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彼の神さま誉さま。  作者: 花より団子よりもお茶が好き。


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7/7

◇【肆の壱】疑惑◇


 ——翌朝。

 誉は着替えるといつものように井戸で顔を洗い、雨戸を全て開け放ち、部屋の中を一通り箒がけした。

 (おけ)を取り出すと雑巾を濡らし、今度はくれ縁を雑巾がけする。

 日々の手入れのおかげか、木目が生き生きと艶立つ。

「ふぅ」と一つ息をついて、手の甲でおでこの汗を拭う。

 まだ少しひやりとした朝の風が彼の首筋を撫でた。

 ぶるりと身震いすると、羽織を一枚重ね着し、そのまま雨戸を半分だけ閉めて茶の間へと移動する。

 ほのかに藁の香りのする畳の上で、誉は針箱を手元へ寄せ、箪笥(たんす)から自分が持っている中でより質の良い着物を取り出した。

 生地を(はさみ)で裁断する音が、静かな部屋に響く。

 ……しゅっと、針を通す衣擦れの音が何度か続き、外からようやく暖かな日射しと鳥の(さえ)ずり……。

 そろそろ朝餉の支度をと腰を上げようとして、隣の部屋の襖の隙間から、不安そうにこちらを窺う二つの瞳と視線が重なる。


「おはよう、みよちゃん。昨日は眠れたかい?」


 みよのこれまでの境遇に加え、昨日出会ったばかりの他人の家でよく眠れるとは到底思えない。だが誉はついそう声をかけていた。

 案の定みよは襖の陰に隠れてしまった。

 そうだろうと思っていたので、誉は特に気にせず針箱を片付けると腰を上げ竈へと向かう。


「朝ごはんにしようか。ちょっと待っててね」


 昨晩誉はみよに気を遣って、普段就寝に使う和室を貸し、自身は茶の間に布団を敷いて(とこ)についた。

 というのも見知らぬ者と枕を並べるのは寝ても寝付けないだろうと考えたからだ。

 そのため襖もほぼ閉めたのだが、まだ歳を四つばかり数えた子が果たして部屋に一人で怖くなかっただろうかと少し気掛かりではあった。


(あとでそれとなく尋ねてみよう)

 

 程なくして、煮出した干し椎茸の滋味(じみ)深い香りが、温かな湯気と共に茶の間まで(ただよ)った。

 土間の竈で、水で洗ったご飯を琥珀色の出汁へと滑り込ませ、下茹でしておいた刻んだ山菜をパラリと散らす。

 鍋の中でコトコトと踊るご飯を横目に、板の間の端に寄せていた箱膳(はこぜん)を並べようとして気付く。板の間の中央に既に箱膳が二人分、いびつに並べられていた。

 一つはきちんと、もう一つはちょっと曲がっている。


(……いつの間に)


 おそらく、昨日(さくじつ)の誉の動きを覚えたみよが出してくれたのだろう。

 こっそり茶の間を覗くと部屋の隅にある火鉢の前で、両足を抱えて縮こまっている。

 誉はふふっと嬉しくなって、ご飯がふっくらと出汁を吸い込むのを待つと、先にみよの分をよそって箱膳に並べ持って行く。

 みよの前にそっと置くと「ありがとう。助かったよ」と笑顔で伝えた。

 一瞬みよの肩がびくりと震え、何も言わず僅かにきゅっと両足を抱え直す。


(驚かせちゃったかな……)


 ちょっと申し訳ない気持ちになりながら、誉はまた竃へと戻った。

 土間へ降りてから「そうだ」と気付いて茶の間を振り返る。

 

「先にお食べ、僕はあとでいただくよ」

 

 竃から今度は自分のをよそって箱膳へ並べると調理台の上を軽く片付けた。

 再度茶の間を覗くとみよはじっとおじやと汁物とにらめっこ、まだ手はつけていないらしい。


「少し庭へ出るけど、おかわりがあれば声をかけて頂戴ね。勝手口を出て直ぐの場所だから」


 そして、その言葉の通り誉は手提げ桶を手に取ると竃の隣にある勝手口から庭へ出た。

 自分がいるとみよが食事を取りづらいのではと考えたからだ。

 それなら風呂の湯を沸かそうと思い至った。

 昨日はみよが警戒しているのもあり、濡れたみよをお風呂に入れてあげられなかったのだ。

 冷えた身体を温めるにはやはり湯船に浸かるのが一番だろう。

 井戸の水を汲み上げて手提げ桶に移すと、勝手口から土間へ戻り右手にある風呂場へ入った。

 土間も風呂場も、庶民の家にしては造りがやや広い。山で見つけた廃墟を、誉が生前住んでいた屋敷の記憶を頼りに何度も増改築した結果だ。

 一見立派なのだがいかんせん誉は大工の心得などなかったので、立て付けが悪くあちこち粗があり、すきま風が吹く上に天気の悪い日は雨漏りもする。

 まさしくはりぼてなのだ。

 そんな家にある据え風呂は元からあった物を綺麗に修繕し使わせて貰っているので、これだけはしっかりとしている。

 誉はそんな家の風呂へ何度か井戸を行き来して水を貯めると外にある釜へと移動した。

 横へ積み上げた薪を湯釜の中へと何本か入れて火種をつける。

 竹筒で息を吹きかけ徐々に炎となって燃え上がった。


(そういえば)

 

 ふと湯船の底の深さを思い出し手が止まる。


(みよちゃん溺れちゃうんじゃ……)


