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彼の神さま誉さま。  作者: 花より団子よりもお茶が好き。


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3/3

◇【弐ノ弐】生け贄 ◇

 みよをここに連れてくる前。

 そう、みよが(まさ)に〝生け贄〟として捧げられようとしていた瞬間のことだ。

 誉は身投げ崖と呼ばれる名所にいた。

 その崖の下、川辺には大人ばかり集まっており、先頭には祭司のような出で立ちの者と子供一人分の唐櫃(からびつ)を運ぶ男衆。 

 それらを見守る村人の誰かが「可哀想に」と言い、誰かが「仕方ない」と言った。

 彼らの視線の先にはやはり、今まさにその場に置かれた唐櫃がある。

 その中に〝みよ〟がいる。

 誉はそれを知っていた。何しろ彼は神なのだ。

 なんならみよが生まれた瞬間。いやその両親の馴れ初めまで知っている。

 崖の上からひそかにその光景を目に止めて、この場をどう納めたものかと頭を悩ます。

 

「直接彼らの前に姿を現し、僕に雨を降らせる力が無いことを伝えるか。いやそうしたとして誰が信じるというのか」


 しかしどうにかして止めねばならなかった。このような事はどう考えても人の道理に反する。

 何よりあまりにみよの境遇が憐れでならない。あの子はまだ(よわい)四つ。

 もう少し寝れば五つになる。 


「おい、ほっとけよ」


 まさに出て行こうとした時。

 誰かに強く腕を引っ張られた。誰かとは言ったが一人しかいない。


「コウ……悪いけど行かせておくれ。こんなのは間違っているよ」

「アンタが行ったって何も変わらないさ」

「そうかもしれないけどね。じゃあこうしよう。僕が時間を稼ぐから、その間にコウが」

「手は貸さないぞ」

「そうかい。それじゃあ僕が動くしかないね」

「いいから、もう少し様子をみろよ」


 誉はコウの手にそっと触れて、その手をやんわりとどける。


「頼むよ。家も両親も失って、挙げ句の果てにこんな……」


 誉は今でもよく覚えている――昨年のことだ。

 ある一角で火事があったのだ。運が悪いことに、それがみよの家であった。

 そこまで立派ではないよくある素朴な家屋は、あっという間に炎で包まれ、それと同時に彼女の両親も燃え上がり、翌朝には還らぬ人となった。

 まだ火種が奥に潜む赤と黒が混じった家の残骸、折り重なるように落ちている人と思わしき焦げて砕けた骨。

 忙しなくそれを片付け始める大人たち。

 その焦げきって形を無さなくなった家の前で呆然と立ち尽くす、みよ。

 人と木の焼けた匂いは酷いものだった。

 それを切っ掛けにみよは言葉を失い。

 その後、親戚をたらい回しにされた上に、冷遇され満足に食事も取れず、挙げ句の果てには生け贄として白羽の矢が立った。

 それも、生け贄として捧げられたとて、恵みの雨など叶えられないというのに。

 これでは無駄死にというもの。


「これでもこの地の神だよ。あの子のことは当然よく知っている。だからこそ」

「だからこそ、愚かな村人たちの事もよく知ってんだろ。……アンタは、例えば人殺しでも助けるってのか?」

「もちろんだよ。そもそも僕がまともな神であればこんな不条理はおきなかった。このような事に誰かを巻き込むなんて」


 コウはもう呆れたといわん顔で「勝手にしろ」と舌打ちすると顔を背けた。

 その時だ。まさに今、みよの入った唐櫃が川に沈められようとしている。


「コウ、君の言うことも一理ある。だから〝こうしよう〟」


 誉はそう言って、川岸に強い風を吹かせて川を波打たせた。

 急な高波に足を取られそうになった男衆が目を泳がせる。 

 村人達が異変を感じ取り、なんだなんだと騒ぎだした。


「まさか誉さまがお怒りなのか?」

「そんなまさか、誉さまは〝美しくお優しい女神様〟だぞ」

「ではせっかくの生け贄をモタモタと渡さぬから、お怒りなのか?」


 男衆が唐櫃を慌てて川につけた。

 その瞬間、誉は心の内でありったけに叫んだ。


『ええいっやめよ!』


 誉の、少し高いがしっかりと〝男〟と分かる声が辺りに響き渡った。


「……だ、だれだ?」

「お、お前か?」

「私じゃないわ」


 恐る恐る辺りを見回し声の主を探す。

 だが見つけられる筈もない。誉は崖の上に潜んでいるのだ。


(良かった。効いている)


