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彼の神さま誉さま。  作者: 花より団子よりもお茶が好き。


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◇【弐の参】生け贄◇


 まだ此方を窺うみよに誉は苦笑し、縁側から立ち上がったコウを見上げた。


「もう行くのかい?」

「あぁ、俺も暇じゃないからな……下にある(ほこら)、帰るついでに綺麗にしといてやるよ」

「ありがとうね、助かるよ。……みよちゃんの髪をどうにかしてあげたいと思うんだよ。次に来た時はお前さんの髪も切ってあげようね」


 誉が微笑むと、コウは自身のボサボサの髪を一瞥して鼻で笑う。


「そこまで酷くはないだろう」 

「その着こなしも、もう少しなんとかしなさいな」


 だらしなくはだけた小袖の着物。その上に引っかけた羽織はくたびれ、下衣も所々擦り切れている。

 足に巻きつけた麻布の脛巾(はばき)と履き古した草鞋(わらじ)は、すっかり傷んでいた。


「あいにくアンタと違って品がないんでね」

「はいはい」


 誉はクスッと笑う。

 コウはその姿に何を言っても無駄だろうと、やれやれと背を向けて出て行こうとした。

 だが――


「っ!」


 その姿が敷地内を出ようとした時。

 見送っていた誉の瞳に、コウの背中が傾くのが映る。


「コウ?」


 柴垣(しばがき)を支えにするその姿へ急いで駆け寄って自分より大きな体を支えると、コウの顔を下から覗き込む。


「お前、辛いのかい?」


 いつもの健康的な顔色が酷く青ざめていた。頭でも痛いのだろう。眉間を片手で押さえている。

 確かめるように頬へ触れようと手を伸ばして、その手をパシリと払い除けられた。


「触るな」


 鷹のように鋭く歪めた黒々とした(まなこ)が誉を刺すように睨む。

 だがすっかりこのやりとりに慣れてしまっている誉は怯むこともなく、ただ心配げに瑠璃色の瞳を揺らした。

 

「コウ……無理をしてはいけないよ。最近していなかっただろう。薬は飲んでるかい?」


 バツが悪そうにコウの視線がそれる。

 

「以前から言っているけどね。お前早く特定の相手を見付けて定期的に欲求を満たさないと……体が持たな」

「っ、うるせぇ」

 

 余計苛立つコウに、誉は「あぁそうか」とポンッと手を打って。

 

「僕のせいか、きちんと誉めていなかった。コウ、さっきはみよちゃんを運んでくれてありがとう。〝いい子〟だね」

「っ」

 

 コウはバッと誉の方を向くと、今にも噛み付く寸前の猛獣のような形相で誉を睨む。

 誰が見ても分かる。全身で余計な事をするなと言っているのだ。

 普通ならここでやめておくところだが、あいにく誉はそこのところが妙に鈍感というか肝が据わっているというか、いつもの調子で困ったように微笑んだ。

 

「そんなに照れることかい? お前が本当に嫌なら無理強いは出来ないけどね。そうじゃないだろう」

 

 誉はコウを見上げながら大きく両腕を広げる。コウの大きな体がすっぽりと入るように。

 

「〝おいで〟」

 

 その一言で彼の体は吸い込まれるように誉の腕の中におさまった。

 

「うん。〝いい子〟だね」

 

 腕を背中へ回してぎゅっと抱き締めると観念したのかコウもその体重を誉に預けてくる。

 誉は少しよろけそうになるがなんとか柴垣に肩を預けて踏みとどまった。

 柴垣の乾いた枝のような匂いが春の風に混ざりふわりと頬を撫でる。

 

「おっとと、ふふ、もしかして少し大きくなったかい?」

「……成長期って歳にみえるかよ」

 

 コウの背中は広く、比較的華奢な誉には少し大変だが伝わる重さと温もりが心地よいし、少し泥臭い匂いも嫌いじゃない。

 

「……」

 

 おもむろにコウが誉の肩に顔を埋め、そんなコウの頭を誉は撫でてやる。

 

「よしよし。コウ、他にどうして欲しい?」

 

 その一言でコウの圧が変わった。

 さすがの誉も(あ、怒ったな)と気付いて「うーん」と眉を寄せ考えて。

 

「それじゃあ僕をぎゅうと〝抱き締め返して〟」

 

 思い付いたように口にすると「チッ」と小さな舌打ちと共に誉の細い腰にしっかりとした両腕が回された。

 文字通りぎゅうと抱き締め返されて、そこからじわじわと幸福感に満たされていくのが分かる。

 コウの肩に頬を預けた誉は、思わず「ふふ」と笑ってしまう。

 それを咎めるようにコウが「おい」と言った。

 

「ごめんごめん。やっぱりこうすると満たされるなあと思ってね」


 すると今度は少し苛ついた「おい」の一言。


「分かっているよ。コウ〝いい子〟だね。ありがとう」


 そう言って背中をとんとんと親が子を宥めるように叩いてやると安心したような息遣いが誉にも伝わった。

 暫くそうしていたが、我に返ったかのようにコウが誉の肩をドンっと押す。


「わっ」


 離れて行く温もりを少し残念に思いながらも誉はまだ心配そうにその背中に声をかける。

 

「もう大丈夫なのかい?」

「……世話かけたな」

「コウ、いつも言っているけどね。お前に相手が見付かるまでは頼ってくれていいのだからね。僕はいつでも大丈夫だから」


 コウはこちらを見向きもせずに山を降りて行ってしまった。


 ――やれやれと縁側に戻れば、いつの間にか居間に移動していたみよが襖の影からこちらを窺っている。

 誉はクスリと笑って腰をおろすと「もしかして見ていたかい?」と尋ねるがみよは不安げな瞳を向けるだけで反応を見せる気はなさそうだ。


「あんなに照れなくてもいいだろうに、コウにも困ったものだよね」


 独り言のようにそう言って、いつの間にか縁側に準備されていた浴巾(よっきん)に手を置く。

 綺麗に畳まれた布を手に取って膝の上に置いて――おそらく、まだ少し濡れたままのみよの為にコウが準備してくれたのだろう。


「コウはね〝サブ〟なんだ。珍しいんだよ。服従者なんて奴隷のように言う人もいるけどね、僕は受容者という言い方の方がまだ好きかな」


 誉は独り言を続けた。

 

「僕は偶然その逆でね。僕のような者がたまにああやって言葉をかけてあげないと、具合が悪くなってしまうんだよ」


 誉はみよを見て微笑むと彼女の方へ浴巾を置いて、立ち上がった。

 

「まだ濡れているだろう? それで拭いててね。僕はその間にお昼を準備するからね」


 そのまま誉は居間の奥にある竈へと向かった。

 板の間から土間へと降りて草履へと足を通して、片付けておいた箱膳(はこぜん)を取り出すと板の間へ並べた。

 みよとそして誉自身の分を


「おじやがいいかな」


 みよは普段からろくに食べさせて貰っていなかったのだ。いきなりまともな食事をとるより、消化が良いものがいいだろう。そう考えて誉は準備を始めた。

 おかずを一つ作り終えるごとに箱膳へと並べていく、部屋の中に食欲を誘う香りが漂う頃。

 最後におじやを入れた椀を持って行くと、いつの間に近くにいたのか、浴巾を被ったみよが既に箱膳に置いたおかずを食い入るように見ていた。

 思わず笑ってしまいそうになるのを(こら)えて、誉はそっと椀をのせると「食事にしようか」と言って微笑んだ。

 

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