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第95話「過去からの手紙、借金の完済証明書」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「オーライ、オーライ! その魔導材木を西棟へ運べ! 傷つけるなよ、国宝級だぞ!」


アインスワース公爵邸の敷地は、熱気と槌音に包まれていた。 バーンズ建築士の指揮のもと、屈強な大工たちとゴーレムたちが入り乱れ、着々と「新館(魔王城)」の建設が進んでいる。


「……賑やかですね。騒音レベルは基準値ギリギリですが」


仮設の現場事務所テントで、私は帳簿と睨めっこをしていた。 ここは王都の公爵邸。アレクセイさんが宰相を務めているため「宰相邸」とも呼ばれているが、土地も建物もアインスワース家の私有財産だ。

だからこそ、こうして自由に増改築ができる。


「奥様。お客様です」


セバスチャンがテントの入り口を開けた。

その後ろから、聞き覚えのある高笑いと、ジャラジャラという富の音が響いてきた。


「オーッホッホッホ! なんて素敵な騒音かしら! まるで金貨がぶつかり合う音ね!」


爆風と共に現れたのは、真紅のドレスに身を包み、

宝石を山ほど身につけた女性。

アインスワース家の大公夫人にして、私の最強の姑、カトリーヌ様だ。


「お久しぶりです、お母様。また世界旅行からお戻りで?」


「ええ、ただいまリアナちゃん! 貴女にお土産を買ってきたのよ。南の島を一つ!」


「……島はやめてください。固定資産税の計算が面倒です」


私が即答すると、カトリーヌ様は「相変わらずねぇ」と楽しそうに笑い、私の隣で図面を見ていたアレクセイさんに視線を移した。


「……久しぶりね、アレクセイ。少し顔色が良くなったんじゃない?」


「母上。……相変わらず派手ですね」


「当然よ。地味なのは貴方の親父殿だけで十分だわ」


カトリーヌ様は孔雀の羽扇子をパチンと閉じると、

いつになく真面目な顔つきになった。


「さて。今日帰ってきたのは、お土産を渡すためだけじゃないの」


「……?」


「アレクセイ。……あの大規模開発ローン、先月で完済したわね?」


アレクセイさんが頷く。


「ああ。……やっと終わったよ。父上が遺したあの莫大な借金……いや、投資がな」


「そう。……なら、これを渡す時が来たわね」


カトリーヌ様は、胸元の谷間から一通の厚い封筒を取り出した。 古びているが、大切に保管されていたことが分かる、上質な羊皮紙の封筒だ。


「これは、あの人が……貴方の父親が死ぬ間際に私に託した手紙よ。『借金を完済し、土地の権利が完全にアインスワース家のものになった時だけ、息子に渡してくれ』ってね」


「……父上が?」


アレクセイさんが怪訝な顔で受け取る。

彼にとって亡き父親は、「領土拡大と仕事に明け暮れ、家庭を顧みずに過労で早世した厳格な当主」という認識だ。


「読みなさい。……いいから、読みなさい」


カトリーヌ様に促され、アレクセイさんは封を開けた。

そこには、見覚えのある父の、力強くも不器用な筆跡が残されていた。


『──愛する息子、アレクセイへ。 お前がこれを読んでいるということは、無事にローンが終わり、私が買い占めた土地が本当の意味でお前のものになったのだな。』


アレクセイさんの目が文字を追う。


『お前は私を、金と領土に執着した仕事人間だと思っているかもしれない。そう思わせておきたかった。その方が、お前が「自分のせいで」と自分を責めずに済むからだ』


「……自分のせい?」


私が覗き込むと、そこには驚くべき真実が記されていた。


『お前が三歳の頃。お前の魔力はあまりに強大すぎて、幼い肉体を内側から凍らせようとしていた。「氷の呪い」。医者からは、十歳まで生きられないと宣告された』


「……なっ!?」


『私とカトリーヌは、世界中の文献を漁り、希望を見つけた。一つは北の不毛の地に眠る「陽光石」。その熱がお前の氷を溶かし、命を繋ぐことができる。そしてもう一つは、王都の地下深くに流れる「大地のレイライン」だ』