 考えてみれば湯船に入るにしても高さがあるので石の階段を三段ほど登るのだが、その一段一段も四歳の子供にとっては結構な高さだ。


(困ったね。(たらい)があれば良かったのだけど)


 あいにく洗濯用の盥が壊れており、今は普通の桶しかない。

 誉は少し考えて、桶にお湯を貯め、かけ湯しかないかと妥協した。


(今度コウが来た時に盥を直して貰おう)

 

 こういうことはコウの方が得意なのだ。

 その証拠にこの家の修繕は出会ってからずっと彼頼みだ。と言うのも誉が作った物はもろく壊れやすい。

 しばらく湯沸かしに専念し、そろそろいいかとみよの様子を見に茶の間へ行くと。おじやも汁物も手付かずだった。


「もしかして、苦手な物でもあったかい?」


 誉の記憶では、みよは好き嫌いなく食べる子の筈だ。ということは気分の問題だろうか。

 しかし昨日は一緒に食べていた筈……。

 誉は心の中で「あっ」と気付く、みよは昨日まで冷遇されて過ごしていたのだと、気付くなりまだ板の間に置いたままの自身の箱膳を持ち、あえてみよの斜め向かいに座る。


「さて、僕も食べようかな」


 いただきますと手を合わせ箸を持つ。おじやはすっかり冷めきっていた。

 箸を運びながら顔を上げると、みよの視線とぶつかった。思った通り、誉が食べ終わるのを待つようにじっと見つめている。

 思い返せば昨日も誉が食べ終わってからようやく手をつけていたのだ。

 てっきりこちらを警戒してのことと思っていたが、おそらく家主が食べ終わってからでないと叱られる。そう思っているのだろうと、ようやく腑に落ちた。


「昨日と変わり映えしなくてごめんね。けど味は悪くないと思うから一緒に食べてはくれないかい?」


 だがみよの反応は特にない。ただ目線だけを箱膳に戻す。悩んでいるのか暫くそうして、ようやく匙を片手に食事を始めた。

 まだぎこちない手付きで今にもお椀が傾きそうだ。みよも気にしているのか匙を持つ指が、小さく震えているので誉は穏やかに声をかける。


「こぼれたら拭けばいい。気にせずお食べ」


 みよはしばらく考えるように視線を落とし、やがて匙を置き、先に汁物へと両手を伸ばした。

 両手で持ち上げるとそのままごくごくと喉に流しこんでいく。

 誉はほっとすると、先に食事を済ませて食器を片付ける。

 戻るとみよがおじやを少しづつ食べ始めていた。


(……あとで湯加減を見に行こうかな)


 特に急かすでもなく針箱と着物を取り出すと部屋の隅で先程の続きをする。

 ……しゅっと針を通す音と庭から聞こえる鳥の囀りが二人の間に静かに響いた。


「みよちゃん。食べ終わったら湯に入る気はないかい?」


 みよは一瞬こちらを見て、首を傾げたあとまた食べ始めた。


「昨日川に入って体が冷えただろう? だからあったかいお湯で体を暖めるといいんだよ」


 みよからの反応は特にない。誉もそれ以上何も言わず少しだけ針を進めると立ち上がって湯加減を見に行く。

 湯に手を差し入れるとお湯はまだかなり温かい。


「みよちゃん食べ終わって、わぁ」


 土間からひょこりと顔を出すと直ぐそこにみよが立っていた。


「っ!」

「あぁ驚かせてごめんよ。片付けようとしてくれたんだね」


 重そうに持ち上げていた箱膳を受け取ってひとまず調理台の上へと寄せる。


「それじゃあお風呂にしようか。こっちなんだけどね」


 誉は土間の奥の戸を開いて風呂へ入ると、普段水運びに使用している大きめの手提げ桶にお湯を入れ、湯桶は逆さまにし椅子代わりにする。


「これでよしっと」


 誉は屈んだままみよへ向き直った。

 

「これで体を洗ってね」


 みよに手拭いを渡してからはたと気付く。


「みよちゃん一人でお風呂に入れそうかい?」

「……」


 そもそもお風呂の入り方を知っていただろうか。

 もちろんみよは何も話さない。


(一緒に入って背中を流してやってもいいのだけど……)


 とはいえこの年の子と言えばちょうど物心つく頃だ。

 特に女の子は心の成長が早いというし、赤の他人、それも男と一緒では嫌なのではないか。

 誉にとってみよは産まれる前から知っている小さな子だが、みよにしてみれば全く知らない大人なのだ。

 

「湯船が深くてね。みよちゃんが一人で入ると溺れてしまうかもしれない、今日はかけ湯で我慢して貰えるかい?」

 

 誉は片手用の湯桶を持つ。


「こうやるんだよ」


 湯をかける振りをして手拭いで体を洗う仕草をしてみせる。


「できそうかい?」

「……」


 みよは少し考えて、かと思うと片手桶を受け取った。


「……着替えと浴巾(よっきん)は外の横にある棚に置いておくよ。あともし何か困ったら音をたてて教えるんだよ……大丈夫だと思うけど危ないことはしないでね」

 

 小さな子供を風呂場に一人残すことに、わずかな不安を覚えつつも誉は風呂場の戸を閉めた。

 とりあえず、みよを信じて自分は茶の間に戻る。

 仕立て直した着物を手に取り土間へ戻ろうとした時だった。


「悪い。少し邪魔するぞ」


 桜の花びらが舞い込む庭先から、コウがひょいと顔を出した。


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