 誉はほっと胸を撫でおろし、そして覚悟を決めると、もう一度心の内で強く言葉を発した。

  

『下賤の民が。お主らごときに名乗る名など持ち合わせてはおらん』


 誰かが「ヒィ」と悲鳴を上げた。村人達はすっかり怖がって、祭司の後ろにきゅっと小さくまとまっている。

 唐櫃を沈めていた男衆も顔を真っ青にして固まっていた。

 祭司が冷や汗をダラダラ流しながらなんとか叫ぶ。


「あ、ああああなたは何者か!? 我々の誉さまへ捧げる生け贄の大事な儀式の最中に、なんたる無礼な!」

『無礼だと……私がその誉さまの遣いと知ってのことか?』

「なっ!?」

『今すぐその唐櫃を岸に戻せ』


 真っ青になった男衆は、言葉をすぐに理解出来ずにいると、誉はもう一度言った。


『今すぐ戻せと言っている!』


 はっと我に返り、慌てて唐櫃を岸に運び戻した。

 そして勢いよく砂利の地面に(こうべ)を垂れる。


「も、申し訳ありませぬ!」

「お許しを! お許しを!」


 その様子に他の村人や祭司たちも続けて石だらけの地面に(ひたい)をつけた。


『良いか愚かな民よ。誉さまはお怒りである。生け贄を捧げたとて誉さまは喜ばん。これでは一向に雨など降らぬ。その方らが今やるべき事は他にあるのだ』


 ぶるぶると震えながらも、民達はその先を待った。


『水路を整備なさい。川から農地へ、田畑へ水を引くのです』

「へ、へぇ……それは既に行っておりますが」

『現状では不十分であると何故気付かない。山から流れる川から引きなさい』

「は、はい」

『それと今の水路は壊れている箇所がないか、よおく探しておきなさい』

「……」

「こ、これ本当に誉さまの遣いか?」


 男が一人、少しだけ顔を上げ、隣の者へと囁く。

 

『ほぉ、私を疑うということは誉さまを疑うということ。良い度胸です』

「ヒイイィお許しをー!」


 だが誉のその言葉で再度石だらけの地面へ(ひたい)を擦り付けた。

 あまりに勢いが余っていたのでおそらくよほど痛いだろう。


『分かったのならさっさと行け! 水路だ水路! 誉さまはそうおっしゃっている!』


「分かりました!」

「分かりましたー!」


 一斉に来た道を辿って森の中へと消えて行く。


(よし、これで)

 

 男衆が慌てて唐櫃を持ち上げ去ろうとしたのが目に入り、誉までも慌てた。


『待ちなさい! 唐櫃は置いていけ!』

「や、でも誉さまは生け贄にお怒りと」


 痛いところを突かれてしまったと思わず言葉が引っ込む。

 けれどこのまま連れて行かれてしまえば結局みよは救われない。

 

『今回に限り生け贄は誉さまが面倒を見ると言っている。ですから置いて行きなさい』

「へ、へぇ」


 男らは困惑した顔をしながらも唐櫃から手を離した。

 誉はそれに安堵して、更にこう付け加える。


『それともう1つ、(みな)に伝えなさい。子は宝です。誰の子であれ皆で大切に育てるようにと』


 残っていた男衆は、拍子抜けしたような顔で返事をすると、やはり一目散に村へ向かって森の中へと消えて行った。


 誉は急いで崖下へ駆け下りると、直ぐに唐櫃の蓋を開けて、みよの無事を確かめた。

 中には乾いた唇をきゅっと引き結び、手鞠を抱き締めたみよがいた。その瞳に涙をためて小刻みに震えて。

 良かった生きていたと彼女へ手を伸ばすが、びくりと震えたのを見て手をおろす。


「たいした名演技だな。……まだそこらに居るかもしれないぞ。姿を見られたら」

「面倒だって? 安心なさいな。彼らがまだ居たとしても、誰も僕らを、この唐櫃も視認できないからね」

「……それが出来てどうして雨は降らないんだ」

「神力を使う規模が違うからね」


 誉が苦笑すると、コウはそれ以上何も言わず、みよが入った唐櫃を黙って片腕に持ち上げた。


「なんだ……あいつらわざわざ四人で持ち上げて、大袈裟だな」


 コウは拍子抜けした顔をした。

 それもその筈、本当に儀式のためだけに彼らは大袈裟に振る舞っていたのだ。

 そしてそのまま誉が暮らしているはりぼての小さな家まで運び。

 着いて早々、みよは桜の木の根元に引きこもったというわけだ。


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