アレクセイさんの手が震え始めた。

「強欲な領土拡大」や「一等地の買い漁り」ではなかった。 巨額の借金をしてまで土地を確保したのは、息子の命を救い、将来生きるための場所を作るためだったのだ。


『あの土地を買うために、私は持てる全てを賭けた。そして、お前の治療費を稼ぐために、死に物狂いで働いた。カトリーヌも、私の覚悟を支え、必死にお前を守ってくれた。あいつの派手な散財や振る舞いは、私の借金を隠すためのカモフラージュでもあったんだ』


アレクセイさんが、ハッとしてカトリーヌ様を見た。

彼女は扇子で口元を隠しているが、そのアメジストの瞳は潤んでいた。


『すまない、アレクセイ。寂しい思いをさせた。カトリーヌには「完済するまで、この事実は伏せておいてくれ」と頼んだ。私が死んでも、どうか母さんを恨まないでやってくれ』


そして、最後の一文。


『愛している、アレクセイ。お前は私たちの、一番の宝物だ。……追伸。王都の屋敷の地下には、お前への「開業祝い」を隠してある。完済すれば封印が解けるはずだ』


「……っ……う、うぅ……っ!」


アレクセイさんは手紙を胸に抱きしめ、テーブルに突っ伏した。氷の宰相の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


ずっと、誤解していた。 父は仕事を愛していたのではない。息子を愛していたのだ。

そして、この派手で自由奔放な母も……父との約束を守り、完済の日まで「何も知らないふり」をして、悪女の仮面を被り続けていたのだ。


「……馬鹿だ! 父上も……母上も……! なんで、言ってくれなかったんだ……!」


「言えるわけないじゃない! 貴方みたいな真面目な子が知ったら、『僕のために無理をしないで』なんて言って、治療を拒否するに決まってるもの!」


カトリーヌ様が、涙声で怒鳴った。

そして、アレクセイさんの頭をガシガシと乱暴に撫でた。


「……よく生きてくれたわ、アレクセイ。貴方がこうして大人になって、可愛いお嫁さんと孫を作ってくれた。それだけで、私たちの投資は大成功よ!」


「……母上……ッ!」


アレクセイさんは母親の腰に抱きつき、子供のように泣いた。

カトリーヌ様も、もう我慢せずに大声で泣き出した。

私はそっとハンカチを差し出しながら、そろばんを叩いた。


「……投資回収率、計測不能。……お義父様の読みは、完璧でしたね」


ひとしきり泣いて、スッキリした後。

カトリーヌ様は化粧を直し、部屋の隅で静かに状況を観察していた小さな影に気づいた。


「あら! そこにいるのはアレクちゃんじゃない!?」


カトリーヌ様の目がハート型になった。

五歳のアレクは、少し身構えながらもぺこりと頭を下げた。


「お久しぶりです、お婆様。お元気そうで何よりです」


「んもう、堅苦しいわねぇ! もっと甘えてもいいのよ?」


カトリーヌ様はアレクをむぎゅーっと抱きしめ、頬ずりをした。アレクは無表情のまま、されるがままだ。


「はい、これ! アレクちゃんへのお土産!」


カトリーヌ様が鞄から取り出したのは、拳大の、禍々しく紫色に発光する鉱石だった。


「西の大陸の骨董店で見つけたの。『呪われているから誰も買わない』って店主が震えていたけれど、私ピンと来たのよ。これほどの強い魔力……ウチの天才アレクちゃんなら、きっと使いこなせるはずだって!」


