表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/100

第98話「幸せの貸借対照表、資産は無限大」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



王宮の大広間。

シャンデリアの煌めきの下、数百人の貴族たちが静まり返り、演台に立つ私を見つめている。

隣には、愛する夫アレクセイ。

足元には、自慢の息子アレクと娘エレナ。


私はマイクを握り直し、少し震える声でスピーチを続けた。


「……正直に申し上げますと、私はお金が大好きです」


会場から、クスクスと小さな笑いが漏れる。

アレクセイさんが隣で「知っているとも」と小声で呟き、私は肘で彼を小突いた。


「お金があれば、お腹いっぱい食べられます。お金があれば、寒さに震える夜を過ごさずに済みます。かつて、弟と妹を抱えて路頭に迷いかけた私にとって、金貨の輝きは『命の輝き』そのものでした」


私は会場の隅にいる、レオとマリーに視線を送った。 立派な騎士団の制服を着たレオ。

洗練されたドレスを着こなし、若き社長として輝くマリー。 彼らが私に小さく手を振ってくれている。

あの子たちを守れたこと。それが私の最初の誇りだ。


「ですが、アインスワース家に嫁ぎ、この規格外の夫と子供たちに囲まれて暮らすうちに……私の『計算式』は狂ってしまいました」


私は眼鏡を外し、ありのままの目で会場を見渡した。


「夫が私のために不器用に選んでくれた、価値のつかないプレゼント。息子が得意げに見せてくれた、0点のテスト用紙の裏に書かれた発明の設計図。娘が泣きながら部屋中に咲かせた、売ることのできない泥だらけの花々」


私の言葉に、アレクが照れくさそうに視線を逸らし、エレナが「えへへ」と笑った。


市場価値マーケット・バリューで言えば、それらは全て『ガラクタ』かもしれません。帳簿上は『雑損』として処理されるべきものです」


一呼吸置く。


「けれど……今の私にとって、それらはどんな高価な宝石よりも価値があるのです。 お金は大事ですが、それはあくまで『手段』。そのお金を使って笑い合える『家族』という存在こそが、何にも代えがたい『目的』なのだと知りました」


私は隣のアレクセイさんを見上げた。

彼のアメジストの瞳が、優しく私を映している。


「ですから、私はここに、アインスワース家の最新の財務諸表バランスシートを発表します」


私は背筋を伸ばし、高らかに宣言した。


「負債の部──ゼロ。資本の部──愛と信頼。そして、資産の部──『計測不能インフィニティ』です!」


一瞬の静寂。 そして、ワァァァァァッ……!!

