉ、冷徹男」大門が血を吐き、機械腕がオーバーロードの赤光を放つ。
「最後は俺たちが番犬か。戻ったら……一番高いウィスキーを奢れよ」
零次は答えず、ただ静かに頷き、白い長銃を横に構えた。
エレベーターの扉が開く。
「行けっ!」大門が身体を張って強化兵を押し止める。
湊は奥歯を噛み締め、A5の死体から目を離せない暁の手を掴み、残りの隊員と共にエレベーターへ飛び込んだ。閉まりゆく扉の隙間から見えた最後の光景は――
零次の凍てつくような背中と、無数の敵に囲まれながら狂おしく笑う大門の勇姿だった。
【ガコンッ!】
エレベーターが上昇を開始する。
内部は死のような静寂に包まれ、暁の荒い呼吸音と、床に滴る鮮血の音だけが、冷たく響いていた。