「……!」


アレクのオッドアイが見開かれた。

彼は即座にルーペを取り出し、その鉱石を凝視した。


「……高密度の魔導放射線を検知。これは市場価格で一欠片五千万ベルは下らない、幻の触媒『星の涙』ですね」


「あら、そうなの? 私はただ、『あら、いい紫色。アレクの瞳の色に似てるわ』と思って、店ごと買い占めてきたのだけれど」


「店ごと……?」


アレクは絶句し、それから真剣な顔で鉱石を抱きしめた。 適当に買ったように見せて、その実、最高の品を選んでくる。この祖母の豪運と直感は、侮れない。


「……ありがとうございます、お婆様。これで新しい防御魔法の実験が三段階スキップできます。最高の素材です」


「オーッホッホ! 役に立つなら何よりよ! で、お礼のチューは?」


カトリーヌ様が頬を差し出す。 アレクは一瞬、

コストとリターンを計算するような顔をしたが、すぐに背伸びをして、カトリーヌ様の頬にちゅっとキスをした。


「……取引成立、ですね」


「キャーッ! 可愛い! さすが私の孫! アインスワース家の男はこうでなきゃ!」


カトリーヌ様は大喜びでアレクを再び抱きしめた。 アレクも、まんざらでもなさそうだ。

この祖母にして、この孫あり。ちゃっかり具合と大胆さは、しっかりと隔世遺伝しているようだ。


「さて! 孫とも遊んだし……さあ、見せてちょうだい! あの人が言っていた『開業祝い』とやらを!」


私たちが工事現場へ出ようとした、その時。


ズゴゴゴゴゴ……ッ!!


凄まじい地響きと共に、建設中の基礎部分が陥没し、巨大な水柱が上がった。


「な、なんだ!? 事故か!?」


「いえ、お父様! 魔力反応です!」


アレクが叫ぶと同時に、現場監督のバーンズ氏が駆け込んできた。


「た、大変です!! 地下からとんでもないものが!!」


「どうしたのよ、騒々しいわね!」


カトリーヌ様が先頭を切って現場へ向かうと、

そこには──。

陥没した穴から、虹色に輝く美しい水が、噴水のように吹き上がっていた。


「……これは……!」


「純度一〇〇%の『魔力源泉マナ・スプリング』……!? しかも、この規模……王都の全エネルギーを賄えるレベルです!」


アレクが震える声で分析した。

カトリーヌ様はそれを見て、目を見開いた後……ニヤリと笑った。


「あら。……やっぱり、あの人の勘は正しかったのね」


「勘?」


「あの人、言ってたのよ。『王都のこの土地には、私たちの想像を超える宝が眠っている気がする』って。……まさか、こんな特大の隠し財産を残してくれていたなんて!」


彼女は噴き上げる魔力の虹を見上げ、空に向かって投げキッスをした。


「愛してるわよ、あなた! ……これなら、新居の光熱費はタダね! さすが私の旦那様!」


「……すごいな。父上は、どこまで見通していたんだ」


アレクセイさんも呆然としながら、しかし誇らしげに微笑んだ。

アインスワース家の土地は、すべて父の愛と慧眼によって選ばれた場所だったのだ。


「……リアナちゃん」


「はい、お母様」


「この源泉、どう使うつもり?」


「もちろん、新居のエネルギー源として活用し、余剰分は売電します。……それと、源泉かけ流しの『公衆浴場スパ』を作って、入場料を取るのもいいですね」


私の提案に、カトリーヌ様は今日一番の笑顔を見せた。


「最高よ! その売上で、また世界旅行に行けるわね! ……さあ、アレクセイ! 孫のエレナちゃんを連れてきなさい! お婆様が『黄金のガラガラ(魔力増幅機能付き)』をプレゼントしてあげるわ!」


こうして、アインスワース家の新居建設現場は、

感動と、魔力と、そしてカトリーヌ様の高笑いに包まれた。 亡き父の愛は、しっかりと受け継がれ、この規格外の家族をさらに強く結びつけたのだった。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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