雷鳴のような拍手が、大広間を揺らした。


貴婦人たちが目元を拭い、厳格な貴族たちが頷き、

若者たちが口笛を吹く。

それは、形式的な儀礼の拍手ではない。心からの祝福の音だった。


「……素晴らしいスピーチだ、リアナ」


「いいえ。……ただの、惚気ですよ」


アレクセイさんが私を抱き寄せ、キスをした。

フラッシュの嵐。歓声の渦。


「よっ! 王国一の幸せ者!」


最前列で、フレデリック国王陛下が立ち上がり、

ニヤニヤしながらワイングラスを掲げた。


「だがな、公爵夫人よ! 資産が無限大というのは感心だが、税金は負けてやらんぞ? しっかり納税してくれよ!」


「もちろんです、陛下。……その代わり、王宮への『出張経費』はきっちり請求させていただきますからね?」


私が切り返すと、会場はさらに大きな笑いに包まれた。 堅苦しい儀式は終わり。

ここからは、誰もが笑顔になれる本当のパーティーの始まりだ。


「ママー! おにく! おにくあるよ!」


「エレナ、行儀が悪いです。……ですが、あのローストビーフの焼き加減は絶妙ですね。確保に向かいましょう」


子供たちが料理の並ぶテーブルへ駆けていく。

その後ろ姿を見守りながら、

私はアレクセイさんと共にバルコニーへ出た。

夜風が心地よい。

熱狂から少し離れ、二人だけの静かな時間が流れる。


「……夢のようだな」


アレクセイさんが、王都の夜景を見下ろして呟いた。


「十年前、君と出会った頃の私は、こんな未来が来るとは想像もしていなかった。……仕事だけに埋没し、心を凍らせていた私が、こんなに笑えるようになるなんて」


「私もですよ。……まさか、国の宰相と結婚して、花を咲かせる娘や天才児の息子を育てるなんて、どんな事業計画書にも書けません」


私たちは顔を見合わせて笑った。

不確定で、予測不能。 だからこそ、人生は面白い。


「……ありがとう、リアナ。私を見つけてくれて」


「いいえ。……私の方こそ、貴方に拾ってもらえて幸せでした」


私たちは自然と寄り添い、ダンスを踊るようにゆっくりと体を揺らした。

音楽は聞こえないけれど、二人の鼓動がリズムを刻んでいる。


「……ねえ、アレクセイさん」


「ん?」


「これからの十年代も、また色々なことがあるでしょうね。……喧嘩もするでしょうし、子供たちが反抗期を迎えるかもしれません」


「ああ。アレクが『クソ親父』なんて言い出したら、私は寝込んでしまうかもしれん」


「ふふ。その時は私が慰めてあげますよ。……『追加料金』でね」


アレクセイさんは嬉しそうに私の腰を引き寄せ、耳元で囁いた。


「ああ、いくらでも払おう。……私の全てを使って」


甘い沈黙。 満月が、私たちを祝福するように明るく輝いていた。 特別な夜。

特別な時間。 けれど、心のどこかで私は思っていた。

この煌びやかなパーティーも素敵だけれど、早くあの騒がしい家に帰って、いつものコーヒーを飲みたい、と。


深夜。

帰りの馬車の中は、静かな寝息に満たされていた。


「……むにゃ……ケーキ……もうたべられない……」


「……zZZ……計算完了……」


遊び疲れたエレナとアレクは、向かいの席で寄り添うように眠っている。

エレナの手には、お土産でもらったクッキーの包みが握りしめられ、アレクの膝には愛用のビデオカメラが乗っている。


「……寝顔は天使だな」


「起きると怪獣ですけどね」


アレクセイさんが、自分の上着を子供たちに掛けてあげた。

その横顔は、宰相の顔でも、公爵の顔でもなく、ただの優しい父親の顔だ。


「……リアナ」


「はい」


「今日は、いい日だったな」


「ええ。……資産価値の高い一日でした」


私はアレクセイさんの肩に頭を預けた。

馬車が石畳を進む振動が、心地よい眠気を誘う。


「明日からは、またいつもの日常だ」


「そうですね。……溜まっている決算処理もしないと」


「アレクの実験の騒音と、エレナのガーデニングも待っている」


「貴方の公務も山積みですよ」


私たちは苦笑した。

明日になれば、魔法のようなパーティーは終わり、

現実がやってくる。 でも、それが少しも嫌ではない。 むしろ、待ち遠しいくらいだ。


「……ねえ、アレクセイさん」


「なんだ?」


私は眠気の中で、ふと思い出したことを口にした。


「……先日のプロポーズの件ですが」


「うん」


「契約更新の条件に、一つだけ付け加えてもいいですか?」


アレクセイさんが少し身構える気配がした。


「……なんだ? まさか『家事分担の比率見直し』か? それとも『夜食の禁止』か?」


「いいえ」


私は彼の耳元で、小さく囁いた。


「……来月の私のお小遣い、少し上げてもいいでしょうか?」


アレクセイさんが目を丸くし、それから肩を震わせて笑った。


「……ははっ! 感動的なスピーチの後に、それか?」


「現実的な問題ですよ。……今日、子供たちのドレスやスーツで予算オーバーしちゃいましたから」


「分かった、分かったよ。……君の交渉術には勝てないな」


彼は私の手を握りしめ、優しく指を絡めた。


「明日、朝一番で交渉ミーティングしよう。……私のポケットマネーから捻出するさ」


「期待していますよ、スポンサー様」


馬車が公邸の門をくぐる。

車窓から見える我が家は、真っ暗だけれど、どこよりも温かい場所に見えた。 祭りは終わり。

でも、私たちの物語の本番は、いつだって「なんでもない日常」の中にある。


明日の朝は、きっとまた騒がしい。

パンが増殖し、怪しいコーヒーが出てきて、アレクセイさんが愛を叫ぶ。 そんな「愛しき計算外」の日々へ、私たちは帰っていく。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

感想や評価・ブックマーク、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